鼠との言い争い
>>あっと、逃げないで逃げないで
>>やっと久しぶりに再会出来たのに、いきなり街エリアの外に出ようとするのは酷くない?
>>っていうかキャラ消して無かったんだ
次々と表示されるネズミ耳の男キャラからのチャット。ただでさえ打ち返すのが遅いエレノアでは全く返事が出来ない。
その男にカーソルを合わせると、頭上に出てきたのは「テンマ:Lv356」という表示。かなりの高レベルプレイヤーだった。
>>ま、そりゃそうだよね。Lv200超えてるキャラを早々消せないか
>>いや~……ささやきモードでも全然返事しないから、てっきり消してるのかと思ったよ~
ささやきモード、というのは、一対一でチャットウィンドウを使って会話をすること。相手の名前を直接指定することも出来、そうすればどれだけ距離があろうとも、その人がログインしていれば、その人のチャットウィンドウに直接メッセージを表示させることが出来る。
本来の用途は友人にパーティのお誘いをする時などに使うのだが……まあ、生存確認のために使うことだってなんらおかしくはない。
>>それでさ、エレノア。ま、俺とパーティ、組まない?
>>Lv差は前よりもさらに広がったけど、俺は気にしないから
>>むしろ、俺のLvで行けるランダムダンジョンにパーティとして付いて来たら?
>>昔みたいに、寄生して経験値稼いだら良いよ
>>怒らないからさ
ビクりと、エレノアの身体が怯えたように動いた気がした。
もちろん、ドット絵でそこまで分かるはずもない。
だけど、なんとなく……ネズミ耳のテンマの文字は、当事者には十分ビビらせる効果があるように思えた。
「ちょっと待てよ」
そしてそれは、間近で会話を直接聞いていた彼ならば尚、分かること。
「彼女の先約は俺だ」
二人の間に手を差し入れ、会話とも呼べない一方的な言葉に、割って入った。
>>何、お前? ただのNPCがいっちょ前に何の用だよ
「それはこっちのセリフだ。まだ俺は彼女と別れていない」
>>はんっ。もう御役目は終わったろ? オープンチャットのログにも残ってんだよ。っていうかNPCはさっさとはけろ
「生憎と、俺はこの世界に連れて来てもらった別世界の人間だ」
>>そういう設定で生み出されたんだよ、お前は。ただのAIが
「AI、ってのは分からんが、ここで生まれたってのはお前も変わらねぇことだろ?」「それなのに粋がれんのか?」「そのお前は、本当のお前じゃねぇんだろ?」
>>は? 訳分かんねぇ
言い返せなかったのか言い返す気が失せたのか、
>>んなことどうでも良いから。これは俺とエレノアの問題だから
テンマは面倒くさそうに話を戻した。
>>テメェはさっさと戻れよ。プレイヤー狩りにさ
「なら、テメェを狩るか?」
>>あ?
「そもそも、俺とエレノアとの会話に割って入ってきたのがお前だ」「勘違いしてんなよ?」「俺は、つきまとうな、と言われたが、それは俺の出来る範囲での報酬なら、って話と合致しない」「って話をするつもりだったんだよ」「そこでオメェの邪魔が入った」「だからおい、エレノア」「コイツの居ない所で話をするぞ」
それはまるで、テンマからエレノアを引き離そうとしているように見えた。彼当人は本当にその話をしたがっているだけなのかもしれないが、当事者からしてみればそうは見えない。
なんせその当事者は彼のことを、ただのイベント用NPCとしてしか見ていないから。
>>テメェ……運営の回し者か?
「運営、ってのも分からねぇな」
>>ごめんなさい
と、不意に言葉が割り込む。
エレノアだった。
>>確かに、言うとおり。ちゃんとその話をしないと。イベントだって、途中かもしれないし。というわけでテンマさん、また。
事前に文章を打ち込んでいたのか、一方的にワープポータルの方を向きながら告げると、エレノアは村から出て行った。
>>おい、逃げんな!
その言葉がちゃんと、彼女のチャットウィンドウに表示されたかどうかは分からない。ただ――
「それじゃあな」
――選ばれた彼と――
選ばれなかったテンマは、揃って村から出た。
すぐにフィールドに出たはずなのに、そこには既にエレノアの姿は無く――
そのことに舌打ちでもしそうなテンマの首元に、不意に迫る刃。
一緒に出た彼が中剣を一本抜き放ち、真隣から彼の喉元へと刃を添えていた。
「それじゃあ、戦うか」
戦闘狂らしい彼の言葉にしかし、テンマは反応しない。
すぐさま村へと戻ろうとする。
「ちっ」
舌打ちと共に刃を振るい首を斬り、「CRITICAL!!」の文字と共にテンマを一撃で葬り去った。
「あ~あ、つまんねぇの」
海底フィールドで静かにボヤきながら中剣をしまい、彼はしばらく何か考えるように立ち止まった後、元々やってきた洞窟に向けて歩を進めた。




