五十一話 とんでもない事実
──貫かれた。
同時に痛みが──襲わなかった。ただ体に穴が空いたとは、そう漠然とは思ったけど。それでも、それが心臓だなんて思わなかった。
「ぅ」
声が出ない。別に喉が痛いだとか、かすれてるだとか、そんな理由じゃない。ただ、頭が混乱しすぎて言葉にならないんだ。
「……! ……、…………!!」
誰かの声が聞こえる。けどもその誰かまではわからない。そもそもなんて言ってるかもわからない。誰かが叫んでいる。なんで? ……ああ、俺が、貫かれたから。
──死ぬときって、こんな一瞬なんだろうか。
勿論死んだことなんてないからその時にどんな痛みが襲うだとか、何を考えるだとか、そんなことは知らなかった。走馬灯ってよく聞くけど、あれって嘘だったのかな。流石に違うか、俺だけ特例みたいなもんだろう。死因も死因だし。
けど、俺の今までの十五年がこんなあっさりと終わってしまうことは……少し嫌だなぁとも、そう思った。だからってなにかが変わるわけでも、この死が覆るわけでもないだろうけど。
避けようと思えば決して避けられない死でもなかったとも思える。あの時にもっと動けてれば、痛みを堪えてすぐに逃げてれば、きっと避けられた死だ。なのにこうやって死ぬんだから、結局どれだけ生存能力が高くとも死ぬ時は死ぬんだろう。
せめて遺言くらい言いたかった。というより、もっと話したかった。父さんにも、朱にも、──あの人にも。それに、こうして俺が死んだ所を見せてしまった三人もだって、謝んなきゃ。
そう思って、それを言葉にしようとして──────視界が真っ黒になった。
*
まるで全部が泡沫の夢のようだ。これが人の命の儚さなのかなぁ……なんて思いながら──目を覚ました。
「……ん? 目を覚ます?」
自分で思って考えて、変だと思う。
……いや、あれか、死後の世界ってやつか。死後の世界で魂だけになって目を覚ますとか、そういうことか。
「──なに死んだみたいな顔してんだ、蒼」
「え? ……えッ!?」
目の前には桜の顔があった。整ってるなぁ、ってのが第一感想。第二の感想は……
「……桜も死んだ!?」
「んなわけねぇだろ!!」
バチン、とおでこをデコピンされる。痛い。
どうやら俺は再び神社の境内に大の字に鳴って眠っていたようで、体に石の痕がついてたりしてる。少し恥ずかしいな。
……いや、そんなくだらないことを考えている場合じゃないだろう!
「え……俺ってば死んだと思ったんだけど……あ、もしかしてこの桜も俺が生み出した幻覚?」
「生憎と実体はちゃんとあるよ。それに、そんな幻覚で生み出したいのはお前の妹じゃねぇのか」
「そんなシスコンみたいに言わないでよ。そうしたいけど」
「………………そっか」
ただ俺は俺に都合がいい朱じゃなくて俺に厳しくて当たりが強い、けれども時折甘えてくる朱が好きだ。大好きだ。なので幻覚だとしたら解釈違いかもしれない。
「なんか気持ちの悪そうなこと考えてる顔してんぞー? 蒼」
「言い方が悪いよ、向。……うん、まあここは死後の世界ではなさそうだけど、でもあの後どうなったの?」
あの絶望的な状況で、俺は確かに──心臓を、貫かれた。
死んだはずだ。そうでなくては、道理に合わない。そうでなくては、理に反してしまう。
「……それは、」
都合が悪い、というよりかは現実から目を逸らそうと向は口ごもる。それはどうやら瀬奈も同じなのか、俯いたまま動かない。
動いたのは、桜だった。どこか覚悟を決めたような表情をして、そのまま俺の方に歩いてきて──思いっきり、俺の服をまくり上げた。
「ぎゃっ!? え、エッチ!!」
「違う。……見てみろ」
軽口を叩こうとしたつもりが、桜の真剣な声に少し黙らされた。そのまま言われるがままに自分の服の下を見ると──
「え」
──赤黒く変色した皮膚が、見えた。
それは、まるで強い衝撃を受けたように見える。左胸。血管が浮き出てドクドクとおどろおどろしく脈打っている。
「っ、ひ」
なんだ、これは。こんなのは、人の体じゃない。まるで、まるで、まるで──あの、『心臓』のような。
「……お前の体は確かに貫かれたよ。それは。俺達三人が見た。でも、問題はその後なんだ」
向が俺のその皮膚を見ながら暗い表情で語っていく。
「『怪異』がこの神社に入ってきた時に、同時にもう一体ナニカがいたんだ。それは……良く見えなかったから、何も言えない。でもそのナニカが赤黒い一本の槍みたいなものでお前の心臓を貫いたんだ」
赤黒いナニカ。そう言われ、思いついたのは本殿で見かけたあの『心臓』と血管もどきだ。
──あの瞬間、たしかに俺の『術』は破られた。
それはわかっている。でも問題は拘束から逃れたアレがその後何をしたか、だろう。だからもし。もしあの後『心臓』が本殿から外に出て、あの瞬間にここにいたなら。
「……でもなんで俺が」
狙われたのか。その理由に心当たりは……こころあたりは…………
「……まさか、俺が煽ったから?」
……えー。いや、流石に……そこまで度量は小さくは……え、マジで? マジでそのせいで俺殺されかけたの? 言葉って怖っ。
「でも貫かれて、赤黒くなって……それがなんで俺が死んでないかって理由にはならないよな」
「それに関してはなんもわかんない。あ、でも追加情報があるとすれば……『怪異』が消えた」
「え?」
「……向のその言い方じゃ誤解を招く。お前のその心臓を貫いたナニカが急に肥大して『怪異』を全部飲み込んだんだ」
「……え?」
とんでもない事実が明らかになったぞ、オイ。
あの仮定:『神』はどうやら助けてはくれたらしいが、同時に憎みを晴らそうと八つ当たり的に俺に当たったのか。なるほどなぁ。
「……いや、納得なんてできるかぁ!」
「うわっ、急にどうしたんだ蒼!?」
叫んだせいで上がった息を肩で整えつつ、頭の中で状況整理をする。
八つ当たりとして俺に死にかけるような”痛み”の感覚を与えたと、そういうことだろうか。だとしてもそれでショック死したらどうするつもりだとも問いただしたいが。
そのムカつきをどうしてやろうかと悩んでいると、ふと瀬奈が境内に落ちていた何かを拾った。
「……これ、桜のスマホか?」
「あ、……ああ、俺のだな。ありがとう」
「ん……あ? これ、録画してないか?」
「え?」
瀬奈がスマホを桜に手渡した時に画面のほうが上に来たのか、そこには録画中となっている桜のスマホがあった。
「いつからだー? 容量とか、大丈夫?」
「多分……よし、停止できた」
録画の停止ボタンを押すと同時に保存が完了したのか「ピロン♪」と音が鳴った。
……いつから。いつから、か。
「なあ、桜。その動画、再生してくれないか?」
「別にいいが……なんでだ?」
「──もしかしたら、俺が貫かれたところを取ってるかもしれないだろ」
「!」
境内に落っこちていたので誰かが写っている可能性そのものが少ないが、それでも可能性はある。
あの後、俺はどうなったのか。貫かれた、というが穴は空いていない。その表現そのものが間違っていたのかも。そんな耐えぬ疑問に対する答えを求めるように、桜に頼み込む。
桜はすぐにアルバムのアプリを開いて一番最新の動画を再生した。開始は落下から始まっているようで、どうやら桜のポケットから落ちた時に録画が開始されてしまったのだろう。
「んー。あ、この時に結界が割れたな」
「結界?」
「ほら、この神社には結界が張り巡らされてて、たぶんそのせいで『怪異』は入ってこれなかったんだと思う」
「なるほど」
『結界術』に対しては多少の心得はある。……けども、『怪異』だけをいれない結界なんて作ることはできるのだろうか。少なくとも今の俺じゃあ無理だ。そもそも結界があることだって気づけなかったし。
「それで、この後は『怪異』が暴れて……ここら辺だよね、俺が貫かれたのって」
「随分と簡単に言うなぁ。……にしたって、この時の蒼すげー体長悪そうだったけど今はもう大丈夫なのか?」
「え? ……確かに」
あの時の不快感やら何やらは今までで生きてきて一番だと、そう言えるほどだ。頭は痛い、耳鳴りはする、体は重い、なんなら熱も少しでていたんじゃなかろうか。風邪の類のような症状だが、特に頭痛が一番酷かった。
……そう、あの部屋に入った時に少し似ていた。
「結局、アレが黒幕ってことなのかな」
正体不明のあの『心臓』、あれが俺達の転移? の黒幕ということでいいのだろうか。……どうやっただとか、目的だとか、色々と不可解な謎が残ってはいるが。
そうこう考えている間にも動画はどんどん進んでいって、そのまま──
「……え」
俺の姿だ。俺の姿が、写っている。赤い血管のようなモノに貫かれて、それこそ深夜帯で放送になるような図だ。そして、そこには写っていたのはそれだけじゃなかった。なかったのだ。いっそ、それだけだったら、良かったかもしれない。
『──蒼!!』
そんな桜の叫び声と同時に俺の体は支える力を失ったのか崩れた。そこからは先程までの嵐が過ぎ去った台風一過のように静かになった。『怪異』も、俺を襲ったモノも消えて。
──違ったのだ。
あれは、報復なんかじゃない。あれは──俺を取り込もうとしていたのだ。
「っ、!」
勢いよく再び服を捲りあげて確認しようとするがボタンが邪魔をしてすぐにできない。でもそんなことを考える余裕なんてなくて力任せに服を引っ張る。そのせいで破れてしまった。
赤黒く変色した皮膚。心臓の部分に、貫かれた部分に、ある。
「…………」
言葉が出てこなかった。息が荒くなる。熱くもないのに汗をかいてしまう。
「──蒼」
驚きと困惑を押し殺すような桜の声が聞こえる。向も瀬奈も、同じく表情が暗い。
──それ以上は言葉にしないで。言わないで。確かめないで。思わないで。考えないで。確信を持たないで。
けどその全てが言葉にならなくて、まるで刑を言い渡される直前のような感覚に陥る。前後不覚とはこのことだろうか。
「今、お前のその体には────何がいるんだ?」
──その言葉を聞いて息が詰まり、心臓がまた大きく脈打った。




