幕間 『麗と葛』
「──ん? ああ、残ってたのか」
ガラリと音を立てて教室の扉を引いた北原は目の前にいた人物に対してそう言った。教室にいる一人の人影──頭内は曖昧な笑顔でそれに答える。
「別に勉強とかじゃなくて、委員会でね。そう言う葛こそどうしたの?」
自分の席に入れている教科書やノートを取り出してカバンへと移しながら頭内はそう言う。
「部活関係でな」
「ああ。そういえば、あのヤバそうな先輩とはどう?」
「そこそこの関係を築けてると信じたいな。ヤバい人だったが、それは理科方面に突っ走るってだけで会話は成立した」
「よかったね」
半分ぐらい強制的に入部させられた当初こそは不安だったものの、今の北原には部活に対しての嫌悪感などはない。普通に楽しいとも、そう思っている。
「にしたって、お前って最近は蒼と一緒に勉強してなかったか? 蒼は?」
「ボクの方が予定あったからね。それに蒼もなんか今日は学園長に言いつけられたとかなんとか予定があるって……でもまだカバンがあるのはちょっと意外。長引いてるのかな」
頭内はそう言って自分の隣の机を見ると、その机の横にはカバンがかかっていた。それはその人物と同じ部屋の鬼城院、稲荷、風滝も同様だ。
裏山に行くと、そう言っていた。そこまで時間がかかる予定だったのだろうか。
「だったらついていけばよかったかなー」
「なんだ、蒼のこと好きなのか?」
「面白いおもちゃ的な意味合いではね」
「友達をよくもまぁ……」
まるで自分の姉のようだと思いながら北原はすぐに首を振る。あの姉はもっと冷酷だ、人と比べるとその比べた相手に対しての失礼に値する。
姉への失礼なんて何も考えない思考で北原は思考を中断した。それに頭内はどこか思うことがあるようだが、すぐに切り替えた。
「ま、流石に今のは冗談だよ。好意的、には見てるんだろうね、彼のことをボクは」
「……曖昧な言い方だな」
「『さとり』なんて種族で生きてくと、簡単に妖怪のことを好きになれないんだよ。嫌いにもね。考えがわかっちゃうから嫌でも美点も欠点もわかる。嫌いだって思ってたやつの好ましい一面も、好きだって思ってたやつの嫌いな一面も、さ」
重々しくはならないように話し方を工夫しても、北原の表情は悲痛だ。──同情では、ないとはわかるが。
「ここでされても嫌だからなぁ。葛のお姉さんの方に同情してあげようか?」
「やめてくれ。会話に出すな」
「わお、マジギレ。本当に苦手なんだね〜」
「氷漬けにされたときからな」
厳密に言えばその原因は北原自身にあり姉を悪と断ずることこそが助けようとしてくれた姉の対しての非礼だとはわかっている。わかってはいるが……それでも割り切れない部分はあるのだ。
懐かしい記憶を思い出しながら、北原も帰宅準備を始めるために自分の机へと向かう。
「……そういえば、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「…………まあその話なら別にいいよ」
自分で話そうとしている内容をもうすでに知られている、というのは少し違和感があり慣れないがそこまで気にはならない。
北原はそのまま自分の知っている『さとり』という種族の情報を思い出して──
「──お前の親って、なんなんだ?」
──そう、言ったのだった。
「……突拍子もない、とは言わないけどよく触れようと思ったね」
「フェアに生きたいんだ。お前だけが俺を知ってるってのが少し嫌でな」
「そ。まあ良いよ、別に隠してることでもなんでもないからね」
懐かしい記憶を引っ張り出された、という感覚に頭内は襲われた。別に思い出したくないわけじゃない。辛いや怖いといった感情は他のあらゆる感情に呑まれてかき消されている。だから今から答える言葉にも、何も抱かない。
「いないよ。ボクに、『さとり』という存在に親はいない。親代わりならいるけどね」
「……そうか」
──『さとり』という種族はあらゆる特異が集まる『妖怪』でも別格といえるべき特異性を持つ。それは、”親”という存在がいないことだ。種族繁栄をしない種族、とも言える。どこから生まれたのかもわからない種族。始まりが誰であったのか、誰もわからない。どこから来たのか、それすらも。
それは頭内とて例外ではない。親という存在はいなく、拾われて今ここにいる。そして育ててくれている『師範』を、未だ親と呼べていない。
「──。気になった?」
「少しな」
「……まあこのクラス、『種族』持ちが多いよね。ボクも、あの『御三家』だっている。それに──葛みたいな、『先祖返り』も」
「……そうだな。中学の時だったら考えられなかった」
『先祖返り』とそう呼ばれ北原は少し体を硬くするがすぐに平静さを取り戻す。それは自分の生まれながらの存在の名で、そうよばれることに抵抗など、もう抱いていないからだ。
「『種族』持ちとは少し違うがな……失った『種族』が今更戻るだなんて、くだらないだろ」
「くだらない、とはボクは言わないよ。けどそれで苦しんだであろう葛を責めもしない。第三者から言えるのはそこまでだろうからね」
それはきっと、『さとり』として生きてきた頭内からだからこそ出せた言葉だ。そして──あの人間も、出せる言葉だ。
「……別に、人間だけが憎いってわけじゃないんだよなぁ」
かつての自分を思い出しながら、頭内は一つため息をついた。そのまま自分の机の横にかけていたお弁当袋を手にとって、教室から出ようとする。
「葛、校舎までだけど、一緒に帰ろ」
「わかった」
──その時、バタンと大きな音が教室に響いた。
「! ……ああ、蒼の」
すぐに振り向いた頭内の瞳に映るのは、咲崎の席にかかっていたカバンが床に落ちている光景だった。あの大きな音は、その時にでた音だろう。
直してやろうとそこによると、どうやらつけていたお守りが千切れたようで、お守りの本体が少し離れた場所に落ちていた。
「妹とおそろいって、アイツ言ってたよな」
「うん。……でもお守りがちぎれるなんて、不吉だなぁ」
そう思いながら、カバンを元の場所に戻そうと机の隣にしっかりともう落ちないようかける。
──どこか胸騒ぎがすると、そう思いながら頭内は千切れ落ちてしまったお守りを机の上に置いたのだった。




