十九話 ポップコーンを食べながら
入学してから二週間ほどが経ったある休日。俺は──葛と一緒に麗の部屋に訪れていた。
「旧校舎棟って、敷地のマジで端にあったね」
寮から徒歩で三十分は歩いた気がする。体感なので参考にはならないが。
途中で葛と合流して、そこで軽い世間話や近頃行われる『林間学校』について話していると、少し俺たちの寮よりも年月を感じさせる建物が見えてくる。
「名前の通り、マジで学校だね」
旧校舎、という名称通りである。学校の外装がほとんど使われていて、しかし寮としての機能を持っている。
中に入れば職員室だったものが談話室に変わっていて、教室が何等分かにされて部屋へとなっている。大浴場はプールだったのだろうか。
というわけで移動をし、階段を登って麗の部屋のあるところまで上がる。体感として、やはりもとが学校であったからか、南館よりかは断然広い。寮二つ分はあるだろう。
「っと、ここだよね」
目の前には部屋がある。その部屋には寮と違い表札があり、そこには──頭内と、確かに書かれていた。インターホンはないのでノックをする。コンコンと、何度も手を打ち付けて。
「──はーい」
声と、足音と、扉を開く音。その音が聞こえて、同時に麗が姿を表した。黒い短袖シャツに、緑色の短パンを履いている。
「おはよう、そしておいでませ。蒼、葛」
「っはよ」
「ん、おはよう、麗」
部屋の中に入ると、おのずと色々と見えてくるもので。部屋の大きさは俺達の四〇四号室よりかは全然狭いが、一人部屋であることを考えると中々の広さだ。キッチンやシャワーといった部屋の内装はそこまで変わってないが……
「洗濯機だ」
麗に案内されて洗面所で葛と交代交代で手を洗うことになった。そうすると、隣には洗濯機があった。これは、南館にはなかった。
「っていうか、浴室もあるよな、ここ」
葛の言葉に視線をやると、そこはあの、見えなくなるガラスで、なんだっけ……凸ガラス? 曇りガラス? に囲まれていて見えないが、それでもシャワーだけとは思えない広さである。
なんとなく、理解した。
「……一人で完結するようにしてるのか」
ここ、旧校舎棟は『事情』がある生徒が入寮している。そしてその『事情』は複数人で生活することができない生徒が集まっている。つまりだからこそしたがって、一人で一部屋を与えるから共通の場所を減らした。大浴場も、洗濯機も。談話室くらいが唯一の交流の場であるか。
「──二人とも終わったー? 石鹸の場所とかわかる?」
「大丈夫たよ。そろそろそっち行くね」
葛と一緒にそのままリビングの方へと行く。そこには机、テレビ、布団、エトセトラがあった。基本的にベッドが布団になっただけで家具の内容は同じだ。
「お茶をどーぞ」
「じゃあ遠慮なく」
そこそこ高温ではない、猫舌の俺には嬉しい温度の緑茶だ。……こいつの場合、俺が猫舌であることを知って配慮してくれたかもだが。
「感謝してもいいんだよ」
「断定形か〜」
そこは疑問符を最後につけてほしかったぜ。
「……失礼かもだが、麗って読書家だな」
そう言いながら葛は部屋にある本棚を見る。
……本棚?
「四年も生活するからね、持ってきたんだ」
「なるほど」
本棚にはびっしりと大量の本が詰まっている。タイトルを見ると難しそうな本ばっかだ。ラノベとか読まなそう。
「そう? ボクは結構乱読するタイプだよ」
なんとなく麗は流行に乗るタイプに見える。これは偏見になっちゃうか。
「……一応、手土産持ってきたぞ」
「え!? あ、やべっ」
「あはは。ありがとね、葛。お願いしたわけじゃないし、大丈夫だよ蒼」
「うう……ごめん」
ここで配慮ができるかできないかが色々と人を分けるんだろう。葛は仕草がどれもこれもイケメンなんだよなぁ。
「ってか、今日は何するんだ?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたね葛」
麗はドヤりと表情を決めながら学習机の上に置いてあったモノを取り出す。それは──
「──ホラー映画?」
見てわかるグロテクスさがある赤と黒を基調としたとしたDVDだ。
「そう! 家に友人を呼んだらやってみたかったの! 楽しめるようにホラーやサメを中心に持ってきたよ!」
「なんでサメ?」
「高校生になったらくだらないサメ映画をみるのが一番の青春なんじゃないの?」
「偏ってるな、その青春!」
「ほら、ホラーだったら定番のものとかあるよ。犬神家とか」
DVDは全部で十作品くらいだ。今は朝の十時で解散を十七時としたら二、三本は見れるだろう。というか、今どきDVDやCDショップは廃れたと思ったが、一体どこから借りたのだろうか。
「ああ、これなら持ってきたやつだよ。家にたくさん古いやつとかが保管されててさ」
「なるほど」
そう言いながら麗はテレビの下にある機械にDVDを入れていく。あれも持ってきたやつだろうか。
映画は海外のやつだったらしく、最初に言語設定が出てきて吹き替えを選択した。英語は苦手科目だ。
「ちょっとお菓子取ってくるね」
「いってらっしゃい」
麗が部屋を出ると同タイミングで画面が切り替わり、軽く人物紹介のムービーが流れる。しかし、タイトルと登場人物に見覚えはない。
「これ見たことねぇな」
「俺もないかも。結構マイナーなやつだよね」
椅子を四つあるので全部並べて簡易的なソファのようなものを作り出す。そうしていると、麗がキッチンから戻ってきた。手にはポップコーンとグラス、ジュースを持っていた。
「んじゃま、ポップコーンでもつまみながら見ましょう!」
そうして麗が再生ボタンを押すと同時に、映画の中の登場人物は物語を進めていった。
*
「いや、オチほんっとに良かったね! なんというか、いい意味で期待を裏切られた!」
「わかるかも……最後のあの会話とか、普通に感動モンだったし」
「ラスボスがまさかの人物! これはボクも見たことなかったからちょっと驚いたよ」
ホラー映画であり少しミステリーの要素もあったこの映画。主人公の男性刑事が仕事でとある殺人事件を調査するのだが、そこで主人公に霊能力があることを判明し、被害者である女性と一緒に事件の真相を追うという内容であった。
名作であるとは知名度的に言えないが、それでも満足できる内容。というか、普通に面白かった。ホラーシーンは普通に怖かったし、ギャグシーンはしっかり笑った。もうちょっと有名であってもおかしくなかったと思う。
ある程度感想を言い終えると、麗は次の映画を手に取りそのまま機械に入れる。
「次はこの映画でいいかな〜って」
「へえ。どれどれ、タイトルは……」
「……『脅威の二足歩行ザメ?』」
*
「…………」
「…………」
「…………」
上映時間、約八十分。ジャンル、サメ映画。
「……いやどういうこと!?」
そんな俺の声が響くのを、麗と葛は止めなかった。
なんていっても、内容は──
「まずタイトルからだけどなんでサメが二足歩行!? っていうか、シリアスシーンもサメが写ってて全っ然内容が頭に入ってこなかったし! つーか主人公も主人公だよ!!」
なんというか、一周回ってギャグにすることができないような映画であった。サメもCG感丸出しであったし、人が簡単に食われすぎだ。抵抗はしようよ。
「サメ映画は当たりハズレがひどいって言うけど……本当だったね」
「これ、映画館に行った人はキツかったろうな……」
絶妙なのだ。絶妙につまんないし、絶妙におもろしくないし、絶妙に盛り上がれない。続編制作が当初の予定だったのか、回収されていない伏線だらけ過ぎて謎が多く物語が入ってこない。せめて主人公の妹が総理大臣という設定は回収してほしかった。
「うーん、さっきの映画が面白かったからか、絶妙さに拍車をかけている……まあ、切り替えて次行っちゃおうか」
「次は普通のものにしてくれ。コメディとか、恋愛とか」
「りょーかい! んじゃ、次はラブロマンスにしましょう!」
*
「……え!? うっわ、エッッモ!!」
「あぁ、そういう……? なるほど、だから誰も言ってなかったのか」
「衝撃の展開、どんでん返し。面白いな、これ。ボクはこれ系統好きかも」
映画の内容はラブロマンス。主人公が十数年ぶりに故郷に変えると、そこには初恋の同級生がいたという設定であり、良い感じになるのだが──まさかの幽霊であったという展開。
よくよく思い返せば、その同級生には主人公以外誰も話しかけていない。脚本すごい。
「恋愛系はあんまり見ないけど、けっこう切ないね」
「二人で夏祭りに行くところ、今見返すとわかってたんだな」
「お盆限りだったらしいからね。もう自分が消えちゃうってわかってたんだ」
「切ねぇ〜!」
しかも失恋じゃん! これ絶対わかってて主人公の告白振ったじゃん! 最後にもう死んでるってわかったときの主人公の心情よ!
「これは名作……!」
「俺達が小学生の時らへんで流行ったよな、これ」
「そうだっけ? 適当に持ってきたからなぁ……」
……というか、映画って基本的に人間が主題となっているものが多いな。妖怪が主役の映画というのはないのだろうか?
「あるよ〜。んじゃ次はそっちにする?」
「え? まじで?」
「マジマジのマジ」
そう言いながら麗が取り出したのはろくろ首のような少女が書かれているパッケージのDVDだ。
「そろそろお菓子も少ないし、これで最後かな」
*
「まさかの探偵ものかぁ。アクション多めだったね」
ろくろ首の探偵助手が師匠である探偵に一人前として認めてもらうまでを描いた作品。ミステリーかなって思ったらまさかのバトルもの。殺人鬼と格闘技で渡り合う系の少女であった。
「覚悟決まってるな、この子」
「探偵も最後の最後で助けたし、情があると俺は見た」
「ま、そんな血も涙もないやつが探偵っていう職業を選ばないと思うよ」
ポップコーンを食べながら、そんな感想を零し合う。しかし、もう一口食べようとしたお菓子は底をつきてしまっていた。
「ん、そろそろお開きかな。送るよ」
「え? じゃあお言葉に甘えて……」
そう言いながら椅子にかけていた上着を羽織り直してカバンを持つ。そのまま葛を待とうと玄関に行こうとすると──ふと、声が聞こえた。
「……ああ、葛、言ってなかったっけ?」
「言われてない……というか、隠し事は傷つくぞ」
「ごめんごめん。いやぁ、改めて言う機会がなくてさ。食堂のときは誤魔化しちゃったし」
麗はそう、笑いながら、言った。
……なんとなく、察せた。会話の流れから、葛の表情から、麗の謝罪から。つまりは──
「──ボクはね、『さとり』なんだ」
──カミングアウトである。
「……『さ』、『とり』」
「そう。気味悪がられ、気持ち悪がれ、気色悪がられ。時に畏怖され、軽蔑され、罵倒される……そんな『種族』なんだ」
──それは、どこか泣きそうな声だ。
「……なるほどな。理解がいった」
「偏見とか、抱かれるってのはわかってるけど、……あんまり、言わないで、ほしいな。……想うのは、自由だ。けど、だけど、それを言葉にされるのは……ボクは、とても傷つく」
俯いているからか、その表情までは見えない。けれとも、その顔が決して明るいものではないと、わかる。
思って、想って、懐って。──それは、自由だ。考えるのは、思考するのは、自由だ。
──でも、それは麗には適応するのか?
思ったことを聞こえてしまい、想ったことを感じてしまい、懐ったことを知ってしまう。──だから、言葉が、怖いのだろうか。
だって、言葉にするのは大事だ。言わなきゃ伝わらないことだってある。でもそれは、逆に言うならば──言ってしまえば、それは覆せない。思いは覆させても、言葉は。
「……れ──」
「蒼が、気にしなくても、大丈夫だよ。──ボクは大丈夫だ」
「いや、俺が無神経だった。謝罪する。……好奇心ってのは爆弾だな」
葛はそう言って頭をペコリと下げた。
──考えすぎ、というよりは俺も無神経に麗について勝手に考えすぎた。こんなの、決めつけと何も変わらない。
「……卑屈すぎだね。ボクの方こそだよ。──ってわけでこの話は終わりっ! ささ、帰らないと真っ暗になっちゃうよ?」
「そ、だね。帰らないと、そろそろ夕飯の時間だし」
扉の先の窓から見える景色はすっかり暗い。そろそろ夕飯の時間で、待たせてしまったら三人に悪いだろう。
廊下に出て階段から降りて玄関へと向かう。
「それじゃあ、また明日」
「また、教室でな」
「──……うん。またね」
そんな約束をして、お開きとなった。
──やっぱり、俺はあまりにも知らなすぎる。
思い出すのはあの夕日に照らされ輝いていたクラスメイトだ。彼女は、何か俺に思うことが──もしかすれば、俺が人間であることを薄々と察してるのかもしれない──あったようだが、それを言葉にはしなかった。
妖怪と人間の関係。それを理解できていないくせに、俺はこうして人間ではなく妖怪の世界にいる。
「……ずうずうしいなぁ」
「えっ。ご、ごめん」
「アッ! いや、全然葛のことじゃないから! マジで!!」




