五十二話 薄暗い気持ち
「──なるほど。『怪異』、ですか」
「あれ、なんなんですか? マッチポンプ的に遭遇しましたけど」
「歩く災害だとでも思っておいてください」
「何も安心できない回答!」
そう学園長の冗談? に対して返答しながら出された緑茶で喉を潤す。目の前で入れていて、安心したからだろうか。
「それにしても、よく脱出できましたね」
「そんなに生還率って低いんですか?」
「ええ。九割方は死にますね。それも報告があるということは生存者が同行していたということ……きちんとした数字で言えばさらに低いでしょうね」
まあ、陸地からすればそうなるか。だったらこうして四人巻き込まれて四人無事……いや、別に無事ではなかったが。それでも生還できたのは奇跡的な数字なんだろう。
「──急にまた意識を失った、でしたか」
「あ、はい。動画を見終わってその後です。急にまた意識を失って……それで目が覚めたら」
「体が縮んていた?」
「別に幼馴染の同級生と遊園地に行ってませんよ。目が覚めたら普通に裏山でした。書類も散らばってて……まるで、何もなかったみたいに」
時間だって、まったくもって進んでいなかったのだ。スマホの時計はあの神社の中でもきちんと進んでいたはずなのに、こうして戻ってきたら進んでいなかったのだ。まるで神隠し……
「……それが実際に『神』だとしたら、それはもう諦めてください」
「考えるそぶりすらなしに!?」
「こればかりは、どうしても」
学園長はお手上げと言った風に両手を上げる。それにツッコミをいれるが、それでも俺もアレはどうこうなる相手とは思えなかった。──アレは、理を超えた存在だ。俺達の理解の及ばない領域にいる相手だ。
「その心臓……保健室には?」
「一応行ってきました。でも……」
再びボタンを外して胸元を見せようとする。巻き込まれた時に来ていた服は破いてしまったので新しく購入したばかりの一着だ。
そうして露わになった胸元は──少し他の部位とは色が違う皮膚が生えていた。赤黒いというわけではない、ただ傷跡のようなものだ。
「怪我が治ったように再生した、ということですか」
「でも先生からも言われたんですが、再生スピードがあまりにも早すぎるって」
保険医の先生には軽く触診してもらって見てもらったが、動画に写っていた場面をスクショして切り取ったりで直後の赤黒くただれた皮膚の写真を見て、そこから比較してもらって、かなり驚かれた。
「……君の体に異変が生じている、ということですかね」
「異変って、嫌だなぁ……」
真実であろうことだがそれでも実際に言われると少し傷つく。どうにかならないか。
「……ふぅ。とりあえず、状況はわかりました。私の方からも『怪異』について詳しく調べておきますが、とりあえずは様子を観察する方針でお願いします」
「わかりました」
そのまま俺は立ち上がって学園長室をあとにした。なんというか、ただでさえ妖怪だらけの学校で色々と抱えているってのに更にもう一個爆弾を抱えたみたいだ。それもいつ起爆するかわからない不親切設計の爆弾を。
「『怪異』って言われてもよくわかんないんだけどなぁ……」
──だとしたら、それを知らなければならない。
義務、のようにも思えてしまう。こうして状況としてはまさかの俺の心臓に居座られているんだ、それが暴走したり、再び俺の心臓を貫かれたときに俺が生きている保証なんてどこにもありやしない。それをどうこうしなければ、俺の安寧は一生訪れないだろう。
だとしたら知るためにどうすれば……
「……図書館、か、麗」
──でも、今は麗に会いたくない。
会ってしまったら、バレてしまう。これが結局ナニで、何でこうなったかと解明しない限りはできる限り接触を減らしたほうがいいだろう。どれだけ格下としても麗に会った場合は一瞬で気づかれてしまうだろうから。
「……巻き込んで、いいのかな」
そんな薄暗い気持ちを抱えながら、悩みを少しでも晴らそうと図書館へと向かっていった。
*
図書館の利用人数はいつも通りだった。テストが近いと言ってもまだ一ヶ月近く時間があるからか、そこまで自習室も混んでいない。いるのは主に四年生だがところどころに同級生もいるようだった。
ネクタイの色で学年がわかるのは、かなりいいかもしれない。一年ごとに買い替えなければいけないが、話しかけるときだとかにわかりやすい。名札代わりだろうか。
そのままお目当てのコーナーを探そうとするが、そもそもこの図書館自体が広くて到底放課後の数時間で探しきれそうにない。だから受付のカウンターに行って機械で調べようと思うと、司書の矢天先生がなにか作業をしていた。
「おや、今日も来てくれたんですね」
「矢天先生。あーと、……その、なんかお化けだとか幽霊だとか──『怪異』に関わるコーナーってどこですかね」
……なんというか、もっとうまい具合に誤魔化せる余地が会ったと思う。なんでこうも馬鹿正直に言ったのだろうか。こんな言い方じゃ「何かありましたー」って暴露してるも同然だ。
「『怪異』、ですか」
そう言葉をこぼすと矢天先生は少し考え込むように俯いてしまった。
──失敗した! こんなに考え込ませて、何かあったかと心配されて詰められるぞ俺!
すぐに誤魔化そうと次々と言葉が脳裏に浮かんでくるが、どれもうまい具合に誤魔化せつよは思えない。わたわたと、無駄に動きだけ煩くしていると矢天先生はパッと俺の方を見た。
「『怪異』のコーナーでしたら、残念ながら日頃は生徒の立ち入りは禁止となっています。もし教員からの許可証があれば通せるのですが……」
「そう、ですか……」
──立入禁止。そういえば、この学校の図書館の地下は立ち入り禁止区域だっけ。生徒は基本的に駄目で先生にキチンと申請したらオッケーとなっていたはずだ。
仕方ないだろう、これは。
仕方ないことだとそう割り切って、あとでネットやらなんやらで調べようと思いそのまま矢天先生にお礼を告げて図書館から出ようとしたら──
「──俺が許可する」
「……へ?」
──そんな声が俺の背後から聞こえてきた。
すぐに後ろを振り返ると、そこには──円羅先生がいた。少しタバコ臭い。もしかして吸ってたのだろうか、なんて変なことを考えた。ある意味、現実逃避に近しい逃避思考だ。
「え、っと。円羅先生、なんで……」
「許可が必要なんだろ? なら俺が許可をする。これで問題ないですよね、矢天先生」
「……そうですね。でしたらこの紙に円羅先生の名前と咲崎君の名前を」
そう言って矢天先生は受付のカウンターから一枚の紙とボールペンを一本取り出した。それを見て円羅先生はすぐに「教員」と書かれた枠に自分の名前を記入していく。
呆気にとられていた。あまりにも驚きであったし、意外であったから。
「……え、いいんですか!?」
「そう言ってるだろ。お前も早く書け」
「あ、はい」
急かされるような言い方をされて俺もその用紙に名前を記入する。
──『禁書庫立ち入り許可証』。そう書かれていた用紙だった。
「『禁書庫』……」
「行けばその意味はわかる」
「なるほど?」
書庫を禁ずる、だなんてどういうことかと考えるが。あれか、思想的なあれか? もしくは未成年に見せる内容じゃないとか……いや、そんなそもそも禁じなければいけないようなものを学び舎に置くなとも思ってしまったが。
……けど、なんとなく。なんとなく、この書庫に行けば俺の求めている答えが見つかる気もする。そう漠然とした確信には程遠い朧気な感覚があった。
「『禁書庫』は、この先の地下だ。少し冷えるぞ」
この先、とは図書館の隅にひっそりと存在を隠すようにある扉の先のようだ。円羅先生の手には鍵が握られており、ガチャンと音を開く音がした。
そのまま円羅先生は扉からすぐ繋がっている階段を降りていく。俺も置いていかれないようにそのまま少し小走りでついて行った。
「──?」
扉をくぐった瞬間。その瞬間にほんの少し違和感を感じた。……体が、冷えたのだろうか。地下にあるということもあり気温が数度は下がった気もする。
階段はよくおじいちゃんおばあちゃんの家の急な階段のような危うさがあった。手すりもないので俺が体勢を崩したら先生と一緒に落下である。
「……おい、今変なこと考えなかったか?」
「いえ。ただ男と心中は冗談じゃねぇとは思いました」
「は?」
「……円羅先生、ありがとうございます! 俺、困ってて、……それで、助けてくれて!」
「話題に困ったように急に礼を言うな。余計に疑わしいだろうが」
図星だった。めちゃくちゃ図星だった。けれどそれを表情や態度にこれ以上出したら怒られるかもしれなかったので心のうちにのみ留めておく。
「え、えーと。にしたってその『禁書庫』ってのは何なんですか? 名前が少し物騒っていうか、なんていうか」
「……言葉通り、ってだけじゃわからないよな。『怪異』やら『神』って存在は噂するだけで、思うだけで生まれるとも言われている。──ようは、現世にあぶれている『魂』に方向性がついちまうってことだが」
「方向性……?」
魂に方向性がつく、とは中々に聞かない表現だ。というか初耳な表現だ。けど似たような説明を俺は麗に受けていた。
思い……信仰などもそれに当てはまるのならば『神』という存在だって生まれるだろう。
「そもそも妖怪も人間も『術』が使えるが、そこに使われるエネルギーが方向性を与える、なんて仮説もあったりするが……これはあんまり考えなくていい。聞きたいのは『禁書庫』のことだろ?」
「あ、はい」
「あの扉を通ってわかると思うがこの『禁書庫』には結界が張り巡らされている。本を見て『怪異』やらなんやらを産まないためだったり、そもそも本自体が曰く付きのものだったりと色々な理由でな。だから『禁書』──『禁書庫』にある本は基本的に教員と一緒じゃなきゃ閲覧は禁止なんだ」
「そんな理由が……」
確かに本を読むだけであんな危険な『怪異』やら『神』(現時点では仮定)が産まれたら冗談じゃないだろう。そうだったらとっくに人類も妖怪も絶滅している。だからそれを厳密に管理するためにこんな書庫を用意したのか。
というか、扉を通った時の違和感って結界が張られてたからなの? 全然気づかなかった……
「っと、着くぞ」
円羅先生がそう言うのと同時に階段が終わって少し広めのスペースがでてきた。そこには三つの扉があって、円羅先生はそのうちの一つに先ほどとはまた違う鍵を差し込んだ。ガ、チャンと少し錆びついた音と同時に鍵は開いてそのまま円羅先生は扉に手を掛ける。
「──絶対に、自分を忘れるなよ」
「え──?」
そう、どこか意味しげな意味深な言葉と共に扉は開かれた。どこからか風が吹いて、思わず目を細めてしまった。
けれどそれを上回る衝撃が、あった。言葉にしがたい、言葉に尽くせない、そんな衝撃が俺を襲ったのだ。ゴクリと、自分でも気づかずに唾を飲み込む。
──禁じられた書庫。
人を堕とし、籠絡し、『魂』を刈り取る。そんな大量の本が自らを手に取り読めと魅了して、並んでいた。
この学校の敷地面積はたぶんリアル東京には絶対にありえない広さです。そもそも図書館だけで校舎と同等かそれ以上の大きさがあるので。でもまあフィクションだし、いいよね!
小話的な設定を話しますと、実は学園には敷地全体に三重の結界が張られていて侵入者対策は完璧です。この結界は生徒と教師には発動しなく、部外者も事務所で受付すれば入れます。




