二話 理解できるか、馬鹿野郎
前回のあらすじ! 父親に、「お前来年から妖怪の学校に進学な」って言われた! ……は?
いや、いやいやいやいや……理解できるか、馬鹿野郎。
俯いた目線を上げて再び父の方を向く。そこにはあいも変わらずにその憎たらしい顔で笑っている父の姿だ。
「拒否権がないって、頑張れよ父さん!」
「無理だった!」
「諦めんじゃねぇ!」
しかも早ぇ!
「いやぁ、蒼の親父は案外諦めが早いんだよ。だってお前の父親だぜ?」
「さらっと俺をディスるな!!」
いや、そんなことは今はどうでもいい! 問題は、俺の進路の話だ!
「え、じゃあ何、勝手に高校決められた上に、化物の学校に通うことになんの俺?」
「まあ、そうななっちゃうな」
「なんでそんなに冷静なんだよ!」
「俺とアイツの子供だし、まあ、適応能力なら人一倍強かったしなお前、昔から。だから、大丈夫だろ」
「そういう次元じゃねぇだろ!!」
適合能力云々で、なんとかなる次元は決まってるだろうがこのバカ親父!
*
「──まずは、ご多忙の中、こうして参加していただいたこと、深く感謝いたします」
豪華な調度品のある質の良い和室。襖の向こう側には伝統的な庭園が広がっており、それだけでこの場が莫大な財力により生み出されたことがわかる。
そんな場には、相応しき”格”を持つ面々が集まっており、司会進行をしているのは肩に届かない程度の長さの銀髪に、緑色の袴、左耳に赤い紐を通して蝶結びにしている。そして、男が金色の扇をパチン、と手で閉じて場に静粛が生まれた。
「一同が集えたこと、それが双方の……」
「やめよ。そのような事で妾の時間を潰すでない」
「……失礼いたしました」
進行役の銀髪の青年はそんな集まっている内の一人の傲慢不遜な物言いに対し、適切に対処し、再び話を元に戻す。
「それでは本題から。今年行われる『人妖交流』について。……そちら側から」
銀髪の青年はくるりと自らの右側を見、黒髪の老人に話しかける。
「……こちら側から交流学生は決まりました、資料を」
老人は自らの背後に控えているスーツ姿の男性に手で合図を送り、資料を全員に行き届けさせる。
数枚の髪には黒目黒髪の好青年が写っており、そして嫌と言うほどに青年についての情報が書かれている。家族構成から、その青年が先日食べた晩御飯まで。
「……咲崎蒼、ねぇ。悪くはなさそうな顔。可愛らしいじゃない」
「はっ、男喰いめ。醜い爬虫類の根底はやはり変わらないかしら」
「狐風情が随分と思い上がった物言いをするようになったもの。躾けてやったほうが良いんじゃないの?」
険悪な雰囲気を醸し出すのは、白髪の美しいほどの美貌を持った女性と、金髪の狐耳に八本の尾を持ったこちらも負けじ劣らずの美人だ。二人の美しさは、見るもの全てを虜にしそうであるが、醸し出す空気は見るもの全てを死にいたら至ら示そうな程に凍りついている。
「それで、我々妖側からは──」
「そのような話、紙に目を通せばわかること、わざわざ話に出さぬともよい。そも、こうして我々が集いし理由は別にあろう」
頭に二本の鋭い角の生えた女性が、不遜にもそう言い放つ。そんな棘の籠もった言葉を銀髪の男は飄々と受け流し、言葉を紡いでいく。
「そうですね、話し合いたい、というのは別に確かにあります。こうして、人間と妖怪がいがみ合い、嫌い合ってはや千年……いい加減、この停滞を動かさねばいけないですからね」
銀髪の青年は嫌な記憶を思い出すように、千年前の炎に包まれた記憶を掘り起こす。
「このプロジェクトの目的は人間と妖怪、この二つの種族が和平を目指すこと……その重みの、確認を」
黒髪の老人に対して、見つめるような品定めをする目線を向ける。
「……重み、か」
老人はまぶたを閉じ、熟考する。そして──
「私どもは千年を知らない。あなた方が恨み、憎み、憎悪し続けた千年を、私どもは知らない。けれどそれが、私どもが歩み寄らぬ理由になどなりえましょうか」
「……その答えが聞きたかったのです」
銀髪の男は満足の行く答えが出たと顔に出しながら、閉じていた扇を再び広げる。
「ここに、人と妖の歩み寄りをすると、そう誓いを立てる──それが、私が今日、ここに皆さまをお呼び出しした理由です」
銀髪の男が扇を一閃、するとどこからともなく現れた鎖が、不遜な態度を取った三人の女性と銀髪の青年と黒髪の老人にそれぞれ突き刺さる。
「なっ」
老人に使えている若い男が自らの懐に手を伸ばそうとするのを老人が片手で静止する。
「やめよ。そも、そのような物をこの場に持ち込むことこそが無粋」
「いえいえ、我々と違い防衛手段を持たないそちら側には、きちんと譲歩いたしますとも。ですが、出されると敵対行為として受け取らざるを得ないのも事実」
鎖が全てそれぞれの体の中に吸収され、何事もなかったかのように場には何も残らない。
「──我々の行動が、二種間の未来を決めることを、どうか努々お忘れなく」
その言葉を最後とし、銀髪の男はこの場の解散を言い渡した。
「里長、少し良い?」
「……これはこれは、稲荷様。どうかなされました?」
稲荷様、そう呼ばれたのは先程の場で狐の耳と八本の尾を生やしていた女性だ。稲荷は先程よりも少しばかし着物を崩し、その豊満な胸元を開放的にしながら右手で持っている煙管を口元へと持っていく。
「なぁに、貴方が渡したこの資料、すこぉし気になっちゃって」
煙を纏いながら、一歩、一歩とまた銀髪の青年に近づいていく。
「この人間の坊やが入る学園、貴方のトコでしょう?」
「──ええ、私が学園長を務める境妖学園に」
それがどうした、と言わんばかりの笑みを作りながら真正面を見据える。稲荷の見定める赤い瞳が、銀色を捉え──離す。
「いぃえ、ちょっと、気になっちゃっただけなの。だって、あなたのとこの学園に、私の可愛い坊やが来年入学するもの」
「ああ、稲荷様の唯一の御子息の……」
「ええ。女系の家系だからねぇ、男の子は珍しくって、家族みんなで可愛がっちゃってるのよぉ」
話がズレている、なんて言い返せる権限は銀髪の男にはない。ただ、稲荷が話し終わるのを待つだけだ。
「──だから、不穏因子を一つだって置いておきたくない。そう思うのは、親として当然じゃない?」
「ええ、まったくもって。ですので、ご安心くださいとしか言いようが」
「あらぁ、随分と大きく出るわね」
「それほどまでに、私は我が校の職員を信用しておりますので。稲荷様の御子息も、人間の少年も、全てに対して学を与え、武を鍛え、立派に育て上げると、そう誓います」
「……なら、私から言うことはないわ」
そう言うと稲荷はくるりと背を向けて上機嫌で木造りの廊下を歩いていく。
銀髪の男は、瞬間に緊張が解け体が地に落ちそうなのを感じながらなんとかこらえる。それほどまでのプレッシャーがかけられていた。
膠着した体を無理矢理にも動かすように体を持ち上げて、独り呟く。
「……誓ったんだ。望むべき子らに、望むべきものを与えると」
いつかの日を思い出しながら、銀髪の青年はそう言葉を口に出し、自らの右手に握る金色の扇を強く握りしめる。
*
これは、今だ始まってすらいない、物語のプロローグ。
来るべき、波乱と、困難と、嵐に向ける、序章。
人と妖怪が交わるというのがどういうことなのか、そして育まれた絆が何をもたらすのか。
──これは、綴られ続けた歴史の内の、そんな一幕を生き抜いた人間と妖の物語。




