第1章 神坂翼という一般男子高校生の朝
男には夢と書いてロマンと呼ぶものがある。
それはもちろん、この俺、神坂翼にもある!
そして、そんな俺の目線の先には、日本人にしては少し色素の薄い、けれど決して人為的に手を加えたのではない、自然体の艶やかしい髪がある。
その髪は長く、背中の半ばまである。今日はそれを左右の耳の下で赤いリボンで結われており、バスが揺れるたびにさらりさらりと優雅に揺れる。
彼女の名前は、小鳥遊翔子さん。俺の通う私立高校の隣りにある、お嬢様学校として有名な聖サルヴァトーレ女学院の生徒だ。
え? なんでそんなにも他校の一生徒に詳しいのかって? ・・・ちょ、ちょっと待て! 別に俺が彼女を追い回してるとか、ストーキング行為をはたらいているとかじゃない!
彼女はここいらの学校でも有名な美少女で、彼女の通う学院内でも三大美少女と称されるほどの美貌の持ち主なのだ。
しかも俺の通う高校は、彼女の通う高校の隣り。その美しさで知名度・人気ともに大な彼女の話や噂は、日常的に飛び交っている。
例えば、彼女のお母さんがイタリア人で、お父さんが日本人だとか。日本語以外にもたくさんの国の言葉を話せることとか。全国模試で市内トップの成績だとか。シャンプーの匂いは甘いバラということとか・・・って、最後のは完全に噂とかじゃなく、俺が今まさにその匂いに包まれているからなんだけど。
だ、だから、俺は犯罪者予備軍とかじゃないんだからね!
とにかく、俺は今、通勤と通学の人間でごった返すバスの中でつり革に掴まり、隣りで文庫本を読んでいる彼女に淡い恋心を抱いていたりする。
だって、こんなに可愛いのだもの! 同じクラスの女子とか「え? みんなジャガイモに見えるんですけど?」なレベルなんだもの! 好きになるくらいいいじゃない、片思いくらいしてたっていいだろ青春真っ盛りなんだから!!
――とまぁ、内心叫んだりするが、本音を言うなら俺はただの一般高校生。彼女みたいにハーフだの頭脳明晰だの実家金持ちだのと言ったスペックはまるでない。強いて言うなら運動が得意なことくらいだが、その程度だ。
だからきっと、彼女は俺という一般男子高校生のことなんて知らない。
そして、この“隣りの高校に通っている”という接点とも呼べない薄いものでしか、俺と彼女は繋がっていない。
『――次は、聖サルヴァトーレ女学院前。聖サルヴァトーレ女学院前です』
共学の私立で生徒の人数もそこそこいるってのに、最寄のバス停の名前ですらお嬢様学校の名前なんだから、本当に自分の低スペックさにあきれる。
とにかく、この人ごみを掻き分けて降りねば。
と言っても、このバスに乗っているのは、俺の通う高校か聖サルヴァトーレ女学院の生徒だから、残りはみんな会社員か両学校の先生。だから一度降車を始めてしまえば、バスの中は広く歩きやすくなる。
俺の横で一緒にバスに揺られていた小鳥遊さんが、丁寧にしおりをはさみ、文庫本を閉じた。そしてそのまま通学鞄から定期を取り出すのを見て、俺も自分の鞄に手を伸ばす。
ブレーキのかかる車体は、バス特有のプシューという音を立てて停車し、扉を開けて中の人間をどんどん外へと排出していく。
小鳥遊さんがつり革を離し、文庫本と定期を手に扉へと向かって行く。俺もその後ろに続き、甘いこの匂いを堪能しながら――だって小鳥遊さんが歩くたびにふわりふわりと漂ってくるんだもん! 嗅がなきゃ損だろ?!――運転手に定期を見せ、バスを降りた。
その、つもりだった。
地面についた足は、学校まで続く遊歩道の固い感触ではなく、どこかぐにゃりと柔らかい。
驚いて俯いた俺は、そこに広がる光景に目を見開いた。
「な、なんだよ、これ・・・!」
そこにあったのは、円形の光る線。大小の円を二重に描き、その隙間を埋めるように細かな文字や記号がびっしりと書き込まれ、中心には四方に向かって剣のようなマークが浮かんでいる。
一見して魔法陣だろうソレが、俺の足を中心点に取り囲むように6つ並び、金色の輝きを放っていた。
本能的に、逃げるべきだと感じた。けれど、遅い。遅すぎた。
さらに強く光り出した魔法陣は、俺の視界を閃光で焼くとともに、鼓膜を破るほどの大きな音を立てて俺を飲み込んでいたからだ。
そして驚くことに、その魔法陣の端には、あの“幸運の天使”、小鳥遊翔子さんがいた。
やっちゃいましたぁぁぁぁぁぁ!
個人的に大好きな「チート」「冒険」「剣と魔法」「ギルド」などなどのお話し、開始です!
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