三十九話 地味に傷ついた
プリントを書き終えて先生に提出する。なんとなくこの先生は俺を見定めてるような目線を送ってくるので好きではなかったりする。陰口は、口に出さなければ、セーフだよ。
麗とはそこで別れ、どうやら麗はそのまま一緒になったグループの人と話しに行くそうだ。
そうしてそのまま一旦は夜ご飯(その前に出席番号を二つに分けでの入浴)までは大部屋で待機であるので俺は部屋に戻ることにした。
学習室と部屋は階層が違って今は下に降りているところだ。学習室は最上階、勉強するくせに階段で体力を使わせたいのだろうか。軽くムカつく。
「ゆうて明日には出るしやっぱり色々と整理しておいたほうが良いかな……あー、荷物詰めなきゃ」
「──蒼」
「あ、桜」
ふと後ろから声をかけて振り返れば見慣れたイケメン、もといい桜がそこにいた。ところどころ土で汚れたジャージを着ている姿も様になるのだからやはり人というのは顔ではなかろうか。人ではないが。
「お疲れ様。大丈夫だったか?」
「まあね。にしても桜から攻撃されるとは思わなかったよ」
「う。……ごめん」
「謝らないでって! 俺もいつか合法のチャンスが有れば思いっきり顔面殴るつもりだから」
「!?」
笑いながら言っているが俺はこういった誓いは破らない男だ。虎視眈々とその機会を狙っている。……それまで覚えてるかどうかは話が別だが。
ともあれ俺は自分自身の記憶力には絶望的に自信がないのでなんとも言えないが。まあ有言実行は掲げるだけで結局できないのが俺という人間だ。
「桜も今戻るところ?」
「ああ。プリント書き終えてな。にしても蒼があんだけ戦えるとは……正直、思ってなかった」
「まあ初心者だからね。実力的には赤ん坊みたいなもんだし」
一ヶ月未満。にしては善戦したほうだと俺はそう自負している。麗からの評価も悪くなかったんじゃないかなとも。
得意な人、いわば適正者が少ない『拘束術』が扱えるということができるし、今回の『授業』でも更に色々と習得できた。もしかして、俺の成長性はAランク……!?
「? にしたって赤ん坊……お前がか」
「え? 何その目線」
「いや、……随分と警戒心の高い赤ん坊だと思ってよ」
「えぇ?」
警戒心が高い、少し心外な評価だ。俺は誰にだって心を開こうっていう精神の持ち主ではあるのに……
「だって蒼、俺達が奇襲したときに緋山と目があってただろ」
「──? ああ、合ってたね。でも別にそれは警戒心が高いってわけじゃなくない?」
「いや、……なんていうか、怖かったよ」
「?」
怖い。そう言った桜の声が少し震えていて、首をかしげる。なんとなく、今の桜の目線は──俺を警戒している目線だ。
「普通、さ。探すだろ。誰がとか。でも……お前は、すぐに見つけたじゃねぇか」
「なんとなく、だよ。偶々」
「……なんて言えばいいかは、わかんねぇ。でも、まるであの時の目は──獣、みたいだった」
──獣。
そう言われて、すぐに言葉が出なかった。ただ、ただ……自分の体から、熱がなくなるような感覚を受ける。抱いていた感情が、温かさが、温もりが──冷え切っていくのだ。
桜を見つめる。見つめ、瞬きをすると、そこにはもう一人立っていた。
『──獣だよ』
声が、聞こえた。その声は、俺が知っている声だ。桜の隣りに立つ、幻覚であるとわかっている人物。
──血に塗れたその手で、俺の頬に触れた、その声だ。
『君の本質は、獣だ』
『人と人は理解し合える、それは正しい。言葉なんて、その最もたるものだろう』
『でも、──人と獣は理解し合い得ないだろう?』
『君のその心持は、性質は、結局のところは獣だ。自分が生き残ることそれを最善にして、それ以外を切り捨てている』
部屋が、血で満たされていた。誰も彼もが、死んでいた。そしてその惨劇を作った相手は──俺に、刺されていた。
俺の手が血で濡れる。返り血だった。ぐちゃりと気持ちの悪い肉と血の音がして、けれども嫌悪感はない。
『──ね?』
『君は、人を傷つけるのが、ひどく上手だから』
そう言って声の主は笑う。嗤う。嘲笑う。──咲い、続ける。
パチリ。もう一度だけ瞬きをする。そうすると、桜の隣りに立っていた姿はきれいに消え失せていて、すぐに俺は笑みを浮かべた。
「心外だなぁ! 傷つくよ。なんとなく俺を見てるなーって目線には昔っから気づきやすいってだけ。……俺って中学の時知り合いとかいなくて、浮いててさ。たまーに俺を見る目があって、それが嫌で無意識で気づくようになっちゃったってだけ」
自分でも驚くぐらいに言葉が出てきた。自分にしては喋ってるなとも、そう思う。
別に慌ててるだとか、そんなのは無い。──むしろ、嫌になるほど冷静だ。多分それが、俺は嫌いではない。考えれば、俺は自分のことを嫌いになったことがない。だから、こうして話すのだって、嫌じゃない。
「……確かに、失礼だな」
「そうだよ。妖怪はそういって動物に例えられるのは侮辱じゃないの?」
「普通に悪口だな」
「悪口なんかい」
もしかしたらという事実に期待を寄せたがそれも一瞬で違ったと知る。地味に傷ついた。俺にも傷つく心というのはあるのだ。……よく朱には疑われていたが。
「ま、いっか。話変わっちゃうんだけどさ、俺からしたら桜も強いんだけど……桜から見て俺ってどんな評価になる?」
「そうだな……強いて言うなら、いたら厄介?」
「……褒めてる?」
なんとも喜んでいいか微妙な評価だ。いや、厄介と称されるのはかなりいいのかもしれない。けど実際に言われると……複雑ではある。
「得意としてる『術』が『術』だしな。俺はただ馬鹿力なだけって言えばそれだけだろう?」
「いやいや、それだけじゃないでしょ! 麗と戦ってたときに刀で斬られても平然そうだったじゃん!」
あの時、麗は刀で二、三発は斬られていたのだが……平然としている。それに馬鹿力ってだけじゃなくて身体能力も俺の十倍は高いのではなかろうか。
「硬くなるし、あとちょっとだけ治りが早くなるって感じだ」
「身体強化に全振りってことね。憧れるかも」
「……そんなに良いもんじゃねぇぞ」
桜がどこか遠い目をしながらそう言うので話を変えねばならないだろう。
「あ、そうだ。桜ってなんで桜って名前なの?」
「え?」
「失礼かもだけど……でも桜って名前、珍しくない? こう、差別じゃないけどさ、男の子で」
「あぁ。俺が生まれたときに、ちょうど母さんが一番初めに見たのが桜だったんだ」
「……ロマンチックだな!」
なんというか、こんな質問をしてしまった自分が矮小な存在の様に思えてしまう。すごい、あれだ、エモかった……!
「だから俺の兄貴の名前は紅葉だしな」
「へえ。お兄さんは秋産まれなんだ」
いつ頃が誕生日なのか非常にわかりやすい。おそらく九月から十一月だろう。
「お返しで、蒼はなんでだ?」
「ああ、それはね俺の母さんの名前が紫で紫って青色と赤色でしょ? だから俺は青なんだ。妹が赤色」
「へぇ」
どうやら母と父は俺ともう一人ってのは確定したらしかったのでその名前なんだろう。これ、朱が双子だとか三つ子だったらどうしたのか昔から地味に気になってはいた。今度実家に帰ったときにでも聞いてみよう。
「名前の命名理由〜って小学生のときにもやったなぁ。っていうかそん時に始めて知ったのか」
「多分な。俺もそこで母さんに聞いたんだと思う」
名前には思いがこもってる。本当にそうだと、俺は思う。名は体を表す、その通りにその人の生きざまを映す鏡のようなこともあるのだから。……別に俺は青い人生だとは思わないが。
「……あ。そういえば俺と桜ってお風呂前半だったよね? あと三十分位で時間だ」
「そういやそうだったな」
風呂は大浴場で出席番号で前半後半に分かれており、そして俺の出席番号は十番であるため前半になった。
大浴場の広さは正直、出席番号で区切る必要がないと思えるぐらいには広いし、なんか効能があるらしいんだがまあ二十分という時間を存分に温泉に入らせていたがこう。
「……でも十種類の温泉と滝行はいらなかったかなとか思っちゃうけど」
「気持ちいいは良いんだが、なんで学校の設備がこんな整ってるんだろうな」
「そういや桜の家ってすっごいお金持ちなんだよね? 所有の温泉とかあっちゃったり?」
「あるっていうか家の風呂がそうだからな」
「わー、すっごい発言」
葛みたいな実家が旅館ってわけでもないのに家が温泉ってのはとんでもない。俺の家は普通の給湯器で沸かした家なんだが。
「お金持ちって凄いんだなぁ」
「お金もち……それだったら緋山もそうだな」
「え? 緋山さんが?」
彼女は確か桜と同じチームで俺をぶっ飛ばした張本人だ。そんな彼女が話題に出てきて少し驚く。
「緋山さんもお金持ちなの?」
「人をそう称すのは少し悩むが……『御三家』ってのは権力者なんだ。権力や影響力が大きい。対して緋山家は純粋に資産が凄まじい。いわば財閥みたいなものなんだ」
「財閥……」
今で言うグループ的なあれなんだろうか。
……なんというか、彼女は人を見る目というか、人を見定めているような目をしている。
「……」
「蒼?」
「あ、なんでもない。にしてもうちのクラス濃いメンツばっかだね」
「うちのクラスだけだったらいいな。これで他クラスも、だったら憂鬱だ」
他クラス他学年もこんなんだったらちょっと夜逃げを考えないといけない。なんというか、今でもちょっと周りのメンツにてんやわんやであるので。
「はぁ.....なんというか、これからがちょっと楽しくも怖くもあるなぁ」




