十七話 三人となった見学隊
理科部、新聞部と見学が終わり、次は美術部という事になった。美術室も二つあるのだが、今日がどちらであったかはほぼ勘で決めた。
「……おぉ」
どうやら直感は当たったようだ。そこには、一つの彫刻を囲みデッサンをしている人がいた。皆が集中しているのが肌でわかるほど、そういった空気感であった。
「──おや? 一年生?」
「あ、はい」
二人で見ていると、一人の先輩が筆を止めてこちらに向かってくる。どこか活発そうな雰囲気をまとった人だ。
「おおお、美術部にも見学者が! 嬉しいことだと思いませんか部長!」
「……桜木さん、少しお静かになさってください」
「了解です! ……と、いうわけで、君たちは入部希望者? 見学者?」
「見学に来ました。それで、今はデッサン中ですか? ボクもそこまで芸術に精通しているしているわけではないので」
「君の言う通り今はデッサン中だ。やはり、人体の構造を把握しておくのは必要なことだからね。他にも活動としては油絵や彫刻と多岐にわたる。ぜひ入部してくれたまえ。──特に、君には強くオススメするよ」
「……」
そう言うと先輩はウインクをし、そのまま自身の書いていたスケッチブックに再び向き合った。……最後の言葉は、俺ではなく俺の隣──麗へと向けられていた。それがどういう意味があるのか、俺は心が読めるわけではわからないので何も言えない。
チラリとその先輩のスケッチブックを覗くと、そこには美しくデッサンされた彫刻が精密に描かれていた。
「すっごいな……」
「蒼は絵の腕前は?」
「そんなにかな。下手……ってほどじゃないと思いたい」
少なくとも美術の成績は平均であった。壊滅的とは言わないし、上手とも言われない。中途半端な腕前なのだ。
そうして別の部室に出ようとすると、ふと見知った人物が他の先輩に話を聞いていた。
「──なるほど。お話、ありがとうございます。すみません、お手を止めてしまい』
「大丈夫です。質問はいつでも歓迎していまから」
話していた先輩は、先程の「桜木」と呼ばれた先輩が「部長」と読んでいた人だ。丁寧な言葉づかいで応じているのは──圭さんだ。
「あら、咲崎さん、頭内さん。二人も見学ですか?」
「そう。そろそろ入部決めなきゃだからね」
……本当はもう一人いたんだが、今でも科学室に縛られているのだろうか。
脳裏にあの美少年の姿を思い浮かべながら圭さんの方を見る。
「美術、好きなの?」
「好き……かは、どうかは、私にもわかりません。けれど、それでも見ていて落ち着くのです」
「……そうなんだ」
どこか遠くを見つめる目線に、思わず息を飲む。なんというか、圭さんからはどこか神秘的な雰囲気が漂っているのだ。
「……」
「麗?」
「ああ、いや、なんでもない。……じゃあさ圭さん、ボク達と一緒に周らない?」
麗は名案! という具合に両手を叩いて提案する。圭さんは少し考えたあとに、そのまま了承した。
「わかりました。お二人のご迷惑にならないのであれば、一緒に行かせて頂きます」
「けって〜い! じゃあ次は軽音楽部に行こうか! そしてその次は吹奏楽部!」
そうして、再び三人となった見学隊は次なる部活へと足を進めた。
*
──その後。
全ての文化部へと見学を終わらせて、次は運動部である。ので、校舎から出て今は体育館に向かっている。
「圭さんはどう? 何に入りたいとかある?」
「そうですね……今のところは新聞部が第一候補でしょうか」
「へえ!」
新聞部の圭さん……似合いそうではある。活動内容は校内記事の作成と行事のしおり作成が主であるらしいし、少し楽しそうだ。
そして次に向かうのは体育館。そこの地下には水泳部の活動場所が、そして近くにグラウンドがあるので確かバスケ部、水泳部、陸上部の活動が同時に見れる。
個人的には中学時代に入っていた陸上部が気になる所だ。
「室内の陰湿プールって、授業の時も良いよね。ボク、そんなに寒いの得意じゃないからさ」
「あー、水泳の授業ってちょっとズレると寒いもんね」
「……水泳、ですか」
プールは体育館の地下にあるため階段を降りていると、ふと圭さんが少し顔をしかめたように見える。
「あ、嫌だった? じゃあすぐに別の見学にしよっか」
「そういうわけでは……ただ、その……」
「……あー、そういう」
「え?」
どこか言い淀んでいる圭さんの事情を麗は理解したのだろうが、生憎と俺にはわからない。助けを求めるように麗を見るとその視線に気づいたのか、麗はどこかにまにまと悪趣味な笑顔を浮かべながら答えた。
「──カナヅチなんだと」
「……なるほど」
「! なんで頭内さんがそれを!?」
「さあ♪」
教えてやりゃいいのに……悪趣味。
「なんとでもどーぞ。それに、人にはそれぞれ事情ってのがあるものだ。それは勝手に誰彼構わず暴露していいとは、ボクは思わないな」
「……それもそうだけどさぁ」
今のは少し圭さんの反応を面白がっていただろう。
少なくとも俺の友人は性格が良い方ではないと、ここ数週間の付き合いで俺はそう学んだ。
「トモダチにここまでの言われよう。麗ちゃん悲しくて泣いちゃう」
「おもいっきしウソ泣きじゃんか!」
一滴も涙がでていないし!
えーんえーんとセルフで効果音を出す麗を無視しながら、圭さんと一緒に体育館へと戻っていく。
「あの、本当に大丈夫です。水が苦手だというわけではないので」
「いいんだよ。部活ってのは好きなものにはいるんでしょ? ……まあ、俺も麗も水泳部に入部希望じゃないし、いいって」
むしろ嫌がっている人が一人でもいる中で一緒に行くほうが個人的には不快である。嫌なことはやらなくたっていいし逃げたっていいし避けて良いのだ。少なくとも、咲崎家ではそう育ってきた。
とりあえずで移動して、今はこうしてバスケ部が活動している体育館へと移動した。
そこではキュッキュッと靴と床の擦れる音と男女の高校生の声が響いていた。
「──っちだ! 四番を──」
「ボールを──、頼ん──」
そこそこの距離があるので全ての声が聞こえるわけではないが、それでも熱気というのはすごく伝わってきた。
一つの体育館で男子バスケと女子バスケの二つが模擬試合のようなものをしているようで、点数版がちょくちょく動いている。個人的にバスケは好きだったりする。
「凄いですね」
「ほんとにね〜。こうやって見てるとこっちにボールが飛んできそうだ──あ」
待って今の「あ」って何──
「──いったぁ!?」
バンッ、と音を立て、そのままバスケボールというそこそこの重量があるボールは俺のおでこにクローンヒットした。
「っ、ああ! なんっ、いってぇ!!」
こんなに痛いのはこの間二段ベッドから落ちた時以来だ!
「結構最近だな」
「だ、大丈夫ですか!?」
「っつう……」
顔を抑えていると、顔面蒼白といった具合のバスケ部の部員が寄ってきた。
「大丈夫!? ご、ごめんね! ちょ、保健室言ったほうが良いんじゃないか!?」
「一年だよね、この子」
「とりあえずここに名前とクラスを……」
「先生呼んでくる!」
さらっと入部届を書かせようとするんじゃねぇ! この学校の勧誘、悪質すぎるだろ!
「…………大丈夫です」
「ほ、ほんと?」
「うん、ありがとう圭さん」
幸いにも出血はしていないようだ。少したんこぶになるかもしれないが……まあ後で寮に帰った時に冷やせばよかろう。
「はぁ、なんというか、最近ツイて無い気がする……」
「憑いてるんじゃない?」
「怖いこと言わないでよ……」
幽霊よりも運気に付かれたいんだが。
というか、今日の部活動見学時間までに一応全部見ておきたい。特に今のところの第一希望であう陸上部は特に。
「じゃあとっとと終わらせちゃいましょうか」
「……本当に大丈夫ですか」
「だいじょぶだいじょぶ!」
*
陸上競技部、略して陸上部。ここの学校のグラウンドは四百メートルある。俺のいた中学は二百だったので、ざっと二倍だ。
というかこの学校は東京であるはずなに、なぜかとんでもなく広い。しかも基本的に平地だし。これもまた何か超常的な力が働いているのだろうか。
「咲崎さんは陸上部で何をしていたんですか?」
「長距離走だよ。走るのが嫌いじゃないんだ」
これを朱に言ったら「好きより嫌いで物事を決めるの、ほんと蒼っぽい陰湿さだよね」と言われた。俺の心は傷ついた。
「妹さんの意見にはボクも同感かも」
「俺の心は深く傷ついた」
「──好きこそ物の上手なれ、という言葉があります。私は嫌いではないものは基本的に好きと思っているので、私の主観にはなってしまいますが……それはきっと咲崎さんの『好き』なのでは?」
「そう、なのかな」
別に運動が好きなわけではない。それに、体育の授業は好きであったかと言われると微妙である。ただ嫌いじゃないから。俺の行動原理なんてそんなものだったのかもしれない。
「ま、今でも嫌いじゃなかったら陸上部にしたら?」
「……そう、するよ」
ここで言い切れないところも、きっと俺のダメな所なんだろうなあ。なんて、思ってしまったのだった。




