六話 カミングアウト
購買は寮からざっと徒歩十分の距離にある。正門から入っていたら講堂に行くまでに順路にあるらしいのだが、裏門から入った場合はその限りではなかった。
……なーんで裏門に転移したんだろ、あの鳥居。
「……」
「……」
なんて、目を逸らしてる場合じゃない、か。
……気まずいです! 誰か助けて! へるぷみー!!
*
寮から出てから一言も喋らずにここまで来てしまった。嘘でしょ、俺ってこんなにコミュ障だったっけ? もうちょっと話せるヤツだと思ってた、そんなわけなかった。
寮では俺らの部屋がある階は四階で、階段を降りてる間にもちょっとは会話があった、確かにあった。でもそれが段々と少なくなって……ここにきて俺のコミュニケーション能力の低さが大幅に足を引っ張ったな!
「……あー、……その、桜」
「……なんだ?」
「えーと、その、桜は中学時代どうだった?」
あー、やばい! 普通にチョイスミスった!
なぜよりによって好きな〇〇とかじゃなくて中学時代を聞いちゃったんだ、俺のバカ! 答えにくかったらどーする! それに、俺だって答えにくいだろ! 俺のバカー!
「中学時代、か……特段これと言って話すエピソードがあるわけじゃないが……まあ、言うとすれば家柄のせいで周りに人がいなかったな」
「家柄?」
「……は?」
「え?」
何で急にそんな呆気にとられた顔すんの、桜。え、俺変なこと言った?
そんな風になっている俺を見ると、桜は少し怪しむような目線を俺に送る。
「……驚いた。いや、俺の苗字を聞いてなんの反応もない時点でちょっと疑問だったが」
え、え? 何、どういうこと? 桜の苗字って、確か鬼城院だよな。それが、何か……苗字そのものに、意味があるってことか?
どういうことかと頭の中で検索にかけるも、何も引っかからない。そんな俺に桜は本当に驚いたという表情をしている。
「世間知らずってよりは常識知らずだな、お前。……『鬼城院』家、この裏界じゃ知らないやつなんていないと思ってたが、俺も自惚れてたな」
「……その、ごめん、何も知らなくて。別に箱入りとかそういうわけじゃないんだけど」
「いや、俺もお前のことを箱入りだとかは思っちゃいないが」
そう言いながら桜は言葉に詰まったように頭を掻く。
きっと、会話の流れから察するに、桜の家は知らない人のほうが珍しいと言った具合にめちゃくちゃ有名な家なんだろう。だから、苗字に反応せず、さらに無神経にも『昔』の話を聞いた俺を不審がっている、というより説明に困っているんだ。今まで、そんなことを聞かれたことなんてなかったから。
だとしたら、やっぱり俺は最低だ。知らないを免罪符にしている。
「…………」
もし、桜が言いたくないことを言おうとしてくれるなら、俺は──
「あー、なんだ。俺の家……鬼城院家は結構、いやかなり特殊で、その……」
「──俺、人間なんだよね」
「へぇ。それで……は? 待て、今なんて言った?」
「俺、人間なんだ」
「……はぁ?」
桜は聞いた言葉の意味をしっかりと理解すると、顔を盛大にしかめ、「何を言っているんだコイツ」という表情を作った。
うん、まあ、急にそんなカミングアウトされりゃあ誰だってそんな顔になるか。仕方ないよな。
うんうんと頭の中で頷きつつ、目の前の混乱の渦に飛び込んでしまった桜をなんとかなだめる。
「人間、って、え、妖怪じゃ、ない、人間、って、え?」
「うおお、落ち着け落ち着け。あってるよ、それで。俺は妖怪じゃない、人間なんだ」
そう言って一泊置いて再び伝えたが、それはどこまでいっても混乱の助長でしかなかった。
*
俺が人間であること、入学経緯、その他諸々を話し、数分。
結局、桜は「俺は納得していません」といった表情でなんとか納得してくれた。頭の回転が早いのか、すぐにすらっと。そして、同時に「政府のプロジェクト」という言葉にすごく嫌そうな反応も示していたが。
「……なんとなく、一連の流れは理解できた」
「良かった良かった」
「なんでそんなに他人事なんだよ」
ちょっと怒ってない? 桜。場を和ませようとしたが、逆に無神経すぎて相手を怒らせるという最悪のコミュニケーションを取ってしまった。
そうすると桜は一度ため息を吐き、そのままどこか納得した表情になる。
「……いや、なんかむしろ納得いった。お前が俺を、俺の家を知らなかったことも、向の家を知らなかったことも、全部説明つく」
「そーいうことなんだよ……ん? 向?」
なんか、聞き逃しちゃいけなさそうな話が出てきたが、話を戻すためにも一旦忘れる。
「そーだな、何も知らないやつに俺の家をどう話したもんか......」
「なんかゴメン」
「謝るような事は何もしてないだろ。悪い事してないやつは謝る必要なんてないんだよ」
かっこよ。これは惚れる。
そんな冗談交じりなことを考えているとジト、と睨まれたのですぐに表情を正す。
「.....俺の家は、なんか、いわゆる『御三家』って呼ばれてる家の一つなんだ」
「御三家、って、なんかすっごい偉そうだな」
「事実、偉い。『御三家』──鬼城院家、稲荷家、八岐家、三つで『御三家』だ。この三つの家はかつての人妖戦争で地位を築いた、絶大な権力を所持している家系。今、この世界で妖怪が『種族』を持っていることは珍しいが、御三家は明確にして揺るぎない『種族』がある。鬼城院家は『酒呑童子』、稲荷家は『九尾』、八岐家は『八岐の大蛇』といった具合にな」
御三家、聞くだけでもすごいワードだ。厨二心をくすぐられる。
にしても、そんな偉い……んだろう、すごく。そんな偉い家の息子と同じ学校、同じ部屋になるとは思わなかった。
桜の話を聞くと、とある一つのことが頭に浮かぶ。
「あ、じゃあ桜は『酒呑童子』なの?」
「……いや、俺は『茨木童子』だよ。俺の……兄貴が、『酒呑童子』だ」
「そうなんだ」
お兄ちゃんいるんだ、桜。よく考えりゃ、兄妹の話とか出せばよかったなあ、話のネタになるじゃん、めちゃくちゃ。
──まあ、なーんて考えてるうちに購買についちゃうんですが。




