四十六話 気色悪い違和感
声のした向の方に行くとそこには瀬奈もいた。どうやら段ボールを発見したのは瀬奈らしい。
「これであってるよな?」
「どれどれ……『記録簿』。そう、これ!」
やばい、軽く感動してきた。探し物が見つかる瞬間ってやっぱり嬉しいよな。それと同時に脱力したのか、少しふらっとした。
「……?」
「どうした? 蒼」
「え? あ、いや、ちょっとふらっとしただけ」
「大丈夫か?」
「いやー、こうして失せ物というか探し物が見つかると嬉しいよなーって。……でも結構重そうだね」
段ボールは開いているが、そこにはノートがぎっしりと詰まっている。見た限りでも三十冊以上はありそうだ。このくらいの重さの段ボールとなるとそもそも底が抜けないかも心配だ。
「あそこに未使用の段ボールがあったよな? じゃあ四人で分担した方がいいんじゃねぇか?」
「そうだね。悪いけど、借りちゃおう」
まあ後で学園長に報告すれば怒られることもないと思う。そもそも学園長が俺達に頼んだんだし、段ボールぐらい使ったっていいだろう。
「……そういや、これって何の記録簿なんだ?」
「……聞いてないかも」
記録簿、というだけで勝手に色々想像していたが実際になんの記録かどうかは聞いていなかった。
「見ていいかな……見ちゃう!?」
「テンションがたけーよ向。オレは反対、勝手に見て怒られたくないからな」
「でも俺達に頼むってことは見られることも想定の内ってことじゃねぇか?」
「んんん……でも確かに気になる。でも怒られたくもない……悩むなぁ」
気になりはする。そもそもこの資料のせいで俺達四人の放課後が潰れたのだから。だからそれが一体何であるのかはぐらいは知りたい。
……それに、学園長は俺達が見ることだって想定しているだろうし。
「……見ちゃおっか」
「お、いいね! んじゃま、とりあえず一冊だけ」
「はぁ。……オレは知らないからな」
「何かあったら俺達三人だけってことにする。瀬奈は止めたってきちんと言えば大丈夫だろ」
向は一番上にあったノートを手に取る。タイトルには「三十二」と書かれている。他のノートも見るに、おそらくこれはノートが何冊目であるか、ということだろう。
「どれどれ……」
表紙をめくり、一番最初に出てきたのは──
「これって……名簿?」
──人の名前であった。
その人の名前の隣には、その何年何月も書かれており、それが二つ。
「ん? 卒業ってわけじゃないよね?」
二つの数字を見比べると、別に六年かというわけではなかった。つまりは在籍年数ではない。だとしたら、これは一体何なのか。
「……っていうか、これって生徒の名前? 誰のことだろ」
……なんというか、不気味だ。こんなものをなんで俺に取りに行かせたんだ。苛立ち、というよりかは疑問が頭の中に浮かび続ける。
「……ま、なにはともあれミッション達成! って訳でコレ分担して帰りますか!」
「そ、だね。改めて、今日は付き合ってくれてありがどう」
そうして中にあるノートを取り出して四つに分割、そしてそれぞれを段ボールに詰めていく。そうすれば少なくとも途中で重くてぶちまける、という未来は回避できるだろう。
一人一つ段ボールを持つ。そして少し乱暴ではあるが足で倉庫の扉を開けると空気の差か、風が吹いた。埃っぽく閉鎖的な場所にいたから少し息が詰まっていたのだろう。
行きよりも随分と暗くなった道を踏み外さないように山を降りるため、少し緊張しながら凸凹している山道を降りようとして──
「──え?」
その瞬間、ぐるりと視界が暗転した。
──四人の姿が、一瞬にして消え去った。段ボールが重力に従い地面に落ちる、その音だけが山に響いていた。
*
「ん、ぐ……」
──痛みがある。それが何によって発生した痛みなのか、必死に思い出そうとしたって何もわからない。
なにがあった? なにがおこった? なにがおきた?
「こ、こは……」
痛む体を無理矢理に起こして周りを見渡すと、そこには同じく倒れている三人の姿が見えた。──何があったんだ?
「っ、桜、向、瀬奈!」
三人の体をゆすり、とりあえず起こそうとする。けれど起きる気配は今の所はない。
一度息を吐き、 嫌ってほどに輝く太陽を眩しく思いながらそのまま改めて周りを見渡す。──どうやらここは神社の境内のようだ。
「……なんか、似てる?」
既視感。一体何の既視感だと思いだそうとすれば、あれだ。入学する前に訪れた、あの神社。ちょうどこの境内に入って俺は目が覚めたら学校の前にいたんだ。……だとすれば、なんかしらのそこに施されていた『術』がバグって強制転移でもさせられたのか?
「だったらまた鳥居をくぐれば戻れたり……?」
いや、だとしても三人を起こすほうが先だろう。もしここが本当にあの場所ならこの三人は知らないはずだ。俺一人だけ帰って置いてけぼり、はまずい。
「にしたって、とは思うけどね」
急すぎるし、そんなバグはさっさと修正してほしい。
そう考えながらとりあえず三人のほっぺを叩く。……全然起きない。
「まあ俺は眠りが浅い方だからなー」
のんびりまっていても良い気がする。スマホは持ってはいるが、どうせ学園長の連絡先なんてしらないし。まあこんなに明るいんだしさっさと……
「……あ?」
──明るい?
一瞬の、気色悪い違和感。すぐに俺はズボンのポッケからスマホを取り出して電源を入れる。ロック画面には初期設定のまま変えていない壁紙と──十九時二十七分と表示されている数字があった。
「……どういう、こと?」
明るい、明るすぎる、太陽が登っている、月も星も見えない。
おかしいのだ、すべてが。道理に合わない、狂ってる。
「──ここは、どこなの?」
ゾッとした。背筋が凍る思いだ。──一瞬にして、この境内が気持ち悪くなった。
……考えられる可能性はいくつかある。まずは海外のどっかだ。スマホは日本の時間で設定しているから、もしかしたら時差で今は昼の国に飛ばされた可能性だ。
「……じゃあなんで神社の文字が日本語なのかって話か」
この可能性は一瞬にして潰れた。神社の社務所など、他にも看板のようなものがあるがそれらは全て日本語で書かれている。
他にあるとすればここが室内で、光がただ太陽に見えたパターンだ。
「流石に、現実味がないだろ、それは」
この案もすぐに却下だ。まず前提が馬鹿馬鹿しい。山も見た感じ本物だ……そんな広大な敷地を用いて巨大な施設を建てる、なんて控えめに言ってもありえないだろう。
「あとはスマホがバグった可能性……これが一番現実味がある」
そうすれば俺は高校入学と同時に新品になった約二ヶ月ほどの付き合いのこのスマホを修理か処分しなくてはいけないので、心が痛い。
……なんて色々と考えるのは良いが、やっぱりこの三人を起こさないにしては話が始まらないだろう。
「起きてー、お願いー。もうっ、朝だよ! 起きてっ、お兄ちゃんっ!」
「う、……」
前に見たアニメの妹キャラのモノマネをしたら向がうなされた。リアル妹がいるからこその反射だろうか。んなのはどうだっていいからさっさと起きてほしい。一人でこの疑問を抱えるのは強すぎる。ホラーならもうすでに殺されていそうだ。
「──ん」
「! 桜! 起きた?」
「………んで、蒼が俺のベッドに?」
「目ぇ覚ませ! 俺も桜も制服! なんならここはふかふかのベッドでも部屋でもないよ!」
「…………どわっ!?」
寝ぼけていた頭が覚醒したのか、すぐにこの状況の異常さに気付いた。
「ど、こだ、ここ!?」
「わかんない……ただ学校の敷地じゃ、ないだろうね」
学内に神社があるなんて話は聞いたことがない。そもそもあったとしてもなんで急に転移? といった話であるが。
「おい、向、瀬奈! 起きろ!」
「うわっ、結構雑だね……」
桜は容赦なく二人の腹を叩く。……桜の怪力具合を考えればその一発は痣になるだろう。まあ手加減しているとは思うが。
「ふがっ!? な、なにごとじゃ!? 出合え──!」
「姉ちゃん……痛い……」
「瀬奈はわかるけど向の反応は何!? 襲撃されたことでもあるの!?」
「ああ、俺もあったな」
「あるの!?」
時代劇でしか聞いたことがないような台詞と場面だがまさかの現代でもあったことに驚きだ。『御三家』ってやつはそんなに命が狙われているのか?
「蒼はここに心辺りは……?」
「──。いや、ないよ。だから俺も困ってた所」
「そうか……にしたって、意味がわかんねぇな。転移の『術』ってことか?」
「俺もそう思ったんだけど、それでも目的がわからなくて。桜とか向の権力目当てで人質に取るってんだったら普通はもう誰かしらでてきてもおかしくないし」
「冷静だな、お前……」
誘拐、というのはこの二人の立場を考えればゆうにあり得るのだろう。けれど誘拐だとするにはこれは不可解すぎる。だって、交渉人が誰もいないし、そもそも誰もいないのだ。だったら人質なんて無理だろう。
……考えたくもないが、ここが大きな箱庭ですでに檻の中であるって可能性もあるが。けど、一旦は除外してもいいだろう。
「あと考えられるとしたら……いや、流石に……」
「なにか思いついたの?」
「思いついた……まあ、……なんでもない。流石にありえなさすぎる」
「言ってみ言ってみ。灯台下暗し的な話かもしれないじゃん」
「……はぁ。まあ、そうだな。いや、もしかしたら──」
何かヒントがあるかもしれない。そう思い桜の考えを聞こうとしたその瞬間、──ドカンと、大きな破壊音が響いた。
「え!?」
「なっ!?」
「な、何の音!? 誰だよ朝から騒いでんの!!」
「んー、あと五分……」
音のした方向を俺と桜は振り向き、寝ていた二人も流石にこの爆音で目が覚めたらしい。瀬奈はもっと寝起きを良くしてほしい。それ、あと三十分は寝るだろ。
──なんて、呑気な考えをもってられる場合では、もうすでになさそうだ。
「──なに、あれ?」
身の毛がよだつ、とはこのことだろうか。もっと他にいい例えがあったのかもしれないが、生憎と俺はそこまで国語の成績は良くない。幼少から本を読んでいるからと言って国語が得意とは思うな。
そんなこと、どうでもいい。問題は、──眼の前にいる、アレだ。
「──『怪異』」
桜の、そんな驚愕の声が聞こた。その単語は、ほんの少し前に麗に教えてもらったばかりで、詳しくは知らない。でもどうやらそれは桜も同じようで、初めて見るであろうソレに驚きの表情をしている。
──アレは、『人』ではない。
──アレは、『妖怪』ではない。
──アレは、『生命』ではない。
──アレは、アレは、アレは、アレは、アレは。
「──化物だ」
ポツリと、そう呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、『怪異』のおぞましき咆哮によってかき消されたのであった。




