01.5 卒業式
中学卒業式の時だった。俺は友人たちと話しながらも、俺はとある人物の姿を探していた。
そう、俺の幼馴染であり、想い人でもある三森結花だ。
あいつとは教室が違う為、当然ながら自分の教室で会うことは出来ない。
だからチャンスは担任と別れの挨拶をして、みんなで寄せ書きを書いた後、外に出てて仲良かった奴らと写真を撮ったりする時しかない。
俺は友人たちと学校の外に出ながらも、キョロキョロと結花の姿を探すが全く見当たらない。
俺は焦りを感じていた。もしかしたら結花はもう帰ってしまったのではないかと。
いや、普通に考えればこんなに早く帰るはずがない。
何故俺がこんなにも焦っているかというと、俺は今日、この日、結花に告白しようと思っていたからだ。
結花との仲が気まずくなって、俺はあいつとどう接していいのか、わからなくなった。
それでも俺は昔みたいなもっと気安い幼馴染に戻りたいと思っていた。
だから、手っ取り早く告白しようと俺は思ったのだ。
俺はあいつのことが好きだし、この煮え切れない関係を終止符を打とうと決心して。
が、肝心の告白相手の三森結花の姿が見えないのだ。
校庭には卒業生の他にも一二年の在校生も居る。こんなに人が居ればそうそう見つかるはずがなかった。おまけに今は友人たちと一緒に居て、探しに行こうにもなかなか抜け出せない。
もう諦めるしかないのか、と思った、その時、
三森結花が歩いているところを発見した。
「……っ」
俺は結花のところへ向かおうと、友人たちの輪を抜ける。友人たちは「おい、どうしたんだ」という声を聞こえたが俺は無視して、結花の元へ足を進める。
「み……」
俺は結花に声を掛けようとして、やめた。結花は男子生徒と談笑していたからだ。
俺はその男子生徒を知っていた。結花の同じクラスメートで男女に別れているが同じ部活に所属している奴だ。
動悸が異常に激しくなり、頭は真っ白になる。手足が冷たくなるのが我ながらわかった。
「……」
吐き気がするのをなんとか堪えて、俺はその場を離れる。
友人たちの元にも戻らず、俺は適当に呆然としながら歩く。
「あっ、こんなところに居た。先輩っ」
そんな時、声を掛けられた。
「先輩、探しましたよ」
俺は返事ともならないような呻きを上げて、声のする方へと振り返った。
そこにはセミロングの黒髪の美少女が居た。俺は自然と見下ろす形で彼女を視認する。背の低さと先輩とフランクに呼んでくる人物に俺は一人しか心当たりがない。
「若葉」
三森若葉。俺が告白しようとしていた三森結花の妹だ。
「なんか……顔色悪いですね」
若葉は怪訝そうな顔でそう俺の顔を伺う。
「え……あ、べつに。ちょっと疲れただけ」
「あー……」
俺は良い言い訳が思い浮かばず、適当に返すと若葉は勝手に納得してくれた。
「…………」
若葉は急に黙り込み、俺の胸元をじーっと眺めるように見つめてくる。
若葉の奇異な行動に俺は怪訝に思い見ていると、俺の視線に気付いたのか若葉は取り繕うように、
「お疲れのとこ悪いんですが、陸上部で写真撮ったりしたいんで、来てください」
若葉はそう言って俺の手を取る。小さくて柔らかな感触にドキッとしながらも、それをこんな子どもに悟られたくなくてあえてされるがままになる。
小さな身体でぐいぐい俺を引っ張っていき、部活でよく集まる体育館近くの記念碑のところまで行く。そこには俺と同じ三年の部活仲間が居る。他にも部の後輩も居た。
「さ、先輩、早く並んでください」
若葉は俺の背中を押してくる。俺は「わかったわかった」と言って、他の三年の奴らが居るところへ向かう。
後輩の一人が「はーい、チーズ」と言ってきたので、俺は無理矢理笑顔を作ってシャッターを押されるのを待った。フラッシュが焚かれ、後輩のOKの合図とともに部活仲間で雑談が始まろうとしていた。俺はそれに混ざらずまた一人になろうとしていたら、
「先輩、どこ行こうとしてるんですか」
そう若葉に声を掛けられた。
「もう写真撮ったろ」
だからもうどこ行っても関係ないだろという意味で俺はそう言った。
「なんか淡白ですね、他の先輩たちと話していけばいいのに。後、まだ花束とか渡すんで、もうちょっと待ってください」
俺の態度に若葉は不服なのか、少しむくれながらそう答えた。
花束なんて貰ってもなと思いながらも、流石にここで逃げるわけにもいかず、花束を贈呈されるまで待つことにした。
花束を渡す役はどうやら若葉がやるようだった。若葉はさっさと俺に渡してくれればいいのに、あえて後回しにしているのか、なかなかこっちへと来ない。
俺以外、全員に渡し終えた若葉がこっちへと近づいてくる。彼女は小さな花束を持っていた。最初花束と聞いて大きな奴を想像したが、よくよく考えればそんなデカくて高い物渡すわけないか。
「先輩、ご卒業おめでとうございます。今までありがとうございました」
若葉がそう礼を言うと、後ろに居た後輩たちも同じように礼を言ってくる。形だけって感じの奴が多いけど、それでもちょっと俺は感動した。他の人望ある奴には泣いて「おめでとうございます」とか言っているところを見た後だから若干感動が薄れてしまうのは致し方ないが。
「こっちこそありがとう」
俺はそう言って若葉から花束を受け取る。
俺が花束を受け取ると解散的な空気になり、若葉の後ろに居た後輩たちはそれぞれ尊敬する先輩のところへ向かう。後輩たちと話の花を咲かせる奴も居れば、そそくさと去って行く奴も居る。俺も後者としてこの場から去ろうと思っていたのだが、何故か花束を渡してきた若葉が俺の目の前から動こうとしなかった。
こいつにも尊敬する先輩とかいるだろうに、他の奴らを見習って行けばいいのに、何故か俺を気遣ってかその場に留まっている。
「……」
俺は気まずくなり別れの言葉を言ってこの場を去ろうかと考えていると若葉の異変に気がついた。若葉はまた俺の胸元をじーっと見つめていたのだ。俺は自分の胸元を見て、そして、若葉の方に視線を向けると、丁度若葉と目が合う。若葉は自分の行動を見られていることに漸く気付いたのか、少し動揺したように顔を反らした。
若葉の行動を理解出来ない俺は怪訝な顔しながら顔を反らした若葉を見る。
「先輩って、誰かに第二ボタンあげる予定あるんですか?」
若葉は俺の視線に耐えられなかったのか、俺から顔を背けながらも少し顔を上げてそう言った。
「第二……」
俺は最初なにを言っているのかと思って、オウムのように繰り返して漸く理解が及んだ。今日は卒業式で、第二ボタンは女子が好きな人から貰う物だと。また男子が好きな女子に上げる物だという事に気がついた。
そうか。結花に告白するということで頭がいっぱいでそういうイベントをすっかり忘れていた。当然、俺は結花に第二ボタンをあげたいが——先程の出来事が脳裏にフラッシュバックし——もう考えるのはやめよう。
「第二ボタンをあげる奴なんかそんなに居ないだろ」
こういうイベントみたいなのはバレンタインと同じで精々モテる一部の奴らが盛り上がってるだけで、俺のような底辺には関係ない話だ。
「え……結構居ますよ。部の先輩たちも、ほら、大体みんな第二ボタンないですし」
若葉は俺の答えに若干気を使うような声色で返してきた。
「は?」
俺は若葉の言葉に思わず部の男子を見渡す。後輩から尊敬されている奴らは当然として、あんまり目立っていなかった奴の胸元にも第二ボタンが無かった。と言うか、この周辺に居る男子、俺以外は全員第二ボタンが無かった。
「あの……先輩?」
若葉が話しかけてくるが俺はそれに応える余裕は無かった。
いやいやいや、どうせ、みんなあれだろ。見栄はって第二ボタン外してるだけだろ。そうさ、俺だって、第二ボタンを取ってポケットに入れとけば……なんだろうか、そんなことをしたら何かに負けた気がする。それにもしかしたら俺に想いを寄せている後輩が居て俺の第二ボタンを欲しがっている子がいるかもしれない。それなのにボタンを外してその子にあげられなくなるのはすごく嫌だ。
ていうか、本当にみんな第二ボタンないじゃないか。どいつもこいつもリア充だったのかよ。糞、やばい、やっぱりボタン外しておこうかな。そうしないと俺だけモテない奴と思われそうじゃないか。
「先輩、聞いてます? おーい」
若葉がそう俺のすぐ近くまで近寄ってそう声を上げてくる。
俺は若葉の存在に気付き、すぐ若葉から距離を置いて、
「なんだよ」
そう言った。
「で、先輩は誰かにあげる予定あるんですか?」
若葉はそう再度同じ質問を投げかけてくる。俺は言葉に詰まり、少し間を開けて言う。
「……無い」
若葉は少し馬鹿にしたように上目遣いで見てくる。俺と眼が合うと下に反らし鼻で嗤う。
俺は顔が熱くなり、何か言ってやりたい気持ちだったが、今ここでなにを言っても俺はモテない男が言い訳をしている図でしか無い為、結局黙るしかない。
「じゃあ、先輩、あたしが貰ってあげましょうか?」
若葉はそういきなり提案してきた。
「は?」
俺は彼女がなにを言っているのか理解出来ていたが、本当かどうか確認する意味合いでそう聞き返した。
「だから、先輩、第二ボタン誰にもあげる予定ないんですよね? なら、あたしが貰ってあげますって」
若葉は顔を少し反らしながら、いつもより早い口調でそう答える。
第二ボタン。
それは卒業式に男子が好きな女子に渡し、また女子が好きな男子に貰う代物。
「…………」
俺の第二ボタンを欲しがるということは、つまり、若葉は俺の事が——
そう思うと急に顔が熱くなる。若葉は結花の妹で幼馴染で俺にとっては妹みたいなものでそれで——
「……なんか勘違いしてません? あたしはどーせ先輩の第二ボタンなんて誰も貰ってくれないだろうから、あたしが貰ってあげますって言ってるんです。言ってしまえば、義理チョコならぬ義理第二ボタンです」
若葉はそう俺の夢想を打ち砕いた。義理第二ボタンってなんだよ。
「義理第二ボタンって……べつにいい。そもそもこんな馬鹿らしいイベントなんて俺は興味ないから」
そもそも俺はこんなくだらないイベント事が嫌いなのだ。クリスマスとかバレンタインとかホワイトデーとか本当にくだらない。
「い、いいんですか? 友達のとこに戻ったら、友達全員第二ボタン無くなってるのに、先輩だけ残っているみたいな状況になってても」
若葉は何故か少し焦った様子でそう言ってくる。俺はそんな訳ないだろと思ったが、先程、俺よりモテそうにない男子ですら第二ボタンが無い状況を目の当たりにしたところだ。もしかしたら、若葉の言う通り、俺以外がみんな第二ボタンが無い可能性もある。
「それに先輩、義理第二ボタンなんて、結構普通なんですよ? さっき部でも一応第二ボタンが残っている先輩のも貰うようにしてましたから。本命のを手に入れる為にですけど……」
なんかすごく嫌なことを聞いた。つまり、俺以外の卒業生の男子の第二ボタンが無かったのは若葉の言う本命を手に入れる為に取られたものでしかなかったのか。いや、一応、同情の意味でも取られたとは思うのだけど。
「だから、先輩のボタンもあたしが貰ってあげます」
「すげー上から目線だな。まぁ、いいけどさ」
若葉は手を差し出してくる。ボタンを寄越せということなのだろう。俺は若葉の態度に皮肉りながらも、自分の第二ボタンを引きちぎる。若葉の言う通り、どうせ俺の第二ボタンを欲しがる物好きなんて居ないだろうし、もしかしたら友人たち全員第二ボタンなくて俺だけがある状態ってのもありえるだろうし、結花に渡したかったけど俺にきっとそんな勇気なんてないし、ならいっそ貰ってくれるっていうこいつにあげた方がいいじゃないかと思った。
「え……あ、え?」
若葉は俺がボタンを引きちぎるとすごい驚いていた。
「なんだよ」
俺はそう言うと若葉は「い、いえ」と答えるも困惑した表情は変わらない。
俺はボタンを若葉の手のひらに置くと、若葉はまじまじと俺の第二ボタンを見つめる。
「い、いいんですか?」
若葉は恐る恐るといった感じに俺に尋ねてくる。
「いいもなにもお前が貰ってやるって言ったんだろ」
自分で言い出しておいて、なにを今更言ってんだ、こいつは。
「そ、そうなんですけど……」
若葉は少し動揺しながら俺の第二ボタンをじーっと眺めている。いつまで宝石を眺めるようにずっと眺めているので、
「じゃあな、俺は戻るから」
そう俺は友人たちの元へ戻る為にそう言った。
「あ、はい。あ、ありがとうございます、ボタン」
若葉は手の平のボタンから顔をあげて、そう俺に礼を告げる。
俺は「ああ」と返事をして、その場を去った。
01.8 は執筆中です。




