三十五話 天王山というやつ
まさか、というかルール的に則ればそのままであるが向との戦闘が始まってしまった。
『固有術』は戦闘、というよりかは錯乱に向いているとはいえ、それでも今の状態で相手取るのはしたくない。俺だって札も無尽蔵に持っているわけでもないし、先程取れてしまった左足をくっつけたばっかりの圭さんに無茶をさせるのも中々に人でなしだ。
「や、っぱり、見逃して! それが一番平和的に終わる方法だ、よ!」
というか、影池さんがあのまま瀬奈に『旗』を取り返されていなければ向達と争う理由はないはずだ。
「別に、『旗』目当てじゃ、ないぜ! 敵を減らしておくのだって必要だろ?」
「見逃してよ!!」
敵の数を減らすのだって大事だが、わざわざやらなくていい戦闘をやってまでする必要はないだろう。
「→↑↓→で避けてください!」
「ゲームのコマンドか!!」
そんなに移動だのジャンプだの屈めだのいわれても俺の身体能力はゆうて普通の男子高校生なのだ。そんな木と木をジャンプで移動したり刀を振り回したりの超常的な力は持っていない。
オリンピックに巻き込まれた一般人みたいなものだ。ヤバい。
「う、おおおお!! っぶない!!」
ギリギリで向の放つ蹴りを回避して地面に転がる。本当にギリギリだ。瞬間瞬間が危うすぎて気を抜くことなんてできない。
「圭さん!」
「はっ!」
圭さんは『術』を発動させて発光する銃弾のようなものを向に当て、一気に体勢が崩れた。
「っ、らぁ!!」
崩れた直後に思いっきり蹴りを入れるも受け身を取られてそこまで効果がなかったように見える。いや、簡単に受け身とか言うが実際の所どうやってるんだ。いきなり蹴られてなんでそこまで痛そうじゃないんだ。
「これで、どう、だ!」
「「!」」
地面で転びながら土をジャージで拭っていた向はこちらの方に手を向けて──霧のようなもので辺りを満たした。
その霧は決して水分などではできていなく、朧気で、まるでそこにあるはずなのにないような、そんな不確かな存在の様に見えた。
「これ、は」
「先程と同じく稲荷さんの『固有術』でしょう。気をつけてください」
「わかった」
この霧自体が向の『幻』であるならば、姿を消して不意打ちなんて簡単にできるだろうし、そもそも自分がどこの場所にいるのかもわからなくなりそのまま迷子に……なんて洒落にならない。
「目標は向を倒す倒さないにしても誰かとの合流……!」
ただ、それを簡単にさせてくれない相手であることは重々承知だ。だからこそなんとか目を掻い潜りつつ逃げなければならない。さて、どうしたものか。
「圭さん! さっきみたいに、こう、発光ってできたりしない?」
「やってみますが……恐らく、あまり効果は無いかと」
そう言って圭さんは自らの頭上目掛けて発行する球体のような物を放つ。そうすると一瞬だけ辺りが輝くが、すぐに霧に飲まれて消えてしまう。
「──その一瞬を待ってたんだけどね!!」
その一瞬。一瞬であったが、確かに人の影が見えたのだ。それだけで十分である。
「そこ、だ!!」
その場に札を放ち、一瞬で『拘束術』を発動させた。
「っと、うわぁ!?」
俺の『術』が発動したと同時に向の『固有術』が解けて霧が晴れる。そうすると鎖の模様が肌に現れている向が地面に寝っ転がっていた。
「ひ、酷いぞ、二人がかりで!」
「不意打ちした向が言うか?」
「……言う資格無いな! ごめん!」
「そう素直に謝れるのは美点であると思いますよ。私個人として好感は持てます」
下でジタバタと暴れている向を眺めながらそんなことを言う。
「にしても、周りに人はいないね。どうする?」
「そうですね……あ、」
そう圭さんと顔を合わせて地図を持ち出しながら考えていると──自分から見て北の方向。そこに巨大な氷の柱が立った。
「……目立つね!」
「目印になりますね」
恐らく、あそこで葛が戦っているのだとそうわかる。そして──次の瞬間、その氷が電気を帯びた。
「それじゃあ、あそこに向かえばいいかな」
「そうでしょうね。申し訳ありませんが、稲荷さんにはしばらくこのまま──ッ!?」
「──それは流石に、かな。私達だってこの後は合流しなくてはいけないので」
そう言うと、その瞬間に向のすぐ左隣の空間が歪んだ。──それは、影池さんの『術』であった。
「影池! そっちはどうだった?」
「すみません、麗さんに取り返されちゃいました」
「いや、俺だって結構役立たずだったから……ってわけで、見逃してくんね?」
「……どうする? 俺としてはどっちでも」
「ここで交戦したとしても無駄に体力を浪費するだけでしょう……それでは、また後で」
俺達が持っている『旗』は本物であることが確定していて交戦することがまず必要ない。そして向達も戦う意志がないなら、ここは互いにこれ以上関わらないが吉だろう。
──そうして俺と圭さんはここらで一番激しい激戦地へと向かった。
*
「──いや、すごいね」
激戦地。そうであることはわかっていたが──想像以上だ。予想以上に想像以上な激しさであった。
「っ、らぁ!」
「大人しく、氷漬けになっとけ!!」
「うわっ! ちょ、僕にも当たりかけてるよ!」
そうやってどこか完璧でない連携を見せているのは雷、葛、竜の三人だ。
「ぐ、っ。やった、な!」
「お前も! 計算して岩投げてくれよな!」
「わぁっ!? ちょ、危ないよ!」
そうやって一人を支えるように連携をしているのは桜、五海君、川岸さんだ。
「っとと。危ないことを考える、なっ!」
「刀ってマズくない!? 先生は何を考えて許可したの!?」
「いいから。口より先に手を動かす」
そうやって不完全でも不思議と連携できているのは麗、満月さん、水無月さんだ。
こうして四チームがそれぞれ戦い合っていて、今はいないメンバーはまたほんの少し離れた場所で戦闘をしている音が聞こえる。もしや、ここが天王山というやつだろうか。
「これ、入ったらすぐに攻撃されて終わりじゃない?」
「……そうなる可能性が高いですね。ですので少し移動して北原さん達がいる場所にできるかぎり近づきましょう」
戦いは氷、雷、なんか弾丸みたいなの、岩、水、刀、草木と色々な物が飛び交うと言うか対消滅し合っていて、その軌道の先の的になったら消し炭になるとまではいかないが相当に痛い目にあうことはわかる。
「こっちに移動すれば──どんがらっしょい!? え、急にな、」
ぐいっと、首のジャージを思いっきり引っ張られて思わず後ろに倒れてしまう。なぜこんなことをしたのかと圭さんに言おうとしたら──ほんのあと一歩といった距離に刀が突き刺さっていた。
「執拗に……いえ、私を警戒しているのでしょう」
「へ、ぇ。あ、っぶねぇ……ありがとう、圭さん」
「いえ、大丈夫です」
こうやって圭さんの『未来視』がなければ俺は一体何度大怪我を負っていただろうか。何度も助けられっぱなしで若干申し訳無さ感がでてきたが。
「あと少しで三人の近くです。警戒を解くことなく慎重に進みましょう」
「はい、先生……」
「先生?」
そうして数十メートルほど移動すると、三人が戦っているその真後ろの茂みに隠れることができた。
問題はここからどうするか、の方が大きい。
「ここで変に三人の注意をこっちに持っていったら戦いの方がおろそかになっちゃって危ないよね」
「……でしたら、一つ提案があるのですが」
「え?」
「少し耳をお借りしても?」
「うん、いいけど……」
「ごにょごにょごにょごにょ……」
「──なるほどね!」
圭さんの作戦。成功すればそれはきっと俺達の戦線離脱だって夢じゃない!
*
「では、──作戦を始めます」
「了解!」
圭さんの作戦を成功させるため、その第一段階を始めるために俺は再び札を手にして『術』を発動させる。
「いっけ!」
『術』も『術』でも『拘束術』である。それを前の回収作戦と同じく俺の腕と三人の腕を繋ぐように発動させた。そして──
「同時に、『結界術』──!」
三人が戦っているその前に鎖の反動を利用して無理やり表立つ。そして『結界術』を発動して一瞬であれど三人へと向けられた攻撃を食い止めた。
刀だとか岩の破片だとかが刺さってちょっと怖い。
「蒼!? ってことは、さっきの作戦か!」
「察しがいいね葛! つまりそういうことよ! 雷、竜も大丈夫!?」
「ギリ無事!」「わかったよ!」
鎖が腕に繋がれた時点で察していたのか、三人は特段慌てることもなくすぐに行動を開始した。『結界術』が割れると同時に一気に森の方へと移動して姿を一瞬でもくらます。
「逃がすか、よっ!」
「桜!?」
一番に追いかけてきたのは予想外に桜であった。てっきり麗あたりかと思ってのだが。
桜は片腕で木を掴み、そのまま根っこから引き抜いた。
「え、え!?」
そもそも片腕であるかどうかに限らず、人の形をした生物に木は持ち上がられないじゃないのだろうか!? それともそういった常識も変わってしまったの!?
「って、驚いてる場合じゃない!」
すぐにでもこの場から離れないと逆に一斉放火される可能性だってある。
「正解、だ、よ!」
「っ、麗!」
「やぁ」
刀を片手に持った麗はそれはまた常識はずれな身体能力で木と木を飛びながらこちらに斬り掛かってきた。それをなんとか回避して、すぐに葛が援護として氷の盾を出した。
「竜! すぐに戻れるか!?」
「できる! けど、もう痛いのはゴメンだからね!?」
竜はそう言うと段々と体に鱗がでてきてそのまま巨大な白き龍へと変身した。──それは、的が大きくなったということでもあるが。
「逃げろ逃げろ逃げろぉおおお!!」
「うわぁああああ!?」
「やっぱ、速いな、竜!」
「っ、後少しで……!」
急激に速度と空気の圧が変わって軽く気持ち悪いが、あとほんの少し耐えればもう他の誰も攻撃が届くことはないだろう。あと、少しだ。ほんのあと少し。
「──!」
「あ、」
──風の刃が、明確な殺意を持って飛んできた。
「蒼さん!!」
「っ、らぁ!!」
──その刃を防ぐため、無意識的に反射的に『結界術』を発動させて、なんとか墜落を防ぐ。
つまるところ、撤退の成功であった。




