五十五話 明日死ぬのと明後日死ぬのじゃ全然違う
もう時間も遅いということで『禁書庫』から地上に戻るために再びあの長い階段を登ることとなった。そこで先生には再び色々と聞いた。やっぱりまだまだ俺は自分自身の身体の変化についてわかっていないから。
「そうだな。『怪異』も『神』も何かしらの”概念”を表していると思っていい。そういった伝承やら噂話やらを解釈した結果産まれた存在だからな。そしてお前のその心臓にいるのは……強いて言うなら、そうだな──『食』だ」
「……俺、食べられちゃいます?」
「それはない。それはキチンとお前の心臓の中に封じ込められている」
そう言われて先程読んだ日記帳の内容を思い出した。あれには者を介して封印することも可能だと記述されていた。……俺はあの時『封印術』を無意識に発動させてそのままこの『堕神』を封印したということだろうか。
「にしたって『食』ってじゃあどういうことなんですか?」
「『怪異』を食らおうとしてただろ? だからってわけだよ」
「……当てつけ?」
「言い方。きちんと根拠はある。……そもそも『神』になる存在が半端な概念を背負ってるわけがない。その点、『食』という概念だったら『神』として申し分ないしなんなら強大な部類だ」
そう言われても、いまいち俺自身に自覚はない。そもそも自分の臓器に対して自覚があるやつのほうが気持ち悪い……珍しいんじゃないだろうか。少なくとも俺は今自分の臓器がどう動いてるのかなんてわかんない。
いや、まあ心臓の鼓動ぐらいなら自覚はあるが。けどこの鼓動だって『堕神』の鼓動だと思うと複雑だ。
「……それで、なんかこの『堕神』によって俺にチート付与とかないですか?」
「多分あるぞ」
「やっぱり世の中そう上手くは……あるの!?」
「こっからは俺の憶測だけどな。多分、今のお前の体は──」
──そう先生に告げられた言葉は、まさしく概念のようなものだった。理の、一歩外側。理解の及ばぬ、人間には到底到達できない”神の領域”だ。
冗談だと、そう笑い飛ばしたかった。けれど、そう告げた円羅先生の目は、確かに真実だと、そう告げていた。
「……確かめたら、わかります?」
「俺としちゃ教師の立場として自傷行為は止めなきゃいかん」
「まあ冗談ですよ。俺だって痛いのは嫌です。……でも、今の俺は──人間だって、そう言えるんでしょうか」
縋るような声がでた。
だって、もう何がなんだかわからないのだ。冷静だと、そう振る舞っていた、騙していた。騙し騙し軽薄さを演じていた。──けど、一度生じた疑問は俺の中で暴れまわっている。俺はなんなのか。人間なのか。それとも、化物なのか。
──君はバケモノだよ。人間なんかじゃあない。人には理解が及ばない獣だ。自分を人だなんて、偽るなよ。
そう、脳裏で木霊する声を押し殺しながら円羅先生を見つめる。なんというのか、怖いけれど聞かなければならない。
そうして円羅先生は口を開いて──
「──わからない」
──そう、言ったのだった。
「……わからない?」
「わからないんだよ。お前が現状、心臓に封じ込めてるってのはわかった。──問題は、なんでそうなったかだ。人間の心臓に自動的に『堕神』封印機能がついてるとでもお前は思ってんのか?」
「いや、思ってはいませんが……」
……確かに、なんで封じ込めているのかは俺は勝手に俺が『術』を発動していると仮定しただけでなんなのかの理屈のある理由はいまだにわかっていないままだ。
──でも、それじゃあ一体何で俺の心臓に封じ込められたんだ?
ゾッとした。気づきたくもない事実に気づいたからだ。……いや、気づきたくない、という表現は違うかも知れない。気づいて、目を逸らしていた事実を突きつけられた気分だ。
「……少なくとも、お前が寝て明日になったらぽっくり逝ってる、なんてことはありえないから安心しろ」
「その可能性がほんの少しでもある時点で安心とは程遠いのでは?」
「いつか死ぬ。生まれてるんだからな」
それがいつになるか、というのはかなり大事なことだろう。明日死ぬのと明後日死ぬのじゃ全然違う……いや、そこまで違わないかも。
──そうこうしている間に階段は終わりを迎える。
円羅先生は足を止め、三段だけ俺の上にいるからかこちらを振り返られると単純な身長差だけじゃなくなった。
「咲崎。お前の憂い、少し晴れたか?」
「……そうですね。謎は深まりましたが、心配事は減ったかなぁって印象です」
いつ死ぬのかわかんないけど、それでも『神』に殺されるという事実を突きつけられることはなかったのだ。
──確かに、俺は一蓮托生という言葉が嫌いだ。けども、『神』サマと一蓮托生だなんて、俺というちっぽけな人間に縛り付けられるだなんて、最高にスカッとする。
「ま、強かに生きていきますよ。妖怪だらけで一人人間、なんて状況でこれから少なくとも三年は生きてかなきゃいけないんですから」
「……お前、どっちかっていうと妖怪の方が向いてたかもな」
「えー。咲崎蒼は正真正銘人間生まれ人間育ちなんですけどね」
*
その後は普通に先生と別れて俺はとりあえず自習エリアに置きっぱにしていた荷物を取りに行った。
現在時刻は十八時四分。生徒はもう寮に戻らなければいけない時間帯になる。
「そうだ。矢天先生、これ返します」
「返却ですね。わかりました」
そう言って俺がカバンから取り出したのはこの間借りた本──『人と妖』だ。一応は読破したので返却しておこうと思ってカバンに入れっぱなしになったまま返していなかった。別に二週間は借りられるからそんなに急がなくていいのだが、それでも延滞した場合が怖いのでさっさと返してしまおう。
「……はい、終わりました。それじゃあ、あそこの返却棚に入れておいてください」
受付の隣には可動式の本棚が一つあり、そこは返却手続きが終わった本を一時的に置く場所となっている。この棚の中にある本を図書委員か矢天先生、もしくは式神が元の位置に戻すというのが図書館でのルールだ。
本をきちんと棚に入れて、そのまま図書館を出た。図書館から南寮までは十数分で移動できる。
「にしたって、なんだかイヤな体になっちまったなぁ……」
成り行き任せ、巻き込まれ。そのせいで自分が人間かどうかさえもあやふやになるだなんて、一体全体、俺が何をしたのだ。
悪態をつきながら帰路についていると、ふとポケットが振動した。
「? 誰からだ?」
すぐにスマホが鳴っているのだと気づいて画面を見ると、着信画面だった。名前の欄には「鬼城院 桜」と表示されている。
着信のボタンを押して、右耳にスマホを押し当てた。
「もしもし?」
『──あ、やっと出た。今どこだ?』
「ちょっと図書館に行ってたんだ」
『図書館? なんだってまた……蒼、そんなすぐに返してもらったのかよ』
「先生もお手上げー、みたいな状態だったからね。学園長におつかいの顛末も伝えたかったし」
今、俺と同じく巻き込まれた桜、向、瀬奈は保健室にて手当をしてもらっている。特に向が『術』の乱発による反動かなんかが激しかったらしく、俺達三人が目を覚めても向だけはまだ眠っていた。なんならいつもは隠している耳と尻尾がでてきてしまっているので、本当に疲労困憊なんだろう。
「それで三人はなんともなかった?」
『お前よりは、な。俺達三人は普通に疲労やら切り傷だ。──蒼は?』
「うーん……一から説明、ってなると面倒くさいけど……ちょっと心臓に色々あった感じらしい」
『……その色々が知りたかったんだけどな』
桜のため息が画面越しであれど聞こえてくる。
自分でも説明不足だとは思うが、簡単に人に話していいないようなのかイマイチわからないのでこうぼかすしかないだろう。相談……できたとして、するかどうかも。
「まあ後遺症っぽいのはそこまでないらしいから!」
『その言い方だとないってわけじゃねぇな? ……本当に、勘弁してくれ』
「う、……」
そういう言い方には弱い。桜は本当にお人好しと言うか、心配性というか……
どう誤魔化そうかと考えていると、急に声が騒がしくなった。
『あ、おい、お前そんなに動いて……わっ!? ちょっ、何すんだ!』
『馬鹿に説教……って、この馬鹿力! いいからスマホ離せ!』
『なにやってんだよ! ここ病室だぞ! 静かにしろ! ……あー、先生がキレてる。オレは知らないからな』
『──静かに!!』
……耳がキーンってした。特に、最後の怒号で。声からして保険医の人だと思うけど、一体何が起こってるんだ?
そうこう考えていると、すぐに答えは出た。
『──馬鹿野郎!』
「ご、めん」
再びキーンとなった耳を手で押さえつつ、反対側の耳にスマホを置く。──どうやら、向は相当怒っているらしい。
……なんで?
『──心配させるな!』
「……ぁ、」
『あんなっ、危なかっただろ! 死ぬかもしれなかった! なのに、……お前、死にかけたんだぞ』
──泣いている。画面越しに、啜り泣く声が聞こえた。
……でも、死にかけたのは。
「向だって、そうだろ……」
『そうだけど……』
「棚に、あげんな。お前だって、死にかけてた。全員、危なかったんだ。なんで俺だけ──もっと、自分も労ってよ」
『っ、じゃあ! 言わせてもらうけど! ──俺達三人は心臓とか貫かれてねーんだよ!!』
「……そんなの些細な違いだろ?」
『些細!? 心臓だよ!? はちゃめちゃに大事な器官だよ!?』
──いつ、誰が死んだっておかしくなかった。
呑み込みかけられていたし、俺以外にも本殿に行く可能性だって十分にあったのだ。なのに……この男は、人の心配をするんだ。
「確かに俺は貫かれたかもしれないけど……」
『貫かれてたわ! 断定形だ!!』
「貫かれたけど! ……それでも向だって、桜だって、瀬奈だって、たくさん『術』使って、飛んだりして、跳ねたりして……全員危なかったじゃんか!」
『──じゃあ、なんで今保健室にいねーんだよ!!』
「言ったじゃんさっき! 報告とか、色々あるからって!」
『死にかけてすぐは行かねーよ! お前、前々から思ったけどちょっと常識ないな!? 命大事に、復唱!!』
「はぁ!?」
──なんだって俺がこんなに叱られなきゃいけないんだ。俺だけじゃ、ないだろう。確かに、俺は死にかけた。でもそんなの目に見える現象として一番死にかけてただけだ。
言い方を変えてほしい。あの時は、全員死にかけてたんだ。なのに、なんで俺だけ……なんでもっと自分達だって……
「……あ?」
──何で俺はこんなに怒ってるんだ?
ふと、そんな疑問が脳裏によぎった。……なんで俺はこんなに熱くなっているのだろう。だって、この三人は他人だ。友人だとかそうだと言っても、自分ではない。家族でもない。なのに、なんで──?
「……あー、そういう」
『何一人で納得してんだ……言っとくがな、俺は何一つとして納得なんて──』
「──俺、お前たちが好きなのかも」
『…………………………………………………………は?』
「いやさ、こんなに相手を思って……そんなの、好きだからじゃないのかなーって。もしかしたら、両思いってやつか……でも日本の法律じゃ四人同時に付き合うのはアウトだよな」
『…………』
何も聞こえなくなってしまった。なにかおかしなことを言ったのだろうか。だからって、そんなに急に黙り込むのは酷くないだろうか。愛を伝えたばっかだってのに。
「もしもーし?」
『───親愛と恋愛を履き違えるな、バァァァァァァァァカ!!』
ブツン。
そんな置土産のような暴言を残して、通話は中断された。
メインヒロインは別にいます。蒼の恋愛ストーリーはもうちょっと後に書く予定!




