十二話 新しいクラスメイト
なにかを勘違いしていた向の誤解をなんとか解き(あくまで昨日初対面の友人であることを伝えた)、そのまま階段を登って二階の端から二番目の五組の教室の前へとたどり着いた。
律儀にも扉が閉まっているせいで、余計に心拍数が上がっていく。開ければ、新しいクラスメイトがいるんだ。
「……よし行け、向!」
「俺はお前のペットじゃねぇ!」
だって開けるの怖いもん。男子高校生が語尾に「もん」を使っていいかの議論は一旦置いといて。
とにかく。
「今ここで向が扉を開けてくれたら、俺は幸せになれるよ。桜と瀬奈はちょっとわかんないけど」
「いや、お前が開け!」
「いったい! いじめだ!」
「……お前ら、それやってて楽しいか?」
「「……ごめんなさい」」
結構ガチでキレている桜を前に、俺と向はすぐに謝罪した。謝罪までのスピードって、本当に大事だと俺は思っている。
そうすると、先程まで冷たい目を向けていた瀬奈がため息をつく。
「ったく。んじゃオレが開けるよ」
「頼んだ!」
瀬奈はどこか気だるげそうに扉に手をかけて、そして────扉の先には既に十数人の、これから俺とクラスメイトになる、そんな妖怪達がいた。
*
座席にはそれぞれ出席番号順に座るように、そう黒板に書いてあった。それに、資料が名前付きで置いてあるため自席を間違うようなことはせずに済んだ。そして、出席番号に従うとちょうど俺の後ろが麗である。
「さっきぶりだね」
「うん。そういえば、麗ってどこの館なの? 葛とは一緒じゃないんだよね?」
「あー。ボクは旧校舎のある方だよ」
「旧校舎?」
「そ。旧校舎が改築されてできた寮。一人部屋なんだ」
「一人部屋! あったんだ」
旧校舎……ということは敷地から離れたところにあるのか? というか一人部屋なのか。
「今度遊びに来ていいよ〜」
「お! じゃあ葛連れて行くわ!」
「──なんだ? 俺は今どこに行くことが決まったんだ?」
葛の席は俺の前。前後が知っている人でよかった。安心しながら葛の方を見る。うーん、相変わらず顔がいい。黒髪に水色の瞳、綺麗系な顔立ちだ。桜系統かな。
「いやさ、今度麗の部屋に行ってみよって話。行かない?」
「……行ってみたい、かも」
「ん、いいよ」
友達の家……初めてだ。なんだろ、何持っていけばいいんだろ。お菓子? クッキーとか、そういうのがいいのかな。
「……浮かれてる?」
「!? そ、そそそんな」
「いや、ボクに隠し事をしようって、度胸がすごいな……」
「うぅ」
べ、別に初めて友達の家に行くから楽しみだなんて、そんなんじゃないんだからねっ!
「ツンデレ……?」
「? 蒼は別にツンデレじゃないと思うが」
「んんっ……そ、そうだ! 二人ともどこ出身? 俺は東京なんだけどさ!」
「話逸らすの下手か!」
麗からツッコミを受けつつも、話をかなり雑にそらした。葛はそんな提案に少し苦笑しながら話す。
「俺の実家は北海道にあるんだ。そこで旅館をやっててな、高校には俺一人だけで来たんだ。寮生活だし」
「へえ! 旅館が実家って、すごいね」
旅館に宿泊したことはあれど住んだことはない。あれか、若女将ってやつか? ……いや、葛は男か。
「麗はどこらへんの出身?」
「ボクは東北の出身だけど……もとは東京にいたよ。もしかしたら、近いところに住んでたかもね」
「そうだったら、なんかこう……ロマンチックだね」
「ロマン……? まあ、そうだね」
よく小説とかアニメの展開でもある気がする。幼い頃に実は会っていたって過去。回想シーンを遡ると「あ、ここにいたじゃん!」ってなるようなやつ。
「って、二人とも上京ってこと?」
「まあそうだね。いや、確かに仙台にもあったけど、久しぶりにまた東京暮らしもいいかなって」
「俺はちょっと家から離れたくてな。近くだったら休みに家を手伝えって言われるかもだし」
「あー、それはちょっと嫌だよね」
長期休暇ならまだしも、普通の土日やら三連休に労働を目的に帰省はしたくあるまい。うんうんと頷きながらそんなことを考える。
……まあ、俺は自分の父親がなにやってるのか知らないんだけど。あの人、何関係の職種なんだろう。今まで聞いてこなかったからなぁ。朱に聞いたら知っていそうだが。
「蒼ってお父さんと仲悪いの?」
「え? 普通に良い方だと思うけど」
「……? そう、なんだ」
麗の言葉に首をかしげつつ、不思議な問答をする。そういえば、昨日は部屋で兄弟について話してたな……
「麗と葛って兄弟いる?」
「ボクは一人っ子。兄も姉も弟も妹もいないよ」
「俺は……あー、双子の姉がいる」
「え!? 双子なの!?」
今までの人生で「双子」に会ったことがない。お姉さん……ならそっくり二人とはいかなくても、それでもやっぱり似ているのだろうか。
「やっぱり、双子ってそっくりだったりするの? 一つの文を二人で完成させたりとかさ」
「いや、俺とは全っ然似てないから! 本当に!」
「お、おう」
葛が珍しく慌てながら食い気味に否定するので、少し後ずさりしながら宥める。
な、なにかお姉さんとあったのだろうか。
「いや、流石に双子に夢を見すぎでだよ。アニメじゃないんだから」
「ちょっと夢見てもいいじゃんか……」
リアルを突きつけられた! 心に傷が!
心臓あたりを押さえながら大げさに反応をすると、葛はため息を一つしてどこか嫌そうに視線を遠くに移した。
「……俺とアレの話はいいんだよ。どうせここにはいないから」
「お姉さんは東京にいないの?」
ていうか、今お姉さんのこと「アレ」って言ったな。
「仙台の方に行ったよ。たぶん卒業したら若女将になると思う」
「家業かぁ。俺は考えたこともないや」
「ボクもそういうのはね。じゃあ葛は若旦那になるの?」
「俺、は……まだ進路とかは、あんまり」
麗の質問に葛はどこか詰まりながら、気まずそうに答えた。そも、高校生とはいえこの年で進路がしっかりがっちり決まっている方が少数派であろう。俺だって将来は何になりたいも、何にはなれるのかもわかんないし。
──そう話していると、教室にチャイムの音が鳴り響く。
「先生のおでましって感じだね」
「おでまし……なのかな」
どこか悪戯っ子のような笑みを麗は浮かべながら、扉の方を見る。そこには、既に一人の男性と思わしき影ができていた。
……あ。そういえば、昨日の食堂の所にいた人が──
「──席につけ」
そう、声がした。それは、昨日聞いた声で、頭に自然と入る、そんな声だ。別に良い声というわけではないだろう。普通の声のはずだ。それでも、この先生の声はやけに頭に残る。
無精髭。少しよれているシャツ。黒いネクタイ。肩まで伸ばした髪を左肩から垂らしている。右手に名簿と思わしき物を持ってる。案の定、少し煙草の匂いがした。
昨日会った、ええと……そう、ヤニカス先生!
「ひっどいあだ名」
ボソッと呟かれた麗からのツッコミをスルーしつつ、そのまま前を向いたまま先生を見る。
「今日からお前たちの担任になる円羅凪だ。十九人、四年間──まあ、よろしく頼むよ」
「……っ」
パチリと、目が合った気がする。それは勘違いだったかもしれないし、気の所為だったかもしれない。それでもその瞳が、──まるで値定める用に見えて、見定めるように見えて自然と息を飲んでしまう。
「……別に、緊張しなくてもいいと思うよ」
「っ、麗。いや、その、緊張……なんだろうけど。うん、大丈夫」
「……そう」
強がり、とも少し違う。怖かったわけでは、ないから。
ただ、まるであの瞳が俺に問いかけているように見えたから。──覚悟があるかと、そう。
「……出席を取る。順番に呼んでいくから、返事しろ」
先生はぶっきらぼうにそう言い放ちながら一人一人の名前を呼んでいく。そして、
「──九番、咲崎蒼」
「はい」
……覚悟があるって?
そんなもの、上等だ。
受動態、巻き込まれ、成り行き任せ。──そんなものじゃない。
選ばれたんだ、──選んだんだ。自分で、誰でもない、神頼みなんかじゃない。自分で今、ここにいると。でなければ、たとえ政府だろうがなんだろうが俺は従わないし、だったら今ここに俺はいない。
ここでいいと、一度でも俺は思った。覚悟なんかで、俺を測らせない。──だから、上等だ。
「……やっぱり、蒼は面白いね」
「それ、褒め言葉として受け取っとくよ」
べっと、舌を出しながら麗へと皮肉をお返した。




