七話 ちゃんと対等で
購買の外装は、 一階建てのそこそこ広い建物だ。近所のスーパーよりは広い気がする。
中には食品コーナーや生活用品コーナー、文房具コーナーが主に占めていて、学生活をするうえで必要なものは一通り揃っている印象だ。
というか、購買にお惣菜コーナーとか冷凍食品コーナーってあるもんなのか……?
「えーと、向が写真撮ってきてって言ってたよな」
「今撮る……ん、これでいいだろ」
そう言うと桜は簡単にスマホを操作する。そして操作が終わったと同タイミングで俺のスマホが鳴り、グルチャに購買の写真が送られていた。
「にしても、昼飯どうしよ。簡単にカップラーメンでもいいけど……朝からかぁ」
カップラーメンが悪いわけではないけど、入学初日の昼ご飯には適していないような気がする。ただ、だからといって何か食べたいものがあるわけでもない。
とりあえずは購買の中を見てから決めるかと、カゴを持ってふらふらと歩く。そんな中で、天井にぶら下がっているコーナーの名札のようなものが目に入り、ふと思い立った。
「なあ、なにかお菓子買ってかないか?」
「良いかもな。一応二人にアレルギーないかだけ聞いておく」
内部の構造的にお惣菜コーナーに行くよりも前にお菓子類が売っているコーナーがある。そこで、クッキーや煎餅やスナック菓子を買えば昼と夜の繋ぎになるだろう。
にしたって、品揃えいいな……これ、結構マイナーなお菓子だと思うけど。それに、新発売の商品もちゃんとある。近所のコンビニ・スーパーよりも断然在庫がある。すっげ。
お菓子類、無難なのはなんだろう。シェアすることを考えたら、やっぱりスナック系だよなぁ。
悩みながら商品棚を眺めて、これかなあれかなとしていると、──見知った黒が目に飛び込んできた。
「あ、麗!」
「ん? あ、蒼! さっきぶりだね」
見知った黒──頭内麗はそう言いながら手に持っていたグミ系のお菓子をカゴに入れ、こちらを向いた。
どうやら制服から私服に一回着替えたようで、灰色のパーカーに黒い短パンで身を包んでいる。顔が美形であるからか、どんな服でも卒なく着こなしてるな。
「美形だなんて、照れるね」
「ア、そうだった、読まれるんだった!」
「そーだよ。蒼が誰と何を話しているときに何を思っていたのか、好きな女の子のタイプから一番最近に読んだえっちな漫画まで、なーんでもわかるよ」
「読んでねぇよ」
そればっかりは俺自身の名誉のために否定させてもらう。俺はきっちり法律を守る男なのだ。
そんな俺の返答にどうやら蒼は満足していないご様子。少し不満そうな顔になりつつ、俺を軽く睨む。
「男子高校生なんて性欲が第一だろうに。人生の半分破損してるね」
「なんて男子高校生への強い風評被害……!」
別にそれだけが全てじゃなかろうに。部活だとかゲームだとかを第一としている男子学生のほうがどっちかって言うと多いはずだ。
それに、だとしても、だ。目の前に女子高生がいる前でどういう子がタイプだとかを言えるほうが少数派であろう。
「って、いいんだよこんな話は。麗は何か買う予定が?」
「見て分かる通りのお菓子。と、軽く生活必需品を」
そう言いながらカゴの中を見せてくれる。中には歯磨き粉やシャンプーの他に軽い調味料が入っていた。確かに、そういうのも必要だよな。後で桜に話しておこう。
なんてことを思っていると、麗は一瞬驚いたような表情になり、どこか心配するような表情に成った。
「──……結局バラしちゃったの?」
「え? あ、ああ、桜のことか。うん、黙ったままでいたくなかったんだ」
──鬼城院桜は善人である。
それが、俺がこの数分の間の会話でわかったことだ。
誰に対しても真剣で、誰に対しても真面目で、誰に対しても真摯に向き合っている。紳士的な性格だと思うし、とても好感が持てる考え方だ。
急に桜からすれば変なことを聞いてきた俺に対して、俺の事情を知らなかったときも、説明をしようとしてくれた。──だから、俺もちゃんと対等でいなきゃいけないだろう。
「それで秘密を打ち明けたのか。まあ理解できない考え方じゃないけどさ……それでも、それはあまりにリスキーすぎる行為だよ。今後はもっと、自分自身の抱えている秘密の大きさと重さをしっかりと理解したほうがいい」
「う……返す言葉もございません」
『人間』というのは、やはりこの裏界においてかなり大事なワードなのだろう。それにどんな思いや歴史があるかは今はまだ知らないが。
にしたって、やっぱりもう明かさないほうがいいよな。これで俺の秘密というか種族を知っているのは大人を含めないと麗と桜になったのか。麗なんてはんば不可抗力で知られたものだが。まあ、それは麗にも言えることか。知りたくもなかった知識を不可抗力で教えられてるんだし。
「……君は」
「? どうかした?」
「……いや、別に、なんでもないよ」
そう言うと麗は一歩、俺から距離を取り、背を向けた。
「じゃあ。また、夜に」
「あ、そうだね。また夜だ」
夜にクラスメイトと顔合わせのようなものがあるんだった。忘れてた。
離れた麗の背中を見ながら、ふと思いつく。あえて思い出させるように、今の言葉を残したのかと。
だとしたら、同時にこうとも思う。
──始めてできたトモダチが麗で良かった、と。
*
「えーと、じゃあもう会計向かう?」
「昼飯、お菓子……うん、いいと思うぞ」
持っているカゴの重さがそこそこの物になり、そろそろ会計へと向かっていい頃合いであると話し合って決定した。
ちなみに、会計は割り勘と話し合って決めた。
「お昼ご飯何にした?」
「パック寿司」
「いーよね、寿司」
そう言いながら、カゴからパック寿司を取り出し、買ったビニール袋へと入れる。ちなみに、俺の昼食はうどんだ。温かいやつじゃなくて、冷たいやつ。俺は基本的にザルが好き。
学校の購買に寿司って売ってるもんなのかとそう思いながらビニール袋へと詰め終わり、そのまま帰路へとつく。
「そういえば、蒼、誰かと会ってたか?」
「あ、ああ。うん、クラスメイト。入学式で隣の席でさ。頭内麗っていう人なんだけど」
「……人、じゃなくて妖怪だな」
「あ! ごめん、うっかり」
「ひやひやするなぁ、お前」
これは、当分なれるまでかなりの時間が必要そうだ。
そう思いながら持っているビニール袋を見つめる。
中に入っているのは桜のお寿司に、俺のうどん、とお菓子類。これら全てが、俺の知っているものであった。
別に、実感がなかったわけじゃない。
そもそも、建物も、服も、姿形も、自販機だって、家電だって、商品だって、全部俺が知っているものであった。
だから、違和感がないと言うか……ここが妖怪の世界であると、実感しづらい。
「そこまで差異はない、ってことでいいのかな」
だとすれば、生活する分には困らないだろう。
でも、怖いのが勉強だよなぁ。主に歴史が全く持って違いそうだ。だって、俺は学園長や麗、桜の言っていた『千年前の争い』を習ってないし、知ってもいない。そんなものが会った事実だって、俺は知らない──いや、『人間』が知らないのか?
この裏界で生きていくために、俺はやっぱり知らなきゃいけないことが多すぎるな。せめて最低限度の常識や諸々を身に着けたい所だ。
「あ、そういえば、『種族』ってのについて詳しく聞いてもいい? 学園長とか麗とかからあ説明を受けたけど、もうちょっと詳しく知りたくて」
「『種族』、か。そうだな……人間で言うと人種? いや、なんて言えばいいんだろうな。俺は『茨木童子』って言ったよな?」
「うん、お兄さんが『酒呑童子』なんだよね、確か」
「……ああ。それで最初、本当に最初の最初だ、人間でいう旧石器時代とかそこら辺は『妖怪』という生物の区分で犬や猫といった具合に単に頬乳類で分けられないように、『妖怪』にだって色々いたんだ。『鬼』とか、『狐』とか……有名どころだと、『ろくろ首』とか『一つ目小僧』とかだな」
そこまで、は、理解できてるはずだ。たぶん。哺乳類、両生類、魚類といった生物区分に『妖怪』がいたという話だろう。
「俺がそうだから『鬼』で説明するが、鬼の妖怪っていっても『茨木童子』や『酒呑童子』、そもそも『赤鬼』だとか『青鬼』だとかもいるからな。犬っつってもトイプードルとか柴犬とかがいるのと同じようなものだ」
「なー、る、ほど?」
確かに、犬は『哺乳類』で『犬科』で『犬』。それが『妖怪』で『鬼』で『茨木童子』になるってことか?
なるほど、多分理解はできた。たぶん。
「はぁ、色々と覚え直しかぁ……」
「できる限りのサポートはしてやるが、後はまあ、お前の……蒼の努力次第だな」
「がんばりまーす」
正直、あの中学時代に急に告げられたこの生活。飲み込めているかも怪しいし、なんかも色々と不安要素しか無い。
──でも、今俺はここに確かにいる。
だから、生き抜いてみせる。ここで、この世界で、俺は俺の居場所を作ってみせる。
「なーんて、かっこよく締めてみてもいいよね」




