宝の番人(4)
熱した空気を切り裂くような音が耳を突く。
次いで聞こえてきたのは、ジギジギジギ……と虫が鳴くような甲高い音。
おそらくは『赤の姫』の炎の剣が、ゴーレムの胴体を焼き切った音だ。
大きさなら彼女も分かっているだろうから、真下付近から斬り上げるようにして、その胴体を傷つけたのだろう。
……そう、彼女の攻撃は、ゴーレムにもしっかりと効いている。
だから私がすることは――その補助だ。
しゃがみ込んだままその場で軽くジャンプし、足と手で地面を叩く。
柔らかく・音が鳴らないように――けれども、力を溜めるように……肘と膝を曲げ、伸ばすことで力を爆発させる……!
タンッ……! と軽い音を響かせ――しかし疾さは音の軽さとは反比例するようにし、その距離を一息に詰める。
タイミングは……バッチリ!
ゴーレムが振り回し攻撃を終え、その攻撃を躱したエレノアが次の攻撃に移る――その隙間……!
『赤の姫』が追撃をするよりも早く、右足の横をすり抜けるよう地面スレスレに身体を滑り込ませ、倒れたような体勢で膝裏目掛けて鉄針を投げ放つ。
本数一本。
初撃の時に使った数の十分の一にも満たない。
こんなものがダメージになるはずがない。
しかし、これで良い。
これで十分だ。
私の考えが正しければ……これでゴーレムの次の攻撃対象は、私になるはずだから。
きっと、音を立てないことに意味なんて無い。
この暗闇でも正確に攻撃してくる所を見ると、きっと私達の位置を知る手立てが他にあるということ。
思えばこの暗闇だって、コイツの魔法なのかもしれない。だからエレノアと同じような見えない防御壁だって作り出せていた可能性がある。
きっとコイツは、全てが魔法で出来ている人外だ。
そうした相手に、暗殺者としての私の技量なんて、何の意味も持たない。
パキンと、一本しか刺さなかった鉄針が折れる音が小さく耳に届く。
本当に、攻撃としては無意味だっただろう。
でも……私がやりたいこととしては、上出来だ。
音もなく転がり、エレノアや『赤の姫』から距離を取る。
振りかぶるように引かれる敵の腕。
この構えは……振り下ろしではなく、突きだ。
そしてその角度から算出される対象は……私。
そう……攻撃としては無意味でも、こうして私に敵の攻撃を私に惹き付けさせるには、意味がある。
私の攻撃が敵にダメージを与えないのなら、私の攻撃で敵の注目をこちらに向けさせ、他の攻撃が通じる二人の攻撃の機会を増やせば良い。
要は囮だ。
それがどれだけ難しいことかは分かっている。
攻撃のタイミングが失敗すれば、『赤の姫』が死んでしまうかもしれない。
躱したり逃げる方向を間違えれば、その次の一撃を避けれなくなるかもしれない。
また振り上げた腕の方向を見誤れば、その石柱のような腕で吹き飛ばされるかもしれない。
しかも敵との距離を開けすぎれば、姿が見えなくなって正確な気配を探れなくなるかもしれない。
……失敗してはいけない要素が、簡単に並べただけでもこれだけある。
だが……暗殺者の私が今出来ることは、これしかない。
例え一度失敗しただけで死んでしまうような攻撃ばかりが来るとしても……やるしかないのだ。
「っ!」
腕の刺突は振り回しよりも速い。
それを意識し、迫るのを確認すると同時、転がり避ける。
そして接近。
敵の周辺では銃撃と炎剣による攻撃音が鳴り響いている。
その音で攻撃の隙間を見極めつつ、さらに敵が腕を戻すタイミングを見計らい――こちらが攻撃すればターゲットを私にしてくれるタイミングで、鉄針を放つ。
もちろん狙いは膝の部分。
もし硬い場所に当てて攻撃扱いにならなければ意味が無いからだ。
神経をすり減らし、気を張り詰めながら……幾度も幾度も、私に攻撃が集中するように仕向ける。
すると、敵の動きが変わった。
今まで見たこともない動き。
右腕を上に・左腕を下に向けた構え――
>>離れて!!
――違う……これは、今までとは違う……!
そう理解するのと、エレノアの叫びが狭い空間に響くのは、ほぼ同時だった。
咄嗟にバックステップを繰り返し、壁際まで逃げる。
しかし――『赤の姫』は、離れない。
「なっ……」
そう……彼女は気配を、正確には読み取れない。
今敵がしようとしている攻撃が今までとは違うと、分かっていないのだ。
しかも自分自身の甲高い攻撃音が、エレノアの注意を阻害させているようだった。
「っ!」
判断は一瞬。
迷いは皆無。
――私はどうなってもいい。しかしこの子だけは、助けないと――
その己の誓いを頭の中で巡らせつつ駆け出し……私は、『赤の姫』の攻撃の隙間を縫うようにして、彼女自身に飛びついた。
「えっ、なにっ!?」
『赤の姫』の驚きの声が耳についた、その瞬間――
敵が左右の腕をそのままに、その場で回転してみせた。
その、巨体で硬質であるが故の、単純だからこそ強力な逃げ場のない回転攻撃に……私は、殴りつけられた。
「がっ……!」
言葉にならない言葉。
でも、これで良い。
吹き飛ばされるその瞬間、彼女を思いっきり突き飛ばす。
巻き添えにしては、せっかく助けたことが無意味になるからだ。
だって私は……このまま、吹き飛ばされるから。
太い腕で殴りつけられ、内臓だけでなく表面から、私の中身全てが潰れたような音がした。
自分で自分の体内から、グチャリ、と柔らかな果物を握りつぶしたような音が、耳にではなく身体全体に、残響を伴って鳴り響く。
だが……それだけではない。
吹き飛ばされた身体はそのまま、今度は受け身を取ることが許されぬまま……部屋の天井へと、導かれる。
かなりの勢いを伴って。
背中からぶつけ、反動でグラりと揺れた後頭部が、私の全てを絶えさせるための追撃となった。
――痛みがあったのかどうかすら、分からない。
だって……私の命はそうして、途絶えたのだから。




