幕間(1)
翌日・水曜日。
「というわけで、昨日戦ったことでこの世界の人のことがよく分かったと思う」
海に囲まれた星空の下、脱いだ外套を砂浜の上で座布団代わりにあぐらをかいて座り、武器の手入れをしている彼にそう声をかけた。
「あなたの世界流に言うと、魔法能力がずば抜けてるのよ」
本来ならクリティカル率やバッドステータス回復に影響がある“運”のステータスによって軌道が変わる攻撃。
ただ武器を前に翳すだけで、全ての方向からの攻撃を防いでしまう防御。
それらの説明を全て、魔法ということで決着させた。
「攻撃すれば軌道を変え、手を翳すだけで防御フィールドを張る魔法……それも詠唱抜きで、か。こりゃ確かに、精霊がこの世界に俺を連れてきたがる訳だ」
「どう? 慣れそう?」
「慣れるしかねぇだろ。向こうの攻撃に関しちゃ、筋肉の動きから初動と軌道を読んでたのを止めて、全神経集中させてどこかからくる軌道を読んでどうにかする。幸いにも、多方向からの攻撃と実際の攻撃のタイミングは一緒だからな。見えてる攻撃だけに囚われなきゃ良い。逆に防御面は、多方向へと攻撃の軌道を散らす必要が無くなった分、相手の隙を窺うのに集中すれば済むようになったからまだやりやすい。正面から相手の防御を壊すように攻撃するか魔法を撃つかすりゃ良いんだろ? 力技が通じるようになった、って切り替えりゃ良いってだけだ」
戦いに関しては話しか聞いたことが無い私でも、それがどれだけ難しいことなのかは想像できる。
でもそれを「慣れるしかない」の一言で済ませて実行しようとするなんて……。
もしキャラの動き通りの攻撃しか無ければ、彼はとっくにこの世界に飽きを感じていたかもしれない。
……まるで縛りプレイを望んでるプレイヤーを相手にしている気分だ。
「それじゃ、手入れが終わったらまた昨日のやつの所に送ってくれ。今日こそは勝ってやる」
「ん~……それなんだけど、今日は普通にこの世界を回ってみない?」
「あん?」
私の提案に訝しむような表情。
まあ、気持ちは分かる。
戦いを目的に来たのにそんな観光の提案をされても受け入れ難いだろう。早くプレイしたいゲームの説明書を一から読まされるようなものだ。
だがそうでもしないと、あの『ガンスタイル』の子にばかり、彼を倒した場合の経験値がいくことになる。
一応は出現地点がランダムであるとしている以上、そんな偏りを出すわけにはいかない。
それにそもそも、まだあの子自身がログインしていない。
今朝出社してしばらくしてから彼を目覚めさせたから……今の時間は午前十時を過ぎたところ。
平日のそんな時間、夜勤で働く人や専業主婦・はたまたプロニートでも無い限り、露天放置でゲームを点けっぱなしにしている人しかいない。
「実をいうと、今はほとんどの人が戦えないの」
「戦えない? どういうことだ?」
「え~っと……これはこの世界の住人の欠陥みたいなものだからあんまり言いたくないんだけど……さっき話した魔法を使うためには、休憩が必要なの」
「なんだ、要は魔力の補充が必要ってことか」
「そ。で、誰しもがそうだから、この世界では街に結界を張ったの。武器も抜けないし誰かを攻撃することも出来ない、もちろん魔法だって使えない、そういう結界をね」
「神様がそんなとこまで干渉すんのかよ。ちょっと過保護すぎじゃねぇの?」
「しないと無法地帯になるからね。あなたの世界でも野党に手を焼いてたでしょ? それこそ、名も無き村が焼き払われたり、人が陵辱されたり売られたりとか、ね」
「それを守ったり壊滅させたりするために傭兵がいたりするんだが……ま、攻撃されないに越したことはねぇわな。にしてもおめぇ、本当にただの精霊じゃなかったんだな。まさかそこまで出来るなんてよ。人の意識に介入するってやつか?」
「そんな大それたことじゃなくて、ただ武器を抜けなくするだけよ。刃も魔法も同じこと。で、そういう世界をあなたも試してみてってこと」
「ほぉ~……ま、確かにこれから長居する世界だしな。戦える相手が少ないんじゃ、そういうことを調べてみとくのも悪かぁねぇか」
そう。
戦いのことばかり意識を向けられては、この世界に彼を連れてきた意味がない。
せめてこういう時だけでも、彼には戦いを止めてもらわないければいけない。
「よっと」
手入れをしていた中剣を砂浜に突き刺し、膝を叩くようにして手をつき立ち上がる。
「ま、この世界で俺がどれだけ魔法が使えるのかも確認しとかねぇとだしな。本来俺は、準備を万端にして、全力で相手を叩きに行くスタイルだからよ」
マジかよ……闇雲に突撃するタイプだろオマエ……。
「さっきの奴はつい上がったテンションと死んでも大丈夫って油断でつい何も把握すること無く突撃しちまったが、アレは本来の俺じゃねぇ。せめて戦う場所の環境ぐらいは把握して掛からねぇとな」
私の心の声への言い訳をされた気がしたが……そういう偶然が成り立つぐらいベタな言い訳だということだ。
……まあ、ここは何も言ってやらないのが優しさか。
「んじゃまあとりあえず、一番大きな街に送るから。もしここに帰ってきたかったら私の事呼んで」
「おう。じゃあ頼むわ」
そう言って彼は、お尻に敷いていた外套をバザリと広げて羽織、砂浜に突き刺した中剣を腰にぶら下げている鞘へと納め、出発の準備を整えた。