二十話 宣戦布告
麗の家に訪問してから少し立った頃。四月末の平日である。
その日は授業を一つ使って委員会決め、そしてあと一週間ほどで始まる”林間学校”のグループ決めと概要の説明であった。
「委員会は生徒会、風紀、体育、図書、放送、保険、文化、美化、広報……って言ってたよね」
「そう。あ、でも生徒会と風紀は入れるかはびみょいよ」
「え?」
麗は机から身を乗り出しながら、そんな無知すぎる俺の疑問に答えてくれた。
「そっちの二つはそれぞれの生徒会長と風紀員会委員長の承認をもって入れるから、たとえ今決まってもそこで拒否されて別の委員会ってのはザラにあるらしいから」
「なるほど、条件付きか」
だったらこの二つは候補から外していいだろう。別になりたいわけでもないし。
そう思いながら残る七つの委員会について考える。できれば仕事が少ないものがいい。
「──蒼くんは何に入りたいとかある?」
「愛さん。うーん、俺は別に……でも放送は柄じゃないからないかなぁ」
どちかというと何に入りたくないかで決めるという戦法を再び取る。なので他にも候補を削るとなるとしたら図書、文化、広報のどれかである。保険と美化は見るからに仕事が多そうなのでなしだ。
「愛さんは何に入る?」
「かく言うわたしも決まってないんだよねぇ……強いて、なら文化か広報かな」
「確かに、なんとなく似合いそうだね」
なんとなく、愛さんからはこう、ギャルと言うか最先端系のイメージが似合う。ので、広報などはぴったりなイメージだ。
「麗ちゃんと瀬奈くんは何入りたいとかある?」
愛さんはそう言いながら後ろに振り返って、俺と同じく話を聞いていた麗と、黒板を見ながら考え事をしていたであろう瀬奈に話しかける。
「うーん、ボクも悩ましさがあるね」
「オレは……そうだな、体を動かすの嫌いじゃないし、体育が良いかな」
「体育! 確かに瀬奈って運動神経いいもんね!」
思い出すのは一番初回の体育の授業だ。そこでは体育測定を行ったが、瀬奈は足が早いし大体のスポーツでとても好成績を残していたと記憶している。
「ま、とりあえずボクは誰がどう立候補するかで決めるよ」
そう言いながら麗は視線を前に──先生の方に向けた。先生は先程まで椅子に座っていたが今は立ち上がり黒板にそれぞれの委員会の名前を書いている。
「──そろそろ候補はでたか? とりあえずは立候補してみろ」
そう言われ、ぞろぞろと自身の名前を委員会の隣に書いていく。委員会は基本的にクラスの人数を考えて一つに二人ぐらいであろう。
……文化部は立候補者が多いから無しだな。
「あれ? もう書きに行くの?」
「うん。さっさと決めちゃうよ」
最初に二択まで絞れていたので残った一つにして委員会決めはそれでいい。まあ、仕事もちょっとであろうし。
──【図書委員会】咲崎
「蒼はもう決めちゃうのか?」
「そうしよっかなって。向は?」
黒板に名前を書いていると、隣にいたのは向だった。向は考え込むように黒板とにらめっこをしている。
「うーん、俺も何となく候補は絞れたし、さっさと決めちゃった方が良いのかもね」
「ちなみに候補って?」
「体育か放送かなって」
「どっちも似合うと思うよ」
「似合う……? まあ、ありがとよ」
放送は少し人気がなさそうで、文化部には五人ほどの名前が書かれている。あとは無難な体育や保険が埋まっているくらいか。
そう思いながら自分の席に戻ろうと振り向くと、麗と愛さんが黒板の方へ向かってきていた。
「二人はもう決めたの?」
「そ。ボクと愛ちゃんで広報に入ろうって」
「仕事内容もなんとなくわかりやすいからね。それに、他のやつはあんまりわたしには向いてなさそうだからさ」
そうだろうか。正直、愛さんならどこでも上手くやっていける気もする。……なんて言葉に出したらキモがられるので! 心に止めておく!!
「警戒しすぎるのもどうかなぁってボクは思うよ」
「どうしろと!」
そんな軽いコントを交わして自分の席へと戻る。席にはまばらに座っていて、黒板付近にはいないが友達と一緒に喋っている子もいる。
「葛は決めたー?」
「何かダル絡みっぽいぞ、それ。……余ってるの。保険かな」
「……美形お医者さんか……アリかも」
「何だったらナシになるんだよ。んじゃ、俺も書きに行くか」
着る訳では無いがカーディガンの代わりに葛が白衣を着ている姿というのは中々に様になるのではなかろうか。
──それに、葛はいつも手袋をつけているし。
「……」
ただおしゃれでないことは、何となくわかっている。
たとえ、一緒に部活見学に行ったり、一緒に友達の家にいったり。──それでも全てを打ち明けられるわけではないだろう。
「……俺だって、秘密だらけだ」
そんな下らない懺悔にさえもならない声は、誰にも届かないまま消え失せた。そうして黒板に名前がいっぱいに書かれていて、先生が席から上がって皆を座らせた。
「んじゃあ、委員会はこれでいいが……一番最初に行っていた通り、今から学級委員の立候補をしてくれ」
そう言いながら先生は教卓から再びどいて、一人の少女が挙手をする。
「……立候補なんてすんの?」
「蒼、寝てたもんね」
「やめてっ! 昨日ちょっと夜ふかししちゃっただけなの!」
うつらうつらとしていただけで眠りについていたわけではない……話の内容は九割がた頭にはいっていないのだが。
それでも状況はなんとなく理解できた。ようは、クラスの学級委員長を決めるって話だろう。そして──あの子が、手を上げた。
「影池穂香、立候補させてください」
「わかった。……影池以外は?」
手をきれいに伸ばしたのは影池という少女だ。ブレザーの制服に身を包み、黒い髪を後頭部で髪を二つに結ている。
姿勢と発言からわかるしっかり者感、半端ない。
「いないなら、ここで決定だな」
「──ありがとうございます」
何となく、この子に任せるなら安心できるかもしれない。
先生は影池さんを学級委員に任せ、その後は副学級委員を決める。そこには一人のクラスメイト──五海駿が立候補をして、とりあえず委員会決めは終わった。
そうして次の議題へと移る。──それは、来る『林間学校』の話だ。
*
林間学校が行われるのは、学校が所有する森の中にある寮であるらしい。そこで三泊四日の生活をして帰って来る、というもの。午前はなにか授業があるようだが、午後というか夜には伝統であるキャンプファイヤーや、肝試しをする、そんなのがある。
そしてしおりが配布されてそこにはグループ行動がほとんどであった。
「グループ行動のグループは既に決めてある。しおりの最終ページを見てくれ」
そう言われて最後のページまでパラパラとめくる。そこには表が書かれていてクラスの全員の名前が書かれていた。
俺のチームは──咲崎・伯世・北原・妖鏡・鳴雨と書かれていた。内二人は知っている、のは幸福なのではなかろうか。
「……蒼って、けっこう頭おかしいよね。葛にも圭さんにも、あんなこと考えたばっかなのに」
「え? なんで急に罵倒?」
唐突な麗の罵倒に軽く傷つきながらも、再びしおりに目線を落とし込む。
「……この午前中の授業だが、それは毎年担任が決められてな」
「?」
しおりを見ていると、ふと先生が呟くように言っている。表情はいつものように暗いが、どこか……楽しんでいる?
「今年はサバイバル、で許可がでた。サバイバルって言ってもきちんと衣食住はあるが……クラス全員で争ってもらう」
「……え?」
どういう、ことだ?
内容を理解できないのは俺だけでなく、誰もが先生の次の言葉を待っている。先生は別にもったいぶることなく、淡々とその次を話していく。
「旗を敷地の森に三つ設置した。そしてその旗を最後まで持っていることがクリア条件だ。敷地には四つの『試練』会場があるが、内一つの旗はブラフ、どれがブラフかは最後に伝える。そして、終了までに旗を持ってなかったら補習となる」
……なんで!? もっと平和に行こうよ!!
学校生活初めての行事が、なぜそんなにも殺伐としなくてはならないのか。我々はその秘密を探るため、アマゾンの奥地へと向かった──ことはなく。ただ後ろから少し引いた声が聞こえる。
「うわぁ、これって『術』の使用もアリってこと? 怪我人でないといいなぁ……」
「『術』って、その超能力的なアレだよね? え、俺使えなくない?」
「そこら辺は先生からあると思うけど……基本的に『術』を公共の場所で使うことは禁止、普通に危ないからね。でも今回は私有地だし、学生といえども少し危険じゃないかなぁ」
危険と言われても、何が危険なのか、そもそもどういったものが『術』であるのかも俺にはわからない。というか、不平等すぎる。普通に座学の方がマシではないか。
そんな不平不満を顔に出しても先生はなんのその。そもまま林間学校に関する説明を続けている。
けれどもクラスの様子から、そんな説明は右から左へ流れていっているであろう。最初のインパクトが強すぎる。
「……わたし、あんまり森とか緑豊かなとこいったことないんだけど」
「俺も生粋の都会っ子だからなぁ……えぇ、どうしよう」
森という場所に行ったことだって小学校での林間学校とか、遠足程度である。家族が基本的にインドア派なので旅行に行くとしてもキャンプなどはしない。
なんだろう、長袖長ズボン? いや、そこは学校指定のジャージか。虫除けとか虫刺されの薬も用意したほうがいいのだろうか。
「どうやらボクは瀬奈くんと一緒のグループらしいね」
「みたいだな。よろしくな、頭内」
「そこは一緒なんだ。わたしと蒼くんは違うから、ライバルだね」
「ラ、ライバル……! うん、よろしくね!」
なんか、漫画とかで聞く響きだ。まさかこうしてリアルライバルが現れるとは。
愛さんはどうやら向と一緒のグループであるらしい。俺がA班で、向達はD班だ。こんかいの林間学校のルールに則れば、グループが違えばそれは旗を奪い合うということ。
いや、衝突を避けようと思えば避けられる。四チームあり、旗の合計数は三つ。つまりは旗を確保していない一チームから奪取を防げばいいのだ。だからその一チームにならずにいれば争いを自発的に起こす必要はなくなる。
しかし、問題はどれが偽物の旗であるのかがわからないという点であろう。
「麗だったら見抜けたり?」
「ボクが読めるのは人の心だけ。無機物は無理だね。……っていうか、別チームだよ? できたとしても教えないよ」
勝手に君が潰れてくれたほうが好都合だしね。なんて、いつも通りの毒舌でそんなことを言う麗。
けど、そっか、無機物には感情とかないから適応外なのか。条件みたいなのもあるのかな。
「それ以上の詮索はNGで」
「ん、わかった」
この間のこともあり、やっぱり少し繊細にならなければならないと思う。ただでさえ図々しくず太く無神経な発言を繰り返してしまう俺の性格からして、ここで一歩引かないと不味いのかもしれない。
「……まあ、それも君の美点ではあるだろうね」
「褒めてくれるの? ありがとう」
*
その後は林間学校の説明はしおりの読み上げで、普通に午後は授業で終わった。そのまま今日は入部したばっかの陸上部の活動もないため、普通に寮に帰っていく。
「おかえりー、蒼」
「ただいま、向。今日のご飯の当番って俺だったよね?」
「そうだったな。なにか手伝おうか?」
「いや、この前も手伝ってもらったばっかだし、全然いいよ。今日のメニューは昨日買った肉で豚丼の予定!」
「おおお、美味そうだな!」
昨日のうちに購買で買い物は住めせており、今日は調理するだけだ。あとは余っている野菜で軽く野菜スティックでも作れば、栄養バランスは最低限整うと、そう信じている。
キッチンに向かう前にとりあえず服を着替えようとクローゼットを開いて鞄を机に置いた。
「そういやさ、蒼はグループって誰と一緒だった?」
「俺は、えーと……伯世さん、葛、圭さん、鳴雨さんで俺含めて五人かな。これ、同じ部屋の人は見事バラけてるよね」
俺の部屋や圭さんの部屋のメンバーと知っている相手で当てはめてみると、全員がきちんと違う。そこはやはり意図的であろう。
「……蒼」
「桜。えっと……まあ、なんとななるよ!」
「お前……俺は譲る気はないからな?」
「あれ!? 宣戦布告だった!?」
激励ではなく宣戦布告。少し肩透かしを食らったが、俺だって言いたいことは同じだ。
助けてくれた友達だからこそ、──負けたくない。恩を返すのは、決してここではないのだ。
「なんだなんだぁ〜? 俺だって負けないぞ」
「そう言うんならオレも負けてやるなんてダサいことは言わねぇよ」
負けない、負けてられない、負けたくない。
意地かもしれないが、それを無視するのは性に合わないのだ。勝って、それでいい勝負だったと笑い合う、そんな未来を俺は望む。
これにて入学編は終了です。次は幕間を挟んで林間学校編となります。
でもこれ、エピソード的に言えば一年生の最初だから1−1でしかないという事実……




