四十三話 お化けや幽霊
朝のルーティーンを終えて登校。席替えがあり席は出席番号順ではないがなんかの縁か、麗とは隣の席になった。
そんな麗は基本的に俺よりも早く登校していて読書か勉強をしている。根っからの努力家っぽい。
「そんな風に褒められると照れるね」
「褒めてますから」
世間話をしつつ今日の授業の準備にとりかかる。ロッカーは教室の外にあるのでそこまで取りに行かなければいけないが、ついでに昨日の授業の教科書も閉まってしまおう。そうじゃなかったら机に入り切らない。
そうして数冊の教科書を持ちながら外に出ると、登校してきた愛さんとばったり会った。
「おはよう、愛さん」
「蒼君、おはよう。今日って数学あるよね?」
「あるある」
「うぎゃー。わたし、やっぱり苦手だ」
数学は得意か苦手か別れやすかったりする教科だからなぁ。かくいう俺も理系はからっきしだ。将来は文系に進もうそうしよう。
さて、とりあえず今日使う教科書は取り出した。あとは普通に麗と葛と駄弁ろうか。あと二十分ほどで先生は来るので。朝は勉強のモチベは俺は限りなく低いタイプだ。というか、ほぼ無理。できるやつは尊敬する。なんで朝から文字の羅列を見られるんだろう。
「っと、少し重いな」
昔の学校は置き勉とかが基本的に禁止と聞いたが、俺なんかはそんなの一日やそこんじょそこらでダウンするだろう。まあ昔は今と違ってパソコンとかはなかったかもしれないが。
「昔と今、どっちがいいかって聞かれるとかなり悩ましいよね……」
「また哲学的なことを考えてるね。けどボクとしちゃ、昔の人間が昔の方良かった、なんて口にするのは簡単だと思うよ」
「今、というか未来をどうするか、どう思うかって勇気がいるもんね……」
どっちにだっていいところも悪いところもある。単準備比較するという話なら今のほうが豊かかもしれないが、それは心まで豊かであるかとはイコールではないだろう。
「──何思い悩んだ顔してんだ? 蒼」
「おはよう、葛。いやさ、過去と未来、どっちがいいかって話だよ」
「また唐突な話題だな」
ちょうど登校してきた葛はカバンを自分の席においてこちらに向かってきた。席替えがあったときは最前列であることを嘆いていたが、一週間も経ったので慣れたらしい。最前列がハズレの気持ちはわかる。
「居眠りだめだよ」
「わ、わかってるってばもー!」
「わかってても行動に移さなそうな返答だねー」
グサグサと言葉のナイフで刺されながら、ふと教室を見渡す。全体の三分の二ぐらいが登校しているだろうか。あと十分位でHRなので妥当な人数だろう。このクラスは結構真面目な人……ではなく妖怪が多いな。
「──……あ、そうだ。この間話してたけどさ、夏休みの話!」
夏休み。全学生が大好きであると思わしきビッグイベント。その話とは、中間テストの前に三人でどこかにいかないかと話したのだ。
「どこいこうか。大体の場所は混雑してるだろうけど……まあ海か山が定番だろうね」
「遊園地とかそういう施設でもいいかもな」
「あ、葛の旅館は!?」
「……………………考えとく」
「……ごめん」
いや、まあ確かに自分の家に招くというのは色々と準備もいるし、緊張だってしてしまうだろう。これは無神経だったかもしれない。
「お泊り、か。……だったら蒼の家は?」
「どうだろう。基本的に親はいないし、妹がいいって言ったらかな。麗は?」
「うーん、シンプルにド田舎なんだよね」
「……じゃあ家めぐりでもするか? 互いの家同士で」
「いいの?」
「まあ父さんもお母さんもそれで文句は言わないと思う」
俺の親は基本放任主義で朱はたぶんこういうのを嫌がらないと思う。あいつもあいつで友達の家にお泊りとか結構あったから。
……そういえば、普通に考えればそうだけど、今は朱は家に一人か。家事も一人で負担させてしまってるし、ちゃんと俺も兄としてなんかしらしたほうがいいだろうな。
「もっと具体的な計画は期末終わったらってことで。で、勉強大丈夫なの?」
「お、俺の方を見て言わないで……!」
「苦手だったら俺も多少なりとも力になるぞ。勉強は得意ってわけじゃないが暗記系はコツがあるからな」
「うう……お願いします……」
──そう話していると、チャイムの音が鳴った。
その音は朝のHRの始まりを告げる音だ。とりあえず一旦解散して俺は席に座る。先生も教室に入ってきていて、HRが始まった。
*
「そういえばさ、前に言ってたけどお化けとか幽霊って本当にいるの?」
──放課後、図書館にて。
麗の勉強は本当にわかりやすく、週に二回ほど部活がない放課後にこうして図書館で教えてもらっている。今日も自習室の端で教科書を広げながら問題と格闘している。
そんな中で疑問に思ったのはこの間の林間学校で麗が言っていたことだ。お化けや幽霊といった存在は実在すると。
「……いるよ。知りたい?」
「知りたいです!」
興味なのか好奇心なのか。なんとなく、その言葉にとても心を揺さぶられたので。『妖怪』だけじゃなくてそういった存在もいるのなら、世の中は本当にファンタジーだ。案外、ラノベだとかも事実に則って書かれていたのかもしれない。
「──厳密には、”それ”は『怪異』と呼ばれている」
「……『怪異』」
「魂、ってわかる?」
「まあ、なんとなく。生き物の中にあるアレ的な感じのやつでしょ?」
そういった言葉もラノベやアニメでなんとなく知識としては知っている。人の心だとか、そういったものだと。
「言語化は難しいけど、まあその認識でいいよ。ただその『魂』ってやつはこの世界のどこにでもあるらしくてね、それが肉体に宿って始めてそれが生命体になるんだ。そして、その『魂』が肉体に宿らなかった場合の話がこの話の本題だね」
肉体に宿らなかった『魂』……?
俺も妖怪も生命体である。命があり生きている体。つまり妖怪の類は肉体に宿らなかった生命?
「察しがいいね。もう少し深堀りすると、その『魂』が『怪化』するか『神化』するかで変わるんだけど、これはその『魂』が『怪異』になるか『神』になるかの違いだね。そこら辺はおいておいて、世の中にはそういう化物連中はいるよ」
情報の波に飲まれないようになんとか丁寧に咀嚼していく。少しだけであれば、理解はできた。
ようは幽霊って存在の正式名称が『怪異』で、それはそこら辺をうろうろしている『魂』が『怪化』という進化? のようなものを遂げてなったということか。
「『怪異』には関わるな、これは掟のようなものだよ。本当に。いわばこの『魂』ってのは肉体を失った──死んだ命の『魂』であったりもするんだ。肉体に宿る前の『魂』でもあれどね。けど、基本的に『怪異』って存在は貪欲で、体を求めてる。遭遇して死んだ人間と妖怪の数は、正確に計れないほどだ」
──正確に計れない。
それはきっと、俺が考えてるよりもずっともっとひどい話なんだろうと、ただ漠然とそう思った。肉体を求めている。つまり、……遺体は、残らなかった。それだけではないかもしれない。けど、
「────」
──その表情で、わかったよ。
「やっぱり、優しいね」
「やめて。ボクは好きでこういう性格をしてんだから」
「嫌われ役を買って出るってのも優しい人間の特徴だって俺は思うけどなぁ」
問題集に再び目線を落とし、意味のわからない本当に同じ日本語で書かれているのか怪しい古文を読んでいる。俺の認識があってれば主人公が今不倫した。
問題にさらさらとおそらく間違っている答えをノートに書きながらさっきまでの会話を思い出す。色々と話してきていて「急にファンタジーっぽくなったなぁ」とか思っていたが、聴き逃せない単語がいくつかあった。
「──。少し気になるんだけどさ。その、『神化』ってのは?」
「普通に『神様』のことだね」
さらっとそう言われた。あっさりと、なんでもないように言われた。
ここで一つ、俺という人間について語らなければならない。──咲崎蒼は『神様』という存在が大嫌いである。その理由は語ると長くなってしまうので省くが、簡単に言えば『神様』とやらが一番俺が願い、求め、望んだときに何もしてくれなかったからである。
話を戻そう。
「……『神様』ってやつは実在するの?」
「する。断言しよう。……いや、正確に断言はしないほうがいいか。何も宗教とかの『神様』ってのが実在ってなると話が変わるからさ」
「ああ。『神様』を認識してない人間が立ち上げた可能性もあるってこと?」
「そうだね。ただ、『神様』と呼ばれる……ここでの定義は、そうだね、超越的な能力を持った存在としようか。その『神様』という存在は実在して、”それ”は人というか生命体の願いを叶えることを生業としているよ」
「それって『怪異』とはやっぱり明確な違いがあるの?」
「それこそその『怪異』や『神様』の成り立ちとかで変わるけど、基本的には害を与えるのが『怪異』で福を与えるのが『神様』って認識でいいよ」
「……へぇ」
そう聞くとますますなんで俺のことは助けてくれなかったのか憤りのようなものが溜まってしまう。いかんいかん、こんなもの八つ当たりだ。
「『魂』で成り立ってるっていうけどね、人だとか妖怪の”思い”とかでも形作られたりするんだ」
「思い……?」
「感情だとか、噂話だとか、そういうものの集合体でもあるからね、あれらは。伝承とかさ」
──言霊という言葉がある。
言葉には魂が宿るということだ。だからこそ、『魂』で作られる『怪異』や『神様』はそういったものでも作られる、ということだろう。
「なんというか、ファンタジーが強いなぁ。俺、ついていけないかも」
「まあそういった連中とバッティングする確率は宝くじより下だから安心していいよ。たぶん、たった百年の人生じゃ会うことはないから。……まあ時折天災みたいに降ってきたりするけど」
「怖っ!」
むしろ逆に不安になるわ!
良いことなのか悪いことなのか。ともあれそういった存在がいるということを、俺は確かに麗に教えてもらった。やっぱり、こうして色々と知識をつけていかないと、妖怪について学ぶ妖学だったりで点数を落としてしまうかもしれないから。そう思いながら俺は全問不正解であった古典の問題集の解説を麗から心して聞くのだった。
──言霊というのは本当にあるのかもしれない。
そう思ったのは、これより数日後の話である。──『怪異』と遭遇した、その時の話だ。




