第2章 勇者宣告と死刑宣告
辺り一面、なにも見えない――暗闇。
自分が目を開けているのかすら分からなくなるほど、深くて底の見えない真っ暗な世界。
その中を、ふわふわと横たわった自分の体だけが漂っている、実に不思議な感覚。
それでも意識だけはあって「ああ、死ぬってこんな感じなのかな」なんてぼんやりと思ってしまった。
・・・いやいや! 死ぬとかまだ早すぎるからっ! まだ人生の半分どころか、四分の一くらいしか生きてないから!!
ガバリと身を起こすが、やはり墨よりも暗い黒一色の世界に変わりはなかった。んだけど。
――ツバサ・・・ツバサよ・・・
きいぃんと耳鳴りにも近い音とともに、まるで直接俺の体に流し込むように声が聞こえてくる。
「だ、誰だ?!」
叫ぶけれど、それに返答はない。けれど、またその声は俺の名前を呼んだ。
・・・そなたこそ、この国を、そして世界を救う勇者・・・
――ゆうしゃ?
その単語にやけに反応してしまうのは、俺が男だからか。はたまた趣味・ゲームの人間だからか。それともリアル中二でこじらせた病のせいなのか。内心慌てに慌てる俺をよそに、その声は続ける。
・・・この国を、レイノ王国を、そなたの願いで救ってほしい・・・
「れ、れいの・・・? ってか、なんだよ勇者って! それに、ねがいって」
俺の問いに、やはり答えは返ってこない。一方的な物言いに若干腹立たしさまで感じてきたとき、また声が響いた。
・・・そして、神の創りし世界を、その想いのままに導いてほしい・・・
――神? 世界を創った?
ますますゲームくさい単語を羅列され、意味が分からなくなってくる。
俺が、きっと返ってこないと分かっているが、出さずにはいられない声を発しようとした瞬間、暗かった世界に光が差した。
それは、あのバスを降りた直後に見た魔法陣と同じ。形もよくは分からない文字かなにかの配列までそっくりなものだった。
またも俺を中心に取り囲むように、魔法陣が輝きを放つ。そして、一拍の間を置いて火柱のような強烈な光を打ち上げた。
まずは正面、そして俺の右斜め下、左斜め下と発光する。
大きさは、魔法陣とまったく同じ。俺の両腕を回したより大きな光の柱だ。
そして今度は、左斜め上、右斜め上、最後に真後ろで光が上がる。
光と闇の落差に、目がチカチカして頭が痛くなってくる。
思わずぎゅっと目をつぶった次の瞬間、ドンッとなにか固いものに背中がぶつかった。
「ぐはっ・・・!」
冗談抜きで痛い、思わず涙が浮かびそうになったがなんとかこらえる。
だって、男の子だもん!
なんてジョークを思える辺り、まだなんとか余裕があるらしい。そんな俺が目を開き、一番最初に見たのは、金色で描かれた豪勢な模様が浮かぶ天井。どこまでも高く、まるで3階まで吹き抜けの住宅展示場の一軒のように思われた。
今度は、俺の背中にぶち当たったものを確認する。それは広い広い円卓で、まるでお高い中華料理店にある、あの回るテーブルを思わせた。しかし、それはどうやら木ではなく、石でできているらしい。通りで痛いわけだ。
そして、次に俺が見たもの。それは・・・
チャキッと鋭い光りを放つ、刃物。先端恐怖症の人間が見れば、さぞ発狂の雄叫びを上げただろうその先を辿っていくと、全身銀色の鎧を付けた人間が見えた。
どうやら、この刃物は槍らしい。そして、俺は今、鎧をつけた人物に槍を向けられているらしい。
その、俺の過ごしてきた日常とはかけ離れた状況に、両目を見開きはしても、それ以上のことができなかった。
まるで喉をつぶされたように、声が出ない。そして、体はガタガタと俺の意思もないまま震える。
――殺される。
本能的にそう感じた。俺はこの槍に貫かれて絶命するのだろうと。
その絶対的な恐怖に諦めにも似た、でも違う感情が俺の心を満たしていく。まさにその時、目の前に見慣れた髪を見た。
それはさらりと広がり、俺にあの甘いバラの匂いを届けてくる。
すぐに誰か分かった。小鳥遊さんだと。
「待ってください! 彼は敵ではありません!」
俺の前でその細い両腕を広げ、華奢な体で一生懸命に俺を庇う彼女。
・・・え? え? 一体どゆこと?
「で、ですが巫女様! こやつは突然この国王会議の場に現れたのですぞ!」
こくおうかいぎ? またもゲームっぽい単語が出てきたぞ。
「いいえ、彼は敵ではありません。むしろ、私と同じ世界の者。味方です」
さらりと色素の薄い、亜麻色の髪が振りぬかれる。そこには、髪と同色の大きな瞳に、雪のように真っ白な肌。低すぎず高すぎない鼻に、淡い桃色の唇と、彼女を構成するすべてが「美しい!」と絶賛させるほどの美少女・小鳥遊翔子さんがいた。
考えてみれば、翔子ちゃんの容姿を描写していなかったなぁと。
ほんとは「金髪碧眼!」のマサニ!な設定にしようかと思いましたが、そんな方々ならこれからイヤってほど出てくる(異世界ですから…)ので、敢えてリアルっぽくしてみました。
リアルハーフで美少女、それが小鳥遊翔子ちゃん。