二十三話 傷つかない、ため
「っ、はぁ、はぁ……」
──また、失敗である。
「うーん、やっぱりまだイメージが固まりきってないね」
「ここまで『術』が発動しない……というよりは、紙から鎖が出るってのが想像できてないんだろうな」
桜と麗はそれぞれ床に落ちている札を見ながらそんな考察をする。
……俺も、なんとなく何が悪いかわかってきてはいるのだ。想像力が足りない、というよりかは人間の世界で十五年生きてきた俺にとってあまりにも『術』といいのが非現実的すぎて、それを実現しようとそう考えてもキチンと頭が付いてきていないのだ。
想像力、というよりかは常識の問題であろう。
「…………あ、」
「ん? どうした蒼?」
「──俺を縛って!」
「……プレイ?」
「ちげぇよ!」
やっぱり頭ピンクだろお前!! ……ではなく、話がそれている。
「違うよ。ただどうなるか、それを見るだけじゃなくて俺自身にやりまくって、それで相手に仕掛けるの。そうした方が結果を身を持って知ってるわけだからね、成功率が上がりそうじゃん」
「……これ、確率とかそういう話じゃないと思うけど……いいよ。鬼城院君がやる?」
「いや、……俺はあんまり『術』は得意じゃないから」
「わかった。じゃあボクがやろうか」
どうやら俺を縛り付けるのは麗らしい。不安だ。隠すことなく、不安だ。まだ出会って一ヶ月未満だが、こいつは絶対にドSであると、そう俺は断言できる。
「君ってばMなんでしょ? だいじょぶだいじょぶ」
「Mじゃねぇよ!」
「前に否定しなかったのに......ま、さっさと始めちゃおっか」
そう言いながら麗は床に落ちていた札を一枚拾い上げて俺の方へと向ける。
──縛られる感覚というのは、どこか金縛りのようなものだろう。動くことがそのものが制限されれる。模様のように鎖に縛られているようだ。
「……っし、ばっちこい!」
「それじゃあ遠慮なく──えいっ!」
そんな掛け声と同時に札が俺の方へと飛んできて──光る。
「っ、!」
光った札は目の前で消失して、なんとか動く眼球を精一杯動かすと俺の肌に鎖の模様が走っている。前に学園長室で食らったのと同じ。……けど。
「少し、緩い?」
あの時は本当に指の一本すらも動かせず、行動を完全に封じ込められていた。
けど、今のこの拘束はなんというか、関節を中心に体の可動部位を縛っている、いうならば省エネの用に思える。
「ま、そりゃそうだろうね。ボクと学園長じゃ純粋な実力差が大きすぎる。『術』の制度だって天と地ほどだろう。これでもボクも凄い方なんだよ?」
「こんな超能力を使えてる時点で俺からしちゃ全員凄いけどさ……なるほど、部分的な拘束でもいいわけか」
だったら全身を縛るんじゃなくて手首と足首を縛るだけでも大幅に行動を制限できそうだ。最初の目標は少しでもいいから相手に『術』をかけること。
「よし、次こそは!」
「がんばってー」
「ファイト」
二人からの声援を受け取りながら、また札を一枚手に取り集中する。だからだろうか。
「……」
──どこか、縋るような、思い詰めるような表情をしていた学園長に気づくことはなかった。
*
──イメージを、する。
失敗の記憶を消し去り、頭に成功のみを構築する。
拘束、そう言うと聞こえが悪い。だから、自衛だと、そうイメージする。……誰かを傷つけるためではなく、自分も相手も傷つかないために。
「────」
傷つかない、ため。
俺も、相手も、誰もかも。そのためだったら、──俺は、相手を傷つけられる。
「っ! ……驚いた」
「……ぁ、え?」
ふと、意識が目の前に行く。そこには、鎖の模様で両手首を縛られている麗がいた。
……さっきまで、完全に意識がどこかに行っていた。いうならば、水中に溺れていたような感じだ。
「いや、本当に驚いた。言っちゃあ悪いけどさ、成功しないって思ってたから」
「えぇ、あんなに応援しておいて?」
軽く裏切りではなかろうか。
なんて思っていると、タオルを持った桜が近づいてきていた。
「おめでと。これ、使ったほうがいいぞ」
「え? ……あ、ホントだ」
桜の言葉の意味がわからずに一瞬だけ考えると、目の近くに液体が垂れてきた。汗だ。知らいない間に酷く緊張していたのか、全身汗まみれである。
桜からタオルを受け取りそのまま顔を中心に拭く。……うん、このタオル絶対高いやつだろ。すっごいふわふわしてるもん。
「──これで最初の課題は達成できましたね」
「学園長。まあ、そうですね。後はもっと完成度を上げてけばいいんじゃないかなぁ、なんて思います」
成功ができたのだから、後はそれをもっと素早く確実に発動できるようになる、そんな特訓が必要であろう。
そう言うと学園長は──一瞬だけ、悲しそうな顔をした。
「──?」
「いや、おめでとうございます。蒼君は飲み込みが早いですね、教師冥利に尽きるというものです」
「はぁ……」
勘違いだったのか、見間違えだったのか。今俺の目の前にいる学園長の表情はいつものように胡散臭く、裏と表がありそうな笑みをニコニコと浮かべている。
……なんなの、だろうか。
「──ま、これでひとまずは安心していいかな」
「目下の目標は達成されたわけだからね。いやー、ほんと、まさか三時間もかかるとは」
「う……」
現在時刻は19時ちょっと前。十分に十分すぎる時間だ。まあ、ぶっちゃけ今日中に成功は無理だろうとも思っていたので成功しただけいいのかもしれない。
これで俺も超能力者ってワケか。
「……楽しそうだね」
「どうだろう。初めて使うのが拘束って、なんかちょっとアレだよ」
言語化が難しいのだが、とにかくアレなのだ。初めては火を出したり電撃でどっかーんと派手にやりたかったんだが、まさかの妨害系が初めてである。
「……あ、そういえばさ、桜ってどういう風に戦うの?」
「俺か? ……言うなら怪力だ。たぶん、蒼くらいなら指で潰せる」
「指!? 手じゃなくて!?」
『鬼』って名称がついているからそんなイメージはあったが、そんなに怪力なのか。
そんな風に考えていると、学園長が思いついたという表情をした。嫌な予感。
「そうですね。──一度、鬼城院君と頭内さんで模擬戦闘を行ってみてはいかがでしょう?」
「はぁ?」「え。俺が?」
「……え?」
*
嫌と抗議をする二人を学園長は言葉巧みに説得し、結局二人は模擬戦闘をすることとなった。ので、俺は体育館の隅に学園長と一緒に移動した。
「見ておいたほうがいいですよ。『術』……妖怪が、どう戦うか」
「……はい」
すでに二人は戦闘準備? を終えたのか、見合っている。
体育館の中央に、麗は片手に刀を。桜はジャージを脱いで軽くウォーミングアップを終えていた。
「それでは今から合図を送ります。それでは──始め」
学園長がそう呟くと同時に、麗が目の前から消えた。いや、それは正しくない。目に見えぬ速度で移動した、そういう方が正しいのだろう。
対する桜は試合開始から一歩も動かずに、何かを待っている。そして──
「──捕まえた」
「あれま」
バキンと、鈍い金属音が響く。音の発生源は麗の刀だ。──折れたのだ。桜の足がいつのまにか上がり、麗の刀に向けて振り下ろされて折れた。
刀身がおられた刀を麗は二度三度振り、そのまま──それを桜へと投げつける。
「っ!?」
「折ったからって安心? さすがに不用心じゃない?」
その刀は目隠しのような機能を果たした。それはきっと麗の計算内だ。
──だって、麗の手には刀が握られている。正しく狙いを定めた刀が。
「──あ」
そうだ。よくよく考えればわかったことだろう。なんで刀が一本だと、そう思い込んでいたのか。
圧縮して重さを変えられてコンパクトに刀を纏めていたのだ。だとすれば、何本でも何十本でも刀を所持していても何ら不思議ではない。
麗は折れた刀を桜に投げつけ桜がその対処に追われている間に取り出したもう一つの刀で対応、なんて戦術を取ったのだ。
「……ってか、次の手をわかる相手に戦うのって普通に無理じゃね?」
「未来視ではありませんが後手を知られているというのは相手にとって相当不利でしょうね」
なんてことを学園長と話している間にも模擬戦は続いていて。
あと数センチ。その距離で桜の右腕に刀が届く──
「それはダサすぎるだろ」
「ダサさで回避しないでほしかったなぁ」
桜はガクンと膝を折って刀を回避。そのまま思いっきり麗の腹を蹴飛ばした。
その蹴りを麗は刀で受けて威力を殺し、数回転の末に着地。
「ふっ!」
麗の刀を紙一重で桜は回避し続ける。
そんな攻防をしていると、桜は足を伸ばして麗を引っ掛ける。麗はそれを受けて転ぶもキチンと受け身をとっているようだ。
しかし桜はそれを見逃さずに思いっきり腕を振りかぶって──
「……え?」
──音が、響いた。
その音はまるで至近距離で雷が落ちたかのような轟音。つまるところ、──桜の拳が体育館の床を貫いて大破させていたのだ。
「……え!?」
「『茨木童子』は純粋な腕力のみで言えば鬼の頂点と言われている『酒呑童子』よりも強いですからね。『術』が絡めば結果はわかりませんが、それでも鬼城院君の怪力はトンはあると思いますよ」
「トン……!? キロじゃなくて!?」
桁がちがかった! マジかよ!
「流石は茨木童子……! でも、それだけだ、ろう!」
その拳をあと数センチという所で避けた麗はそのまま桜へと蹴りを放って一旦の離脱。そうして二人は大勢を立て直す。
そして麗が懐から更に札を取り出し、桜は巨大な瓦礫を掴み、再び激しい攻防が始まる──そんな所に一風の風が吹いた。
「──止め」
「え、なんでですかー?」「……消化不良だな」
「学園長!?」
それは学園長が扇を振り二人を止めた証拠であった。
「……いえ。純粋にこれ以上はお二人のどちらかが致命傷を負いそうであったので」
「ま、ボクもプライド的に負けなんて絶対に嫌だけどね」
「そんなの俺も同じだ」
「そういう所ですよ」
この二人ってこんなに好戦的だったのか。確かにこれじゃあどっちかが大怪我は防げなかっただろう。
「……それで、妖怪同士の戦闘、学べました?」
「……いやぁ、自分には無理だなぁと」
なんてやる気のないことを言うと、どこか体育会系の二人に少し睨まれてしまった。ぴえん。




