四話 人の心を、読む妖怪
「五組の新入生……はい、咲崎蒼さんですね、確かに。では、この花を、裏に安全ピンがついているので胸元に通してください」
受け取った赤い造花を胸元に指し、指定された席へと移動するよう言われた。
坑道の入口は広々として、中を除くとそこには入口の日にならないほどの大きさを持っている講堂が堂々と存在した。
綺麗なフローリングに凝っている装飾、それに席の一つ一つが映画館のようにきちんとクッションが付いている。
「えーと、Eの十五だよな……この列か」
スーツケースは事前に受付をしていた上級生に預け、今は学校指定のカバンだけが所持品となっている。階段を降りていき、最前列のほうが近くなっていく。指定された列の所まで来て、あとは十五まで移動するだけ。
十からこっちのブロックだから、ちょっと人の前を通ったら目的地だ。
「すいません、通ります……すいません」
反射的に謝りながら進んでいくと、席が埋まっている中で空席があるのを見つける。そこだ。
「すいません、っと。ふう、やっと座れた」
こうして講堂に入ってわかったこと、髪色が賑やかすぎる。黒目黒髪のほうが割合として少なそうって、何? え、ここ日本じゃないの? それとも妖怪だから? わかんねー!
「妖怪も種族によっちゃ身体的特徴が現れるんだよ」
「へえ、なるほどね…………誰ですか?」
「あははっ、隣の席だよ? クラスメイトでーす」
そう言ったのは黒曜石のような黒い瞳を持ち、短く切られた髪にこめかみの毛が胸元まで届いているセーラー服に身を包んだ美しい顔立ちの可憐そうな少女だ。
……やっぱり、薄々気づいていたけどこの学校の指定制服、なんでもありだな。ブレザーも襟袖もセーラーもいる。
「っと、それより……えっと、咲崎蒼です。よろしくね?」
「おおっ、名乗ってくれてありがとう。ボクの名前は頭内麗、気軽に麗って呼び捨てにしてくれると嬉しいな、蒼」
「お、おう……」
距離感ちっか。最近の高校生は急に名前呼びするのが常識なのか?
「……あ、話がずれちゃった」
「え?」
「ボク、君に聞きたいことがあってさー」
そう言うと、麗はできる限り俺の耳元に口を近づけて──
「──君って、『人間』でしょ」
──そう、言い切った。
「…………え?」
世界が停まった、とはこういう状態なのか。あるいは頭が真っ白になる、の方が適切なのかもしれない。
さきほど学園長に言われたばかりの言葉──『人間』であることを隠せ、そう言われたことが、嫌でも思い出させられる。
なん、で。なんで、わかった? どうして、なぜ、わからない。なんでなんでなんでなんで──
「あ、そんなに混乱しなくて大丈夫! ボクが特別そういうのに気づいちゃうタチなだけだから! それに、別に偏見にまみれてるとかそういうワケじゃないよ? ただの確認。不確定情報を確かめないでそのままにするの、嫌いなんだよね」
「じゃ、じゃあ、なんで……俺が……」
「何でわかったか。その疑問には一つの明確な回答でお答えするよ。ボクね、『さとり』なんだ」
「『さとり』……?」
言い放たれた言葉を咀嚼するように、舌で転がし発音してみるが、なんの理解も追いつかない。
なんだ、『さとり』って、何でバレた、バレていいのか、なんで、なにが、どうして──
「ちょいちょい! そんな急に色々考えないでよ、こっちがパンクしちゃう! ちゃんと一から説明するからさ、落ち着いて?」
「……」
「その瞳は早く話せと訴えかけている瞳だね。ん、いいとも、話してあげましょう。──『さとり』は妖怪の種族の名前だよ。聞いたことない? 人の心を読む妖怪」
人の心を、読む妖怪……?
「そ。人の心を読む妖怪の『さとり』、ボクはそれなんだ。だから君が考えてることは筒抜けだし、隠さなきゃと強く心で思っていたからこそ君の秘密を知れた。隠し事の天敵さ」
人の心を読む、読心術のようなもの、だろうか。だから、俺が思っていた『人間であることを隠さなければならない』ということがこうしてすぐさま露呈した。……うん、言われると何でバレたかしっくり来る。
「……君、すっごい気楽だね」
「え? 急に嫌味?」
「あいや、別にそういった意味合いじゃないよ、本当に。ただ、心が読まれて気色悪いとか、そういうのないの?」
「だって読めるもんは仕方なくね? それに、意図的であったにしても、俺が君がどうしたいかを制限する権利なんて持ち合わせちゃいないよ」
心を読むのも、読まないのも、全部麗が決めることだろうに。何かおかしなこと言ったか?
そうすると麗はどこか驚いた表情になりつつも、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「……いーや、おかしな事はなーんにも。でも、すっごく面白いことは言ったよ」
「?」
「あははっ、君とは良いトモダチになれそうだ!」
「? よろしく?」
そう麗が笑ったのと同じようなタイミングで入学式の幕は開く。先程まで共に行動していた学園長が登壇している姿を初めに、厳粛な入学式は始まった。
*
無事に何事も問題もなく入学式はその幕を降ろした。
なにか問題を起こすと思った? んなわけないじゃん。入学式なんて偉い人と新入生のお話を聞いてれば終わる、そこには問題行動を起こす余地なんてございません!
「あ、そういえば、蒼は何館なの?」
「館?」
「そこからかぁ」
俺が何もわかりませんというニュアンスを含ませながら言葉をこぼすと察した麗はすぐさま”館”の説明に取り掛かってくれた。
「館ってのは寮のことだよ。東西南北、それぞれが館の名を冠してるんだ。北館、西館って具合でね」
「あー、なるほど。俺は……どこに書いてる?」
「入学手続の書類にしっかりと」
「あ、これか! えーと、俺は……南館の四〇四号室だ」
「なるほどね。んー、今度突撃していい?」
「ルームメイトが良いって言ったらね」
ルームメイトはどうやら三人、俺含めの四人らしい。南館は四人で他の館になるとまた人数が変わるらしい、部屋の大きさの問題とかで。
寮生活、とだけ聞いて正直不安がいっぱいだ。ルームメイトだって人間じゃなく、妖怪であろうし。あれ、これもしかして高校生活初日で詰む可能性あり? やばくね?
「まあ、落ち着きなよ! 『人間』かどうかなんてぱっと見じゃわからないし、言わなきゃバレない! ボクが特例なけさ。普通にコミニケーション取って、青春しよ?」
「ううう、慰めありがとう……そうだね、頑張ってみるよ、とりあえず」
不安とかすかな期待を胸に抱きながら前をむこうとすると、新入生は移動するように上級生の先輩から声がかかった。
ぞろぞろと一年が動き出すタイミングで、麗は何か思いついたようにスマホを取り出した。
「ねね、連絡先交換しようよ」
「確かに。どうぞ」
自らの右ポッケから青色のカバーをしたスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開く。そうしていると、ちょうど家族から連絡が来ていた。
「あ、ごめん妹だ」
「妹さんいるんだ、何歳差?」
「ちょうど二つだね」
「近いね……ん?」
「? どうした?」
麗はそう言うとどこか変なものを見るようにスマホを見つめ、こぼす。
「連絡頻度、高いね……?」
「え、そう? 普通じゃない?」
「…………ま、いいか。ボクの連絡先は────だよ」
「えーと……よし、登録できた」
連絡先とメッセージアプリにそれぞれ名前と共に登録し、自分の番号とIDも伝える。
「ん、できた。じゃ、また明日教室で!」
「うん、また明日!」
そう言うと麗は自分の量があるという方向に向かってスーツケースを受け取り走っていった。俺も場所を案内してくれる先輩の所に向かいながら再びスマホに電源を入れる。
『頭内 麗』
登録された連絡先を見ながら、考える。
──また明日、なんて言ったのいつぶりだろう。
高校生活で初めてできた『友達』の存在に、顔が笑みの形を作っているのに気がついたのは少し後のことだった。




