四十九話 決めつけ
神社の境内はさっき訪れたときと何も変わっていない。やっぱりアレはこの中には入れないそうだ。
「にしたって、『怪異』ってのを俺は始めて見たんだけど、ほんとーに気持ち悪いね!」
「それはそう。でも遭遇する可能性なんて宝くじよりレアって聞いてたけどな」
「だったら宝くじ当たりたかったんだけど。七億欲しいんだけど」
こういった確率的にレア! よりも確率的にはそこそこでお金が欲しい。そんな不幸なレアを引いて運を吸われるだなんて最悪すぎる。
地面に打ち付けられて大の字になっている体を起こすと色んな場所から悲鳴が上がった。痛い。でもこのまま小石が詰まってる地面にいたってそれはそれで痛いので起き上がる。
「この神社……ってよりかはやっぱりそういう神聖な場所が苦手なのかな」
チラリと自分たちがさっきまでいた森の中を見ると、『怪異』は神社の回りを囲むようにどろどろと体を大きくしているが、それでもこの中に入ってくる様子はない。明確なラインがあって、それより先は進まないようだ。
「律儀って言うのとは違うよなぁ」
本能的か生理的か嫌悪しているのだろう、この空間を。まあ神社が得意な『怪異』なんてもの解釈違いだが。
……いや、もしくはこういった解釈違いという思いが集まって形作った可能性もあるわけか。本当に、わからないことだらけで嫌になる。
「ってもこっから脱出ってどうすりゃいいんだ? 俺達って目が覚めたらここにいたんだよな」
「不気味なスタートだよね。そもそもここがどこかだって具体的にわかんないのに」
目が覚めたら神社、だから学校から離れに離れた場所かもしれない。もしかしたら沖縄とか北海道とかかも。そしたらどうやって帰ろう。
この神社に何かしらがアレばいいが、本当にただ『怪異』に呑まれて終わりのパターンだった場合、抗いようがない。
「だからって簡単に死んでやるってわけでもないけどね」
言い切れなくとも脱出はしたい。というかこんな訳のわからないものに殺されて溜まるか。
「これはゲームとかじゃないからなぁ、ありがちな場所にありがちな物とかは置いてないよね」
「現実は偽物ほど上手くできてねぇってことだろ。だとしても、ヒントぐらいは欲しいもんだがな」
「んー、どうするか……とりあえず手分けして詮索しようか。なにか見つかるかもしれない」
神社の広さは普通だが、それでも隅々まで見ていったらそれなりに時間がかかる。安全面的な問題も勿論あるが、それでも四人でそれぞれ別の場所にいたほうが良いだろう。
「俺はじゃあ本殿の方を見てくるね」
「わかった。だったら俺は社務所を見てくるよ」
「俺はあっちの絵馬飾ってあるほう見るね。瀬奈は?」
「オレはまだここらへんを見ておく。石の下に何かあるかもしれないからな」
そうして、ひとまずは解散する流れになった。
俺は宣言通りに神社の本殿へと向かっていく。本殿の前には確か……そう、拝殿があり、お賽銭箱と鐘があった。正式名称はちょっと存じ上げない。
「俺が本殿とか知ってるのだってテレビで見たからだもんなー……五円玉、あったっけ」
呑気であるが『怪異』が来た時用になんか聖なる力でも体に貯めておこうと思ったが、そもそも財布を持っていないことを思い出す。ここに来たときにはスマホぐらいしか所持品がなかった。仕方なし。
「んー、特に異常とかはないんだよなぁ」
俺の家の近くにあった神社と似たような作りだとは思う。ようは典型的なのだ。だから特別な何かがあるだとか、隠された何かがあるだとかは考えられない。ここはハズレの可能性が高いだろう。
そう思いながら神社の建物の中へと入っていく。
「おじゃましまーす。……ってこの場合は正しいのかな」
不法侵入はしたくないので苦しみ紛れの挨拶をとりあえずする。靴は脱いだので少し床の冷たさを感じた。
「いやまぁ何かあったほうが良いんだろうけど何もないほうがそれはそれでいいかなーって」
本殿といったら御神体とかがあるのだろうか。他に何があるかと聞かれればそこまで詳しくはないが。
少し軋む木でできた廊下を歩きながら探していくが、今のところ目ぼしいものは見当たらない。
もう何もなさそうだし時間を潰すのもなんだと他の三人のところに行こうと、そう思った時だ。
「……何の匂い?」
──鼻をかすめた匂い。それが嫌ってほどに気になった。
決して気持ちの良い匂いではない。まるで何かが腐ったみたいな匂いだ。
どこからその臭がするかと辺りを見渡したら、さっきまで入っていなかった……というより、意識していなかった部屋が一つある。
──なぜこの部屋だけ見落としていたのか。
様々な疑問が生まれるが、それよりも前にその部屋に行こうと足が動く。
「……っ、」
ごくりと喉が鳴った。緊張しているのだろうか。一体何に?
廊下を少し早いスピードで歩いていって、部屋の襖の前に立つ。これを右にスライドしたら、jへの中が見える。
──見てはいけないと、そう何かが告げていた。
──見ろと、そう何かが俺を誘導してきていた。
「なに、が……」
何があるのか。ただただその部屋の不思議な力に引き寄せられて──襖を、引いた。
「────────ぁ」
*
──襖の先には、悍ましく、許容しがたきモノがあった。
あの『怪異』なんてきっとその比にもならない。何かと比べる行為、それがそもそも正しくない。
「う、あ」
息ができないと、そう実感する。呼吸をしたい。けれどもこの空気を取り込みたくない。駄目だと脳が警報を鳴らし続けて頭が痛い。
逃げ出したい。
「……んで、なんで」
──それでも俺の体は前に進むのだろうか。
わかっているのに、抗いきれない魔力のようなものがある。進んではいけないと、そう頭で、体で理解しているのに。
「きもち、わるぃ」
目の前には──脈を打つ、黒い物体があった。バクバクと、動いている。
黒い物体の正体に、きっと俺は気づいている。けれどそれを受け入れたら、だめだ。
「……ぅ、ぷ」
吐き気を堪らえようとしても喉まで胃の中身が逆流していて気持ち悪い。手で口を抑えながら、すぐに逃げようとする。襖が開いて、そこから光が漏れている。だから、そこから抜け出して、すぐに三人に合流するべきだ。じゃなかったら、きっと、俺は──
「ぁ、え?」
ガクンと急に視界が低くなった。少しして、足が動いていなく倒れ込んだのだとわかる。
「何──?」
さっきまでなぜ気づかなったのかと疑問に持つぐらいに、俺の足には何かが掴んだような感覚がある。それが一体何であるのか確かめようと、見て──
「……は、」
自分の足を掴んでいたのは腕だとか手だとかじゃなかった。──血管のようなものが、俺の足に巡っていたのだ。黒く、悍ましいそれが俺の体を張っている。まるで取り込もうと、一体化しようとしているみたいだ。
それを見て、同時に確信してしまう。いや、嫌でもそうであると実感させられるといった方が正しいだろう。
目の前にあるアレは、────心臓だと。
「い゙っ、ぐ、あ!?」
血管のようなものに掴まれている箇所がとてつもなく痛い。熱い。ぐるぐるぐると締め付けれれて、身動きが取れなくなる。
「なん、なんだ!?」
これは『怪異』ではない。死の気配がこびりついているアレの方がまだ可愛げのようなものがあった。でもこれは、そういった次元のものじゃない。──この世にあってはいけない存在だと、そう頭が理解している。
そもそも、ここは神殿だ。『神』の領域じゃないのか。だったらなんでこんな化け物がいる。『怪異』は入り込めないし、じゃあこれは何だって言うんだ。こんなのは妖怪でも人間でもない。正真正銘の、化物だ。
「はな、せ、よっ!!」
ジタバタと暴れて足に絡まりつく血管から逃れようとしたが、余計にきつく足を逃さないといった具合にへばりついたままだ。
このままじゃ、足がもげる。そんな最悪の未来が描けてしまうぐらいに、状況が悪い。
「はっ……ぐ、ぅ」
足が痛い、頭が痛い。頭が痛いのは何だ? この部屋に入ってから急に頭痛が酷くなった。この部屋……いや、この部屋の中心にあるアレが原因だ。そんなのはわかりきっている。じゃあどうするんだ。これ以上ここにいたら駄目だろう。早く三人に合流して、どうにかしないと。ここから逃げたい。なんなんだ、この血管は。気持ちが悪い。逃げたい、逃げさせて。この部屋の広さは、あの倉庫と同じくらいか。そういえば、結局なんで俺達はこの神社にいるんだ。ここって表界? 裏界? どっち? そんなことはどうでもいいだろ。この痛みから早く逃れたい。俺が何をしたっていうんだ。心臓……が、どんどん早く脈打っている。緊張か、困惑か。あんなのもに勘定があるのか? なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ。さっさと逃げなきゃ、あと少しだ、あと数十センチの距離で部屋から出れるってのに。
考えて、どうにかしようとして──プツリと途切れる。
「…………あー、やめ」
自分の悪い癖だ。こうやって色々考えて、結局まとまらない。さっさと行動に移したほうがまだマシだろう。
「──死んでたまるか」
結局これが、これだけが俺の望みなんだ。
友達が大切だ。──自分の命の次に。
家族が大切だ。──自分の命の次に。
周りが大切だ。──自分の命の次に。
俺という人間は、ありよあらゆる行動順位の第一に自分の命を取っている。それがなぜか、と問われれは、……それは、きっと死ぬのが怖いから。だからこの状況でも、俺は死にたくないから生きる。
「この足の血管は暴れれば暴れるほど締め付ける。頭痛は治る気配はナシ。部屋から脱出するためにはあと少し動かなければいけない……まあ、無理だろうな」
そして、目の前の正体。
「人間じゃない。人間だったら心臓だけになって死んどけ。妖怪でもない。以下同文。じゃあ『怪異』かって問われればその可能性は高いけど、だったら神社に入れてない。……消去法だ」
俺の見聞が狭いから、こう決めつけているのかもしれない。でもたとえ仮定であっても決めなきゃ効果的な行動が取れないだろう。だから、俺はそうだろうなぁと思ったことを口にする。
「──『神』サマってことだろうね、つまりは」




