一番早い初日の出
原宿駅の改札を抜けると健太が待っていた。
「ごめん、待った?」
「いや、さっき来たところ」
「じゃあ、行こうか」
今日は大晦日だ。高校二年の頃から年中行事となっている、初詣&初日の出ツアーの始まりだ。
高校二年の冬。優子と汐里と私の三人が教室で話していたときだった。優子の彼氏である北見信吾が話しかけて来た。
「あのさぁ、大晦日に初詣をしてから初日の出を見に行くプランが有るんだけれど、一緒に行かないか?」
「信吾の友達の加藤くんと早川くんも一緒に行くんだって。ねえ、一緒に行こうよ」
優子と北見くんの間では話しが付いているらしい。私と汐里が躊躇していると、優子が初日の出のプレゼンを始めた。
「あのね、千葉県に犬吠埼っていう所があってね。そこは日本で一番早く初日の出が見えるんだって。ステキだと思わない?」
「一番早い? だって北海道の方が東にあるんだから一番にはならないんじゃないの?」
私の疑問に答えたのは北見くんだった。
「確かに日本の最東端は北海道の納沙布岬なんだけれど、地球の地軸って傾いているだろう。そのせいで犬吠埼の方が早く陽が昇るんだって。富士山頂には負けるみたいだけどね」
それでも私と汐里が躊躇していると、優子が私達の手を取って懇願した。
「奈々、汐里、お願い! 信吾と一緒に初日の出を見に行きたいの。二人で行くなんて言ったら、両親に猛反対されるに決まっているじゃない。奈々と汐里が一緒だって言えば両親も許してくれると思うの。ね、だからお願い!」
そう言う事ならば最初からそう言えば良いのに……。
「仕方ないなぁ、私は大丈夫だと思うけれど……、汐里は?」
「うちは放任主義だから大丈夫だよ」
「二人ともありがとう」
そう言って優子は私達に抱きついてきた。
そんな経緯で始まった、初詣&初日の出ツアーであった。高校時代はもとより、高校を卒業して別々の進路を歩む六人だったが、なぜかこの行事だけは続いていた。それも、毎年同じコースで……。
しかし、六人がそろったのは五年間だけだった。大学四年になっていた六年目には、このグループとは別のところに彼氏の出来た汐里が脱退した。私達よりも彼氏を優先したのだ。まぁ、当然だけれど……。
そして八年目には北見くんと結婚した優子の懐妊が発覚したため二人が脱退。そして今年、職場の配置転換によって、元日から出勤になってしまった加藤くんが脱退した。
記念すべき十回目となる今回は、早川健太と私、神村奈々の二人だけになってしまったのだ。
行事を行うのか、それともやめてしまうのか? そんな議論もあった。
「そろそろこの行事も終わりかな?」
そう言った私に健太は言った。
「いや、まだ二人いるんだから続けようよ」
健太のその言葉が嬉しかった。
加藤くんと早川くんは北見くんの幼馴染みで、同じ高校に進学したが、同じクラスになった事はない。その上、ツアーの打ち合わせも北見くんと優子を介していた。だから私が二人に会ったのはツアー開始の大晦日が初めてだった。
ツアーはとても楽しい雰囲気で、その後も六人で会う機会が増えた。北見くんと優子は恋人同士なのだからいつもベタベタしていたが、私と早川くんも妙に話しが合い、いつしか二人だけで逢うようになっていた。時には悩み相談、時には遊び仲間として……。そうしている内に、私の中には早川くんへの恋心が芽生えていった。
呼び方も「健太」「奈々」と名前で呼ぶようになり、傍目には恋人同士のように映っていたのかも知れない。
健太はいつも優しかった。私の悩みや愚痴もちゃんと聞いてくれて、的確なアドバイスをしてくれる。私が多少の我が儘を言っても怒らずに受け入れてくれた。
けれど、健太は私の事をどう思っているのだろうか? 健太はそれらしい言葉さえ言った事が無い。私のことは単なる友達なのだろうか? 私の中の恋心が大きくなるにつれ、何も言ってくれない健太が私を不安にさせていた。
私達は原宿駅を離れ、明治神宮の参道へと向かった。
参道は大混雑で警察官の規制もかかっている。目の前のロープが上げられると次の規制ポイントまで進めると言う状況だ。私達は毎年の事なので、時間の読みはバッチリだ。午前一時過ぎには参拝する事が出来た。
このあと初日の出を見に行く訳だから、時間管理は重要になる。初めてだった高校二年の時には、危うく初日の出号に乗り遅れそうになり、猛ダッシュをした。
山手線で新宿駅に向かい、二時四十二分発「犬吠初日の出5号」に乗る。今回は余裕で間に合った。銚子駅には五時七分到着予定だ。所要時間二時間二十五分。東京駅から新幹線のぞみに乗れば新大阪に着いてしまいそうな時間だ。かなりの長旅になるが、お弁当と飲み物とお菓子を買って乗り込んだ。
取りとめのない話しをしたり、仮眠をとったりしている内に銚子駅に着いた。ここで銚子電鉄に乗り換えて二十分ほどで犬吠駅に到着。そこから徒歩十分弱で海岸に出る事が出来る。
今の時間は五時四十分を少し回ったところだ。今日の日の出は六時四十六分。まだ一時間程ある。
用意して来たレジャーシートを広げ、健太と肩を寄せ合って座る。風景的には、まるで恋人同士だ。
健太と私の付き合いは、もう十年になる。既に自分をアピールしたり、相手を品定めしたりする時期はとうに過ぎている。
二人でこうしていても、特に会話をする必要もない。まるで長年連れ添った夫婦の域に達している。
しかし、私達は付き合っているのだろうか? それすら私には解らない。
健太は私に優しい。これは紛れもない事実だ。でも、告白された事はない。健太の口から、好きだとか愛しているとか、そんな言葉を聞いた事はないのだ。
じゃあ、私は? 健太には甘え放題甘えている。でも、好きだなんて言った事はない。
二人の関係は? こうして肩を寄せ合って、お互いの体温を感じている事に何の違和感もないのに、キスすらしたことが無いのだ。
傍から見たら不思議な関係なのだろうと思う。
周囲が次第に明るくなってきた。そろそろ日の出の時間だ。
私達は立ち上がり、レジャーシートを片付けた。
二人並んで水平線を見つめる。
その水平線に太陽が顔を出した。
「キレイ!」
「うん、きれいだね」
この会話、もう何回目だろうか?
「寒くない?」
そう言いながら、健太は私の手を取る。
優しい手、暖かい手。
健太は私の手を自分のポケットに入れて暖めてくれる。
健太のポケットの中で、私の指先に何か固いものがあたった。
「なにか入っているよ」
「うん、出してみて」
なんだろう? 固くて小さなもの。
「あれ? 指輪だよ」
「うん、指輪だ」
「…………」
「奈々の指輪だ」
「え? 私の?」
「受け取ってくれるか?」
涙があふれた。初日が滲んで見える。
私は指輪を健太に渡して、左手を差し出した。
「指輪、嵌めてくれないの?」
健太は私の薬指に指輪を嵌めてくれた。嬉しくて涙が流れる。
私は健太に見られるのが恥ずかしくて、健太に背を向け初日に左手をかざした。
「寒いね」
私が言うと、健太はコートの前を開いて、私を後ろから抱く様にコートの中に入れてくれた。
あったかい。健太の温もりが背中から伝わって来る。
「奈々、ずっと……、ずっと好きだった。これからも、ずっと好きだ」
心地よい健太の声が温もりと共に、私の心に流れ込んで来た。
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