二十七話 肉の盾になったとしても
条件:『旗』の確保。
試練:半径十メートルに入った時に降り注ぐ大量の矢。
「──この二つが今の私達の状況です」
「い、いや、まずは腕、腕をどうにかしよ……?」
「お気になさらず」
お気になさらず、なんてことができるわけない。だって、取れているのだ。
確かに彼女の腕からは出血はしていないが、パラパラと鏡の破片の様なものが落ちている。……鏡って、割れたらこうなるのか? それとも、妖怪だからなのか?
「グロいな……っていうか、これどうすんだ?」
そう言いながら雷は『旗』の方向を指差す。そこには絶対零度の空間で無傷な『旗』がただ突き刺さっていた。
というか、離れたこの場所にいるだけでも普通に寒い。手がかじかんでいる。
「悪い。……その、本当に悪いんだが、俺じゃあ解凍はできなくてな……」
「時間経過を待つってことだね。僕は大丈夫だけど……でも、本当にどうしようか、あの矢」
寒さ&地面が凍っていることはこの際良いとして、問題はやはりあの大量の降り注ぐ矢であろう。
「つーか矢って普通に危なくない? 刺さったら大怪我だよ」
「いえ、一応先は潰されててそれなりにやらかいはずです。……私は当たりどころが悪く」
そういいながら圭さんはあっけらかんと言って話題を別へとさっさと移そうとしてしまう。待ったをかけたい気持ちはあれど、ここで止めてしまえば話は一向に進まない。
「人数を絞れど同じだと思います。だとすれば、全員で『旗』へと近づいて誰か一人が確保、その誰か一人を他全員でサーポートするという形が適切でしょう」
「その作戦だったら俺はサポートに回る。氷で屋根を作ればそれなりに時間は稼げるはずだ」
「……そうだな。オレは伯世を押すぜ」
「えっ? ぼ、僕?」
そう雷が推薦したのは伯世君であった。推薦されたと張本人はいまいちなぜ推薦されたのか理解ができていなく不思議そうな顔をしている。
「足、速いだろ。体力テストでも一位だったじゃんか」
「そういえばぶっちぎりで千メートル走ってたもんね」
陸上部に所属している俺としてはあそこでそこそこの好成績を残したかったのだが、一位は伯世が二位は瀬奈がかっさらっていった。男女合わせるとトップ五にいるかも怪しい。
余談、になると思うが、雷も陸上部に所属しており短距離を専門としている。これもまた体力テストでは一位は伯世であったが二位は雷だ。瀬奈曰く「ギアが上がりきらなかった」らしい。
なにはともあれ。
「私はおそらくお荷物北原さん、鳴雨さん、咲崎さんが伯世さんを守りながら道を作る……というのはどうでしょう?」
「異議はないけど……マジで俺はなんの戦力にもならないよ? 自慢できるレベル」
「できないことを自慢しないでください。……最悪、肉盾に」
「最悪中の最悪!」
肉の盾になったとしても稼げて十秒くらいだとも思うが。
しかしながら現実というのはいついかなる時も無情であるもので、話はぽんぽんと進んでいく。
「言っての通り俺は雷を操るが、……集中的に狙えば何本かは防げる、と思う。漏電しがちだが」
「最後の一言に僕は恐怖を覚えるんだけど……? え、大丈夫だよね。感電死とか凍死とかしないよね?」
「死ぬんだったら『旗』を取ってきてからにしてくださいね」
「その非常さ、すっごいリーダーに向いてるね!」
「お褒めいただきありがとうございます」
「皮肉のつもりだよ! 僕にとっては!」
圭さんは少数犠牲を見逃せるタイプらしい。衝撃の新事実、かと思うがそれっぽい。そこまで衝撃的でもなかった。
そうして俺はジャージを限界まで上げて、軽くストレッチをする。
「……『旗』取ったら急に下が空いて落っこちる、なんてトラップないよね?」
こんな『試練』を用意する教師であればその可能性だってあるだろう。なんてことを言ってしまったせいで余計に伯世君の顔は青白くなってしまったが。
「まあ竜は飛べるし……」
「飛べるからって落ちていいってことじゃないよ!?」
全く持ってそのとおり。でも俺はどうせ飛べないのでとりあえず黙っている。
──そうして、作戦は実行へと移される。
「当たっても大丈夫当たっても大丈夫、死ぬわけじゃない痛いわけ……はあるけど、死ぬわけじゃない……」
「アレだな。舞台とかに立つ前に人をかぼちゃだと思ってる人みたいだな」
「分かりづらい例えをありがとう、葛」
軽口を叩きながらも確実に『旗』へと近づいている。その間、葛の手のひらを中心に冷気が満ち、雷を取り囲むようにバチバチと音と光がしている。
というか、地面が凍っていて若干に歩きにくい。気を抜いたら滑って転んでしまいそうだ。
一歩ずつ確実に進んでいくも、やっぱり足を取られそうになってしまう。慎重に全員で進んでいくが葛以外の表情は少し暗めだ。
「……行くよ」
そうして伯世君が半径十メートルへと入る、その瞬間。
「っ、ふっ!」
「とわっ。危ねぇッ!」
「想像以上に想像いじょおおおぉ!!」
先程のこともありか、一番最初に対応したのは葛だった。次に雷。俺は悲鳴を上げて頭を庇った。防災訓練でもあるまいし。
「いっ、たいなぁ! もう!」
「伯世っ、突っ走れ!!」
「わかってる!!」
そんな雷の声と同時に伯世はスピードを上げる。そのスピードはとんでもないが、やはり矢が降り注ぐ痛みで本来のスピードは出ていないような気もした。
できるか、できないか。一か八かで札を取り出して拘束術を発動させる。
「っ、お願い!!」
祈るように、願うように。それがなんとなくで掴めたコツだ。
札を空へと飛ばすと、朧気ながら札から鎖のようなものが出ていて、それがまるで俺達を守るように上に展開される。
「? あ、っ」
しかしそれは長続きしない。鎖はすぐに実体を失って消えてしまった。
「……?」
「蒼、大丈夫か!?」
「──え、あ、うん!」
そう言いながら葛は氷で屋根のようなものを作ってくれる。そして、同時に稲光が目の前を通り、矢が一気に燃え上がる。
「っ、くそ。ここに緋山とかがいたら一気に燃やせたんだろうけどな……!」
「ないものねだりしてる場合か。伯世、いけるか!?」
「い、ったい!」
「ダメそうかも!」
どうやら近づくにつれてさらに矢の量も勢いも増えていくようで、入ったばかりは滝行ぐらいの痛みが半径四メートルぐらいになるともはやチクチクなんて擬音じゃ済まないレベルで落ちてくる。
見てるだけで痛いのだ。本人の痛みはヤバいだろう。
「葛っ、雷っ。あの岩ぶっ壊して『旗』をこっちに飛ばせない!?」
「大胆すぎるだろ、蒼。……俺の操作能力じゃ無理だ! すまない!」
「燃えていいなら!」
「わかった! 頑張れ伯世!!」
「人任せだなぁ〜!!」
このくらい軽い会話じゃないと今の流れが悪すぎる。
一時撤退も考えたが、もうすでに地面もボコボコだし、もう一回この痛みを味わうのはごめんこうむりたい。
というか、木の破片を何度か踏んだ気もする。やめてくれ。
そう思いながらそれでも着々と進んでいくと──
「──えッ!?」
──そんな伯世の声が、響いた。
それと同時に、どこからともなく風が、何かが開いた音も。
「……マジでぇ?」
それは、まさしく予想が当たったというか。嫌な予感が的中したというか。──地面が、消えたのだ。
「とわっ、と、ぎゃっ!?」
「は、伯世──!」
なんとかギリギリのギリギリで飛空したのはよかったが、そのまま大量の矢が狭い落とし穴の中にも落ちてくるので余計に追撃を受けている。
急いで札を取り出して拘束術の応用である鎖を先程と同じように出現させて、伯世へと放つ。そうすると伯世の腕に鎖が巻き付いた。が、俺がもう一つの先端を腕に巻き付けているが俺の腕の筋力はそこまでない。
「鳴雨! 矢ぁ防いでくれ! 蒼、絶対に竜放すんじゃねぇぞ!」
「了解!」「わかってる!」
そうすると葛が俺の腕に手袋越しに触れて、そのまま段々と、ぐんぐんと体温が下がっていくような感覚に襲われる。
「ぎ、っ、」
「我慢してくれ。ごめん……!」
氷は俺の手首から鎖を補強するように凍っていって、そのまま伯世君のところへも届いたように思える。
「冷たっ!? え、何!?」
「大丈夫だ竜! 掴んだ! 固めてはねぇから飛べるか!?」
消えかけている鎖の存在を補強するように氷は纏わりついているため、鎖の可動性は捨てられていない。
そんな葛の声が聞こえたのか、鎖の先端と先端の距離がどんどん縮んでいく。
「──竜!!」
「蒼っ! ありがとう!!」
そのまま伯世君は──竜は飛んでいき、一気に空へと出てくる。そうして、同時に凄まじいスピードで『旗』へと手を伸ばす。
しかし、それを防ぐように矢は振り続ける。
「ぐっ、」
雷の稲光に葛の氷。そして、先程補強された鎖を思いっきり俺は『旗』の方向へと投げるように腕を振る。
「あと、ちょっと──!」
あと、ほんの少し。あと、もう少し。
その距離で降り注ぐ矢をなんとか減らし、そして竜はその痛みに耐える。これを逃すのは、絶対にゴメンだ。
「──つかん、だっ!!」
「「「!!」」」
──そんな『勝利宣言』が、響く。
同時に、空から嫌ってほどに降り注いでいた矢がピタリと止まり、一気に空気は緩んだ。
「──や、ったぁ!!」
「危機一髪、っていうかマジできつかった……」
「痛い……全身痛い……滝行かよ」
『旗』を岩から引き抜い竜はドサリとその場に崩れ落ちている俺達三人を眺めていた。
「ありがとう。僕だけじゃ、絶対無理だった……って、言いたいが! 僕じゃなくても! よかったと! 心から思うな!!」
「最後の最後にあの落とし穴から脱出できるのは俺と蒼じゃ無理だったし……雷が矢を防いでくれなかったら穴のなかはもっとキツかった。最適な人選だと思うぜ」
「葛だってあそこを氷漬けにしてどうにかできただろう!? ああ、痛いし、きつい……筋肉痛なんてもんじゃ絶対に済まないって。アザになったよ、これ」
そう言いながら竜は軽く腕をまくるが、少し赤くなっていた。きっとここにいる三人もそうなっているだろう。
ほんの少し明日からが憂鬱になりながらも、勝利に酔いしれる。
「んじゃ、とりあえず残った一時間ちょっとは適当に休憩して終わろうぜ。ニセモンでもオレはもういいかなって」
「いや、これで偽物だったら僕は先生を許さない。四十年は引きずるよ」
「十!? 引きずるなぁ……」
「ま、これも青春青春ー……って、? なんだー、妖鏡ー!?」
葛の視線の先には、どこか必死に叫んでいる圭さんがいた。しかし、若干距離が遠くここまで声が聞こえない。圭さんも走って入るものの、腕がないせいで重心が取れないのか少し転びかけている。
危ないと、そう言うためにこちらが走ろうとすると──何かが爆発するような、そんな音が聞こえた。
──同時に、足場が、消え去った。
「……は、ぁ?」
間抜けな声だ。間の抜けた、くだらない声だ。
しかしながら、こんな声であっても発せられたことを褒められてもいいと思うぐらいに状況は唐突であった。
──足場が、地面が、消え去ったのだ。
「あ、ああああ、ぁぁあ!?」
崩れ去った地面と重力に逆らわずに落ちていく自分自身の体を思いながら、どこか第三者視点で考える。
『旗』を取った直後だけ。なぜそんな考えになってしまったのか。──全てが終わり、警戒が緩んだ時を狙うことだって、あるかもだろう。
まあ、つまり、なにが言いたいかと言われれば。──この平地全てが大きな落とし穴だったということだ。




