三十話 迷案の可能性
「──げほっ。ごほ、っ」
肺が痛い。圧力の違いとか、そのせいだろうか。もしくは先程まで気圧が低いところにいたせいだろうか。
「──大丈夫か?」
「ん、けほ、ありがとう、っ、──竜」
土壇場の土壇場。空に浮いて落下死しかけた俺を助けてくれたのは空を音を置き去る速度で飛んだ竜であった。
すっごい速度で白い光のようなものが俺に向かってきたのでかなりびっくりした。
「俺、死にかけてたのかな……」
「一応言っておくなら相手チームはキチンと蒼を受け止めるつもりだったよ。思いっきり『拘束術』が張り巡らされてた」
「捕まえる気じゃん!」
確かにルール違反ではない、ないのだが……なんだかもやもやする。
なんとか体を持ち上げて軽く自分を見ると、怪我はどこもしていない。けど突然上空に打ち上げられて内蔵とかは大丈夫だろうか。逆スカイダイビング。
「いや、冗談っぽく言ってたけど洒落にならないな。……っていうかここって──分かれ道の先?」
森の中であることには違いないが、場所に全く持って見覚えがない。もし自分たちがいた場所より後ろであったらそれなりに既視感はあるはずだ。なにもないということは……
「空を飛んでわかったが、分かれ道を右に進んだ結果だろうね。あと、他三人は左側に走っていったのが見えた」
「襲ってきたのは……えーと、緋山さん達だから、桜のチームか!」
しおりと記憶を比較しながらどうしてこうなったのかの現状把握をする。
つまり、桜達のチームが俺達の『旗』を奪おうと急襲したのだろう。こうなるとなんとなく分かっていたが、まさか本当にこうなるとは。
「複雑な気持ち……」
特に桜が相手というのが複雑だ。優しいし、お人好しで、面倒見がいい。けれども容赦はしないということなのだろうか。補習が嫌な気持ちは俺にだってわかる。
「それで、これからどうする? 僕は速めに三人と合流しちゃいたいな」
「そうだよね……『旗』は圭さんが?」
「多分。僕も持っていないし、妖鏡さんが任されてくれてたから」
戦力的にはこっちじゃ竜頼みであっちのほうが良いであろうが、それでも人数差というのは覆すのが難しい。
この間の模擬戦を見た時に桜の馬鹿力……怪力はとんでもないものだと知っている。
「合流したいって言っても具体的にどこにいるか……あ、竜が飛んで上から見るのは?」
「うーん、いいんだけど……なんか、嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感?」
「うん。なんて言えば良いのかな……早くいかないと間に合わない、みたいなさ」
直感だろうか。けれど間に合わない、というのは中々に怖い。
「走るとしてどーするか。スマホの使用は禁止だし……」
「……僕に考えがあるんだけど」
「え?」
ミッションとしては空を飛んですぐに合流、なるべく最速だ。もし竜に飛んでもらってもそこからまた戻って俺と合流からの向かうだから手順が多くなってしまう。
そこまでが現状であり、そして今の竜の表情はまるで閃いた! と笑顔で言うものだからびっくりだ。なにかそういった『術』があるのだろうか。名案?
「──僕に乗ってくれ!」
「……は?」
訂正、迷案の可能性あり。
*
「──うぎゃぁああ!!」
『大丈夫か?』
「心配するならスピードを落としあばばばば」
ぐんぐんぐんとスピードは加速していくので、喋ることさえままならない。何とか掴まっているが、そろそろ風圧で吹っ飛びそうだ。
──俺は今、一体の白き龍に乗っている。
伯世竜、種族『白龍』。普段は人間の姿に擬態しているそうだが、元の姿は全長何十メートルの白い龍であった。かっこいい、なんか家庭科のエプロンとか裁縫バッグにありそうな見た目だ。
そんな龍の角に捕まりながら秒速何十メートルから振り落とされないようにしている。こんな速度でもキチンと竜は周りを見えているようで三人を探しているそうな。
こっちの体の方が目立つのであっちに見つけてもらえるかもだし、こっちの方がスピードが速いらしい。
「まあ始めて言われたときは戸惑ったけどさ」
急に乗ってくれだなんてまさかおんぶかと思ったが、ある意味では当たっている。ただ人と人のおんぶではなく龍と人のおんぶになっただけで。
「三人は見える?」
『やっぱりこの森広いなぁ。もうちょっと──あ』
そんな言葉と共に竜はスピードを落としながら一箇所を見つめている。その方向を俺も見てみるも、裸眼で視力が一応は二.〇はあるが何も見えない。一体どんな視力の持ち主なんだ。
『いたね。一気に近づくよ!』
「りょーかい! 頑張ってね竜!」
『振り落とされないようにね、蒼!』
ぐんぐんぐんぐん。どんどん地面との距離は近くなっていって、そして──
*
「──は」
ドガンと、大きな音がした。
それは、正しく横槍とさえも言えたであろう。
「──待たせてごめん!!」
そんな声が、響いた。誰かを心配している、良い声だ。その声の主は手を伸ばしていて、それは信頼を表していた。
そうして、そこにいた鏡は、雷の獣は、氷の支配者は──
「心配させるな!」「撤退です!」「ナイスタイミング!」
仲間を信じ、戦線離脱。──そうして、戦闘は中断されたのだった。
*
びっくりドンキー。まさかのバリバリに交戦中だった。
雷、氷が炸裂する中でそれと同等の爆発と水と風がそれらを打ち消し激しい争いを繰り広げていた。時折、どこからか飛んでくる岩を割れる音を響かせながら防いでいる者もいる。
そうして、それの横槍を覚悟で──
「竜、突っ込むよ!」
『わかった!』
進む。進む。進む。
上がるスピードに体幹を揺さぶられながらなんとか上半身を持ち上げて『札』をジャージのポケットから取り出した。
祈るように。願うように。いつものように『札』を握り、そして──
「──待たせてごめん!!」
ふと、桜の声が聞こえた気がした。けれどそれはきっと勘違いだ。
風のせいで今の俺の耳は軽くぶっ壊れかけだ。風のせいで聞こえないしすぐには治らない。そんな中で竜の声が聞こえるのは、テレパシー的なあれだと言っていた。
ともあれ、すぐに三人へと『術』を使い、それぞれの腕に鎖を巻き付ける。そうすると、
「心配させるな!」「撤退です!」「ナイスタイミング!」
三者三様、どこか怒ったような、どこか真剣そうな、どこか楽しそうな表情で捕まってくれた。
そのまま竜は再び上空へと加速。どうやら桜のチームのメンバーは飛行能力がないのか、竜に追いつけないのか、それとも諦めたのか、とにもかくにも追ってくることはなかった。
「──いや、危なかったね!!」
心のそこから安堵の息と共にそんな本音が漏れ出る。というか、大乱闘しすぎて「ここに突っ込むの!? マジで!?」と何度も思っていた。ちょっと場所を間違えたらまたぶっ飛ばされそうだったし。
「『旗』は奪われていません。なんとか、ですが。それでもお二人の消耗は激しいかと」
そう言った圭さんの視線は現在息切れをしている二人に注がれている。
今、俺達は空何十? 百メートルってとこに停滞している。そんなこともできるのかと色々思うがまずはこの二人が優先であろう。
「大丈夫?」
「いや……流石に、疲れたな……これは……」
「オレも……」
昨日の疲れも一晩寝ただけで抜けきったとは思えないし、主戦力である二人が必然と一番戦うことになってしまうのはちょっとばかし心苦しい。
「ってか、やっぱり仕掛けられたね」
「ええ。……伯世さん、試験終了までの約二時間、こうして空にい続けることは?」
『ちょっと体力的に厳しいかも。ごめん』
「いえ、こちらこそ無茶を。だとすれば一旦は安全地帯に降り立つべき、と思います。伯世さんが龍の姿になるのは奥の手としてできれば温存しておきたい」
『お、奥の手とか言われちゃうと照れるな……』
まあ実際強すぎるとも思う。ゲームだったらバランス調整が入りそうだ。こうして上空にいるだけで飛行能力がある人以外は攻撃すらできないし、なんなら走られたら誰も追いつけないだろう。
「でも他のチームとまたバッティングしたら?」
「それはその時……と、言いたいですが、恐らくそうなるでしょう。何より、私としては一チームだけ心当たりが──」
それがどこであったのか、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「──お、当たった?」
その声は聞こえなかったけれど、その後に”ソイツ”の姿を見かけ、言いそうだなぁと思った言葉だ。実際、言ったんじゃなかろうか。
──風の刃が、襲ってきた。
それを咄嗟に葛が氷壁で防ぐも絶え間なく風の刃は俺達を襲い続ける。鋭く、的確に狙っている風の刃だ。恐ろしく、危ない。
「っ、どこ!?」
「二時の方向だ!」
「二時の方向!? 言われてもわかんないよ!」
アニメやらドラマやら映画やらでそう言ってやり取りをする登場人物がいるが、実際にやられると全然わかんない。咄嗟の判断力が足りないということだろうか。なんて思いながらとりあえずは刃が襲ってきた方向を向く。二時であったかはわからない。
そうして下を向くと──頬に、何かが掠めた。
「……へ?」
血が、たらりと頬から出ている。
何かが、飛んできたのだ。それは決して風の不可視の刃ではない。鋭く、実態のあるなにかであった。
そう思いながら俺の頬を掠めた物体が飛んでいった方向を見ると──
「……マジで?」
──一振りの刀が、あった。日本投の形を取っていて、空から落ちる過程で一枚の紙へと変化した。
「……麗?」
呼んだのは、友人の名前だ。
かつて刀を握り、美しく舞っていた、友人。
確信だ。確信が、あった。誰が今、俺達を襲っているのか。そんな確信だ。
そして、俺は一度目をつむり、息を大きく吸って、地面にいる人物にも届くような大声で、言った。
「──流石に刃物はマズイだろ!!」




