二十二話 一振りの日本刀
授業もHRも終わり放課後。俺は今、学校に無数にある体育館のうち一つにいた。
体育着である学校指定のジャージに身を包み、ついでにメモ帳と筆記用具、水筒。体育番履きを履いて、そこそこの広さのある体育館に麗と桜と一緒にいる。
「にしても……なんで学園長も?」
「君が『術』の練習をすると言うので、来ちゃいました」
そう、そこにもう一人の飛び込み参加者、学園長。
麗が体育館の使用許可を取った相手は普通に円羅先生だったらしいが、そこから話が伝わってこうして来たのだろうか。正直、学園長という学校のトップがいるせいで少し動きにくいんだが。
「そもそも『術』を使用する際は資格を持った大人が監督するのが必須ですからね」
「そうなんですか?」
「ええ。それほどまでに『術』というのは危険なんです」
……そう言われると、なんで学園長が俺に『術』を学ばせようとしたかもわかるかもしれない。『術』が危険なもので、けれども誰にも使えるもの。そんな中で俺だけが使えないというのはあまりにも命知らずだ。
そう二人で話していると、先程自販機に飲み物を買っていっていた二人が戻ってきた。
「ん、おまたせー。って、あれ、学園長だ」
「え? なんでここに……?」
「やあ頭内さん、鬼城院さん。実はかくかくしかじかで」
かくかくしかじかで!? 通じんのそれ!?
「ああ、なるほど。だからか」
「状況は、わかりました」
「伝わった!」
もしかして、これも妖怪特有のまじかるみらくるぱわーなのか!?
「こほん。というわけで、まずは蒼君にこれを」
「? ……札?」
学園長から手渡されたのは、鎖の模様が書かれていた件の札だった。それが数枚。やっぱり、神社に貼られているような見た目をしている。
「これで拘束ができるんですか?」
「ええ。そもそも札というのは媒介でして、『術』を使うための補助道具のようなものです。それにも種類がありまして、主に二つ。うち一つがこのように特定の『術』しか発動できませんが、発動するとその『術』がキチンと発動します。もう一つは単に『術』を発言するための札でして、それは自ら選んで『術』を使えますが、それは上級者向けですね」
ようはCDプレイヤーとスマホの音楽アプリようなものだろうか。決まったものを流すのはCDプレイヤーだが、様々な他の機能がついているのはスマホの方だ。スマホの方が良さそうではあるが、一点特化ならばそれはそれで良いだろう。
こうなると、確かに一つだけ覚えて、それ専用の札であった方が今の俺には適切であると言える。
「ですので蒼君には拘束術の札を複数枚今は渡します。これで本日は練習していただきますが……作り方を覚えてもらって自作してくださいね」
「できるの自作!?」
なんか神社の巫女さんとか神主さんとかがやんなきゃいけなさそうな雰囲気を放ってるよこの札!
「慣れれば札がなくたって術が使えるようになるし、ちょっとの辛抱だよ。ね、鬼城院君」
「まあそうだな」
「ううぅ……体育会系っぽくない……?」
「思いっきり運動部の癖になんか言ってる」
癖にってなんだ癖にって。たとえ運動部に所属していようが根性は文化系なんだよ。お前だって美術部なのに体育会系もびっくりの根性論言ったりするじゃん。
なーんて心のなかでだけ不平不満を述べる。
「ボクにだけ言いやがって……」
「何も言ってないですー」
事実何も言っていないのだ。心に思うぐらいは許されたっていいだろう。
「ほんっとお前って無神経……はぁ。で、蒼は拘束術を身につけたいんだよね?」
「そうだね。結界術とか封印術、は後回しでしたっけ?」
「ええ。たしかに拘束術も難易度は高いですが封印術はその上位互換、結界術はピンキリになってしまうので今のところは拘束術を」
学園長の言葉を聞きながら渡された札をもう一度見てみる。
見ているだけでは本当に普通の紙だ。模様の書かれた、ただそれだけの紙。だからこそ、この紙がどうしてあの時俺を縛ったのか、イメージがつかない。実は超科学の電磁波かなんかで俺を縛っていた、そう言われたほうが納得がいく。
超能力より超科学の方がまだ説得力があるだろう。
「じゃあ、まずは発動するところからだな。人形とかサンドバッグってあったか?」
「鬼城院君がなればいいんじゃない?」
「じゃあお前がやれ」
「きゃー、極悪非道ー」
コントをやっている二人を放っておいて学園長の方へ行く。
「なんかコツとかってあります?」
「言いませんか? ──魔法は、イメージだと」
「魔法なんですか? これって」
「魔法ではありません。それは西洋の『術』の名称ですからね、本質は同じです」
学園長は失言をした、なんて表情をして少し目を逸らす。西洋って海外だよな? 妖怪ってのは日本だけじゃなくて海外にもいるのか。
「……考えてみれば、そりゃそうか」
なんで日本国内に限定していたんだ。普通にそれがそういった生命体であるのならば、日本だけにいなくたっていい。もっと寒いところとか、湿地とか、他に適合した妖怪だっていたっていいだろう。
「まあ、なにはともあれ必要なのはイメージであることに代わりありません。『術』を発動した、その後を想像するのです。発動してどうするか、どうなるか。それがキチンと頭で掴めていない限り成功は難しいでしょう」
「そういうもん、ですか……」
成功体験を作るにはどうやってそうなるかより、そうなった後を想像した方が前向きではあるだろう。
……まあ、できるかどうかわかんないけど。
「そもそも今まででそんなミラクル☆マジカルパワーなんて使ったことも見たこともないしな……」
「んー、まあ最初……初めて、初体験だもんね!」
「初体験を強調しないでよ、いやらしい」
「この三文字で妄想を湧き立てるなんて……蒼ったらスケベ!」
「逆に!?」
あえて言い換えたお前の方が頭ピンクだろ!!
なんてツッコむと麗はどこかニヤニヤしながら自分の鞄の方へと向かって何かを取り出した。──それは『札』、のように見える。
「……えーと、麗、さん?」
「ふっふっふー。わからないんなら見せてしんぜよう! さあ、刮目せよ!」
「刮目!? そんな覚悟いるの!?」
慌てながら学園長の方を見るとニコニコと裏が見えない笑顔で手を振ってる。は?
「って、何すんの? 結局さ」
「ボクの得意技だよ。拘束術ではないけどね……圧縮さ」
「……圧縮ぅ?」
麗から言われた言葉に一度呆ける。
圧縮、とはなんだ?
「なるほどな。いや、確かにこれは非日常的だな。蒼、ちゃんと見とけよ」
「えぇ、桜も学園長もなにかわかってる風……俺はなんもわかってないってのにさぁ」
別に巧まれても謀られてるわけでもないが、どこか納得がいかない。俺が理解していないことをなぜ俺に
しようとするのだ。実験台で学園長使おうぜ。
「ボクも目上の人に無条件で攻撃しないよ」
「攻撃っつたな今お前!!」
もうこれは言い逃れができないだろう! 言質、言質!! これ録音して交番言ったらギリいけるくね!?
「まだなんもやってないからね。……って、わけで、じゃ始めるね」
「心の準備ぃ……」
そんなコントもそろそろ切り上げるのか、麗は黙り札を掴んで目を閉じた。
「っ……」
不思議と、息を飲んだ。そうさせるだけの、気迫……のようなものが今の麗にはあったのだ。
そうすると、だんだんと札は光り──
「……え」
──形を、変えたのだ。
それは、光り、伸び、もはや紙とも札とも呼べぬ姿に形が変わる。そうして、元の大きさに戻ったのか札の変形は止まり、一つの細長いものへと変わった。
「──刀?」
──それは、まるで一振りの日本刀のように見えた。
だんだんと発光は収まり、きちんと形を取る。それは、どう見てもどこから見ても刀であったのだ。
「そう。愛刀ってわけじゃないんだけどね……ただ、これを札に圧縮していたんだよ」
「……あ。だから圧縮」
サイズを圧縮して札へと収めていたのか。なるほど、これができれば同時に大量のものが持ち運べる。
「この『術』は圧縮したときは体力を使うけど解除するにはそこまで力がいらないだ。だからボク的はこの『術』が好きでね」
「へぇ。……ってか、これって普通に銃刀法違反じゃ……?」
「ああ、裏界に銃刀法違反という概念はありませんよ」
「なんで!? すごく物騒!」
「いえ、普通に銃や刀より危険な『術』を誰にだって使えるので、そちらの方が規制が厳しいんです」
「刺されたり打たれてもそう簡単には死にませんしね」、なんて学園長は付け加えるがそれは余計に俺の恐怖心を掻き立てている。
「まあ、警察だっているし交番だってある。少なくとも、普通に外に出歩いて死ぬ、なんてことはまずねぇよ」
「……本当?」
「本当」
……桜の言うことなら信じるけどさぁ。
「ボクと学園長への信頼値って低い?」
「日頃の行いを思い出そうよ」
というか、刀を持ちながら動かないでほしい。ライトに照らされて刀身に光が反射しているが、すっごい鋭そうなんだよ、それ。
「──まあ、確かに目の前でこんなの見せられたし、学園長に縛られたのもあって信じられるけど……本当に俺がそれをできるのかって話だよ」
「うーん、『術』に関しては人間妖怪関係なく扱えるよ。たまーにいる妖怪退治を専門職とする人間だって使ったりつるからね」
「そんな職業があるのか……」
「今じゃ数減ったけどね」
んじゃあ妖怪の人間退治専門家もいたりするのだろうか。やばいな、天敵じゃん。
そんなことを思いながら先程から握っている札を真正面へともってくる。
「んじゃ、まずはボクにかけてみなよ。防がないからさ」
「防げるのね……ん、わかった」
学園長がやっていたように麗の方向へと札を定めて、そのまま腕を振りかぶって飛ばす。
──捕らえろと、そう思いながら。
「っ、ああ!」
「……しっぱーい」
札は途中までは軌道に乗って麗との距離を縮めていたのだが……結局、その札が鎖になることもなく普通に紙として麗へと当たって重力に従い落ちていった。
失敗。普通に失敗である。
「……今日の課題としては、この拘束術が発動するまでですね」
「ひえ。今日中で終わるかな」
「コツならいくらでも教える。最初なんて不格好でもなんでもいいんだ、できるようになれば、それでいい」
「ま、ボクも今日は特段予定もなにもないからね。日付変わる前くらいまでだったら付き合ってあげる」
そんなに長くは嫌だよ! なんて心の中で叫びながら、どうやら俺の特訓は長引くことになりそうだと、そう思った。




