八話 四年ギスギス
夜。とは言ってみたものの、ゆうて五時、つまり夕方だ。
今日は学校内にある食堂で夕飯を食べる、というイベントがあるのを入学式当日までガッツリ見落としていた俺こと咲崎蒼だが、まあなんとかなってるので、いいだろう。
人生は気楽に思い詰めないほうが大事って、誰かが言っていたような気がしなくもなくもなくもない。
「荷物って特に何も持たなくていいんだよね?」
「そこら辺はなんにも言われてねぇな。向、なにか聞いてるか?」
「……」
「向?」
桜の発言に対し、向はどこか怪訝そうな表情を浮かべたまま、口は閉ざしたままだ。今日一日の印象で向は結構口数が多いキャラのような気がしたが、気の所為だったのだろうか?
「……」
「いや、頼むからなんか言ってくれ。どうした? 何かあったか?」
「……い」
「「?」」
「距離感が、近い!」
「え?」「は?」
予想もしていなかった向の発言に、一瞬ばかし脳がフリーズ、数秒後に働き始め、ようやく言葉の意味を理解する。
……近い? って、何が?
「いや、気づけよ! なんか買い物帰ってからお前らの距離近いって!」
「え、そう?」
「わからん。適切って言えば適切じゃないのか?」
「適切じゃねーよ! 桜はちょっと辞書引いてこい! お前らの距離、すっげー近くなってるからな! 実は中学同じかって具合に!」
そこばっかしは心の中でのみ否定させていただこう。この学園の中で俺と同じ中学は誰もいない。
まあ、そんなのは置いておこう。目下の問題としては、俺と桜の距離感だろうか。
「一日で仲良くなりすぎだろ……えぇ? なんか共通の趣味でも見つけたか?」
「んだよ、向、嫉妬か? コイツらがいない間はオレとイチャラブしてただろ」
「いや、別にイチャラブじゃなかったろ、瀬奈」
瀬奈は手に持っていた俺と桜が買ってきたお菓子を口に放り込み、数度の咀嚼の内、再びこちらを向いた。
「んまぁ、確かに距離感はちけーっていうか、なんか急に”友”オーラが半端ねぇとは思うが、どっちかっていうとそれはいいことじゃねぇのか? 初日で喧嘩からの四年ギスギスより、ある程度仲は良すぎる方が過ごしていく上で楽じゃね?」
初日で喧嘩からの四年ギスギス。なんて恐ろしいワードだ、怖い。
「……はぁ。まあ、瀬奈の言うことが一番最もだな。悪い、変に突っかかって」
「別に気にしてないよ。ね、桜」
「ああ」
「……」
正直、俺と桜の距離感が近すぎる、というのはまともに取り入れるべき純粋な第三者からの意見だろう。
中学三年間で、俺のコミュ力は限界の限度の最低まで落ちたと言っても過言ではない。むしろ適切だ。
だからこそ、測りかねている。
妖怪だから以前に俺は『トモダチ』という存在に対しての対処方法がいまいち掴めていない。
「うーむ、トモダチとは何を持ってそう呼ぶのか、どういった関係性がトモダチなのか……」
「すっごい哲学っぽいこと言ってんな」
まあ実際はよくある男子高校生の浅くて深いお悩みなんだが。
「ま、ともあれとして。夕食には何もいらないってさ、俺はスマホだけ持ってくや」
「じゃあ俺もそうするー」
「クラスメイトってどんな連中だろ」
「オレと同じ中学はいなかったな」
正直、今日だけで麗、桜、向、瀬奈と個性が強めのメンツにあたっているので、できるかぎり胃もたれがしないキャラの濃さの奴らがいいなー、なんて。
──まあ、普通にフラグになったんだけどさ。
*
食堂は校舎の地下一階にある。
寮から徒歩十分程度。塗装された道に街灯そこそこ。その道を歩いて俺らは校舎へと入ることになる。
そして、俺がこれから四年間通うこととなる校舎について軽く説明しておこう。
校舎自体の作りは二重になっている。まずは正方形型の五階建ての建物が一つ。そこには生徒が授業を受ける教室と、教員室、そして地下に食堂が存在。
そしてその校舎をぐるりと一周囲むように特別教室等がある校舎が存在している。これが文字通り本当にぐるりと囲んでいるのだ。渡り廊下で内側と外側の校舎は行き来可能になっており、それなりに開放感がある。
ちなみに渡り廊下は普通に窓が多めの廊下。ちゃんと天井まであるぞ!
「んで、その校舎の地下は結構窓が多いのね」
校舎の立地上、地下と言っても少し丘の部分にあるので、食堂には無数の窓ガラスが点在している。
ちなみにこの校舎に上がるまでにはそこまで段数のない階段があった。
そして今俺達は食堂へと至る階段にいる。そこで、クラスごとに順番に食堂へと入っていくからだ。
「やっぱし出席番号順に並んどかね?」
そう言う向の発言は最もだ。
その意見に賛同しようと、口を開きかけ──
「──オイ、何やってんだ、お前ら」
──そう、低い声が響く。
不思議だ。威圧感も権威も無さそうな口調なのに、自然と頭に声が響く。
そこに立っていたのは、四十代ほどに見える男性だった。髭を無造作に伸ばし、肩に黒髪を垂らしている。肩まで伸びた髪の毛を軽くひとつ結びしている俺とは対称に、この男性は髪を流しているだけで何もしていない。
シワの多い白いワイシャツにネクタイは無し。そして──
「……お前ら、五組か?」
再び男性の低い声が脳を透き通った。
「……ぁ」
「──そーなんすよ! だから食堂に来たんですけど、どこに並べばいいかわかりますか? 先生」
全員が動けなかった中で一番最初に口を開いたのは向であった。向はニパッと笑顔を浮かべてそのまま目の前の男性──先生に話しかけた。
「え、先生?」
「おいおい瀬奈、この人俺らの担任だぜ? 入学式のときに俺らの名前呼んでたじゃんか」
入学式では、そのクラスの担当教師が一人ずつ生徒の名前を呼び上げ、それに返答するというイベントがあった。
そん時は、確か俺達のクラスは黒い和服に身を包んだ無精髭を……あ、この人か!
「やっぱり五組か。……『鬼』に『狐』で、そうじゃないかと思ってたが」
「?」
──ぽつり、そう呟かれた最後の言葉は恐らく、誰の耳にも入らなかっただろう。
先生は一度目を閉じて、再び俺等の方を見ながら上を指差した。
「五組なら階段の上で集合だ。降りてきてもったのに悪ぃが戻ってくれ」
「えー、マジっすか。わかりました、ありがとうございます」
向、マジで良い奴すぎ……! こういう時積極的に動いてくれるだけで惚れるぜ!
「……あの」
先生の言葉に従い、上へと行こうとしたが、先程まで沈黙していた桜が怪訝そうな表情で先生を見つめ、疑問を口にする。
「先生の、その、手に持っているものって……」
「あ? タバコだが?」
「「「「……」」」」
あー、まって、コイツへの評価変えよう。
嘘だろコイツ、言い切りやがったぞ、タバコって。俺ら未成年だってのに。
「質問が終わったなら、俺はもういいだろ? そろそろニコチン切れそうなんだよ、さっさといかせてくれ」
「あ……すんません、時間取って。えー、と。ニコチン、取れるといいっすね……」
ちょっとばかし的外れ気味の向の発言によって、この場はとりあえずの解散となった。




