表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3. 推理編

 明人は乱暴に玄関の扉を閉めると、靴を脱ぎ、リビングへ向かった。

 リビングには既に電気が灯っている。だが、誰もいない。代わりに、キッチンから野菜を切る音がした。娘の千波が料理を作っているのだ。明人は一度2階の自室に行ってカバンを置くと、スーツの上着とネクタイを脱ぎ、そのまま1階へ戻ってきた。

「ただいま。手伝おうか?」

 キッチンに入り、千波に声をかける。千波は振り返り、

「おかえり。別に良いよ、今日は焼きソバにするから、切っちゃえば終わるし」

 ニッと笑って答える。

 千波はロングスカートとTシャツの部屋着だった。その上に、ピンクのエプロンをつけている。こうして見ると、どこか新妻のようだ。それもそのはず、このピンクのエプロンは、千波の母親が結婚当初から愛用していた物で、つまり母の形見なのだ。

 一度まな板に向き直った千波は、ふと思い出して振り返り、

「あ、じゃあホットプレート出しといて」

 と頼んだ。

 明人がホットプレートをテーブルにセットし終えた頃、千波がステンレスのザルに入れた野菜や肉を持ってきた。焼きソバ用の麺も、もちろん持っている。

「あ、そういえば」

 ザルをテーブルの上に置き、麺の袋を破くと、千波が言った。

「今日、学校に警察が来たよ」

「なに?」

 食器棚から大き目のお皿を2枚取り出しながら、明人が聞き返す。

「彫りの深い男か?」

「お父さんのところにも来たんだ」

 来たも何も、たったいま会ったばかりだ。だが明人はそのことは言わず、先を促す。

「うん、その人だったよ」ホットプレートの電源を入れ、油を延ばしながら答える。「名刺貰ったんだけど、なんだっけ。騎士みたいな名前の人」

 明人も名前までは覚えていない。そんなことより重要なことがある。

「なにを聞かれた?」

「えっと……金曜の夜6時以降、どこで何してたかって。アリバイ調査って奴だよね。初めて生で遭遇した」

「なんて答えた?」

 後半の千波のトークには一切触れず、明人は急かすように聞いた。明人の手は止まっているが、千波はのんびりと、キャベツやニンジンをホットプレートに載せた。熱した油に野菜の水滴が落ち、水蒸気爆発が起きる。

「ありのまま」菜箸で野菜を散らばせながら言う。「7時過ぎに学校出て、8時ごろ帰って、それからずっと家にいたって答えた」

「そうか…ならいい」

 明人はさらに食器棚からコップを取り出し、テーブルに置く。ホットプレートの上で、水が音を立てながら水蒸気になっていく。

 野菜をあっちやこっちに動かす千波を見ながら、明人は思った。

 おそらく警察は、俺や千波を疑っている。ストーカー被害者なのだから、動機は十分だ。だが、俺はとにかく、千波だけは絶対に守らなければならない。

「どうしたの、お父さん」

 視線に気がついて、千波が聞いてきた。

「いや、なんでもない」

 箸を取って箸置きに載せると、やることがなくなってしまった。


「父親からは何も得られませんでしたね、兜警部」

 明人が乱暴に玄関の扉を閉めるのを見て、猫山が言った。

「警部?」

 返事がないので振り見ると、兜がいない。消えた。いったいどこに。キョロキョロ見渡すと、ガレージの中に兜がいた。

「何やってるんすか、警部。令状もないのに」

「たまたまガレージが開いてたんでな」

 兜はたったいま明人が乗ってきた車の横にしゃがみこみ、熱心に前輪を見ていた。ポケットからペンライトを取り出して、タイヤを照らす。

「さすがに、見ただけでは何もわからんな」

「何を探してるんですか?」

「もちろん物証だ」と言いながら、兜は立ち上がった。「死体は川を流れていたのだから、犯人は殺害現場から川まで、何らかの方法で死体を運んだことになる。もし仮に明人が犯人であり、この家の近辺で被害者を殺したのだとすれば、当然車を使って川まで行くはずだ」

 ここから川までは歩いて10分以上ある。死体を担いで持っていくのは、かなり危険だし重労働だ。

「なら、このタイヤを調べれば、数日以内に川に行った形跡が出てくるかもしれない、と思ったのだが……」

 事件から5日も経っている。鑑識で精密に調べなければ、証拠は出てこないだろう。

 兜はさらにガレージの奥に入り、車のトランクに手をかけた。が、もちろん開かない。死体を運ぶなら、後部座席に乗せるよりトランクに入れるだろう。この中を調べられれば、被害者の血痕か何かが出てくるかもしれないのだが。捜査令状でもなければ、調べるのは不可能だろう。

 諦めてガレージの出口へ向かう。猫山がホッとしたのもつかの間、兜はまたしゃがみ込んだ。後輪を見ているらしい。もし勝手に入っていることが誰かに知れたら、と猫山はハラハラしながら見ていた。

「……お?」

 と言って、兜がポケットから白い捜査用の手袋を取り出した。それをはめると、別のポケットから小さなビニール袋を取り出す。

「何かあったんですか?」

「ああ。ボタンだ」

「ボタン?」

 スイッチかと思ったが、留め具のことであった。兜は小さな乳白色の円盤を床から摘み上げ、それをビニール袋に入れた。

「よし、帰るぞ」

「へい」

 2人は急いでガレージを後にし、自分たちの車に飛び乗った。急発進するように車を出す。

「そのボタンはいったい?」

 運転しながら、猫山が横目に尋ねる。

「わからん。が、確か被害者のシャツのボタンが、2つなくなっていたな?」

「あ、そういえば」

「もし被害者のシャツのボタンだとすれば、これは強力な証拠になる」

「でも調べられるっすかね、そんなこと?」

「ボタンに糸がついたままだからな。可能なはずだ」

 ちなみに、見たところ血はついていない。

「……あの親子が犯人なんすかね?」

「まだわからんな。石黒の交友関係もまだ全て調べきっていないし、そもそも強盗の線だって消えていない。だが少なくとも、あの親子には十分な動機があることは確かだ」

「ストーカー被害、ですか」

「…………ああ」

 タバコを取り出して、火を点けずに口にくわえる。もしストーカー被害が今回の事件を生んだのだとしたら、それを防げなかったのは警察の責任だ。兜は憂鬱な気持ちになった。

「そういえば」と猫山。

「なんだ?」

「殺害現場はどこなんすかね? まだ見つかってないですよね?」

 兜はシートの背もたれに身を預け、煙を吐き出すジェスチャーをする。

「この事件が強盗殺人なら、川の近くだろうな。だが、計画犯罪だとすれば、どこだか予想もつかん」

 ウィンカーを出して角を曲がる。駅に近いためか、夜でも人通りが多い。車は徐行を余儀なくされた。

「石黒の家か、あるいはどこかに呼び出したのか……」

「石黒の家ってことはないんじゃないすかね?」

「何故だ?」

「彼の家はアパートです。もし騒がれたら、アパートの人間にばれてしまう危険があります」

「なるほど、確かにそうだな」

 警察ではもちろん、ひなた壮の住人への聞き込みも行なっているが、事件当夜に不審な音を聞いたと言う情報は得られていない。


 次の日。

 真解と真実が学校から帰ってくると、家の前に黒い車が止まっていた。

 2人とも首を傾げながら玄関のチャイムを鳴らすと、母親の美登理が扉を開けた。その美登理の後ろに、スーツを着た男が2人立っていた。彫りの深い男と、童顔の男。

「あ、兜警部」

 真実の顔が明るくなる。真解の顔は暗くなった。


 実相家は3階建てである。……というのは、正確ではない。正しくは中二階のある2階建て、である。1階から2階に上る階段の途中にひと部屋あり、そこが真解と真実の部屋だった。真解としては、中学3年生なのだから、もう自分1人の部屋が欲しいと思っているが、真実はそう思っていないようであり、両親も真実の意見を支持していた。

 その2人の部屋は、中二階とはいえ決して天井が低かったり、狭かったりすることはなく、2人分の部屋として十分な広さを誇っている。部屋の壁際には二段ベッドもあるが、それでも4人ぐらいは余裕で入れる。

 そんなわけで、いま、2人の部屋には真解と真実のほかに、兜と猫山が座っていた。

「それで、兜警部? お兄ちゃんに頼みたいのは、どんな事件なんですか? メイちゃんが見つけたアレですか??」

 部屋の中央には小さな座卓があり、真実がその横の座椅子に座る。栗色の前髪に、リンゴを模したヘアピンがついている。ヘアピンのすぐ下では、いたずら好きの猫のような目が爛々と輝いていた。

 真解はベッドに腰掛けて刑事2人を見た。2人は少し気まずそうに目をそらし、再び真解の方を見た。その様子を見て、幼さの残る真解の顔に、再び陰りが生じた。

「その顔は、真実の言う通りなんですね?」

「そうだ。何か意見が欲しくてな。…もっとも、いつものように全くのナゾだらけ、と言うわけではないが」

 前置きしてから、兜はこれまでのことを話し始めた。

 メイを通じて、被害者がストーカーであることまでは真解も聞いていた。その後、石黒のストーカー対象、井上千波とその父親明人に接触したことを話す。

 そして、ガレージで発見したボタン。

 そのボタンは、石黒の着ていたシャツのボタンと同じものであった。さらに、ボタンについていた糸の先端と、シャツの糸の先端は、ほぼ完全に一致した。

 つまり、例のボタンは、殺された日に石黒が着ていたシャツのボタンなのだ。

「じゃあもう、井上親子が犯人で決まりじゃないですか!」

「ああ、その通りだ」

「なんで警部、ここにいるんですか?」

 真実の目が急に冷めた。ナゾがないのであれば、真解の活躍の場はない。

「ただ、未解決の問題がある」

「なんですか!?」

「犯人は、おそらく井上親子だ。だが、どちらなのかがわからない」

「ん……?」

 真実は首を傾げて、少し考えた。それを見ながら、兜が続ける。

「ボタンから明人か千波のどちらかの指紋が出てくればよかったんだが、ボタンからは指紋も血液反応も、何も出なかった。近所の聞き込みでも、争うような声を聞いたと言う人物は、今のところあがっていない」

 真実はすぐに考えるのを諦め、真解を見た。真解は眉間にしわを寄せ、頬を指で掻いたあと、話し出した。

「可能性は3つ。明人さんの単独犯、千波さんの単独犯、2人の共犯。このうち、千波さんの単独犯というのは、無理があると思います」

「何故だ?」

「車がないからです。殺害現場にもよりますが、川の近くで殺したのでなければ、死体を運ぶのに車が必要になります。でも、明人さんは車で会社に行ってるんですよね? すると、明人さんが帰って来るまで車がないので、千波さんには死体を運ぶ手段がないことになります」

 兜も猫山も、「あ…」と言って固まった。

「明人さんが帰って来れば手段が得られますが、今度は明人さんにバレずに死体を車に載せて運ぶのが難しくなります」

 さらに言えば千波は19歳であり、まだ車の運転免許を持っていない。無免許運転も可能だが、そもそも車の運転方法を知っているか疑問だ。

「もちろん、犯行当日だけたまたま明人さんが車で出社してなかった、とか、明人さんにバレずに死体を運ぶ方法が存在する、とかの可能性もありますが」

 明人からはまだ証言を得られていないし、千波が犯人だとすれば明人の行動についてもウソをついているはずだ。なお、明人が車で出社しているらしいことは、確認済みだ。兜と猫山が張り込んでいたときにも、明人は車で帰ってきた。

「なるほどな……。すると、明人の単独犯か、共犯のどちらかか」

「ええ、たぶん」

「そうなの? 明人さんの単独犯ってのもおかしくない?」

 真実の疑問に、真解が首を傾げた。

「どうしてだ?」

「だって、死体を運ぶ手段はあっても、やっぱり千波さんにバレずに死体を運ぶのは難しいんじゃない?」

 真解は黙り込んだが、兜が「いや、そんなことはない」と言った。

「あの年頃の娘なら、1時間は風呂に入っている。その間に犯行に及べば、ばれないだろう」

 兜には4人の娘がいる。女性の日常生活の送り方に関しては、他の刑事よりいくらか詳しいようだ。真解の隣で、真実も自分の入浴時間を思い出して、確かに、と言った。

〔なんで真実は、いつもあんなに入ってるんだろう?〕

「一緒に入ればわかるよ?」

「イヤだ」

 真実の提案を、真解は突っぱねた。

「あるいは」ずっと黙っていた猫山が言った。なんとなく、自分だけ喋っていないのを恥ずかしく感じたせいもある。「会社から帰ってくる途中で犯行に及んだのかもしれない。それでもバレないよね?」

「いえ、それはありえません」

「どうして?」

「ボタンがガレージに落ちてたからです。一度、死体がガレージに入った証拠です」

「う……そうか」

 見栄を張って口を出すものではない。

 ちなみに、同じ理由で千波が川の近くで石黒を殺害し、そのまま川に投げ捨てた、と言う可能性も排除できる。死体は、少なくとも1度、井上宅のガレージに入っているのだ。

「だが、良い結論を得れた」と兜。「明人の単独犯でも、2人の共犯でも、どちらにせよ明人が犯行に関わっていることになる。なら、明人に聴取すればいいんだな?」

「まあ、そういうことになりますね」

「共犯ってのもないんじゃないかな?」

 再び真実が疑問を呈した。

「どうして?」

 真解は首を傾げた。真実は、明人の単独犯でも、2人の共犯でもない、と主張したことになるが、真解はその点には突っ込まなかった。

「だって共犯なら、計画犯罪ってことでしょ? なら、アリバイがないのは、逆におかしくない?」

「偽のアリバイなんて、そんなホイホイ作れるものじゃないだろ?」

「でも、私たちいままで、そういう事件いくつも見てきたじゃない」

 そう言われると、真解も反論できない。渋々口をつぐんだ。

「それに、強盗殺人に見せかけるのだって、2人がかりでひねり出すような計画だとは思えないわ」

 石黒の財布は抜き取られ、ポケットが裏返っていた。ここから、警察は強盗殺人の線も含めて捜査をしている。警察は複数の可能性を同時に調べているから、もしこれが犯人の計画なら、それは成功したことになる。が、確かに2人もいてこの程度しか考え付かないとは思えない。

 余談だが、「3人寄れば文殊の知恵」というが、この文殊とは、知恵を象徴する菩薩の名前である。

 4人寄ったおかげで、今回の犯行が明人の単独のものである可能性が強いことがわかった。これで満足かな、と真解は思ったが、さらに兜は続けた。

「もう1つ聞いていいか?」

「……なんですか?」

「そう嫌そうな顔をするな。明人の単独犯だとして、犯行現場はどこだと思う?」

 真解は眉をひそめた。

「と言われましても、ボクはその近辺の様子をよく知らないので……。でも、明人さんの家の近くだと思いますよ」

「どうしてだ?」

「殺害現場からガレージまで死体を運ばないといけないからです。まあ、もしかしたら遠くで殺して、隠れながら運んできたのかも知れませんが」

 突発的な犯行なら、その可能性も十分にある。逆に、計画的な犯行なら、絶対にありえない。

「そうか、わかった」

 今度こそ終わりのようだ。

 兜と猫山は立ち上がり、礼を言うと、2人の家を後にした。


 その日の夜。

 明人は会社から家に帰り、ガレージに車を止めた。エンジンを切ってガレージから出ると、目の前に2人の男が現れた。昨日も来た2人組の刑事だ。

「またあなた達ですか……」

「まあ、そう仰らずに。今日は、我々以外にもいますので」

「はい?」

 いったいどこに隠れていたのか。明人が辺りを見渡すと、いつの間にやら何人もの男が周りを取り囲んでいた。全員が警察の制服を着ている。はっきり言って、怖い。

「明人さん。これ、なんだかわかりますか?」

 兜がビニール袋を明人の鼻先に突きつけた。むろん、「これ」はビニール袋ではなく、その中身だ。

「ボタン、ですか?」

「ええ。シャツのボタンです」

「シャツ……誰のシャツですか?」

「警察で調べました。このボタンは、あなたの娘さんのストーカー、石黒のシャツのボタンです」

「…へぇ?」

 それがどうした、と言わんばかりの顔だ。兜はその顔に向かって言った。

「これは、たった今あなたが出てきた、そのガレージで発見しました」

「え……」

 明人が半歩下がるのがわかった。だが、どこに下がろうとも、周りは警官だらけだ。

「捜査令状です」

 猫山が紙切れを取り出し、明人の鼻先に突きつけた。

「お宅の車、調べさせてもらいます。鍵をこちらに」

 猫山が手を突き出した。明人は数瞬迷ったようだが、諦めたのか手にした鍵を猫山に渡した。

 猫山はそれを、隣りに立っていた白衣の男に手渡した。小鳥遊だ。小鳥遊は部下の鑑識とともにガレージに入り、車のドアに鍵を差し込んだ。

 次々と警官がガレージに入って行き、車の中を調べていく。全てのドアが開き、トランクも開けられた。

「お父さん、どうしたの? 帰ってきたんじゃないの?」

 そのとき、玄関のドアも開いた。

 明人も、兜も猫山も驚いて振り返る。

 戸口に、ピンクのエプロン姿の千波が立っていた。

「あれ? 昨日の刑事さん?」

「こんにちは、千波さん」

「どうしてこんなところにいるんですか? って、どうしてガレージに警察がいっぱい?」

「千波」明人がしっかりとした声音で言った。「家に入ってなさい」

「え……あ、うん……」

 父親の剣幕に逆らいきれず、千波は素直にドアを閉めた。

 それとほぼ同時に、小鳥遊が言った。

「警部、ちょっと来てください!」

「なんだ?」

 猫山を置いて、兜だけがガレージに入る。

「これ……ルミノール反応です」

 小鳥遊がトランクの中を指差した。そこには、兜らにとってはおなじみの、緑色の光があった。

 ルミノール反応があった、ということは、血が付着していた、ということだ。

「誰の血だ?」

「いま調べます」

 だが、調べるまでもない。本人に直接聞いてやればいい。兜はガレージの外にいる明人を呼んだ。

「なんですか?」

「明人さん。たったいま、トランクの中から血液反応がありました」

「!」

「いったい、どうしてこんなところに血が落ちているのか……説明願いますか?」

 明人は兜から視線を逸らした。そのまま、口を結んで黙り込んだ。


 翌日、金曜日。メイが死体を発見してから1週間が経った。

 朝、真解と真実が登校すると、メイと謎事が、教室の隅でなにやら話していた。

 と、メイが2人に気がつき、近づいてきた。謎事も後ろからついてくる。

「何話してたの?」

 メイが話す前に、真実が聞いた。

「例の事件のことです。実は今朝、兜警部から電話がありまして」

「え、なんて?」

 カバンを机に置きながら、真実が尋ねる。真実だけちゃっかり椅子に座り、3人がその前に立った。

「事件が解決したんだってよ」

「事件って、メイちゃんが見つけた死体の?」

「はい」

 メイが兜から聞いたところによると、事件の真相はこうであった。

 犯行が行なわれたのは、先週金曜日の夜8時ごろ。明人が帰宅し、ガレージから出てくると、近くの電柱の陰に石黒がいることに気がついた。ストーカーを何度か目撃していた明人は、そこに隠れているのが娘のストーカーだとすぐにわかり、警察に頼らず自力で捕まえようとしたらしい。

 しかし、石黒がナイフを持っていたため、事態は思わぬ展開を見せた。

 明人が近づくと、石黒は逃げようともせず、ナイフで襲い掛かってきた。刃渡り15cmほどの大きなナイフだ。だが石黒の狙いは外れ、明人はその腕を取った。刺そうとする石黒、ナイフを奪おうとする明人。

「もみ合っているうちに、ナイフが石黒に刺さってしまった、と」

「はい、そうみたいです」

 明人は倒れた石黒を何とか抱えあげ、ガレージに入った。トランクを開けて、石黒の体を引っ張り上げる。

「おそらく、その時にシャツのボタンが取れたのではないか、と」

 トランクに入れた後は、すぐに車を出した。車で少し行ったところに大きな川があることを思い出したからだ。そこに死体を捨てれば、しばらく見つからないだろうと考えた。

 川につくと、ふと思いついてポケットを探り、財布やデジカメを抜き取った。

「デジカメ?」

「ストーカーですから」

 千波の撮影用に、持ち歩いていたのだろう。

「ちなみに、その財布とかデジカメは、いまどうなってるの?」

「土曜日が、ちょうど可燃ゴミの日だったので、処分したそうです」

〔デジカメは燃えないんじゃないか?〕

 その後、明人は川に死体を捨てると、何食わぬ顔で再び帰宅したと言う。

「そういえば、死体を川に捨てた場所は、ひなた壮のすぐ近くだったそうです。明人さんは知らなかったようですが」

「ひなた壮?」

 真解が首を傾げると、真実は「被害者のアパートよ」と言った。

「いま明人さんは、全てを認めて、拘置所にいるそうです。千波さんも、お父さんが逮捕されたことはすぐに知って、ひどく悲しんでいたとか……」

 千波の母親は、千波が中学生の時に死んでいる。千波には、あとは父親しかいなかったのだ。なのに、その父親が捕まってしまった。

「明人さんは警察の尋問に、『ストーカーから娘を守るために、自分が殺した』と言っているそうです」

 悲しい話だな、と真解は思った。

 しばし、4人の上に沈黙がやってきた。メイは何か言い忘れたことはないかな、と記憶をめぐらせ、重苦しい空気を流そうと話した。

「えっと、その、ですが、明人さんの状況なら、殺人の中でも軽い刑になると思います」

「どうして?」

「殺意を持っていたわけではないからです。殺人ではなく傷害致死になるかもしれませんし、あるいは正当防衛や情状酌量が認められて、罪がなくなったり軽くなったりするかもしれません」

「ふぅん……」

 とにかく、と真解は思った。

 これで、この事件は解決した。

 もう、自分が関わることはない。

 そう思った。

 思ったのに。

 謎事がしきりに首をひねっていた。

「どうした、謎事。何か気になるのか?」

「……なんか、変じゃねえか?」

「どこが?」

「だってよ……」

 謎事の話を聞いて、真解はちょっと暗い顔をした。

 関わらざるを得なくなってしまったようだ。

 どうしようか、と真解は考えた。今の謎事の指摘を確認するためには、殺害現場へ行くべきだが。

「真実、明人さんの家って、ここからどのくらいだって言ってたっけ?」

「えっと、それは聞いてないけど……でも、被害者の住むひなた壮と、メイちゃんの死体発見現場の距離が、14kmだって言ってなかったっけ?」

 それは、歩いていくには遠すぎる。しかし、交通費を払って殺害現場に行くのもなぁ。それよりそうだ、念のため、あっちの現場を見ておこう。

「メイ、悪いけど今日の放課後、石黒の死体を発見した場所に案内してくれないか?」

「ええ、いいですよ」

 ちょうどそのとき、ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴った。


 遊学学園の中等部は、平日毎日6時限の授業がある。全ての授業とホームルームが終わると、3時半になる。真解たち4人は一応部活に入っているが、はっきり言って幽霊部員だ。

 その代わり、今日はメイの家の近く、彼女が死体を発見した現場に来ていた。

「この辺りです」

 メイが言った。川岸の丘の横、遊歩道に立って4人とも川を眺めた。

「この街灯のすぐ横でした」

 その街灯のすぐ横から、丘を下りていく。背の高い雑草を踏み分けた。

「帰ってズボン履いて来ればよかった」

 真実が口をヘの字にした。ローファーと膝上のプリーツスカートでは、草むらは歩きにくい。学校指定の黒いハイソックスを引っ張りあげて、少しでも脚を保護する。

 川のすぐ岸にたどり着くと、

「ここで、はっきりと死体だと確認して、ケータイで警察に連絡しました」

 メイが、電話をかけるジェスチャーをする。

「でも死体がどんどん流されていくので、それにあわせてわたしも歩いていきました」

 手を耳の横に置いたまま、下流に向かって歩いていく。真解たちもその後を着いていった。メイは歩きながら、警察に連絡したら真解たちに連絡して……と説明する。

「それで、ちょうどこの辺りで警察が来ました」

 そこは確かに、真解たちが野次馬にまぎれていた場所であった。その時は黄色いテープに周囲を囲まれていたが、いまは何も残っておらず、事件があったという痕跡はすっかり消えていた。

「結構歩いたな」

 と謎事が言う。メイは「確か、あの日は10分ほど歩いたと思います」と付け加えた。

 真実はいま歩いてきた道を振り返り、

「距離にして、だいたい200メートル強ってところかな」

「ふぅん……?」

 真解もつられて振り返る。

 川は広く、長かった。

 街中を流れる川なので、ことさらに綺麗というわけではない。川底に自転車などの粗大ゴミが沈んでいたりする。それでも川の中には魚の影が行きかい、カモやサギが時々首を水中に突っ込んでいた。

 川の流れを逆に伝って、真解は視線を上げて行った。上流に目を向けるにしたがって、遠近法で川幅が狭くなる。数本の橋をくぐり、幅が半分ぐらいに縮んだところで、川は大きく左に回り丘の向こうに消えてしまった。

 真解は上げていた視線を戻すと、今度はうつむいて考え始めた。

 被害者は石黒国男。フリーターのストーカー。兜警部は、ストーカー被害者の井上千波と明人親子を疑い、捜査した結果、明人が犯人であると突き止めた。

 何もおかしいところはない。

 強いて不自然なところをあげれば、今朝の謎事の指摘ぐらいだが、それは「偶然」のひと言で片付けられることだ。

 でも、と真解は思った。

 ここに来て、不自然なことがもう1つ、出来てしまった。

 これは果たして、偶然だろうか。

 仮に必然だとしたら、この2つの事柄から得られる結論とは。

「……見えた」

 真解は顔を上げた。3人が真解の顔を覗き込む。真解は言った。

「明人さんは、ウソをついている」


~読者への挑戦状~


以上で、「問題編」は終了です。

明人の「ウソ」とは、なんでしょうか。

そしてその「ウソ」を訂正すると、この事件はどう書き換わるのでしょうか。

すべての手がかりは、「問題編」のどこかに隠されています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ