五日目 その2
航空国防軍新田原基地
ここは南西方面航空団司令部、それに主力の第204飛行隊の退避先である。ここでスクランブルの指令が入った。
「沖縄に展開中のイージス艦より通報、日本の防空識別圏内に中国海軍の哨戒機が侵入した模様。待機中の各隊にあっては、至急発進し、これを要撃せよ」
パイロット二人は待機所からF-15Jに飛び乗り、沖縄方面へと機首を向けた。その5分待機だったパイロット二人は機上でその詳細を聞いた。
「以後の誘導は海上国防軍が担当する。コールサインはビーチ・マウンテンだ。以上、グッドラック」
「ラジャー。レーサー1から2へ」
「こちら、レーサー2、通信状況オールグリーン、どうぞ」
「ラジャー」
航空国防軍防空司令部からの要請は、艦隊司令部から迅速に現場の艦艇へと伝わっていた。レーサー2との通信のあと、F-15J戦闘機にすぐに通信が入る。
『こちらビーチ・マウンテン。レーサー1へ。聞こえているのか?』
「こちらレーサー1、十分に聞こえている。指示を求む』」
『そのまま高度5000を維持し、方位270に飛行せよ。そうすれば目標を捕捉できるはずだ、オーバー』
「ラジャー」
イージス艦"いぶき"からの通信の内容は日本語であった。
だが航空管制は英語が基本である。しかし本来のイージス艦は敵航空機・ミサイルに対する対空砲台である。乗り込んでいる乗組員に英会話ができる人間がいても、専門用語までは理解していないだろう。だから日本語でよかったと考えられる。下手に英語で伝えられるよりも、日本語の方が理解も早い。
ふと、そんな事を考えながら、指示通り方位270に機首を向けた。
少しして、レーダーのディスプレイに輝点が現れる。これが防空識別圏に侵入した機体らしい。
「ビーチ・マウンテンへ、レーダーで捕捉した。指示を請う」
『了解した。レーサー1へ、緊急国際周波数にて警告を開始せよ』
「ラジャー』
1拍おいてから、無線の周波数を緊急国際周波数に切り替えた。
(これでも俺たちは、日本の戦後を守ってきたんだ。こんなところで嘗められてたまるかよ)
航空国防軍士官としての矜持もある。
熱くなった頭を冷やしながら、国籍不明機に対して呼び掛ける。
「こちらは日本国航空国防軍だ。国籍不明機に告げる。貴機は既に日本国の防空識別圏に侵入している。貴機の所属と飛行目的を報告せよ」
『・・・』
F-15Jパイロットからの呼び掛けに反応しない。
反応がないことが、余計にこちらの神経を逆撫でする。
「国籍不明機、聞こえているのか? もう一度告げる。こちらは日本国航空国防軍だ。国籍不明機に告げる。貴機は既に日本国の防空識別圏に侵入している。貴機の所属と飛行目的を報告せよ」
『・・・』
また反応がない。
「国籍不明機に警告する。現在、貴機は日本領空に入った。即刻退去せよ。繰り返す、即刻退去せよ」
今度もまた反応は返ってこない。
「ビーチ・マウンテンへ、こちらレーサー1。領空侵犯機は警告を無視。警告射撃を実施する。」
『こちら、ビーチ・マウンテン。了解した。オーバー』
警告射撃を担当するレーサー1は、一度深呼吸をする。
戦後2度目の警告射撃であり、明確な交戦規約のもと、実行された初めての例である。緊張しない方がおかしい。
右手で握っている操縦桿のボタンを押し込む。すると右の主翼の付け根にあるM-61バルカン砲が閃光を散らす。20ミリ機関砲弾が青い空を焦がし、切り裂いていく。
「応答せよ、領空侵犯機は応答せよ」
正面から行った射撃は命中こそさせなかったが、領空侵犯機からも射撃を確認できる位置から行った。だから気付かなかったわけがない。
『・・・』
それでも、応答はなかった。
「ビーチ・マウンテンへ、こちらレーサー1。警告射撃に対しても反応無し。撃墜許可を求む」
『こちら、ビーチ・マウンテン。レーサー1へ。撃墜は認めない。遠巻きに警戒監視を続けよ』
「一体どういうことですか?2度の警告を無視。さらには警告射撃も無視。それで何で許可が出ないんですか?」
つい言葉が荒くなる。
『分からん。上によると高度な政治的判断だそうだ』
苛立ちが頭を掠める。この感情を目の前のあの機体にぶつけられれば、そう思ったのはこのパイロットだけではないらしい。
『イージス艦"いぶき"艦長、城山だ。F-15パイロットへ。聞こえているな?
君達が今感じている不満、怒り、苛立ち、それらの感情は尤もである。しかし、我々はイージス艦やF-15という高度な武器を、国民の付託によって任されている。今一度思い出してほしい。自衛官になったときの初心を。以上だ』
この言葉の真意は、恐らく陸海空問わず自衛官となった者にはある宣誓書にサインを求められる。その宣誓書の1節だろう。
その内容は"私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。"と言う物だ。
基本中の基本、感情的になって自らが見失ってしまってはならないのだ。
「了解。敵機の警戒監視に当たります」
『それでいい。なかなかいい声になったじゃないか?』
「ありがとうございます。オーバー」
話していて清々しい気分になった。
それから十数分後に、警戒監視を始めて何分たったろうか?ふと思い立つ。未だに領空を我が物顔で飛ぶ領空侵犯機の周りを旋回し続けていた。ストレスは誤射、誤爆と言ったものの原因の1つとなり得る。しかし、そうなる前に領空侵犯機は機首を翻した。目指す先は中国大陸である。
「ビーチ・マウンテンへ、こちらレーサー1。領空侵犯機はたった今、領空より退去。任務終了。本機はこれより帰投する。」
『了解。帰路の安全を祈る。オーバー』