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人妖!  作者: 家中由真
期末編
62/70

五十三話 禁じられた書庫

 ──禁じられた書庫。


 人を堕とし、籠絡し、『魂』を刈り取る。そんな大量の本が自らを手に取り読めと魅了して、並んでいた。


「こ、れは……」


 地下であるはずなのに高くまである本棚にぎっしりと本が詰まっていて、それが先が見えないほどに大量にあるのだ。総数は、数え切れない。


 同時に、圧迫感のようなものを感じる。息がしにくい。それは酸素が薄いからだとか、換気がされてないとか、そんな理由じゃない。もっと違う、もっと異質な理由だ。もっと、もっと──


「──自分を保て。少しでも『魂』がブレたら喰われるぞ」


「せ、んせいは、だいじょうぶ、なんです、か?」


「俺は『禁書』の天敵みたいな存在だ。毒、とも言えるだろう。喰ったら死ぬ、それをわかってやがるんだ」


 そう吐き捨てると円羅先生は舌打ちを零した。なにか忌々しい思い出を思い出した、そんな表情だ。けどそれを詮索する余裕が今の俺にはない。切羽詰まってるのだ、それほどまでに。


「……ふー。よし、大丈夫」


 ──あの部屋ほどの圧力は感じない。あの『心臓』ほど。けれどこの空間はそれよりも弱い圧力が色んな方向から大量にあるのだから気分が悪くなる。酔ってるという状態が表現として適切だろうか。

 なんとか呼吸を整えて、流していた汗を制服の袖で拭う。そうすると円羅先生はどこか驚いたような表情をしていた。


「……何か?」


「いや……お前、将来は大物になるかもな」


「はぁ……」


「『怪異』についての『禁書』があるのはこっから右だ。案内する」


「お願いします」


 コーナーごとにジャンルの名前が書いてあったりする。伝承だったり、なんかマニアックな専門用語だったり。あとは──


「────。ぁ」


「? どうかしたか、咲崎」


「ぇ、あ、いや、なんでもないです」


 たまたま目に映したその言葉に衝撃を受けたがすぐに平静を取り戻した。意外というか──なぜ『禁書』なのかがわからなかったからだろう。

 だってその単語はあまりにも俺の身近で、禁じられるようなものではないはずだからだ。


「──『人間』」


 そう呟いた言葉はきっと円羅先生にも聞こえていないだろう。そうだと、いいな。


 なんで禁じられたのか、封じられたのか、わからない。コーナーが作られるほどだから数十冊でもあるのだろうか。機会があれば読みたいとそう思う反面、見てしまったら普通に戻れない気もする。


「やっぱ好奇心ってのは雑草みたい。先生もそう思いません?」


「どう答えるのが正解なんだよ、その問題」


 抜いても抜いても形を変えたり場所を変えて生えてくる点とか……考えれば考えるほどめちゃくちゃ雑草っぽい。


 そのまま円羅先生と雑談を交わしながらどんどん津呂を歩いてく。途中途中に禍々しいおラーを放つヤベェ本があったりしたが見ないフリだ。触ったら腕とか噛まれそうだし。


「そんな小動物のいたずらで済んだらいいがな」


「物騒だなぁ」


 ここにある本──『禁書』だって、禁じられた書なんで書くんだ。それこそあの血管のように絡んで取り込もうとしてくるかもしれない。……いや、あんな危険なものが学校の敷地の下にあると思うとちょっと嫌だが。これからの学園生活に不安しかない。


「その『怪異』に関する本ってのは見ても大丈夫なんですか? 肉体的にも精神的にも」


「……まあ、大丈夫だろ。前例は報告されてない」


「誰もその本を見てないから前例がないってわけではなく?」


「…………」


「なんで黙るの!?」


 すっごい不安! 別に管理が杜撰なわけじゃないけど俺自身の命の危機がすっごい迫ってる気がする! 俺生きて帰れるよね!?


 ちょうど数時間前にだって命の危機に晒されていたってのに、またもや晒されなければいけないのかと憂鬱な気分になりながら歩く。

 歩いて十分程度だろうか。着いたようで、円羅先生の足が止まった。


「ここだ。この本棚とその左隣が『怪異』に関する『禁書』が保管されている」


「これが……」


 眼の前にあるのは普通の本棚だ。ぎっしりと少しの隙間もなく本が収納されている、普通の。

 ──けれど、本能が告げている。この本は、読んではいけないと。


「……まさしく禁じられた書物──『禁書』って雰囲気ですね」


 一冊、眼の前にあった青色の本を手にとって見る。表紙には何も書いていない。

 本棚にある本は普通の書物だったり、昔の紙を糸でまとめた、みたいな書物まである。一見すると年代はわからない。紙は別に経年劣化などはしていないので文字も読めるだろ。

 けれど、開く勇気が沸かない。


「……本のあらすじとかってあります?」


「ないな。虱潰しだ。……まあ一冊読むだけでも精神的負荷はかなりやべぇとは思うが」


 読むだけで精神的な負荷がかかるって、どんな本なのだろうか。なのにどれが目的のものなのかわからないせいで読み続けるタスクがすでにあるのが地獄すぎる。今からでも「やっぱなし!」と言って回れ右して帰りたい。


 けどもここまで来たら引き返すのは格好つかないだろう。息を吸って、吐いて、──本を、開く。


「っ、──!」


 読んだ瞬間、一気に()()が押し寄せてくる。情報なのか、それとも瘴気のようなものなのか。わからないけれど、それでも押し寄せてきたコレがワルイモノなのは理解できた。理屈も、なにもわからないというのに、それだけはわかるのだ。


「……内容、は」


 その瞬間に押し寄せた衝撃で本から目をそらしそうになってしまったが、すぐに内容を読もうと文字を本でなぞってみる。


 『怪異』について書かれた本、とあるだけあって、どうやらこの本は今までに出現した『怪異』について書かれてあるようだ。まあ、今までと言っても本に書かれている日付から現在から二百年ほどまえまで記録しかない。

 日付。場所。見た目。性質。犠牲者。産まれた理由。そんな情報が事細かに書いてある。


「……なんでこんな情報で」


「ここまで気圧されるか、か?」


「……はい。正直、本当に普通の本にしか俺には見えません」


「理由は簡単だ。この本は図鑑で、一つ面白い特色がある」


「面白い……?」


 そう俺が問いかけると円羅先生はどこか意地の悪そうな表情を浮かべながら俺から本を取る。なんというか、その笑みがまるで悪戯が成功した子供のようで……有り体に言えば、嫌な予感がするのだ。


「──この『禁書』には怪異そのものが()()()()()()()()()


「……え!?」


「『封印術』の応用で、一枚一枚のページに怪異を封じ込めてるんだ。おもしれーぞ」


「いや、全っ然面白くないんですけど!?」


 じゃあ俺がさっきまでめくったページにも……!?


 身の毛がよだつ事実を告げられてすぐに本棚から距離を取る。けど逃げた先にだって本棚はあり、というかこの『禁書庫』は四方が本棚で囲まれているので逃げ場なんてなかった。

 円羅先生はそんな俺を面白そうに見ながら本をめくる。


「ちょ、ちょちょ、いいんですか!? 危ないですよ!?」


「見るだけで駄目だったら生徒のための許可証なんかあるわけないだろ。それに言っただろ、『禁書』は──」


 その言葉が言い終わるよりも前に、──本が、吹っ飛んだ。


「え……?」


 円羅先生が投げたわかではないのだ。そんな粗暴な人にも見えないし、そんな素振りはなかったから。だから、原因や要因は円羅先生ではない。理由は──


「本が、飛んでいった?」


「毒なんだよ、俺は。『禁書』にとっても、──『怪異』にとっても」


 ひとりでに本が動いていった。その理由は、本が円羅先生を拒絶したから、ということか。けど、『怪異』にとっても。その部分は初耳だ。


「……ま、俺はそのせいでえあんまり役に立たないと思うが、どんな本が見たいのか教えてくれりゃ手伝うぞ」


「あ、りがとう、ございます。その、俺は──『怪異』の封じ方について知りたいんです」


 ──『怪異』の封じ方。


 それについて調べようとしたの俺が『怪異』に襲われたときに恐らく一番役立たずだったからだ。桜も向も瀬奈も『術』を使って対処してくれてたのに俺ができたことはそこまでない。だからここでなんとか知識をつけてもう一度巻き込まれたときに役に立てるようにしたい。


 ……自分の心臓が今どうなっているのか。それについて多少なりとも気になったのも嘘ではない。というかどっちかっていうとそっちの方が気になったりなかったり。

 ──だから、少しだけ驚いた。


「──本当にそれだけでいいのか?」


「……え?」


「咲崎が知りたいのは、それだけか?」


 ──なんだ、ちゃんと生徒のことを見てるのか、この先生は。あまり今まで教師という人間を信用できていなかった。先生はどこか俺のことを睨みつけていたし。でも、ちゃんと見てたのか、生徒のことを。


 その事実がわかって少し笑みを浮かべる。けど雰囲気からそんな状態じゃないからすぐに正して、先生に対して言い切る。


「──はい。それだけです」





 本を一冊一冊見ていくが、そこまで大きな情報は落ちてこない。棚ぼたを願ったりしちゃうけどそれも叶わず。

 先生にも協力を仰いで本を見ていくが、それでもそれっぽい記述は今のところ見れていない。


「んー、ないなぁ」


 ──この『心臓』についての根拠はないけど確信に近いものはあったりする。


 『怪異』が原因ではないこと。そして──俺の心臓に封じ込められていること。

 意味がわからないがなぜか真実として俺の中では確信があるのだ。根拠なんてどこにもないのに、なぜか。だから一旦は後回しにしたい。


「余計なことをしないって確信もなんでかあるんだよなぁ」


 だってどうせこれの情報は『神』のコーナーにあるだろうし。神のコーナーってなんか名前がやばいな。ちょっとダサい。


 そのまま目の前にある本をまたパラパラと見ていく。少しコツを掴んできた。何も考えないで本に書いてある情報をただの情報として脳で処理することで読んだ時の精神的な負荷を抑えられる。


 最初の方は読んだだけで目眩・吐き気・熱・咳・立ち眩みその他諸々が襲ってきた。もう勘弁願いたい。


「症状だけ見れば完全に取り憑かれてるそれだよな……って、わ!?」


「すまん。飛んでった」


「……はぁ」


 円羅先生は本が読めるのはほんの数十秒だけのようで、それ以上は本の方から拒絶されて吹っ飛ぶ。その流れ弾が時折当たるのが地味に痛い。けどその回避スキルだって上がってきている。


「そろそろ本命を見つけたいところ……ん、これとか」


 そう言って、赤い表紙の本を取る。タイトルはなし。著者もなし。年代はかなり古そうに見える。

 内容が何であるか外側だけではわからなかったので、すぐにページを捲る。最初の出だしは──


「……ぁ、」



 ──「怪異を封じ込めることに成功した」。

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