幕間 『VS鬼城院チーム』
「──は」
ドガンと、大きな音がした。
それは正しく横槍とさえも言えたであろう。
「──待たせてごめん!!」
そんな声が、響いた。誰かを心配している、良い声だ。その声の主は手を伸ばしていて、それは信頼を表していた。
そうして、そこにいた鏡は、雷の獣は、氷の支配者は。
「心配させるな!」「撤退です!」「ナイスタイミング!」
仲間を信じ、戦線離脱。そうして、戦闘は中断されたのだった。
──これは、そんな時から少し戻ったほんのちょっと前の話である。
*
『試練』を無事に達成し『旗』を確保した鬼城院達が咲崎達を標的にし戦闘を開始したのは必然でもあり偶然の産物でもあった。
性格の悪い『試練』──地面から無数に制限なく金属が飛び出てくるという試練は大いに苦戦させられた。唯一飛行可能である命厄を頼みにするも結界術により飛行が禁じられているという事実。
紆余曲折を経てなんとか『試練』を突破したはいいものの、確保した『旗』が本物であるのか偽物であるのかわからない。
ちなみに偽物と本物の見分けはどうやら先生が事前に『術』にて”印”をつけているのだとか。
ともあれ。だからこそ絶対的に合格するためには他チームからも『旗』を奪っておくこと。これが安心のために必要なものである。
「他のチームがどこにいるかは互いにわからない……ただ、行くとしたら北以外のどこかだ」
南を当て振られた鬼城院達のチームは距離で言えば西か東のどちらかが良い。
「二つ確保すれば安心してられる……ってことか?」
「ああ」
鬼城院の言葉に五海がそう返す。
四つある『旗』の内、一つが偽物である。つまり二つ確保すれば良いということだ。そうすれば必ずどちらかは本物であるのだから。問題は『旗』はチーム数ぴったりであり、どこかのチームから奪うしかないということ。
「でも私は補習いやだなぁ。個人的に時間はお金とイコールって言葉を強く信じていてね、取られたくない。私から巻き上げさせたくないんだ。だから他チームから取り立てよう」
「と、取り立てるって、ちょっと怖い、よ……?」
「うーん、でも私も園ちゃんには賛成かな。やっぱり補習は嫌だな」
緋山の言葉に命厄が怯えながら答え、川岸が賛成する。
実際、チームに居る誰もが補習を嫌ってはいるので目的は一致だ。けれど、襲われるならともかく襲うというのは勇気がいるもの。だからこそリーダーを任された鬼城院も足踏みをせずにいられないのだ。
しかし、足踏みをしていればいるだけ出遅れる。
「……わかった。じゃあ、──東に行こう」
「俺はそれでいいんだが、なんで東だ?」
「東、派手だったろ。だから消耗も大きいと思うんだ」
「なるほどね〜。確かに、なんか色々とすっごい落ちてる音がしたよね」
実際に東の『試練』は大量の矢が空から降りてくるというものであり、氷やら電撃やらが討っていたためにとても目立ってはいた。
鬼城院たちの『試練』は上空ではなく地上での勝負となったために音は大きかったが、けれども他チームに見られるということはなかったであろう。
それに、あの結界であれば音は多少なりとも遮断している可能性が高い。もしかすれば、他チームは音で何かを聞き分けなければならない『試練』の可能性も十分にあるだろう。
「それじゃあ作戦としてまず緋山が奇襲をかけてくれ」
「提案、いいかな?」
「大丈夫だ。むしろ歓迎」
「ありがとう。私ね、『試練』で思ったんだけど私と五海君が協力してこう、霧っぽいのをだして風ちゃんにこう、とりゃーってしてもらった方がいいんじゃないかなーって。ちょっと危ないけどね」
「え、わ、私……?」
「うん! 風ちゃんってすっごい『術』の扱い方上手だから! 私、うっかり見惚れちゃうもん!」
「視界を塞ぐ……いや、かなり名案だな」
川岸と五海は互いに水の『術』を得意としており、川岸は水の生成を、五海は水の操作に長けている。
そこに風の『術』が得意である命厄が加わることで相手の視界を奪う。そうすれば奇襲の成功率は高いだろう。
「私はじゃあ誰か一人を戦線離脱できればいいかな。こう、上に向かってどーんと『術』をぶつけて飛んでもらうの」
「……それ、その後はどうすんだ?」
「心配性だね五海君。大丈夫だよ、『拘束術』と『結界術』を組み合わせて相手をキャッチだね。難しい組み合わせだけど、事前に準備する時間があるなら成功すると思う」
「ならいいけどよ」
そうして、各々準備を進めていく。
緋山は得意である爆発の『術』を、川岸と五海は霧を生み出すための微調整を、命厄は繊細な風の動きの流れを、鬼城院は『結界術』と『拘束術』の用意を。
──そうして、五人は東へと歩いていく。
*
奇襲をした鬼城院が始めに思ったことは、「なんでここに」であった。
けれどそれは八つ当たりに近しい。互いが場所を知らない中で最終的に東へと責めることを決めたのは他でもない自分自身であるのだから。
「……ごめん」
謝罪をしようと、そう思った。無論、終わった後でであるが。ここで撤退を選んでやるほど、鬼城院はお人好しではない。ので、容赦なく緋山の名を呼んだ。
「──うわぁあああああ!?」
そんな悲鳴に、一瞬だけ体が固まってしまう。
受け止める手段があるとは言え、空へと飛ばすのは人体に相応の負荷がかかる、そう思ったのだ。──そして、それは正しく油断であった。
「──仕掛けたくせによそ見か? ずいぶんと余裕に見える」
「ッ、!?」
咄嗟の回避。
ほんの一秒にも満たない前に自分がいた場所には、鋭利な氷柱ができている。それは命を狙うこともできるような鋭さだ。
「よそ見、なんかじゃねぇよ。正々堂々、向き合ってる」
「別に正々堂々であれなんて言わないさ。この『授業』はイイコであることを求めてるわけじゃないからな」
軽口を叩きながらも、既に最大の警戒を相手に向けている。北原と鬼城院。──『雪女』と、『茨木童子』。
そうして、膠着状態から動きを出すために、互いに『術』を発動させようとして──
「──っしょ!」
「い゙っ!?」
ゴンッ、と鈍い音がした。同時に何かが折れる音もだ。
「な、んだ!?」
すぐさま鬼城院は横へと飛び自身の身を何が襲ったのかと確認する。そこには、折れた木の枝を持つ妖鏡がいた。
「……え?」
「横槍、はあまり美しくはありませんが入れさせていただきました。けれども流石は『鬼』、頭を狙ったのですが、頑丈ですね」
「……えぇ」
「うわぁ。容赦ないな、妖鏡」
「容赦で慈悲が貰えますか?」
妖鏡圭は合理主義者であった。これがきっとこの数秒で出た結論だ。
しかし場面はそんなに穏やかではいられない。
「申し訳ありません、北原さん。私個人としては戦闘能力は高くない……お任せしても?」
「ああ!」
北原はそう言いながら妖鏡を守るように氷の壁を生み出した。それは分厚く、たとえ鬼城院であっても破壊に時間は取られるであろう代物だ。
「相性が悪いって、そう思ってそうだな」
「……実際、そうじゃねぇのか」
「相性なんかで埋められない力の差……ってな」
「上等!」
北原は氷の壁や武器を生成しながら鬼城院の攻撃を受けるも、けれどもその力を完全には殺しきれず、この争いがジリ貧であると、そう理解している。だからこそ北原が望むのは一つだけ。
「──早く戻ってこいよ!」
*
「──相性が、悪いっ!」
「そりゃ残念だった、なァ!」
バチュンと、川岸の指から水が放たれる。鉄砲の形をしたその指から出た水の速度は中々に早く、無傷でいられることは難しいであろう。
「っと、ぶね」
「くそっ!」
それに同時に霧を操作しながら接近してくる五海の奇襲を、鳴雨は対処していた。
相性の問題。
水と雷である。それは、悪いだろう。下手すれば自身に感電して自滅しかねない。オチが自爆とは笑えない話だ。だからこそ川岸と五海は攻撃をする場合は体術か道具を使い肝心な高威力の『術』は使えないのだ。
「オレはオレの『術』に感電しない……つまり、いくらでもぶっ放せるってことだ」
「ひどいよー!」
「奇襲しかけたのはどっちだ」
「俺達、だなっ!」
ここで五海の考えは一つである。──鳴雨という戦力の足止めだ。
そもそも前提として、この『授業』は互いに潰し合うバトルロワイヤルではない。『旗』を相手チームから奪取して撤退できれば、それで五海達の勝利条件は達成されるのだ。
だからこそ、『旗』を持っていると思わしき妖鏡の下へ増援には向かわせない。そうすればきっと、仲間は『旗』を奪ってくれると、そう信じているからだ。
「頼んだぞ、緋山、命厄……!」
──仲間を、信じているのだ。
*
北原と離れた理由はいくつかある。
まずは、鏡によりできている体が北原にとって絶対的に邪魔であると理解していたからだ。広範囲での攻撃を得意とする彼は、割れ物が近くにあるとやりずらい。
他にも色々とある。けれど、一番の理由は──
「──不思議な感覚だ」
「っ、……そう、ですか」
吹き荒れる風。それに乗り襲ってくる不可視の爆発。これにより妖鏡の体は既にひび割れていた。もう一度、至近距離で爆発を喰らえば首が取れてしまうであろう。そうなると胴体の制御が難しくなてしまうので、どうにかその前に対処したいと思いながら体を妖鏡は抑える。
「……わ、たしも、園ちゃんと同じ。不思議……なんだか、──どう攻撃するか、わかってるみたい、で」
「……」
「沈黙は肯定、という言葉はあまりにも有名だろう?」
──理由は、『未来視』において人数が多いと複雑になってしまうから。
『雲外鏡』の『固有術』の一つには、未来を見通す『未来視』という能力がある。それは断片的に最大で一分後の未来を見通すというものだ。
そしてそれを見た上で妖鏡は行動を始めるので逐次ズレていく未来に合わせて適切に対応しなくてはならないのだ。だからこそ、同時に大人数がいるとその適切を間違えてしまう可能性が高まってしまう。
だからリスクを上げることを承知で北原と離れて単独での戦闘に赴いたのだ。
「──信じているから、なんて、おかしいですよね」
けれども、一度彼に縋ったのだ。──憎ませないでと。
それを信頼というのはあまりにも美化であると妖鏡は自分の無神経さと自己中さに失笑する。
「けれども、それは今ここで戦わない理由にはならない。たとえ自分を嫌いになっても、私は仲間を信じます」
「……もう。勝手に嫌って、勝手に決めて、勝手にやる気に満ちないでよ。圭ちゃんが『旗』を渡してくれたら無傷でことは済むんだよ?」
「……圭ちゃん」
「──お断りを。私、自分を嫌いになっても自分の価値を下げるようなことはしたくありません。勝ちを、諦めることも、です」
緋山の誘惑も、命厄の無言の願いも、否定する。だって、信じているから。仲間を信じる。それがきっと、この『授業』で教えたかったことの一つだから。
*
──この後、黒髪の少年が白き龍に乗り、現ることとなる。
「──待たせてごめん!!」
そう叫ぶ姿はどこか不格好ながらも、決して期待を裏切ることはしなかったのだ。




