08 スーパーで買い物
休み時間の間、何度か俺に変わって安原は結花とやり取りをしていた。そして、休み時間が終わり、俺たちは教室へと戻ることした。
「なんとなくだが、三森はお前とまた昔みたいな関係に戻りたがってるじゃないか。ラインを見てる限り」
そう帰り際、江本はそう言った。
「本当か?」
俺はそう詰問すると、江本は安原に同意を求めるように「なぁ?」とそう言った。
「タッチー、俺も江本と同じだわ。別に早くやり取りをやめようって感じもしないし、むしろ積極的に返ってきたし。つか、この昼休みで結構返ってきたし、かなり好印象だと思うよ」
「じゃあ、もしかして、脈……有り? 結花は俺の事……」
「……か、どうかはわからん」
俺は期待を込めて尋ねると、江本がそう答える。
「え?」
「安原もそう思うだろ?」
江本は同意を求めるように安原に問いかける。
「まぁ、確かに返ってきてはいるけど、タッチーのこと好きだからって感じでもないような、そうでないような」
「どっちなんだよ」
安原は江本の意見に同意するような曖昧な答えを返す。俺は思わずそう言った。
「まぁ、どっちかつーと、さっき江本が言っていたように昔の幼馴染の関係に戻りたがっている感じがするね」
昔の幼馴染に戻りたがっているね。それって脈無いってことじゃん。いや、でも、うん、今の状況より全然マシっていうか、むしろ、その方がいいような気もする。結花は問題無いってことか。じゃあ、問題なのは……。
「もう時間ヤバいな。まぁ、後の話はラインとかでいいだろ」
江本がそうスマホを見ながらそう言った。確かにそろそろ昼休みが終わり、授業が始まる。俺たちは自分たちの教室へと急いだ。
放課後、グループラインでとりあえず結花への返信の方向性は勉強会へと持って行く形となった。なるべく結花の返信は江本と安原が考えてくれるそうだが、こっちの助力がなくても返信出来るように返せる返信は自分で返せとのこと。いや、まぁ、普通はそれが当たり前なんだけど。なんというか、あいつら一度俺に構うとバカみたいに過保護になる時があるからな。頼っている俺が言うのもなんだけど。
俺は途中で結花と出会うことを期待しながら帰宅する。しかし、結局出会わず、家の近くのスーパーを通り過ぎようとした時だった。スマホを弄りながらスーパー駐車場の出入り口に突っ立ている顔見知りを発見した。俺の中学時代によく見かけた女子の制服。若干着崩しているのが不真面目さを表している。普段学校へ行く時はきちんと着ている癖に。
俺がそいつの所へ近づいていくと、そいつはスマホから顔を上げてこちらに気付いたのか、スマホをポケットにしまい、俺が来るのを待つようにこっちを微笑を浮かべながら待っている。
「先輩、偶然ですね」
俺がそいつの側に行き、足を止めるとそう笑顔で言ってきた。三森若葉。三森結花の妹で俺の幼馴染だ。昔の垢抜けない子どもだったのに今ではすっかり色気づいたのか、少しだけ柑橘系の良い匂いが彼女から漂ってくる。一瞬、ドキっとしながらも、俺は平静を装いながら、
「お前、部活は?」
問いかける。
若葉は部活をしている。俺が昔所属していた陸上部だ。本来ならこの時間帯に居ることはありえない。
「休みです」
休みか。本当かという疑いの気持ちもあったが飲み込んでおく。最近、こいつの不真面目さが眼につく所為か、変に疑ってしまう。全く勝手なものだ。こいつと結花と同様に距離が出来ていたというのに。こいつもここ最近全く関わってきていない男に説教されるなんて面白くないだろう。
「そか、じゃあな」
これ以上、続けるような話題も無いので俺はそう言って家に帰ることにする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
若葉は俺の袖を両手で掴んでくる。俺はいきなり掴まれ、バランスを崩しそうなるが、なんとか踏みとどまることに成功する。文句を言おうと振り返ると、焦って困ったような整った顔がすぐ近くにあったので俺は怯んでしまう。
「そんなすぐ帰らなくてもいいじゃないですか」
あざとく不満そうな顔でそう若葉は言う。
「帰らなくてもって……俺帰宅中だったし」
別にお前とここで待ち合わせしてお話する約束してたわけでもないし。別に帰っても問題無いはず……だよな?
「なにか用事あるんですか?」
不満そうな顔を継続してそう問いかけてくる若葉。
「いや……別に」
精々、結花の返信を心臓ばっくばっくで待つくらいしかない。つか、あれから結花の返事が来ない。まぁ、一旦、話の句切りがついた所為でもあるけど。
「じゃ、じゃあ……買い物に付き合ってくれません? 親に頼まれたんですよー」
若干緊張したような声色でそう訊いてくる。顔は笑っているが、眼は心配の色が見えた。断るに断れない。ここで断ったら締まりが悪い。そんな空気を醸し出す。
「だめ……ですか?」
俺が黙っていると、若葉はあざとく上目遣いで捨てられた子犬のような顔でそう言う。おまけに身をこちらに近づけ、袖を握っていた両手を更にぎゅっと握ってくる。
女子に免疫の無い俺は当然成す術もなく、
「別にいいよ」
そう答えるしか無かった。
「ありがとうございます、先輩」
身体をばっと放し、両手を袖から放して背中に持っていき、そう満面の笑みで告げる。俺は小さくそれでいて若干の高揚を感じながら溜息をついた。可愛い女の子と一緒に買い物することに嬉しくないわけではない。ただ若干ながら後ろめたい気持ちはあった。
俺たちは駐車場の中へと入り、スーパーへと向かう。
自動ドアが開き、中に入り、入り口付近にあるカゴを手に取る。
若葉は俺のすぐ隣にぴったりとくっついてくる。今にも腕を組んできそうな気がするような気がしてならないのでもう少し離れて欲しい。
「で、なに買うんだよ」
俺はそう野菜売り場で見渡しながら、隣の若葉に問いかける。
「えーっとですね、タマネギですね」
「タマネギね」
若葉は俺の問いに答え、俺は復唱しつつタマネギを探す。
タマネギが四個ネットに入った奴が置いてる所を発見する。俺は適当に一ネット掴みカゴの中に入れる。
「先輩、そんな適当に選んで」
若葉はそう言って俺がカゴに入れたタマネギを掴み、元の場所に戻す。
「なんだよ、違いとかあるのか」
俺は若葉の行動に若干苛つきながらそう尋ねる。
若葉は俺の問いには答えずタマネギをそれぞれ持って吟味し始め、そして、最終的に一ネット選んで、俺が持っているカゴに入れる。
俺は若葉が入れたタマネギを掴んで、よく観察してみるも、俺がさっき入れたタマネギと大して変わらないような気がする。
「なにが違うんだよ」
俺がそう尋ねると、
「さぁ……?」
若葉はそう答えた。
「はぁ? さぁ……? って、なにか違いがあるからこれ選んだんじゃないのかよっ」
若葉の答えに俺は驚愕してそう問いただす。
「いや、だって、わかるわけないじゃないですか。あたし、普段買い物とかしませんし」
悪びれる様子も無く若葉はそう答える。
「じゃあ、さっきの色々見ていたのはなんだったんだよ?」
先程の意味の無い行動をなぜやったのか訊く。
「え……だって、普通、あんな感じに一緒に選んだりするのが、その……っぽいですし」
若葉は何故か眼を泳がしながら、若干動揺にしたようにそう答える。動揺している所為か肝心な所は聞き取りづらいくらいに小さく告げる。
「と、とにかく、次はジャガイモです。ジャガジャガです」
誤摩化すようにそう言って、若葉は俺の背中を押す。わけがわからないと俺は呆れながらも深く考えることをやめて、若葉の言うジャガイモ売り場へと向かう。
若葉はジャガイモの袋を二つ掴むとまた吟味し始めたので、俺はじーっと眺めていると、
「な、なんですか」
流石に俺の冷たい視線に気付いたのか、そう若干動揺したように言う。俺は若葉の持っている片方の袋を手に取り、カゴに入れる。そして、若葉に「こっちでいい。そっち戻しとけ」と告げる。
「……なんか、今の良い」
若葉は何故か俺が戻せと言ったジャガイモの袋を両手で持ち、若干夢現な表情でそう呟いた。なんなんだよ、こいつは、さっきから。
俺はぼけーっと突っ立ている若葉を放置して、適当に歩いて行く。次に買うものは判らないが、もうなんとなく今まで買ったもので予想はつく。背後で「せ、先輩、待ってくださいよ」という焦った声が聞こえたが無視して俺は人参を探す。
「にんじんってよくわかりましたね」
俺が人参をカゴに入れているとそう追いついてきた若葉が言う。
「タマネギとジャガイモって言えば大体な。しかし、俺は逆にそこまで食材が無い方が気になるわ。お前の家はその日暮らしでもしてるのか」
タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、どれか一つ無いならまだしも全部無いって、一人暮らししている唐突に料理し始める奴くらいなものだろう。
「え……どういう意味ですか?」
「いや……なんでもない」
料理しないであろう若葉にはわからない話だ。俺もしないけど。
「次は肉か。豚か牛かは知らないけどな」
「よくわかりましたね。牛肉です」
若葉はスマホを見ながらそう答える。たぶん、親からのメールに買うように言われた食材が書いてあるのだろう。
俺たちは精肉売り場へと向かう。
「どれ、買えばいいんですかね……先輩」
精肉売り場で若葉は牛肉を全体的に眺め、そう尋ねてきた。
俺より先に牛肉売り場へ行き、吟味し始めたのでわかっているのかと思ったら、案の定わかっていなかった。
「普通にカレー用の肉っての買えば良いだろ」
俺は上の段に置いてあるたぶんモモ肉であろう肉の入ったパックを手に取る。
「おお、そんなものがあるんですね」
俺からパックを奪い、じーっと肉を眺める。
「行くぞ。もういいんだろ」
俺はレジへと向かおうとそう言うと、
「ちょっと、待ってください。ジュース。ジュース買いましょう。後、お菓子も」
若葉はそう言って、清涼飲料水売り場がある方を指差す。なんというか、子どもだなと俺は思ってしまった。スーパーの買い物に着いてきた子ども。
俺は「わかった」と頷き、飲み物と菓子をカゴに入れ、レジへと向かい、会計を済ます。当然、金は若葉が払った。俺は飲み物だけは自分で払おうと思ったのだが、お礼なので一緒に払うと言われたので俺は素直に引き下がった。飲み物くらいいいだろ。
「ありがとうございます、先輩」
帰り道、そう若葉は改めて礼を言ってくる。スーパーを出る時も言われた。
「べつにいいって。別に大したことしてないし」
俺は片手にスーパーの袋を持ち、そう答えた。流石に一緒の帰り道の年上の男が荷物を持たないわけにもいかず、仕方なく持っている。若葉も男のプライドというか、そんなのをわかっているのか素直に渡してくれた。
「まぁ、でも、お前、少しは料理とかした方がいいぞ」
今日見た限り、一度も料理した事ないことがわかった。いや、中学生だし、しなくてもいいんだけど。でも、やっぱり、女の子だし。彼氏とか出来たら色々困るだろうしな。
ていうか、いつもの癖に説教してしまった。余計なことは言わないようにしてたのに油断して言ってしまった。うざったいとか思われたらどうしよう。
「……やっぱ、先輩も料理出来る女の子の方がいいですかね」
俺の心配とは裏腹に若葉は若干、声色が暗い声でそう尋ねてきた。自分でも料理をしたことない事をいろいろ思っていることはあるのかもしれない。
「まぁな」
嘘ついても仕方ないので正直に答える。
「……じゃあ、あたし、頑張りますね」
若葉は顔を上げて笑顔でそう言ってくる。
「……お、おう」
いきなり向けられた笑みに俺は動揺しながら答える。なんか俺の為に料理を頑張ると言われているのような気がして焦ったが、よくよく考えれば、いや、考えなくてもそうではないことは明白だ。なんだか恥ずかしい気持ちになった。
家に着くと、若葉に持っていた買い物袋を渡す。若葉はそれを受け取ると、
「先輩、今日は本当にありがとうございました」
そうまた礼を言ってくる。俺は「おう」と言って手を上げる。
「また頼まれたらお願いしますね」
若葉はそう言ってくる。冗談だと思ったので俺は、
「また偶然会ったらな」
そう軽口で返す。
「はい。じゃあ、失礼します」
そう若葉は小さく手を振ると、自分の家へと入っていく。俺はそれを見届けると、自宅へと入った。




