01 幼馴染の距離
隣の家の幼馴染である三森結花とは疎遠になりかけていた。いつからかは判らないが、いつの間にか家に行くことも少なくなり、一緒に遊ぶこともなくなった。たまに玄関で出くわして軽く挨拶を交わす程度。その後、一緒に学校へ登校するなんてことはない。
まぁ、世の中の幼馴染なんてそんなものかもしれない。別にすべてがすべて漫画やアニメのように幼馴染同士が気兼ねない仲というわけではないだろう。だから、そんなに気にすることはない。例え疎遠になったところで俺と彼女が恋人同士になれないなんてことはない。ふとしたキッカケでまた昔のように仲良くなり、そこから発展することだってありえる。
だから、気にすることはないのだ。
「樹先輩」
思考に耽っていると、不意にいきなり声を掛けられ俺は振り返る。
「なにやっているんですか? こんな玄関の前で独り言呟いて」
そこには若干不審そうな顔をした少女が立っていた。三森若葉。三森結花の妹である。
「あ、いや、ちょっとね。えーっと、おはよう」
俺は誤摩化すように挨拶する。
「おはようございます。あんまり変なことしない方がいいですよ。不審者に間違われちゃいますから」
彼女は挨拶を返した後、ちょっとからかうように、またそれでいて邪気無く笑って、小さく手を振ってその場を去っていく。
三森若葉。三森結花の妹だ。歳は俺より二つ下で、中学三年生。ついこないだまで赤いランドセルを背負っていたあいつは俺を見上げていたのに、今では同じ位の目線の高さになっていた。
綺麗にセットされたセミロングの黒髪、見慣れた制服であるのに華やかに見えるのは最近の親近感を売りにしたアイドルが顔負けの美少女だからだろう。本人も自覚が芽生えたのか、最近は朝の空気にシャンプーの匂いを漂わせている。
昔はよく俺になついて後をつけていたのを思い出す。お兄ちゃんなんてベタな呼ばれ方はされなかったが、下の名前の樹からいーくんと呼ばれていた。いつからか姉と同様に距離が出来てしまって、昔のような仲ではなくなった。それでも、さっきのように自発的に話しかけてはくれる。
と、そんなことを考えている時だった。隣の玄関ドアが開くのが眼に入った。先程、妹の若葉が出て行ったのだから、もう次に出てくるのは誰か判っている。緊張して辺りをうろうろする。このまま玄関に突っ立っていると変に思われるだろう。俺は自分の家の玄関の先にある郵便受けを覗くふりをすることにした。
「あ……橘、おはよう」
玄関扉が閉まる音がしたと同時に声が聞こえてきた。俺は空っぽの郵便受けを覗くのをやめて、今さっき家から出てきて郵便受けになにか入っていないか確認したばかりのお隣さんのふりをする。
腰まであるまっすぐストレートの髪を靡かせ、自宅の門を閉めこちらへと近づいてくる。温厚そうな柔らかな印象を受ける彼女こそ俺が待ち望んでいた人物だ。
「あ、三森。おはよう」
声が裏返らないか心配だったが、なんとか杞憂に終わり普通に返答出来た。
「なんか橘とはいつも朝ここで会うよね」
「そうだな」
結花はそうなんでもなさそうに言って笑うが、俺の内心は穏やかではなかった。
「家を出る時間が一緒なのかもね」
「かもな」
結花は話を広げようとそう言ったが、コミュ力低い俺は気の利かない糞みたいな返事を返してしまう。
俺は慌ててなにか続けようとするも、頭が真っ白になってなにも言えなかった。
「…………」
「…………」
少しの間、気まずい沈黙が流れた後、
「じゃあ、また学校でね」
そう言って結花は小さく俺に手を振って玄関先を後にする。結花の後ろ姿を見ながら俺は小さく手を振る姿が姉妹そっくりだなとどうでもいいことを思った。
「…………」
しばらくその場に立ち尽くし、思う。
まーた、やってしまった……。
俺は失意から地面にしゃがみ、頭を抱える。
朝から何の為に糞寒い中ここで待っていたのか……。
しばらく呆然としていたが、学校に行くことを思い出し、スマホで時間を確認して、「うわっ、やばっ、遅刻する」と呟いて、駅へと走った。




