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勇者になることを諦めたら、勇者のパーティの一員になった

作者: ゆう

「ユピテル・サンダー!」

「イグニス・フレア!」


 男の聖句により紫電が奔り、異形の魔句により紅焔が爆ぜる。

 だが、二つの力が拮抗するのは一瞬。お互いが力の行き場を失い、全方位に向かってその力を暴発させることとなった。


「くははっ! 人間の分際で、なかなかやるではないかぁっ!!」

「ったく! ムカつくほど楽しそうじゃねぇかよ!」


 そんな爆発をものともせずに突っ込んでくる異形……魔王の側近たる魔将の、焔を纏った拳を、男もまた雷光を纏った聖杖で受け止める。


「接近戦もやれるのか!」

「だから、笑顔でんなこと言ってんじゃねぇよ!?」


 とんでもない速度の連撃に対し、男も昔取った杵柄というか、ほんの数年前に使っていた剣を持った時の動きを思い出すことで何とか捌く。

 もちろん聖術による最大限の強化を行っているため、当時とは比べ物にならない力と速度である。


「素晴らしい、素晴らしいぞ! 流石は世にその名を轟かせる『天雷』! この戦いも、貴様の予想の範疇か!?」

「どいつもこいつも……! まあ、その評価だけはありがたくいただいておこうかねっ!」


 『天雷の賢者』……その二つ名は、男の扱う属性と、魔族の憚り事をことごとく看破したことからつけられたものであった。


(あ~あ、本当に、なんで俺はこんなトコまで来ちまったんだぁ!?)


 再び距離を取り、今度は一撃の強さではなく、技を競うべく術式を展開しながらも、彼はほんの数年前の岐路へと思考を向ける。

 それはかつて、彼が夢を諦めた日の事であった。



  ☆



(俺じゃ、勇者にはなれないんだな……)


 その言葉は、戦場に身を置くほとんどの者が夢見て、そして叶わぬ夢であったと知るものであった。

 それをまた一人の男が知ったという、ごくごく平凡な、何の代わり映えのしない日である。


(もうそろそろ三十になる俺が、あれだけ無茶したにもかかわらず、生き残っただけでも儲けもの……か)


 勇者を目指していた者の末路。その大半が、無謀な行いによる戦死だ。

 それを免れ、この年を迎えてなお最前線で戦えるという戦績は、周囲から見れば十分英雄の所行であったが、そんな男の幸運も、ここに終焉を迎えたのであった。


 左膝の、完治不能な損傷。


 表面上は聖術によって綺麗にふさがれたが、剣士として戦場に立つには、あまりにも致命的な傷であった。

 怪我そのものは、戦士として日常茶飯事であったパーティメンバーも、これには動揺を隠せなかった。

 中心人物であった男の再起不能によって、パーティは解散。あるものは戦場を去り、またある者は故郷へ帰った。

 別々の道を行った仲間たちであったが、彼らが別のパーティに参加したという話は、ついぞ聞くことは無かった。

 だが、唯一の例外が、再起不能の怪我をした剣士の男であった。

 夢を諦めた男であったが、その夢の源となった思いだけは、決して潰えることは無かったからだ。


(さて、勇者になれないのなら、俺はどうやって歴史に名を刻めばいい?)


 それは名誉欲。

 男の真の目的は、勇者になることではなく、勇者になって名を残す事であったのだ。


(正直に言って、まだガキんときに勇者になるって決めたから、戦うこと以外は何も知らねぇんだよな……)


 今のままでは、そこそこ優秀なパーティのリーダー程度の知名度では、男を満足させるには圧倒的に足りなかった。

 だが、戦うこと以外何もできない男では、例えば商人や職人になったとしても、今から大成するのはほぼ不可能だろう。


(やっぱ、この経験を活かせるものじゃなきゃいかんな……それでいて、片足が動かなくてもなんとかなる……!)


 そこまで考えて、男は天啓を得た。今までの経験を生かし、それでいて片足でもできる事……


(そこら辺の新米を弟子にして、そいつを勇者にすればいい! 勇者になるに劣るだろうが、現状それが最善のはずだ!)


 勇者の師匠。勇者本人には劣るだろうが、今の男にとってこれ以上の名案は他になかった。

 退役した軍人が教官になるなんてこともあるはずだと、持論をさらに強化した男は、ではどうすればいいかをさらに考える。


(大量に弟子を獲って、そのうちの一人が大成すればいいってもんじゃない……大勢弟子が居れば、師匠のありがたみも薄れるからな)


 とりあえずは一人ずつ。そうと決まれば善は急げと、男は駆け出しの戦士がたくさんいる筈の協会へと向かう。

 あとから思えば、その即断即決こそが、男の未来を決めたのだろう。


 そこにいたのは、まだ幼さの残る一人の少女であった。


 少女が協会に来るのがもう数年早ければ、珍しい女の戦士としてちやほやされたことだろう。

 だが、戦いがじわじわと激化していく最中である今は違う。戦士の数が圧倒的に足りず、女子供であっても、戦えるものが一人でも欲しいというのが現状であった。

 事実、現在戦場に駆り出されている女子供は、かつてとは比べ物にならない数になっていた。

 とはいえそんな中、駆け出しの少女をパーティに入れる余裕のあるものはそうおらず、その結果、少女は協会の真ん中で立ち尽くしていたのだろう。

 そこへ偶然出くわした男は、これも何かの縁かと、その少女へ声をかけることにした。

 もちろん、この時点では、何もこの少女を勇者にしようなど、そんな考えは欠片もなかった。

 ただ、本命を育てる前に、いくらか弟子を育てるという経験が欲しかったのである。


(実験と言えば聞こえは悪いが、お互い得るものがあると思えば、そう悪い提案では無い筈だ)


 確かに実験とはいえ、それなり以上に優秀であったパーティのリーダーに指導をしてもらえるのだ。

 並の中堅戦士であっても、この申し出を受ける者がいて不思議ではない提案であると言えよう。

 そうしてできた師弟関係は、男の想像以上に順調に巡っていくこととなる。唯一の誤算と言えば、二人で行動する関係上、男が後衛を担当することになったことだろうか。

 元々前衛をするわけにもいかず、激しい機動ができない男は術士としての役割を負うことに決め、一から勉強することになる。

 幸いというべきか当然と言うべきか、少女が駆け出しであったため、男の即席術士としての腕も、持ち前の経験や知識で何とか釣り合いが取れた。

 ある程度名の知れた男が、駆け出しの真似事をしているという噂が流れることもあったが、より高みへ至るため術士を経験している男がといえば、大抵の者が納得した。

 そして、高位の剣士であった男に教えを受けた駆け出しの少女は、あっという間に頭角を現し、男の術士としての腕も、それに負けてなるものかと言わんばかりの成長を見せた。


(初対面なら、もう誰も俺のことを再起不能の剣士だったなんて、欠片も思わないだろうな)


 精々が遅咲きの術士か、などと男がそんなことを感じ始めてある日、師弟に分岐点が訪れることになった。

 すなわち、魔物の大群の出現である。それも、男が知る中でも上位に位置する数である。

 男は、剣士であった頃ならまだしも、即席術士でしかない現状、手に余す問題であると判断した。命は大切にすべきだと、だが、少女は違った。

 例え一匹二匹であっても、倒すべきだ。それだけで、ほかの人達への負担も少なくなるはずだと。

 こうして初めて亀裂の入った師弟であったが、少女が一人で魔物の群れに突っ込んだことで、ついには師匠が折れることになった。


「弟子を見捨てる師匠だという評判がついては困るからだ!」


 そんな師匠の言葉に、弟子は笑って頷いた。

 その後すぐに他の戦士たちも駆け付け、師弟が参加し戦いは、苦戦に次ぐ苦戦を越えて、辛うじて勝利を収めることに成功した。無事に生き残った二人は、壁を一つ乗り越えたと知るのであった。

 そして、これをきっかけにこのような無茶が続き、それを為すたびに師弟は名を上げることになる。

 もちろん、好き好んで危地に飛び込むなんて真似は、師匠はもちろん弟子もしようとは思っていなかった。

 だが、少し躊躇するが手が出せないわけではないレベルの事態に多く遭遇し、結果として無茶をすることになっていたのだ。


 異常発生した魔物の群れの殲滅。

 突然変異した協力個体の討伐。

 妙な儀式を行う魔族の集団との戦闘。

 魔族による国の重鎮への奇襲の阻止。


 そんな無茶を続けるに伴い、二人では対処しきれない事態も増えて行った。そんな時に偶然行動を共にしていたレンジャーが、フォートレスが、背中を任せるに足る仲間が一人二人と増えて行った。

 弟子は自身の実力が伸びていくことを実感し、仲間が増えることを喜んだが、師匠はそうではなかった。


(ここらが潮時かな……)


 十分な実力を弟子が持ち、多少の無茶をフォローできる仲間も多く得た以上、師匠にとってこれ以上共に居るメリットが薄くなったのだ。

 何より即席術士として、このパーティの実力に追随するのがきつくなってきていた。

 もちろん、弟子はこれに反発するが、師匠としても今度ばかりは折れるわけにはいかなかった。


「古傷が疼く……これ以上、戦えん」


 足が動かない事を告げれば、最近仲間になったばかりのメンバーはともかく、それなりに長く共に居たはずの弟子さえも驚愕した。

 そのことに最後の一喝をし、パーティから離れた男であったが、それで少女との関係が切れることは無かった。

 少女は各地から効果が高い薬や著名な術士を招き、師の戦線への復帰を熱望したのである。


(これはさすがに誤算だったな……)


 師として敬われるのはいい。慕われるのも構わない。だが、ここまで来ては依存とも言ってよいのではないかとすら思える。

 しかも、少女は着実に力を伸ばし、毎回持ってくる薬などのレベルがどんどん上がってきていたのだ。


(おいおい……まずいんじゃねぇか、これ!?)


 戦士であることを諦めたとはいえ、少女の師匠となったのだ。そう簡単に上回られては、師としての面目が丸つぶれだ。

 当初の計画通り新たな弟子をとりつつも、男は術士としての研鑚を本格的に積むことにした。

 昔の仲間を頼り、今日までに得た名声に頼り、何とか少女にそこを見透かされないように誤魔化す。

 そんな気苦労を知ってか知らずか、少女は今回が最後だと言いながらある薬をもって男の前に現れた。


 それは、古の万能薬……すなわち『エリクサー』であった。


 ありとあらゆる手を使い、現代の技術ではどうしようもないと見切りをつけた少女は、あるかも定かでない、過去の英知に頼ったのだ。

 辺境の遺跡に命を賭けて挑み、こんなバカげたものを発掘してきて、さらに弟子にもう一度力を貸してくださいと頭を下げられてしまえば、もう言い訳を並べてパーティを辞退することもできなかった。

 さらに、少女たちはエリクサーを手に入れるという偉業を果たすにふさわしい実力を得ていた。それは、男にとって致命的な大事件であった。


(これじゃ、師匠の立場がねぇじゃねぇかよ!)


 弟子に圧倒される師匠ほど、みじめなものは無い。そう常々考えていた男は、怪我をする前の戦闘手段である剣を封印した。せめて別の領域に立てば、まだ経験から師匠面出来たからだ。

 だが、それも一時的な措置に過ぎない。男はありとあらゆる手を使って、少女より上位に見える立ち位置を維持し続けた。


 特殊な霊薬を作り、術力を向上させた。

 万遍なく学んでいた聖術を、一つの属性に特化させた。

 王城にある禁書庫に忍び込み、いくつかの禁術を習得した。

 聖樹の枝を使用した聖杖を闇マーケットから回収して。

 聖銀の糸で編まれたローブを遺跡から発掘する。


 少女にばれないように、そんな涙ぐましい努力を重ね、上位にいるように見せかける師であったが、そんな幻影を追って、少女もまた成長し続けた。

 その名声は、国を越え、大陸を覆い……そしてついに、少女は勇者へと至ったのだ。

 当然、それに伴い男の名も世に刻まれる。勇者を見出した師匠として、勇者のパーティの術士として。


(確かに、目的は果たされた。果たされたんだが……)


 かつて自身の戦士としての実力に見切りをつけた男は、戦場を退いたつもりでいた男は、本人が望まぬままに、再び最前線へ放り込まれたのだった。

 そのことを心の中で嘆く男であったが、今までに得た名声の為、間違っても人前で心情を吐露するわけにはいかなかった。

 そしてそんな男の内心はともかく、勇者とその一行になった以上、やるべきことは一つであった。すなわち、魔王討伐である。


 と、そこまで思い起こし、ようやく男の意識が現在へと帰って来る。


「流石は『天雷』! まさか一人でここまで戦えるとは思わなかったぞ!?」

「それ、自画自賛だろ!」


 敵を褒めているように見える魔将であったが、結局のところ『そんな強い敵を倒せる俺凄い!』と言いたいのだろうと男は思う。

 それにしてもと、男は隠れてため息をつく。


(魔王と戦いたくなかったから、魔将の足止めを買って出たわけだが……失敗だったかな?)


 仲間たちは男の実力を過剰評価し、誰一人として残らなかったからだ。唯一残りたがったのは少女であるが、勇者となった以上そんなことが認められるはずが無かった。

 そんなわけで一対一を演じているのだが、流石に魔将と呼ばれる存在を相手に、一人で勝つなんて無茶を通り越して無謀であった。


(ああ、クソッ! いったいどこで間違えたんだ!?)


 本来なら、勇者となった少女の師匠として、弟子の無事を祈ってどこかの町で日常を過ごしていたはずなのだ。

 それが実際は……


(なんで、こんな事になったんだっ!!)


 男の声なき絶叫は、当然、誰にも届くことは無かったという……


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