五十四話 厄介事の塊
──怪異を封じ込めることに成功した。
私が生まれる前から村に巣食って、暴れていた怪異だった。まるで百足のような見た目をしており、本当に百もあるであろう足で人を掴み丸呑みにするような怪異であった。
これで、私の妹、■■の無念も報われるであろう。
さて、こうして記憶が鮮明なうちに私は記さなければならない。──怪異の封じ方を。
前提を話させていただく。まず、これはあくまで私個人の日記帳であり、私個人の主観的な意見に基づいて書かれている。だからこそこれが一般例であるとは思い込まないでほしい。ただ私は私の人生を使って少しでも怪異の被害を減らしたいだけなのだ。
更に話しておくべきことがある。私は術についての専門的な教育を受けたわけではなく、あくまで独学で生きてきたに過ぎない。運が良かったのだ。死にそうなところを何度も仲間に庇ってもらい、仲間の屍の上に私はこうして生きている。だからこそ、この命をすべて使ってでも怪異を根絶やしにする方法を探さなければならない。
そして、この本を求めた人はこう縋っているだろう。「怪異を根絶やしにする方法」を。
結論から言う。それは不可能だ。
私の持論ではあるが、怪異の発生条件には人間と妖怪の存在が絡まっている。これに関して詳しく話すつもりはないがさわりだけでも語るとしよう。人間にも妖怪にも術が使える。なぜ使えるのか? それは魂を持っているからだ。魂にある力を引き出すことで人も妖怪も術が使える。そして怪異という存在は死んだ、もしくは生まれる前の魂の集合体である。だからこそ怪異にだって超常的な力が使えるのだ。
話を戻そう。怪異の封じ方だ。
簡単に話せば、そもそも普通の「封印術」にて怪異を封じることは──可能だ。
これはすでに何度も何度も何度も調べている。絶対と言えるだろう。けれど発動させるのには工夫がいる。普通のただの封印術ではその術ごと取り込まれて意味がない。怪異に対して封印術を発動させるための条件は、モノに封じ込めることだ。ただ縛る拘束術のようなものでは意味がない。
……余談になる。気味が悪いから飛ばしてくれてかまわない。このモノは物であり、者でもあるのだ。人の身体に封じ込めることだって、可能なのだ。そこからその人物を殺すことによって怪異を完全に消し去ることだって、可能なのだ。
ここから先は私の実体験を語っていこう。まず、今回封じ込めることに成功した怪異の詳細についてだが──
*
「…………」
本を閉じる。これ以上はきっと、俺の求める情報ではないと思ったから。
「『怪異』の封じ方……」
この『禁書』──日記帳に書かれた内容をそう反芻する。『怪異』の封じ方を。けども、どうやらそこまで複雑怪奇に考える必要はないらしい。そこは少しだけ安心だ。これ以上新しく『術』を覚える必要があったらちょっとキャパオーバーだ。
本を見つめながらそう考えていると、また本に弾かれた先生が拾うためにこっちに来る。
「見つかったか?」
「それっぽいのが」
「そうか。言っておくが、貸出はできないぞ」
「なんとなくそうだろうなとは思ってましたが……メモとかも?」
「禁止だ」
まあここまで厳重に封じ込めている本が貸出オーケーなわけもないか。それにスマホで撮るのも駄目だろうから今覚えるだけ覚えよう。
にしたって、これを書いたのはいったいどこの誰さんだろうか。かなり詳しく色々と調べたようだが。それに──敵討ち、でもしたのか。
「そういえば、なんで咲崎は『怪異』になんかついて調べようと思ったんだ?」
「え、っとぉ……その、ちょっとした好奇心?」
「……」
「う、……」
疑っている目線を向けられて思わず言葉に詰まってしまう。こんなの、遠回しな自白だ。けど、本当のこと──俺達が『怪異』に襲われたと、そう言ってもいいのだろうか。
「──俺は、『怪異』の天敵だ」
「────」
「もし、何か『怪異』で悩んでたり、苦しんでたりするなら──まず、俺を頼れ。子供を守ることが教育者の、大人の義務なんだから」
──雷が落ちたような衝撃を食らった気分だ。
だって、初めて言われたんだ。子供を守るのが大人の義務だ、なんて。俺の周りにそんなことを言い切ってくれる大人はいなかったから。
「──先生」
「ああ」
「……ありがとうございます。そう、言ってくれて」
そう礼を伝えると円羅先生は逆にそれに驚いた表情をとる。俺だって嬉しい時だとかはキチンとしてたりするのに。
……だから、俺もキチンと聞かなきゃいけないだろう。この誠意に向き合うために。
「先生。──俺は、『怪異』に巻き込まれました」
「……そうか」
「はい。ついさっきの出来事で、学園長先生は知っています。巻き込まれたのは俺と桜と向と瀬奈。そこで──俺の心臓に、なにかが憑いている気がするんです」
*
心臓という器官は数ある臓器の中でも決してなくなってはいけないものだ。もしなくなってしまったら血液が巡らなく、そのまま死に一直線であるという点からそう言えよう。
──そして、今の俺の心臓は爆弾が引っ付いているような状態だ。
この状態は、ひっじょーによくない。かなり不味い。命がいつ終わるかわからないだなんて、最悪中の最悪だ。気持ち悪くて胸を掻きむしるのを我慢してる俺が褒め称えられて然るべきだ。
「──それで、お前はそれを『神』だと仮定したのか」
「一応は。見たこともないので普通の『怪異』の可能性だって否定できなかったんですが……それでも、なんというか、とても異質だったんです」
同じに見えなかった。直前まで命からがら逃げ回っていた相手と、同じだとは。
──コレは、そんなものではない。
──コレは、理の外側に存在する。
──コレは、逆らってはいけない。
そう、実感したのだ。『怪異』を相手にしたって頭の中で警報が鳴り止まなかったというのに、アレはその比ではなかった。そんなものでは、なかった。まだ『怪異』の方が可愛げがあると、そんなくだらない冗談が現実だと思えるほどに、違った。
「──結論から言おう」
「! 結論って、わかったんですか!?」
「ああ。場所が良かった。『禁書庫』には強力な結界が張り巡らされていて、他の気配がわからない。『禁書』だらけで薄汚ぇ空間だからこそ、それ以外が際立った。だから、お前のその心臓の正体もな」
円羅先生はそれをなんでもないように言った。……いや、ほんとうに何でもないのかも知れない。見てわかる、そのレベル。だからこそ当たり前にあっけらかんと「わかった」と言い切れるのだろう。その確証を俺がどれだけ欲していたか。
「まず話から聞いてお前らが遭遇したのは『怪異』で間違いない。神社にはたとえ表界にあるものでも結界があるんだよ。御神体とかが張り巡らしてるな。だからそれは『怪異』だ。問題は、お前のその心臓だが──」
そう言って円羅先生は服の上から俺の心臓の位置に指をトン、と当てた。──その瞬間、心臓が灼熱のように熱くなる。
「ぐ、ぁ!?」
「やっぱり反発したか。ん、裏取りが取れた」
「……そーですか。つか、そのために触ったの?」
「まあな。辛いだろうが特に悪い影響がでるわけじゃない。痛みだけだ」
「思いっきり悪影響じゃん……!」
一度この人は悪影響の意味を辞書で引いて調べたほうがいいと思う。痛いってだけで動きが鈍ったりするんだからな。
悪態をつこうとする気持ちを抑えながら、円羅先生の言葉を待つ。──円羅先生の、診断を。
「お前の心臓に居座ってるのは──『堕神様』だ」
「……おちがみさま?」
「まあ敬称なんざ無くたっていい。普通に堕神でもな。簡単に言えば、元・神様ってわけだ」
そう言って、円羅先生はどこか忌々しげに語ってくれた。
──『堕神様』。
神聖で、高潔で、癒やしと救いの代名詞たる『神』が堕ちた存在。その堕ちるに至る経緯はいくつかあるらしい。それこそ人間やら妖怪やらを取り込んで穢れたケース。存在の元となっている神話やら伝承がねじ曲がって伝わったケース。そして、
「『神』という存在は『怪異』に対して絶対的に優位な存在なんだ。浄化して、殺すことが簡単にできる。けど時折強力な『怪異』だったり数が多すぎたりで対処しきれないで逆に『怪異』に飲まれるパターンだってあるんだ。まあ人間やら妖怪やらを取り込んだケースと同じだな」
「なるほどなるほど。それで、そんな聞くからにヤバそう、厄介事の塊であろう存在が俺の心臓にいると?」
「ああ、いる」
「うわー、断言」
その上に即答だった。マジかよ。
上着を脱いでシャツのボタンを外す。心臓付近をこう、痛い首をなんとか堪えて見るが、そこにはついちょっと前に見たように傷跡があるだけだ。
「それってこうやって心臓にいてもいいんですか」
「全然ダメだな」
「全然ダメですか」
「──そもそも堕ちに堕ちて穢れてたとしても根っこは『神』だ。もしそんな状況下になってたらお前の心臓を対価に何かしらの願いを叶えてるはずだ」
「願いを……?」
……ああ、そういえば『神』サマは願いを叶えてくれる存在なんだっけ。こんな事実、できれば知りたくなかったが、恐らく真実なんだろうな。
「お前の心臓……言い換えれば命を対価に願いを叶える。お前が平均寿命まで生きるとしてあと六十年くらいか? それだけの未来を奪ったんだ。多少なりとも無理な願いでも叶えてくれるはずだ。でもそうはなってない──今は保留の状態だ」
「保留……じゃあ俺が何かを今望んだなら叶って死ぬんですか?」
「死んで叶うな」
「見届けることもできないの!?」
かなりのクソ設計じゃん! そんなんじゃどんな願い事をしても意味がねぇ! 史上最高にムカつくやつを道連れにできるよ〜、て部分くらいしかメリットがないじゃんか!
不平不満に押しつぶされそうになりながらも、更に説明を促す。
「……ただ、この『堕神』、元はかなり強力な力を持っていたな。お前の心臓を対価にしたら多分なんだって叶えてくれるぞ」
「死者蘇生とかも?」
「最初にその願いが出てきたのが少し不穏だが、まあできる。それにこうしてお前が縛り付けていれば縛り付けているほど、その『堕神』はお前が願った時、言い換えれば外に出れるときに叶えてくれる願いが膨大になる」
「はへー」
別に死者蘇生なんかは望んでないがランプの精霊には叶えられないって映画で見たのでかなり無理な願いなんだろうと思って言ってみただけだ。にしたって、俺が死ぬときになんだって叶えられるのか……
「なんだって、か」
「……叶えたい願いでもあるのか?」
「まあ、人間、生きてれば一つや二つ……あ、」
「自分から気づいた点に関しては褒めてやる。──ここに、人間はいないぞ」
「……失言でした。反省します」
──にしたって、やっぱり意外だ。てっきり先生は厄介ごとの種である俺を嫌っていると思ったのに、こうして『禁書庫』に通してくれるし、しっかりと説明してくれる。
本当に、意外だ。
「……そーいえば、先生ってなんでそんなに詳しいんですか? っていうか診断だってしてくれたし」
「あ? ……あぁ。そりゃ、簡単だよ。本当に、簡単だ。────俺が、『死神』だからだよ」
そう言って円羅先生は──死を運ぶ神は、笑った。
咲ったのだ。




