銃士・エレノア:Lv254(1)
一般的に「職業」やら「ジョブ」やらと称するものを、このゲームでは『属性・スタイル』と称している。
例えば『遠距離属性・ガンスタイル』といった感じだ。
ちなみにこの例の属性を持っているのが、今回彼が戦う相手だったりする。
「おっと」
彼のセリフが吹き出しで画面に表示される。バグもエラーも無く、無事テレポートできたようで何よりだ。
今私は、黒の外套に覆われた彼の姿を、ディスプレイ上に表示された2Dのドット絵で確認している。先程のフィールドでない以上、目を瞑って異世界と意識を繋げても、彼と会話ができないからだ。
人間でありながらNPCでもある彼の言葉は全て、こうして吹き出しの形で全プレイヤーに届けられる。
といっても、店番をしているような普通のNPCと一緒で、チャットログにその言葉は残らない。そのため彼の姿を画面に入れていなければ、周りのプレイヤーは彼が何を話しているのかなんて分からないのだ。
「なるほど……この周辺か」「……と、そういえば、ここからはあの妖精は俺と会話が出来ねぇんだったな」
そんな独り言がチャットログに残らず吹き出しで語られる。
少し照れながら気まずそうに頭の後ろを掻いている姿が目に浮かぶ。
……あれ?
「えっと……瞬間移動した先にいるはずって言ってたから……」
妙な違和感を覚えたが、彼が動き始めたのでその動きに注目する。
イベント開始からしばらくは、こうして彼の動向に注目していられる。が、半月もすれば仕事の片手間でしか確認できなくなってしまう。だから今のうちに、色々と不都合がないかしっかりと見ておかなければいけない。
「お、アイツか……?」
キョロキョロと見渡した先に彼は、一つの影を見つけた。
彼を転移させた場所は、「キークエスト」と呼ばれるストーリーが展開するクエストでしか訪れない場所。
海底洞窟の最奥、そこから移動して来れるこの場所は、大きな花畑ような広場となっている。
このゲームで一番大きな街の中央広場にも引けをとらない程の広さがあるそこは、洞窟最奥から移動してきて、さらに長い一本道を歩いた先にある。
その海で囲まれた花広場の果てに、ポツンと座るその姿。
マウスを操作しそのタヌキ耳の女性アバターにカーソルを合わせる。
<エレノア・Lv254>と出てきた。
長い金色の髪を一本の太い三つ編みにし、胸元の紅いリボンが栄える薄紫掛かった紫陽花色のワンピースを着ている。その両側の太腿横には茶色の出っ張りがあり、おそらくそれが彼女の武器を収めるホルスターだろう。
髪型はデフォルトではない課金アイテム・服装もウチ自身で売っているものではないため、ユーザー販売か自作したものだろう。
「おい」
様々な色の花が咲き乱れるフィールド上で、黒のキャラが紫陽花色のキャラへと近づき、たった一言声をかける。……が、無反応。
画面を見ていれば気付くはずだが、そうした気配は微塵もない。キャラを座らせていることから見ても、おそらくエレノアのプレイヤーは今、ゲーム画面を見ていない。
大抵のプレイヤーは、街などでアイテムを露天販売する際に使う手だ(「AFK」とも言う)。
このことを彼に伝えてやりたいところだが……しかし、彼に伝える手段が無い。このまま待ってもらうしか無いか……まあ、待ちくたびれたからといって、いきなり首を斬り落としたりなんてしないだろう。
なんせ彼が望むのは、あくまでも「全力を出しての戦闘」だからだ。
我慢できなくなったら例の砂浜フィールドへと戻し、別のキャラの元へと転送してやれば良いだけの話だ。
「? 聞こえねぇのか?」
げし、とエレノアに軽い蹴りを入れる。彼女の頭上に「1」のダメージ表記が出て、座っていたエレノアが強制的に立ち上がらせられる。
座っているとHPとMPが自動回復するようになるが、その時に攻撃を受けると倍のダメージになる。
が、それでも「1」。彼の場合だけダメージ判定を特殊なものにしているからだろう。
「あん?」
しばらく、間が開いた後……不意に、エレノアが動いた。
「うおっ!」
相手の背後に回り込む「めくり」のスキル。
そして相手の方向を見ながら距離を開ける「バックステップ」のスキル。
両方共『近接属性』のスキルだ。
他の属性のスキルを習得する場合は、必要スキルポイントが倍に増える。それなのに二つも。ソロプレイのために必要なスキルなら躊躇いもせずにポイントを使えるタイプか。
「ふっ。やる気になってくれたか」
彼はそう呟くと、ソロりと、左腰に差してある中剣二本を抜き、構える。
エレノアもスキルを使った段階で銃を抜き、構えを取っている。
武器を抜き、ダラりと腕を下げ、身体を上下に揺らしてリズムを取るソレは、このゲームのプレイヤーキャラで共通した戦闘の構えだ。
相変わらずエレノアが一言も発していないのは、チャットに何も打ち込んでいないから。
それはつまり、このイベントをちゃんと把握している証拠でもある。
彼がNPCで、話しかけても無駄と判断しているということだから。
プレイヤーがキャラを演じるタイプでもない限り、NPCに話しかける理由はない。
だから……はじまりの合図なんてものは無く……言葉によるやり取りも、当然そこには無く……。
ただ静かに、彼のこの世界初の戦闘が、始まった。