五十八話 高校生活最初の夏休み
「──で? 結局今の蒼は何なの? なあなあにしてあない?」
「痛いところをよくもまあ……あー、致命傷。痛いなぁー!」
放課後の図書館。あの事件から少し経って期末まであと一週間という所まで来た。ので、こうして麗に勉強を教えてもらおうと勉強会を開いた。
はずだった。
──勉強会というか、まるで尋問のようなものを、今俺はされている。怒った麗、バカ怖い。
「聞いてる?」
「聞いてます!」
「……はぁ。なんで『怪異』なんかと遭遇しちゃうかな。挙げ句、何? 蒼の心臓、どうなってんの?」
麗には一から十まで全て話した。心臓──と、いうよりかは円羅先生と話したことの全てだ。これはまだ、あの三人にだって言っていないが……麗には隠し事ができないし、それに一人ぐらいは知っておいてもらったほうが何かあったときに対応しやすい。
なんせ、高校生活で一番初めにできた友達だ。
「君は友人というのを何だと思ってるの? まったく、ボクにだけ背負わせすぎないでよね」
そう言うと麗は採点が終わったのか赤ペンを机においてノートを返してくれた。麗が作ってくれた疑似問題は本当にテストのようで、嫌でも自分が勉強不足だという事実を改めて実感させられた。
「勉強不足、という表現は違うかもね」
「褒めてくれるの?」
「過小評価の訂正だよ。蒼はいうなれば一から勉強してるわけだろう? 妖怪の歴史、『術』に関する座学、他にも色々と。だからむしろ蒼の学習能力は高いほうじゃないかな……中間はシンプルに時間が足りなかっただけだし」
「……そうめちゃくちゃ褒められると、照れるな」
ここまでまっすぐ褒められるのもそうそう無いことだ。軽口で「褒めてくれるの?」なんて言ってみたけど、こうド直球に褒められるのは慣れてない。
「わー、蒼ってばかわいー」
「その棒読むには照れないからね!」
「流石はクラスメイトに告った男。まだ出会って三ヶ月もないってのに」
「いや、告るっていうか、なんていうか……まって、なんでそれを麗が知ってるの?」
「壁に耳あり障子に目ありってね」
あれを厳密には告白と言わない、というのは向を筆頭に色んな人にも言われた。なんなら保健室の先生にも言われた。聞こえてたらしい。
じゃああれは何なのだろう。何に分類される言葉になるのだろう。
「……そーやって悩む時点で蒼ってばズレてるね。意識して言ったわけじゃないの?」
「なんだろうね。パッと思いついてパッと言った感じだし」
「でも何でオーケーが貰える前提なんだよ。四人で結婚って、段階飛ばしすぎて意味分かんないよ」
……それもそうか! 確かに相手に確認もせずに思いを告げたら両思いであるなんて思い込みをするのは、相手に対してかなり失礼なのかもしれない。自分が好きな相手に自分も好いてもらう、というのは理想だ。理想論だ。現実論ではない。
たとえ相手を好きじゃなくても、愛してなくても、恋してなくても、交際はできるし、結婚もできてしまうのだ。──思いというのは、一番最初に踏み躙られるものだから。
「ま、それは考えすぎだよ。世の中そんなに悪くない」
「……なんか麗が言うと説得力が違うね。なんでだろう」
「経験者は語るってやつさ」
「なんの?」
そんなことを考えながら机に敷いた参考書を見る。そう、あくまでも今日こうして図書館に来た目的は来る期末テストに向けての対策であり、俺の説教タイムではない。だから怒らなくていいんだよー。
「その態度が火に油を注ぐって、わかってやってんの?」
「別にぃ」
トントン、と先ほど終わった科目の教科書をまとめて鞄にしまう。席は向き合うように二つ占領しているから広さはそこそこあるが、それでも教科書を置きっぱなしにしたらなくなってしまう。
一から学び直しな教科もあればそのままな教科もある。数学とかはマジでそのまんまだ。簡単になったりしてくれたら嬉しいのに。
「夢見ないで現実を見な。次の問題行くよ」
「はーい」
「……そう言っておいてなんだけどさ、夏休みの話、いい?」
「夏休み? ……ああ! 葛と一緒に家まわってこうってやつね」
期末が終わればすぐに夏休みに入る。高校生活最初の休みだ。ゴールデンウィークは俺は実家で全てだらだらと過ごしたので大した思い出がないのでこの夏休みで青春っぽいことはしたい。
そこで企画されたのが俺、麗、葛でそれぞれの家を巡っていこうという話だ。俺の家は東京、麗の家は東北、葛の家は北海道にありどっちかっていうと東日本だがそれでも観光やらなんやらの意味合いではいいのではないだろうか。
──余談と言うかなんというか、この間林間学校のグループで行こうとなった話は遊園地になった。
「更に余談があるとすればクラスでプールに行こうって話だね」
「あ、そうそう! 緋山さんが言ってたね!」
最初は緋山さんがグループチャットで発言したのが事の発端……事の発端だなんていうと少し悪い話に聞こえるかもだが終始良い話だ。
緋山さんがクラス全員でとある大型のプール施設に行こうという話が出たのだ。学校から電車で一時間程度の距離のそこは結構有名らしい。夏休みの帰省中のため、麗や葛など地方組は一回寮で寝泊まってからまた実家に戻るんだとか。
「確かに新幹線代は馬鹿にならないけど学割もあるし、それにプールは無料で入れるんならどっちかっていうとお得かなって」
「なんかコネがあるって言ってたよね」
なんでも緋山さんがそのプールの経営者? の方に縁があるらしく、それつながりでタダで入らせてくれるんだとか。最初は本当にいいのかと思ったけどいいらしいのでお言葉に甘えておいておく。
「……そんな夏休みの楽しい予定も成績によっちゃ補習で埋まるかもだけどね」
「だまらっしゃい!!」
なんでそういう事言うんだ!!
*
完全下校の時間となり勉強会はお開きとなる。そのまま宿題を出されて別れた。その宿題ってのがまた少し難しくていつも教科書とにらめっこしながら解いている。
「──蒼と頭内ってそういう関係なのか?」
寮の自室。自分の机に向かいながら問題に悪戦苦闘していると、そう桜が零した。手には猫のイラストが書いてあるマグカップを持っていて、多分中身はココア。意外と苦いのが苦手なのだ、こいつ。
……ではなくて。今、桜はなんと言った?
「えっ、と。そういう関係ってのは……恋仲ってこと?」
「ああ。いやこの間告白をかました蒼に言うのもなんかとは思うんだが……二人ってやけに距離が近かったりするからよ」
「そうかなぁ」
普通のつもりではあるのだけど。それでも他人の目からはどう映ってるかなんてわかりゃしないか。──それこそ、『さとり』でもない限り。
でも多分というか絶対に麗は俺に恋愛感情を抱いていない。……友愛を抱いてくれてたら嬉しいが。
「──くっつくなら葛じゃね? ……ごめん、自分で言っててなんだけど無いわ、あそこも」
なんというか麗はパーソナルスペースが半径五キロはありそうなので友人になるのだってまず無理そうだ。俺がなれたのは奇跡……なれてるよな? 怪しくなってきたぞ。
「俺ってばクラスの恋愛事情だとかそういうのまだ良くわかんないや」
「……俺もそういう妖怪関係の機微には疎いからな」
妖怪関係……人間関係ってことか。
俺ってば他人の感情の機微には敏感なのに、結果的にどう関係構築がどうなるかはわかんない。こういうのは朱にも父さんにもずっと前から言われていた。
「そういうのに敏感そうなのは──向!」
「んぁ?」
それぞれ四人の学習机から少し椅子の角度を超えたら二段ベッドが見える。向は自分のベッドでごろごろとしていた。……試験勉強はいいのだろうか。
「何だよその目。おれだって何も考えてないってわけじゃないぞ。本気出せば一夜漬けで平均点以下なら取れる!」
「平均点以下は駄目じゃないの?」
「一夜漬けをまずやめろよ」
「だー! んで、要件はそれじゃないだろ?」
「まあね。それでさ、なんかくっつきそうなクラスメイトっている?」
「ド直球で聞くなお前。まあそうだな……」
そう言うと向は少し悩む仕草をしながらスマホをベッドについている簡易的な机のようなものに置いた。
「そーだな。……ま、有名ってかわかりやすいのだったら駿と穂香ちゃんじゃないか? ほら、中学同じだし、駿の片思いは見ててわかりやすいだろ」
「あぁ……」
林間学校で気づいたことだがあれは確かにわかりやすかった。わかりやすく嫉妬してたし、わかりやすく表情にも出ていた。同じ中学……ずっと片思いということだろうか。
「ま、言うのも無粋、探るのも無粋だからこれ以上はおれからは言わないぞ。それに高校生の恋愛関係だなんて一日でガラッと変わったりもすんだろ。……駿の方は十年くらい変わらなそうだけども」
十年……流石に十年も拗らせるのは可哀想だからどっかで区切りがつくことを願おう。
──俺もいつかはそんな相手ができたりするのだろうか。……俺が誰か一人を誠実に愛すなんてできんのか?
「……そーいうのは今は考えなくてもいいだろ。ちなみに桜と向はそういう要望はあるの? お付き合いとかさ」
俺の告白? は問答無用で振られたけども。
けど、俺がそう言うと一瞬で二人の表情が曇った。
「……え? あ、瀬奈。なんでかわかる?」
「は? 前後の話が見えないんだが」
「いや、二人にお付き合いをしたい人とかいないのかなーって」
そう俺がトイレから戻ってきたばかりの瀬奈に問いかけると何かを察したのか一度大きくため息を付き、そのまましかめっ面で答えてくれた。
「そりゃ、──『御三家』なんて許嫁がいるのが常だろ」
「……許嫁!?」
電撃のような衝撃が走った。……いや、確かに格式高く伝統のあるそういう家ならいてもおかしくないか! でもそんなのってフィクションじゃないの!?
「フィクションじゃ……なさそうだな」
「うーん。確かにいるのが常だな。……まぁおれの場合はちょーっと母親が過保護でいないんだけども。でも桜は──」
「──いる。けど、好き合ってはいない」
──そう答えた桜の表情は、今までに見た桜とも違って見えて……悪鬼のように、見えてしまった。




