三話 表と裏
境妖学園、というのが此度俺がめでたく入学することが決まった高校の名前らしい。
全寮制、四年制。
うん、この情報だけで特殊すぎる学校って理解できる。全寮制は理解できても、なんで四年間なんだ。ここ高校だよね? 高専じゃないよね? そういうのって、法律的にアリなの?
なんて、頭の中でいくら突っ込んだって現実は無情、変わりはしない。だから、俺にできることはできる限りこの高校で失敗せずに花のDKをすること。ここまできたら、いっそのこと楽しまなきゃ損! そう思わなきゃやってらんない!
「なーんて、すぐ頭ん中で切り替えられれば良かったんだがなぁ」
東京の、二十三区から外れた郊外に、その学園はあった。郊外といっても、電車やバス等の公共交通機関はあるし、田舎と都会ならば都会というカテゴリーに位置すべき場所だ。渋谷とかにも一時間程度で行けるし。
「っても、本当にこんな場所に妖怪学校なんてもんがあるのか……?」
そういうのって、人目が触れる場所にあってよいのだろうか。まあ、今更俺がどうこう考えたって仕方がないだろう。
さあ、お出でませ妖怪共!
そう思いながら舗装された道を歩き続けていると、石造りの階段が目に入った。
山道の中の石造り階段……ねえ、本当にここで合ってる!? これ以上なく嫌な予感というか実感というかが凄い勢いでしてくるんだけど!
「くっそぉ、実はこの地図詐欺ってんじゃねぇだろうな……」
そもそも、山道を通る時点で嫌な予感はしてたんだ! つーか、こちとら寮生活のために重いスーツケース持ちながら登ってんだぞ、ふざけんな。
悪態をつきながら気合と根性でスーツケースを持ちながら階段を一段ずつ登っていく。最低限整えられているが、至るところから経年劣化の跡がして、ひやひやする。下手に登ってたら、そこから崩れて転落……なんてことにもなりかねない。
そうならないようにしっかりと地に足をつけてしっかりと一段一段上がっていくと──
──そこには、神社があった。
目の前から目を逸らし続けることはできないので、どれだけ「どこが学校だ、神社じゃねぇか」と思っても、しっかりちゃんと神社を見る。
……よくある、荒廃した神社だ。
人が寄らず、手入れがされていないせいで色々なところに苔が生えたり腐ったりしているが、鳥居や神社の本殿、のようなものとお賽銭箱があるから神社であることはわかる。
「……」
ごくん、と唾を飲み込んだ音が嫌に反響して聞こえる。
なんだか、威圧感のような、神聖さのようなものが俺の体を突き刺しているように感じる。
それでも、ここで引いたら学校に行けない、というのも確かに体に伝わっていて、数分の葛藤の末に、ようやく一歩を踏み出せば──
「──は、?」
鳥居をくぐる。
その行為をした瞬間にあたりが白光で占められ、目を閉じた。そして再び目を開けると、そこには確かに──学校が、存在していた。
自分の身長はあるであろう門に、背後には俺の通っていた中学校とは比較にならないほど巨大な校舎、そして少し見切れているがグラウンド。
確かに、学校だ。
「……いや、え、ちょ、な、は?」
たっぷり十秒、困惑に時間を費やす。そして、状況の把握再び二十秒程時間を費やして──
「もし、迷子でしょうか?」
「わああ!?」
背後から急に声がし、びくっとお手本のように驚く。
不法侵入ではないと、後ろを振り向き弁明をしようとすると──そこには、とてつもない美人が立っていた。
赤がかった黒髪を一つにまとめ、動きやすそうな和服に身を包んだ二十代に見える女性。そんな人が、話しかけていた。
「その、俺今日からこの学校に入学することになって……」
「ああ、新入生でしたか、これは失礼しました。何分、人間だったもので」
最後に呟かれた言葉はうまく聞こえず首を捻っていると、女性は学校の門を開けてどこか申し訳なさそうな表情をしながら言った。
「まさか新入生の方が裏門から入学するだなんて思わず、申し訳ありません」
「え、ここ裏門なんですか!? すっごい豪華そうなのに」
「ええ。ですので、入学式が行われる講堂まで距離がありますので、私が案内を──」
「──それには及びませんよ」
「「!」」
女性との会話に割り込んできたのは、銀髪の髪を肩にかからない程に伸ばし、緑色の和服に身を包んだ美青年だった。左耳につけた蝶結びの赤い紐がふわりと揺れている。
「彼の案内は私が。仕事に戻ってもらって構いません」
「かしこまりました」
「え、え?」
やばい、急に現れたイケメンだが、お偉いさんなのか? 女性すっごく礼儀正しく、綺麗な仕草で確かに敬っている。
何者じゃ、何奴じゃ!?
「さあ、行きましょう咲崎蒼君」
「え──?」
なんで、俺の名前──
「それでは、どうぞ」
俺の疑問と同時に、女性が門を開いて、言った。
「──学園長」
*
学園長、と称された男はその恐ろしく整った顔を惜しげもなく晒しながら、歩いていく。
広い敷地に反して、人っ子ひとりいない。いや、妖怪学校とでも言うのだから人っ子という表現が正しいかはわからないが。
「今日は入学式ですので、一同講堂に集まっているんですよ」
「そ、うなんですか」
学園長は笑いながら、そう疑問に答える。どこか楽しんでいるのか、なんなのか、少なくとも俺にとって心地の良い笑顔ではない。
「……ああ、挨拶が遅れましたね。私はこの学園の学園長を担っている者、気軽に話しかけていただいて構いませんよ」
「あ、そうですか。えと、俺は咲崎蒼です、新入生です」
「ええ、存じ上げています。交換学生でしょう?」
「! らしいです」
知ってんのに、何で言わせたんだ……若干性格悪そうだな、この人。人の反応を見て楽しんでるのがバレバレだ。
「──貴方は、生きていて”妖怪”という存在を目の当たりにしたことがありますか?」
「え? いや、その、一度もなくて……だから困ってるというか」
「でしょうね。今では妖怪と人間は関わらないことで関わり合っていますから」
「……?」
関わらないことで、関わっている? そんなの、矛盾ではないか。
頭を捻るも、答えは出ない。あえて意地悪な言葉で語っているであろう学園長に対して、顔に不満が出てしまう。
「ははは、そんな顔をされては、少しばかし傷つきます」
「……」
「そうですね、どこから話したものか……昔、妖怪と人間は酷い戦争をしていましてね。確か、千年ほど前だったでしょうか」
「戦争、ですか」
「ええ、血で血を洗う、醜くて、愚かで、哀れな争い。そして、その戦を終わらせる方法こそが互いの不可侵であったのです」
……本当に、嫌な争いだったのだろう。学園長の瞳に宿っている感情は、酷い後悔だ。
けれど、それがどうしてそうなったのか、なんでそんな顔をするのか、そう理解するにはあまりにも俺は何も知らなすぎるだろう。
「妖怪の住む世界は、裏側なんですよ」
「裏側?」
「ええ。世界の裏側、裏界と称されております。この裏界は人間の住む表界と全く持って同じですが、人間がいず妖怪がいる……ご理解、追いつきましたか?」
「……なんとか、って感じですね」
情報量の濁流だ。なんなら氾濫している。
裏と、表。
世界を分けて、争いをなくした人間と妖怪。
そんな、ラノベみたいな話を急に聞かされたって、驚くし、夢物語だって思うだろうけど、事実こうして俺は神社から急に学校に転移している……あれが、表と裏を繋ぐ場所であったのだろうか。
そんな風に状況を整理していると、そんな俺を見ながら学園長は視線を前に再び移して、ぽつりと呟く。
「……妖怪という存在は、生き物なんです」
学園長は確かに、そうどこか先程の話と区切れをつけて、そう言った。
「幻でも、化物でもなく、生き物。人間と同じです。妖怪、というのも大きく分けた分類に過ぎません。例えば、人間を哺乳類と称すもの。そして、妖怪も様々な種族に枝分かれしています。まあ、それも今では混じりすぎて明確な”種族”を持つのは『先祖返り』した者か相応の家の出ぐらいしかいませんが」
おいおいおい、早い早い早い。世界が早すぎる、俺が追いついてねぇぞ。妖怪ってのはあくまで大雑把な枠組みで、そこから更に分岐する……『先祖返り』って何だ。
わからない単語が多すぎて、学園長の言っていることがいまいち理解しきれない。
「えーと、種族ってのについて説明していただけると……」
「失礼、そうですね、これは私の説明不足です。種族、というのを一言で表せませんが……妖怪、と聞いて『一反木綿』や『赤鬼』という言葉を聞いたことは?」
「……ありますね」
「それが種族よ言われるものです。妖怪というカテゴリに位置する、種族。人間で言う……人種、に近しいものでしょうか」
「なるほど?」
じゃあ、単に妖怪と言っても色々といる……人間と一言で言っても国籍人種性別年齢あるし、そういうもんなのか。
「……じゃあ、学園長はどういった種族なんですか?」
「──『天狗』ですよ」
学園長はそう呟くと、どこか悲哀に満ちた表情で空を見つめていた。『天狗』、っていうと、あの顔が赤くて、翼が生えていて、葉っぱをもった、あの『天狗』なのだろうか。
「学園長──」
「ああ、つきました。ここが講堂です」
「お、おお、ここが……デカいっすね」
「ざっと千人が入ることができますから」
「広!」
確かに全校生徒が入ってても違和感ないな。
コンクリートで作られているであろう講堂は、外から見ても巨大な建物で、人が集まっていた。
「貴方は確か五組ですので、あそこの緑髪の先輩が胸元につける花を配っていますよ」
「う、うおお。妖怪なんですよね、あの人も!」
「私も事務員の彼女も妖怪でしたのに、驚きが遅くないですか?」
「いや、だって学園長は知らずに接してたし……え、事務員のあの人も!?」
うっそ、衝撃の事実! あの別嬪さん、妖怪だったのか。事務員だから人間かなー、とか思ってた俺が馬鹿みたいじゃんか!
「ええ。というか、この世界はもう妖怪の世界、人間なんて貴方くらいしか存在しません」
「う、うおおお……!」
これはひょっとすると、俺がこの学校に入学するというのは、かなり重大な出来事なんじゃないのか? やべぇ、自体の重さがわかって潰されそう。へるぷ。
「ささ、入学式はそろそろ始まってしまいます。それでは、どうかご武運を!」
うええ、急に人の背中押してきたよこの人。急にテンション上げるとか、絶対に嫌な予感しかしないじゃんかぁ。
学園長はそのまま別の場所に向かおうとしたのか、そのまま思い出したように振り返って、いやーな笑顔で言った。
「一つ伝え忘れがありまして」
「……なんですか?」
「あまり、自らが『人間』であると公言するのは控えたほうが。千年の年月が流れたとはいえ、『人』という種族を憎んでいる妖怪はいますから」
「……なんって場所に未成年を放り込んでんだ! 仕事しろ行政!」
「行政が仕事した結果なんですけどねぇ」
それにここは未成年を育てる場所ですよ、とどこか飄々とした掴めない笑顔をして学園長はどこかへと姿を消してしまった。




