十一話 縁起が悪い
ピピピと慣れ親しんだ音が聞こえる。それは、俺が心のそこから大っ嫌いな音であり──俺の設定した目覚まし時計の音であった。
「……朝」
毎朝学校に行く時間を告げる目覚まし時計が憎い。そんなことを考えながら、なんとか体を起こす。
ついこの間まで春休みであったからか、やっぱり規則正しい生活というのには慣れない。そう思いながら、ベッドから降りようとして……
「──ぁあああ!? いっっだあぁあああ!!」
宙を舞い、落下した。そう、自分が二段ベッドの上段で寝ていることを忘れ、思いっきり落下したのである。
「!? な、何!? えっ、何事!?」
「朝からどうし……蒼っ!?」
「んぁ? え、なんかあった?」
俺の下に寝ていた向が何事かとベッドの備え付けのカーテンを思いっきり開いて、状況を確認する。
既に起きて歯を磨いていた桜が声に反応してすぐさま洗面所からこっちの部屋に走ってくる。
俺の反対側の下の段で寝ていた瀬奈が寝ぼけながらカーテンをおもむろに開き、状況にこんがらがっている。
……カオス。
「いや、痛い痛い痛い!! ッ〜〜!」
顔面から、はいっていない。胴体からいった。馬鹿痛い。骨、骨がじ〜んってする。もう全身痛い。折れてる、絶対に。痛い痛い痛い痛い。
「も、なん、っ、あああ!!」
痛いと逆に腹立ってくる。くそ、配慮しろよ。二段ベッドから落ちるやつだっているんだぞ。
「……ふ。っくそ、いてぇ」
「本当に大丈夫か? 救急箱……はないが、寮監に伝えておこうか?」
「ぃや、大丈夫……だと思う」
「結構大事だと思うけどな〜。一応冷やしといた方がいいんじゃないか?」
「こっから落ちたのか……結構な高さだな」
向の言葉に桜は救急箱から冷やすものに探すものをチャンジしていて、その後ろで俺と一緒に落っこちた目覚まし時計を瀬奈が元に戻してくれた。
ああ、もう。入学していざ今日から教室に入る日ってのに中々に縁起が悪い。
「そんなに幸運体質ってわけでもなかったけどさ……はぁ。ごめん、朝から騒いで」
「俺は全然大丈夫だって!」
特にすぐ下にいた向には迷惑をかけてしまったが、それを笑顔で大丈夫だという姿を見て逆に罪悪感が芽生える。
若干痛む足腰を無理矢理に動かして立ち上がり、軽くほぐす。幸いにも打ちどころはそこまで悪くなく軽くパジャマを捲ってみたが痕にもなっていなさそうだ。
「ん、ん〜。よし。朝ごはんにしよう」
「……オレまだ寝たい」
「二度寝は悪魔の誘惑だからなぁ。んじゃ、瀬奈は俺と洗面所に行きましょ」
ベッドへと向かいそうな瀬奈を向は半ば無理矢理に洗面所へと連れて行く。そのタイミングで同時に桜が部屋に入ってきた。
「これ、昨日のビニール袋に氷入れてきた。昨日の内に製氷機で作ってて正解だった」
「わ、ありがとう」
そのまま痛む箇所に当てると、そこそこ痛みに効いている……ような気もしてきた。
「こんな体勢だけど……朝ごはん、食べちゃおう」
「そうだな」
そのままキッチンへと向かい、昨日買っていたパンに同じく買っていたバターを塗り、朝食を済ませる。
そのまま歯磨きならなんやら全て済ませ、制服に袖を通した。これで二回目だが、中学の時は学ランだったから、ブレザーにはあまり慣れない。
「ん、ネクタイ……難しい」
「わかる〜。俺も中学は学ランでさ、ネクタイが全っ然結べねぇの!」
そう言う向のネクタイは少し短くなっていた。うーん、こう、完成されているネクタイをバッチみたいに付けれたら楽じゃないか? まあ、そうしたらしたらで別の問題も発生しそうだが。
「それじゃあ、鍵は俺が閉めるよ。追いつくから、先行っててくれ」
「お言葉に甘えさせていただくね」
玄関で男子高校生が四人もいる、というのは人口密度的にぎっちぎっちなので直ぐに自分のスニーカーを履いて部屋から出る。
……そういえば、俺と瀬奈はスニーカーだったが、桜と向は革靴なのか。なんか、すっごいキラキラ光ってるけど。高そう。
「一年生のフロアって二階だっけ?」
「そうだった、はずだ。学校案内のパンフレットに書いてあった」
桜はそう言って学校の地図が載っているページを見せてくれた。そこには学校の各フロアに何があるかが書いてあった。どうやら学年が上がるごとに階層が上がっていくらしい。ので、一回には職員室であるため二階から一年生のフロアらしい。
「なるほどね。学年が上がる度に朝の登校難易度が上がるのか……」
「嫌な捉え方するな」
桜からツッコミを受けつつ、そのままパンフレットを返す。
「今日の校舎案内ってどこまでいくんだろうね。この学校、デカくない?」
俺の中学校が三個は入りそうな敷地だ。というか、全校生徒が入れる寮に、校舎に、講堂に、グラウンドに、体育館に、色々な施設が詰まっているのは、東京では珍しいのではないだろうか。
……まあ、妖怪の世界がまるっきり人間の世界と同じ作りとは思わないが。
ちなみに、寮に二つ階段があるため、あまり混雑はしない。確か、一クラス二十人程度であったらしい。それが六クラス四学年で、一つの寮にはだいたい百二十人でそこから男女で別れるから六十人が五階建てのこの寮にいる。
「──鍵閉めてきた。行こうぜ」
向が瀬奈と一緒に俺と桜がいた階段の近くまで来た。
寮から校舎まで十分あるかないか。それまでに色々な話を聞けるといいな、なんて思いながら階段を降りる。
*
校舎までの道のりで中学までの思い出とか、今流行っているアニメやドラマの話をしながら下駄箱で着替える。昨日食堂に行ったときにすでに上履きは置いていたので、自分の名前が書いてある扉を開いて靴と入れ替えで上履きを取り出した。
そうしていると、ふと後ろから呼ばれた気がして──
「──蒼、おはよ!」
「おはよう」
「あ、麗、葛。おはよう」
そこには麗と葛が登校したばっかであった。
「蒼はルームメイトとご登校?」
「そうなんだ。麗と葛は同室……はないよな」
「そこで会ってね。一緒に登校しよってなったんだよ」
女子である麗と男子である葛が同じ部屋にはならないため、同じ館であったかと思ったが違ったらしい。
「んじゃ、教室でね〜」
「後でな」
「うん、また後で」
二人はぱっぱと履き替えると階段の方へと向かっていった。
そうして俺も四人と一緒に教室へと上がろうと周りを見ると……どこかショックを受けたような顔の向がいた。
「──お前、女の子の友達いたの!?」
「え、失礼じゃね?」
何だその言い方は。まるで俺が女子の友達がいないようではないか、いないけど。
でもどうやら論点はそこではなかったようで、向は俺の方を掴みグラグラと揺らす。
「うぉい、おお」
「なんっだよ! え? え!? もう女の子と仲良くなってんの? 抜け駆けすんの!?」
「何を!?」
「裏切り者ッ!!」
ぐわんぐわん。
視界が揺れてそろそろ気持ち悪い。助けを求めようと桜と瀬奈の方を見ると「私関係ないです」みたいな表情でこっちを見ていた。
「迫真だな、向」
「オレはああはなりたくないね」
「助けてよ!」
傍観者共め!!
──心のなかでそう二人に悪態をつきつつ、向を説得するためにまず肩を揺らすのを辞めさせた。




