九話 美少年が、そこにはいた
先生の指示に従い、階段の上の方へと向かえば、そこは先程よりも十数人程の影が見えた。
「あ、蒼! こっちこっち!」
「麗!」
出席番号順であるため、必然と俺と麗の距離感は近くなる。昼時ぶりの友人との再開に若干テンションが上りつつ、五組の列に並ぶ。
「どこいたの?」
「勘違いで下」
「ありゃま」
軽くネクタイを緩めながら、麗と軽口を叩き合う。そうして余裕を持つと、ふと周りへと目線が行った。
白、紫、緑、灰、黒、赤。それだけじゃないとわかっていても、目に飛び込んできたのはその色だ。
「髪色、豊かだなぁ」
「こんなもんだよ、ボク達は」
「こんなもんですか」
……ていうか、なんか、顔面偏差値高くない……?
「まあ確かにボクも美形ではあるからね。蒼の存在をかき消してしまうのは、これは仕方がないんじゃないのかな」
「遠回しに顔の造形がダメって言ってる? 泣くよ?」
「さあ?」
なーんかこいつ、どっかSっ気があるんだよなぁ。いつかドS方向に目覚めて、俺のことを罵倒してきそう。
ちなみに俺はそういうのはご褒美とは思わないタイプだ。こればっかりは宣言させてもらうぞ。
「でもSかMで言ったら?」
「若干のM寄り……って、何言わすんだ馬鹿! 恥ずかしいだろうが!」
「M発言の否定はなしかよ」
別に誰かを傷つけるくらいなら、俺は自分から傷つくスタイルなだけだ。天性のものではない。
つーか、何が悲しくて友人とこんな会話をせにゃならんのだ。
「ま、半分意地悪だよ」
「イジワル!」
「わはは、いくらでも言うがよろし」
ばーかばーか! あんぽんたん! 若干身長持ってるだろその靴!
「最後のは聞き捨てならないなあ?」
お、怒んないでぇ……
そんな馬鹿を二人でやっていると、ふと影がさした。
「──さっきから、変な会話してんな、そこのお二人さん」
「うへぁ!」
自分の背後から声がして、変な声を出してしまった。恥ずかしい。
「おま、君は……」
「っと、うぇ、だ、誰?」
何事だと、勢いよく振り向けばそこには──カーディガンを羽織った青目黒髪の美少年が、そこにはいた。
*
「急に驚かせて悪かった。俺の名前は北原葛、クラスメイトだ」
「いや、こっちこそごめん、急におっきな声だして。俺の名前は咲崎蒼、よろしく!」
「……頭内麗だよ、よろしくね」
「蒼に、麗。……それで最初に戻るんだが、なんか二人の会話ってチグハグしてないか?」
舌の上で俺と麗の名前を転がした葛は、どこか怪訝そうな顔で俺達を見つめている。
……確かに、俺と麗の会話を何も知らない第三者から聞けば、かなり変というか気味の悪い会話だ。
麗はその特性上、俺が喋らなくたって俺の内面がわかるし、それに対してのコメントを入れれば端からは「話してもいないことに答えている」という状況が作り上がってしまう。
「うーん、なんて言えば良いものか……俺と麗がベストフレンドだから、じゃダメ?」
「入学式が初対面そうだったけどな」
そーだよなー、出席番号が俺の一個前だから、そりゃ入学式に横にいた俺達の会話は聞こえてるよなー!
俺が『人間』であることと、麗が『さとり』であることは聞こえなかったのだろうが、それでも察しがいいな、葛君。
「そうだね、チグハグという表現はあっている。そして、それに対するボク達からの返答は、『術』のせい……とでも言わせてもらおう、『雪女』君?」
「! ……」
「? ゆきおんな?」
「『雪女』、氷の妖だよ。まさか『先祖返り』がこのクラスに居るとはね。ま、ボクもそういった手合ではあるけどさ」
「……正確には、返ってないさ。ただ、なるほどな。変に聞いて悪かった、そういう事情なら納得だし、これ以上は聞かない」
やべぇ、俺が納得できてねぇ。
状況整理! 葛君=『雪女』……だよな、会話の流れ的に。そんでもって、『雪女』っていったらさすがの俺でも知ってるレベルの代表的な妖怪だ。
昔、教育番組かなんかで見た雪女は白い女性だった。白く、美しく、恐ろしい。綺麗な姿で、優麗な表情で、無慈悲に辺りを凍てつかせた氷の妖怪。
それが、葛君、なのか?
「……あ」
の、と言葉を紡ごうとする前に、右ポケットから決して無視できない振動がした。それは、スマホがメッセージを受け取ったことの証明だ。
葛と麗から一度目を逸らし、すぐに自分の青色のケースに入ったスマホの電源を入れる。通知の正体は、麗からのメッセージであった。
『今の話には補足があるとすれば、今の世の中に『妖怪』の種族が明確にわかっているものは少ない、千年前から色々な種族が交じってきたからね。
そして、世の中には『先祖返り』という自らの祖先の『種族』が発現することがある。まあ、隔世遺伝ってことだよ』
隔世遺伝。
よくいう、おじいちゃんとか、おばあちゃんの特徴がでたりしたり、ずっと前の先祖の特徴が出たりするもの。
桜の言っていた話と、今聞いた話を頭の中で当てはめてみる。
つまり、『妖怪』の持つ種族……『茨木童子』や『さとり』といった明確な種族は、今ではもう少ない。千年前から色々な種族が交じっている、というのは、簡単に言えば異種間同士で子供ができたという話であろう。確かに、ハーフからクウォーターになったりすると特徴は薄れていく、だろう。
そして、稀に『先祖返り』を起こし、『種族』が先祖のそれになる。
「なるほど……ん、まあ六割は理解できた」
「残り四割はどうするの?」
そんな麗からのツッコミを華麗に躱しつつ「躱せてないよ、逃げただけでしょ」ちょ、ココロの中に入ってこないで!
ごほん(咳払い)。
……あれ? そういえば、麗が葛君に話してる時、
『──そして、それに対するボク達からの返答は、『術』のせい……とでも言わせてもらおう』
と言っていた。
『術』って、なんだ?
「あー、そっか、それもしらないのかぁ。ま、蒼が無知を晒して恥をかかないために教えてあげるけど」
「すっごい感謝しにくい言い方!」
「いや、ちゃんと感謝はしてね。……『術』っていうのは、簡単に言えば超能力のことだよ」
麗は葛君の意識がこちらに向かっていないことを確認すると、そうひっそりと声を抑えて伝えてくる。
……ちょーのーりょく!? え!? そんなのあんの!?
「あるんだな、これが」
「マジか!」
すっげぇ厨二心をくすぐられるぜ!
「……そこら辺はきっと、先生から説明があるんじゃない? 仮にも蒼は、大事な人妖関係の鍵となる存在なんだし」
「そ、なのかね」
大事、という言葉に対して俺はあまりにも実感が足りていない。
この世界での歴史も知らないし、俺という存在──と、いうより、この交換学生の立場って、俺自身が自覚できていないだけでめちゃくちゃ大事なのだろう。
「……和平を望まない者にとって、蒼はどれだけ邪魔な存在であるのだろうね」
そんな麗の吐き捨てるような言葉は、頭の中でことの重大さを未だ理解しきれていない俺の耳には届かなかった。
*
「っていうか、呼び捨てでいいぜ。俺も蒼、麗って呼ぶから」
「! わかった。よろしく、葛」
「よろしくね〜、葛」
なんて会話を三人でしていれば、いつの間にか時間は集合時間へとなっており、クラスごとに食堂へと入っていくこととなった。
「わ、夜ご飯カレーライスだ」
定番で、嫌いな人のほうが少ないカレーライス、万能説。
席には出席番号順につくことになっていて、偶数が右側、奇数が左側の席になり、麗と葛と向き合う形だ。
「桜!」
「まあ出席番号を考えれば、隣になるか」
鬼城院、なので偶数奇数で考えると自然と俺と桜は隣になる。
ちなみに、俺の隣には超絶美形の黒髪黄目のサラッサラロングヘアーの男子生徒が座っている。桜とこのクラスメイトのせいで、俺の顔がいつもより醜くなる気がする……なんだコレ、どんなバツだよ。
そう、くだらないことに思考を使っていると──
『──あー、あー。ん、マイク大丈夫です』
──そう、女性の声が機械音を通して聞こえた。
見れば、食堂の角の台の上に女性が一人、確かにそこにいた。
一目入って飛び込んできたのは、その女性の背丈だ。おそらく、百八十はあるのではなかろうか。それに加算してヒールも履いているので、百七十前半の俺より全然高い。
……いや、俺が小さいわけじゃないよ!
そして、女性は自らの腰のあたりまである青がかった髪をサラリと撫で、こちらを向き──
『まずは、ご入学おめでとうございます。私は八百比玲奈、この度一年二組の担任を務めさせていただきます』
これから四年間、よろしくお願いしますね。そう、どこか魅惑的な女性教師──八百比玲奈は告げた。
ここで、皆様の疑問についてお答えしよう。
「なんで四年? 普通に来年は担任変わるんじゃないのか?」
この質問に対しての返答は、違う、の一言である。
まさかのこの学校、四年間もあるくせして一度もクラス替え担任替えがないとかいう、人間関係構築の難易度を馬鹿みたいにあげてくれている。
「あの先生、珍しい、人魚だ」
「え? そこまでファンタジーなの?」
「うん。海に住んでる種族もいるよ。人魚か代表的だけど、海坊主とかさ」
「へぇ……」
麗の発言に驚きつつ、またじっくりと八百比と名乗った教師を見る。しっかりとした見るだけで美しいとわかる脚を惜しみなく晒している。
……人魚とか、全然わかんねぇや。
「ま、水に入ったらわかると思うよ」
妖怪ってわかんねー! 肺呼吸なの? エラ呼吸なの? 生態系が理解できないぜ……
「一つの種族を理解する、そんなのは無理だよ。蒼だって、全人類を知ってるわけじゃないだろう?」
「スケール的に言えば、そうい話か」
俺だって全部の国を知ってるわけじゃないし、全人類と知り合いなわけでもない。そもそも、一つの種族、生命を完璧に理解なんてできやしない。だから麗の言い分が正しいだろう。
「はぁ……なんか難しいこと考えちゃった」
柄にもなさすぎる。そもそも、俺という人間は行き当たりばったりで世に流されるタイプであるのだ。
「ま、君はまだこっちに来て一日も経ってないだろう? 今日は難しいことは考えないで、美味しいご飯を食べればいいさ」
「そうだね。いただきまーす」
先生の話を聞きながら夕食を食べる、というのが今この時間だ。先生は明日の段取りを一から説明してくれていて、予定をすっぽかしがちな俺としてはありがたい。リマインド、大事。
明日はクラスメイトと実際に交流が増えて、あとは学校案内。
「楽しみ?」
「楽しみだよ」
──麗とそんな会話を楽しみつつ、こうして学校生活一日目の幕は降ろされた。




