第5章 神坂翼、浮浪者の疑いをかけられる。
この国、レイノ王国は、白亜の城を国のシンボルとしている。
その周囲には、ぐるりと取り囲むように青い飛沫を上げる川が流れ、緩やかで緑に溢れた丘があり、その先に白い煉瓦で立てられた門で、城と外を寸断している。
川の流れはさらに城下町へと続き、その街並みは、ヨーロッパの雰囲気を漂わせている。
商店、酒場、宿屋など活気ある商売店はもちろん、静かな時間が包む住宅街の中を進んでいく。
その川の終着点は、城下町のさらに下。大きな、大きな木で造られた門の脇だ。
おそらく、ここがこの街の玄関なのだろう、門を囲む高い高い壁を見上げながら思った。
街全体の規模は、ものすごく広い。駅何個分の距離があるんだろう? そう頭をひねらせるほどだ。
え? なんで異世界に来たばかりの俺がこの街についてこんなにも詳しいのかって?
・・・その川の端から端まで流されれば、誰だって頭に入るものさ。
そう、俺が窓から放り出され、落ちたのは川。そして流れのままに辿り着いたのが、今いる門の前ってわけ。
ちなみに、この川は壁の外にも続いているらしく、ちょうど壁がある部分には固い鉄格子が嵌められ、外部からの侵入を防いでいる。
・・・なんて言い方をするとカッコイイが、実際のところ、民家やらなんやから流れてきたゴミがそこで堰き止められているのが現状だ。
定期的に手が入れられているのか、悪臭などはしないが、ゴミと一緒に浮かぶ俺の図は、絶対誰にも見られたくない。絶対にだ。
必死に掴んだのは、煉瓦でできた溝。
川と道の境目でもあるそれにしがみつきながら、どうしたものかと周囲を見るが、特に人の気配はない。
って当たり前だ。だって夜中なんだもの。
本来ならば、門の回りには巡回の兵士なりなんなりがいそうなものだが、今はいないらしい。
というか、門自体が固く閉ざされているから、あまり見張りとかいらないのかもしれない。治安もいいのかもな、この街。
・・・なんて、状況を観察している場合ではない。
川に落ちたことで、俺は今、頭の先から足の先までずぶ濡れだ。
学生服という名のブレザーも革靴も、ぐしょぐしょ。
しかも水を吸った衣服がすんごい重石になって、何度川の底に沈められたことか・・・。
そんな中でも、なんとか生きている。よく頑張った、自分! とほめてやりたいが、問題はここからだ。
とりあえず陸に上がってみたものの、寒くて、寒くて仕方がない。
向こうの季節は、衣替え前の春だった。着ていたジャケットを脱ぎ、ぞうきんを絞る要領で脱水してみた。
・・・うわ、意外に楽しいかもしれない、この作業。
回りに人がいないことを良いことに、とりあえず順々に着ていた服を絞っていく。本当は干して乾かしたいところだが、そんなことができるわけはない。
・・・さぁて、俺はこれからどうしたらいいのかねぇ?
パンツ一丁はさすがにヤバイので、すぐにズボンとシャツを着こみ、風が凌げる場所へと身を寄せた。
溝には階段のような足場があり、ちょうど良く風避けになってくれた。
ぼんやりと見上げた空は、まだ暗い。でも星がよく見える。空気が澄んでるのだろうか。
膝を抱えて空を仰いでいると、だんだんと意識が遠くなってきた。
ああ、寝たら死ぬ、寝たら死ぬぞ俺!
そんな極寒の雪山でおなじみのセリフを思いながらも、水流に翻弄され、根こそぎ奪われた体力は回復を俺に訴えていた。
「――きみ・・・キミ!」
ハッと目を覚ましたのは、体を揺すられたから。顔を上げると、そこには兜・鎧を着こんだ人間がいた。
瞬間、ぞわわっと自分の体に悪寒が走る。当たり前だ、なんたって俺はこんな格好をした人間のせいでこんな目に遭っているのだから。
「こんなところで寝て、開門を待っていたのか?」
・・・かいもん?
見上げてみれば、寝る前には閉まっていた扉が、外へと繋がる道となっていた。どうやら上下可動式のようだ。扉の端は鎖でつながれている。
「浮浪者・・・なわけはないか。なら旅人・・・にしては軽装だが」
俺をジロジロと見ている人物だが、昨日出会ったヤツとは違い、その顔も声も純粋に不思議そうにしていた。
ついでに、よく見たら結構軽そうな鎧で、騎士っていうより兵士って感じだ。アンタこそそんな軽装で大丈夫か・・・とかは言わないでおこう。うん。健全な男子高校生を“浮浪者”呼ばわりしたことも言及したりしてやんないぞ!(涙)
「ギルドのクエストで朝一出発か。なかなか難儀だなぁ。道中気を付けて」
そういって去って行こうとする兵士に、ポカンと口と目を開ける俺。
・・・今、明らかに“ギルド”と“クエスト”って言ったよな・・・?
「お、オッサン! ちょっと待ってくれ!」
思わず呼び止めたら「オッサンはないだろ、オッサンは。これでもまだ30だぞ?」と振り返った。
・・・いや、俺の倍歳くってんじゃん。俺からすれば十分オッサンだよ。
「こ、ここにはギルドがあるのか?」
「なにを言っているんだ? あるに決まっているだろう」
アッサリと断言された瞬間、俺は「よっしゃぁああああ!!」とガッツポーズを取っていた。
良かった、神だか仏だかはまだ俺を見捨てていなかった・・・!
ファンタジー系ゲームの王道・ギルド。わざわざ説明しなくとも、誰もが知っていると思う。
それが、この街にあるだなんて!!
「そ、それ、どこにあるんですか?!」
「どこって、その道を左に・・・お、おい、キミ!」
「一体なんなんだ?」と首を傾げるオッサンに「ありがとうございやしたぁ!」と叫び、俺は朝特融の清々しい空気の中を走った。
見上げた空には、太陽。その周りには白い雲が浮かび、その縁は美しい色で輝いていた。
嫌なこと、怖いことのあとは良いことがありますからね。
ガンバレ、翼っち!
※前回に続き、改行箇所を増やしてみました。
主に、翼っちの心情を述べている部分の前後に。
読みやすくなっているとうれしいなぁ。