プロローグ(3)
「ごめんね。だいぶ待たせてしまって」
彼をこの世界に入れることが出来てから一ヶ月。
定期メンテ明けの火曜日十六時。私は彼を迎えたフィールドデータを、「ラッキー・スター」のデータとリンクさせた。
これで彼も、この世界の仲間入りだ。
「? いや、そんなことはねぇだろ。それよりも、本当にここがその世界なのか?」
あ、そっか。
彼にしてみれば数分だった。
でも、私にしてみれば一ヶ月ぶりだ。
企画の成果発表。その時は彼に似せて作っていたNPCで発表したが……このメンテ明けの本番からは、彼本人に動いてもらうことになる。
今彼がいるフィールドは、星空瞬く砂浜のフィールド。四方は海に囲まれており、出入口は桟橋と小さな船のみ。……だが、そこから外に出られるようリンク付けはしていない。
つまりここは、彼専用の隔離された部屋だ。
彼がもし死んでしまえば、現実時間で一日経たなければ復活できない。言い方は悪いがここは、その期間が過ぎるまでの死体置き場的な場所ともいえる。
「そうよ。あなた達の世界とは全く違うでしょ」
彼が居た世界は、現実世界では見られないほど自然溢れた綺麗な場所だった。
対してここは平面的な擬似の星空。どちらか綺麗かは言うまでもない。
「そうか? 何も違わないだろ。っていうか、今は夜か?」
? 何も違わない……?
もしかして、ゲームの中にいる彼と、ディスプレイ越しに見ていた私とでは、見える感じが違うのかもしれない。
「こんなに星で海が光ってたら、どっちか分かんなくなっちまうぜ」
「…………」
「あん? なんだよ妖精。返事しろよ」
「いや……あなたがそんなロマンチックなこと言えるとは思えなくて。ちょっとビックリしてた」
「はんっ。これでも傭兵稼業で旅してんだ。色々な吟遊詩人の歌を聞いてきたんだぞ? これぐらいむしろ当たり前だろ」
そう言われても、あんな野蛮なことばっかり言ってる奴がそんなこと言えるとはとてもとても……。
「……ごほん。じゃあ、話をしましょうか」
このまま追求しても仕方がないので、話を進めることにした。
「まずこの砂浜は、私が言ってた別の世界。……だけど、同時にあなたの世界でもある」
「あん? どういうことだ?」
「両方の要素を兼ね備えた、謂わば混濁点みたいなところ」
私が異世界を覗き見るとき、まずは目を閉じて異世界のことに思いを馳せる。
そうしてしばらくすると、夢を見ていると自覚しているような感覚――明晰夢のようなものが襲いかかってくる。
すると目を瞑っているはずなのに、その瞬間まで見ていた場所が、真っ暗な視界の中にぼんやりと広がっていき……次第にその現実世界の広がりが、見ようとしている異世界へと塗りつぶされていく。
それが全て上書きされてようやく、私は目を閉じているのに異世界を覗き見るという、不思議なことが出来るようになるというわけだ。
私はこれら一連の流れを、ゲームでいう「ローディング画面」のようなものだと思っている。
彼がいるこのフィールドは、言ってしまえば「そこ」だ。
謂わばここだけが、彼の世界であり、ゲームの世界でもある、ということ。
だからここだけでしか、私は彼と会話が出来ない。さすがに私の能力では、ゲームの世界に入ることが出来ないからだ。
「あなたの世界では私は一妖精だけど、この世界では私は世界を作った神様の一人なの。そのせいなのか知らないけど、この砂浜の空間でないと、私はあなたと会話出来ない」
「ふ~ん。だからさっきからお前の姿が見えないのか」
「そういうことよ」
目を閉じて、異世界を覗き見る感覚がしているのに、ずっと真っ暗なまま。この感覚の時はいつも、ちゃんと異世界が見えているのに。
ただ現実世界でちゃんと目を開けてディスプレイを見れば、彼をドット絵姿で拝めるので、その変の対価みたいなものだろう。
「それでこれから、あなたを私の世界に――こんな混じった場所じゃない所に送る訳だけど、事前の注意は覚えてる?」
「ああ。人間とは違う耳が生えた奴しか襲えないんだろ?」
「そういうこと」
NPCは襲えない――ということを説明しようと思えば、ゲームの事全てを話さなければいけなくなるので、そういう風に説明しておいた。
他にも色々と、ゲームではなく異世界、と彼に思わせるため、かなりの数を言い換えて説明した。
よく五徹の頭でそこまで考えたものだ。さすが私。
「それと、あなたは死んでも生き返る」
「それも聞いた。俺がお前らの世界にとって異物だからだろ?」
「というのもあるけど、そもそも私の世界自体が、死なない世界だからよ」
「ああ、そうだったそうだった。死という概念はなくて、いつの間にかいなくなるんだよな」
まあ、ゲームをプレイしなくなれば、それは死んだと言っても間違いではないだろう。
「ということは、だ。俺は早速強い奴と戦っても良いってことだ」
「……まあ、そうなるわね」
この結論の出し方が、私が彼を戦闘狂と称する理由だ。
ホント、なんでこんなのが星空について語れたのか……。
「じゃあ、早速頼むぜ」
「頼むって、何を?」
「決まってんだろ」
今、私には彼の表情なんて見えない。
それなのに、彼が口角を釣り上げた、不敵な笑みを浮かべているのが分かった。
「この世界で、一番強い奴の所に連れて行け」