二十六話 スタートの合図
バスでの移動を終えて、そのまま学校の所有する森へと着いた。そこで先生にまずは大部屋に自身の荷物をおいていくように言われた。
大部屋。畳の敷き詰められた和風の部屋であった。そこは十人がゆうに入れる大きさの部屋となっており、小さな机が二つ、そしてクローゼットが人数分あった。親切設計だ。
しかしながらその親切さを先生は持っていなかったのか、今日はこの後はジャージに着替えて『授業』を始めるらしい。鬼畜か。
「ん、しょ。……あれ? 雷は?」
ふとあたりを見渡すと、そこには雷の姿がなかった。あの全方位イケメンが目立たないなんてこと……いやまぁこのクラスの顔面偏差値的に言えばあるかもだが、しかし腰まである黒髪は目立つだろう。
「雷は麗と一緒に少し離れた場所で個室だってよ」
「へぇ……あー、なんとなく察した」
俺のなんとなくの質問に答えてくれたのは葛だった。
二人は旧校舎棟の生徒である。そして、その旧校舎棟に入寮している生徒は様々な事情を抱えていると俺はこの間知った。……詳しく、聞くのは避けよう。
「ってか、そろそろ移動しなきゃだな」
一応『授業』の前に食堂でお昼ご飯を食べるらしい。そうしてからグループごとに『旗』を取りに行くんだとか。
正直、ご飯を食べて何も考えずに風呂入って布団で寝たい気持ちもある。
「──移動の時間だ! さっさと部屋から出てくれ!」
そう大きな声で呼びかけたのは──副学級委員、五海駿であった。学級委員の使命に最初な難色を示していた彼であったが、今では立派にクラスを支えてくれている。
「そこも……咲崎と、北原も早くな。……じゃなきゃ俺が穂香に怒られる」
そう言いながら五海君は食堂へと向かっていった。
発言からも分かる通り、学級委員である影池穂香と副学級委員である五海駿は同じ中学からの同窓であるらしい。なんなら家も近く、幼馴染であるとか。そんな話を隣の席である愛さんから聞いた。彼女は噂好きなのだ。
「お昼ご飯はなんだろな〜」
「普通に弁当じゃないか?」
そんな会話をしながら、俺も葛と一緒に大部屋から出て食堂へと向かっていった。
*
食堂で出たのはコンビニ弁当のようなお弁当であった。そうして腹ごしらえも終わったとばかりに『授業』があると施設の外へと出された。
──こうして、着々と物語は進んでいく。
「──それじゃあ、今から笛を鳴らす。同時にスタートだ。ルールはしおりに書いてあるとおり、今から三時間だ。今日の最後にいた場所が明日のスタート地点。もし『旗』を持って終わったなら明日も『旗』を持ってスタートだ」
そう先生は説明をしながらいつものように気だるげそうに首にかけているホイッセルを掴み──音が、響く。
それは、スタートの合図であった。
その合図と同時に、グループにて固まっていた全員が走り出す。それは、俺も、俺のチームも例外ではなかった。
「まずは『旗』の確保です。せめて『試練』と呼ばれるものが何であるのかを確認を」
二日に分けて行われるこのサバイバル(仮)であるが、『旗』を確保するためには『試練』なるものを攻略せねばならないらしい。
なんともまぁ、意地が悪い。
「というわけで。鳴雨さん、伯世さん、確認をお願いします」
「りょーかい」「わかった」
飛行が可能なこの二人が先に森を飛んで行き、『旗』の場所を生に確認する。そうして何があるか、何が見えるかを確認してから挑むのだ。
もしかしたら初見殺しのトラップがある可能性だってある。まあ本当に”殺し”まではいかないであろうが、それでもトラップの一つや二つはあるだろう。
「それで二人が先に確認に行って、あとから俺達三人が合流……って流れだよね」
「ああ。だが『試練』ってのが何なのか本当にわからないな……特に何も言われてないが、それでも俺達の共通の弱点を付く可能性がある……」
「共通の弱点が何であるのか、話しても導き出せんでしたが、それも今日でわかってしまうでしょう」
そうしながら三人で森を走っていく。わかったことだが、これで圭さんは運動神経が……というよりかは持久力がかなりありそうだ。息切れを起こしていない。
右手に持ち続けている地図をチラリと確認するも、距離的にいえばあとほんのちょっとだ。あと数分走るほど。
そう思いながら走ると、ふと影が差す。
「──『旗』は見つけたぞ」
「雷!」
上を見上げると、そこにはふわふわと飛んでいる雷と伯世君がいた。飛びながら一緒に平行移動している。
「岩に突き刺さってたよ。でも、特に何もなかった……平地にあったしね」
「……なんというか、余計にきな臭いですね」
そんな伯世君の言葉に圭さんはどこか不服そうな表情だ。それは、ここにいる全員のメンバーがそうであろう。
──流石に、ただ『旗』を確保してその後の別のグループとの戦闘が『試練』であるだなんてことはないだろう。
「ってか、そんな簡単な話だとしたら思わせぶり……それも?」
「全てが仕込み、だなんて思いたくもありませんね」
俺も自分で考えておいてあれだが、流石にないだろうと思いたい。悪魔の証明理論を持ち出したら本当に確認する最後の最後までわからない。
「見た目じゃわからないトラップかよ……」
柄に合わない悪態をつくぐらいは、少し許してほしい。なんて思ってしまうような『試練』であった。
*
事前に行っていた二人の言う通り、森を走った先に軽い平地があり、そこの中央辺りに岩、そして『旗』が突き刺さっていた。
「……考えるなら『旗』を取った瞬間に何かが作動するってパターンだよね」
そう思いながら少し離れた位置から確認する。軽率に近づくのは危険であろう。
「……状況の停滞は望ましくありません。ここは、私が行きます」
「えっ!?」
そう言いながら圭さんはジャージを脱いで下から半袖の体育着が出てくる。
……しかし、ここでリーダーとはいえ男四人が見守って一人で行かせるのはどうであろうか。
「いえ、私が行きます。……安全を確保するため、北原さん、ご一緒に来てくださいませんか?」
「俺か? わかった」
──そう行って、二人は平地の真ん中へと近づいていく。
少し、心臓がうるさい気もする。鼓動が早くなる……緊張しているのか。
「……」
「……」
二人はじりじりと確かな早さで、警戒を持って近づく。『旗』との距離は近づいて、あと十メートルほどであろうか。そんな時に──
「──!?」
「っあ!?」
──バキンと、そんな何かが割れるような音と、何かが落ちてくる音が……大量に聞こえた。
「あぶないっ!」
そう叫んだのは伯世君であったか雷であったか。いや、そこの真偽は大切ではない。大切なのは、問題なのは──二人を襲う、大量の『矢』だ。
「っ、らぁ!」
そんな葛の叫ぶ声と同時に辺りの空気が一気に冷え込む。見れば、葛と圭さんを中心に氷で作られたかまくらの様なものが形成されていた。
「北原さん!」
「駄目だ、量が多い! あとちょっとで割れるぞ!!」
その通りに大量の矢がかまくらを襲い、ピシピシと音を立てて割ろうとしてくる。 というか、本当に量が多い。矢は一秒で十以上は絶対に落ちてきている。
「ってか、どこから……!?」
そう思いながら矢の来る方向である上を見ると──そこには、一枚の『札』があった。
「あ……」
前に一度だけ、学園長に『術』を見せてもらった。そして、その『術』にあまりにもあの『札』が放っている気配が酷似していて……
「──結界術」
「っ、なるほどな。結界術で『旗』の周りを守って、入ってきたら無条件で矢が飛んでくるようにしてんのかよ」
「条件付きってこと? だから僕達が飛んでても近づかなかったから何も起きなかったのか」
──なんて考察も今はしている場合じゃない。
今もなお二人は大量の矢に襲いかかられている。……けれど、俺の使える『拘束術』は対人戦を下に練習してきたせいで無機質にはおそらく発動しない。
そう思ってもなお、どうにか二人を助けに行こうとしていると──
「──北原さん! 大丈夫です、構わずに、凍てつかせて!!」
「妖鏡……っ!? ……わかった。遠慮も、手加減も、しねぇぞッ!」
──そんな声とともに、冷え込んでいた空気はさらに下がる。息をするだけで、肺が痛い、そんな空間だ。
葛は圭さんの手を掴みながら、凍っている地面をアイススケートのように駆けて、こちらに戻ってきた。
「だ、いじょうぶっ!?」
「俺は……妖鏡は?」
「……大丈夫です。私は、……割れても、どうにかなるので」
「……え?」
そういう妖鏡さんは──右腕が、取れていた。
そして、その右腕の断面はキラキラと、嫌ってほどに輝いている。
「なん、え……?」
「……私は、雲外鏡という妖怪です。体が、鏡でできています。あくまで『種族』、本物の鏡と違い治ります……新しい鏡を用意しなければならないですが」
一度外れた物はもう一度つけられないですから。なんて、圭さんはなんて、なんでもないように、そう言った。
──ああ、人じゃ、ないんだな。
心配でもなく、驚きでもなく、ただ単にその事実を俺は認識した。してしまった。そんな俺は、やっぱり「ひとでなし」なんだなとも、そうも思ったのだ。
*
「──意地悪ですね」
どこか震えながら、しかしながらキチンとした芯を持った女性の声が響く。
林間学校の施設。その森の中心。そこには一人の男性が岩の上に座っていた。──五組の担任、円羅凪だ。
そして、タバコを口にしている円羅に話しかけたのは、三組の担任である更科結衣であった。
彼女は、どこか嫌そうな、嫌悪を示すような表情で円羅へと話しかけた。
「……何がですか?」
「いえ。……ただ、『人間』と『鏡割り』の生き残りを組ませるだなんて、酷い。そう、酷いです」
「酷い、ですか……別に俺は生徒を贔屓なんてしてませんよ。ただ能力通りに振り分けただけ、それだけだ」
そんな淡々とした円羅の返答に更科は更に顔を歪ませる。しかしそんなことを円羅は気にもしない。
「……能力通り、ですか。この、『試練』も?」
「生徒の得手不得手を確認して上で不得手を克服させる……キチンと筋は通っているでしょう?」
タバコを口に加えながら、円羅は意地の悪い笑みを浮かべながらそう言う。
「意地悪」
「はっ。……まあ、俺も不可能な『試練』を与えたことは一度もないですよ」
意地の悪いそんな笑みを円羅は浮かべながら、どこか信頼の瞳を森に向けながら、タバコを再び大きく吸ったのだった。




