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人妖!  作者: 家中由真
期末編
55/72

四十七話 一か八かの賭け

 ──アレと触れてはいけない。

 ──アレと話してはいけない。

 ──アレと見合ってはいけない。


「ん、なの、わかってる……!」


 わかっている。わかっているのだ。目の前のあの化物がどれだけ悍ましく、恐ろしく、おどろおどろしい存在であるのかは。本能で、わかった。


 ──アレは、まるで黒い液体のようだった。


 どろどろと、体を動かそうとして途端に崩壊している。それを可愛らしいだなんて到底思えない。自分の体が崩れているのすらアレは自覚していないのか、一歩、一歩と進んでくる。隣の山にいるアレは、この距離であっても俺なんかよりも全然大きい。体長だけでも五メートルとかはありそうだ。


 いや、わかってる、こんなの冷静に状況分析してるわけじゃない。ただ現実から逃げているだけだ。


「っ、逃げるぞ!」


 桜が瀬奈を引きずりながら、すぐに逃げるためにアレのいる方面の逆へと走る。


「え、え!? なになになに!?」


「いーから、逃げるよ向!」


「だからなんなの──っ!?」


 向の悲鳴を聞きつつも腕を引いてすぐに下山する。どうやら本当にあの神社に似ているようで、かなり劣化しているが石造りの階段がある。そこで一段ずつ飛ばして降りていく。


「と、わっ!? 寝起きなんだが!? ……って、なにアレ!?」


「今更!?」


 こいつ意外と回り見てないよな!!

 悪態を心のなかでつきつつ、どんどん下山していく。後ろは見ない。見たら、たぶん動けなくなる気がするから。


「っ、くそ。学園長、絶対殴る……!」


「──うし、ろっ!」


「え?」


 ──熱い。

 向の声が聞こえた途端、後ろから急に熱が伝わってきた。何が起こったのか、振り向くなとわかってはいたけど、思わず後ろを見てしまい──


「ぁ、」


 ──アレが、いた。


 同時に、向が『術』を発動させていて青色の炎が浮かんでいた。それはアレを燃やし尽くすようにぶつかるも、本当に液体でできているのか一瞬で消化した。


「っ、流石に、ノーダメは傷つくなぁ!」


「桜はっ、『怪異』って、言ってた!」


「は!? え、実在するのか!?」


「アレを妖怪だなんて言いたくないよ!」


 俺の知る妖怪(お前ら)はアレよりは流石に人間味がちょっとはあるよ! そもそも固体ぐらいにはなって欲しい!


「アレも液体ってわけじゃないよな!? なんか、溶けそう!」


「昔見た映画を思い出すなぁ。ほら、あのもののけの姫のラストんとこ」


「お前ごときに俺が救えるかー!」


「まあ俺も狐だけども! 狐は犬科だけども!!」


 向の見た目は完全に人間で狐の尻尾や耳は普段は収納されているので山犬には到底見えない。

 ……つーか、こういうくだらない話をしないと恐怖で腕も足もすくみそうだ。


「『術』は効かない、触ったら取り込まれそう。……どうしよう!?」


「『怪異』に関する情報は本当に少ねーんだ! というか、生還者がまずいなくて『怪異』がいたってこともわかってないケースが多い!」


 確かにそもそも『怪異』がいたと報告できる人間、生還者がいなければ『怪異』が事件にならない。完全犯罪だ。だからこそ、対処法も進歩しなかったのかもしれない。


「だからって、逃げ回るだけじゃなんの解決にもならないでしょ……!」


 怒り心頭って感じだ。そもそも、俺達は学園長のおつかいでこうして裏山まで来ただけなのに、なんでこんなのがいる? もしかして学園長の仕込みとか? ……さすがにそれはないと考えたい。これから四年間の付き合いになる人を疑いたくはないな。


「アレの動きを止める方法……そもそもアレはなんで俺達を追いかけてくるんだ?」


 ……そうだ。ホラー物の定型だが、なぜアレは俺達を追ってきている? 普通こういうのって祠を壊した人間だとか、生贄の素質があるとかだ。でも俺達は何もしていない。なんでアレは俺達を追いかけてくる?


 ──『怪異』って存在は貪欲で、体を求めてる。遭遇して死んだ人間と妖怪の数は、正確に計れないほどだ。


 そんな麗の言葉を、思い出した。


「……『魂』に反応してる?」


 俺達が生きている、そう『怪異』は認識している。その条件は、『魂』が肉体に宿っていること。だとすれば『怪異』は『魂』を探せば肉体にたどり着けるということだ。

 でも、そんなの、そんなの……


「──どうすればいいの!?」


「いーから走れってことだろ! 蒼、舌ぁ噛むなよ!」


「どわぁっ!?」


 いきなり向に手を取られてなにかと思えば、向が地面に向けて何かしらの『術』を発動させると同時にその反動か俺達の体は宙に舞った。ぐるりと回転して、地面に着地。そこそこの距離を稼いだ。


 ともあれ事前に言ってほしかったなぁ!


「桜もそうしてる……これがマニュアル?」


「いや、どっちかっていうと認知度の高い『術』の応用だ。桜がし始めて俺も思い出した」


「なるほ、どぉ!?」


 ポンポンと地面をはねながら進むのでその着地の時に足に衝撃がきたりするが、それでもさっきよりは全然距離が稼げている。下り道だからだろう。


「これってどこまで逃げればクリアなの!?」


「人生をゲームと同一視すんなよ! クリアなんてない! 生き延びる、逃げ続けるのだけが生存条件だ!!」


 それはなかなかに絶望的な話だ。いつか体力だって尽きる、同時に『術』も使ってるのだから消耗はなおさらだろう。対してアレの動きは鈍っておらず、むしろ早くなっているように見える。森に生い茂っていた木々はアレの体である黒い液体に吸収されてそのまま姿を消した。本当に気色が悪い。


「……ぁ?」


 ふと、思い出した。アレに触れられたものは吸収され、姿を消す。──では、あの神社は?


 勢いよく振り向いてすぐに山の頂上を見つめる。黒い液体はどこか半透明で後ろが見えて──変わらず、神社が見えた。


「向! 一か八かの賭け、乗る気はない!?」


「はぁ!? 賭けって、どういう……っ」


 一か八かの賭け。それは、成功率なんて全然わからない。そもそもこの考えが正しいという保証なんてない。見間違いかもしれないし、ただの勘違いで終わり、そもままバッドエンドの方が確率的には高いだろう。


 でもこのままじゃなにも変わらないでジリ貧だ。だったらせめて、一縷の希望にすがっても良いのではないだろうか。


「──戻ろう」


「何言い出すんだ、お前!」


「神社! 見てみて! あそこだってあの『怪異』が通ったのに吸収されてない。これは俺の希望的な観測だけど、神社っていわば『聖域』でしょう? だから『怪異』っていう存在は入ることだできないんじゃない!?」


 本当に楽観的すぎて自分でも言っていて馬鹿だなぁって思う。神社が『聖域』、だから悪い『怪異』は入ることができない。よくある定番の物語だ。アニメの見過ぎだろうか。そんなに見たことないけど。


「……っ、でも危険すぎる!」


「わかってる! だから俺一人で、」


「んなのがいいわけねえだろうが! 一人で行くな!! ……桜ぁ!!」


 向が大声で叫ぶ。そうすると前を走っていた二人の意識がこちらに向いた。


「お前、式神使えたか!?」


「……不安定だけど、少しは!」


「だったらその式神を神社まで飛ばしてくれ!」


 その言葉を聞くと同時に桜はすぐに懐から一枚の紙を取り出して神社のある山頂へと投げた。それはとてつもない速度で神社へと向かっていき──『怪異』の一部がそれを追いかけていく。

 ぐにょりと水は分裂して、分離したもう一つの液体の塊のようなものが式神へと追いつき、喰らおうとしている。


「きもっ!」


「どうだ!?」


 式神にも『魂』は宿っているのか? ……いや、そんなことは今はどうでもいい。

 ぐんぐんと式神は俺達の方から姿を消して、もう見えない。と、同時に桜が何かを見たのか、驚いたような評定をする。


「式神が鳥居を越えた! ──どうやらあのバケモンは境内には入れねぇらしい!!」


「──ビンゴ!」





 すぐさま方向転換、となったらあの化物に抱きつくのがオチ。生憎と俺達四人に自殺願望はない。だからこそもう少し距離を稼いだ上に大きくカーブを描いて神社を目指すという方針にした。


「あの『怪異』は俺達……ってよりかは『魂』ってやつを狙ってて、式神にも反応する……式神を大量生産して囮に使うってできない?」


「そもそもっ、はぁ、式神用の、ふぅ、紙が、どんくらい、げほっ、あるかに、よる……桜、どうだ?」


「……十枚もない。温存したほうがいいだろうな」


 全速力から落としたとはいえそれでもそこそこの速度で走って数分。俺は長距離は慣れていて桜は『術』で身体能力を上げているらしい。向と瀬奈はすでに顔色が悪い気もするが立ち止まったら顔色どころじゃすまないので走ってもらってる。


「あと、はっ、どんくらい、だ? オレ、そろそろ……」


「せ、瀬奈! 元気、だせ、って! あと少し……『術』、使える、か?」


「……瀬奈、辛いなら俺がおんぶするか?」


「い、やぁ!? それは、流石にオレのプライドがだめだろ! まあありがとな、桜」


「確かに桜なら人一人抱えるのも楽勝だとは思うけども……」


 どっか天然だなぁ、と少し思った。


 けどもこのペースを維持できるのだって体力が底をつくまで。俺も桜も今のとこは大丈夫だとしても、それでもいつかは動けなくなる。それに神社がセーフゾーンだとしたって元にいた場所に戻れなかったら意味がない。あくまでも最終目標は学校への帰還だ。


「──。いや、別に……」


 それ以上のことは言葉にできなかった。する必要がなかったからだ。だからすぐにくだらないと頭の中を切り替えて目の前に集中する。


 さっき看板にすれ違った。確かあと百メートルの地点に立っていた看板だ。本当にあと少し。

 正規の道を外れているからか石で作られた階段はなく、残念ながら足場の悪い土の上を歩いている。けれども、だんだんと木の数が少なくなってきた気がする。……アレが飲み込んだってことか。


「だったら隣の山から移動する時にここを通ったってこ、と……ぇ」


 ──油断だった。ほんの少しの、油断。ほんの少しの、先入観。ほんの少しの、驕り。慢心していたのだ。ここまできたら、大丈夫だと。


「な、んで」


 なんで考えなかったんだろう。なんで思いつかなかったんだろう。なんで可能性を考慮しなかったんだろう。


 ──『怪異』があれだけだって、なんで思い込んでたんだろう。


 目の前には、『怪異』の姿があった。挟み撃ちだ。──二ついたんだ。

 液体のようにぐにゃぐにゃと、ぐちゃぐちゃと、形を取らずにそこにいて。ソレは──目にも留まらぬ速度で俺達の方へと向かってきていた。











「──ここで終わりなわけ、ないだろ!!」


 ──炎が、目の前を掠めた。ぼおっと大きな音を立てて、炎は燃えている。

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