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第9話 ぼくは警告しに来たんだ!

 おれとクローディアは、助けた捕虜を送り届けてから街に戻っていた。


 街には活気がみなぎってきている。魔将ウェルシャが倒され、砦を王国軍が奪還したという報せが入ったのだ。


「ああ、また生きて会えるなんて!」


 死を覚悟していた兵士と、その恋人が往来で抱き合っている。


「冒険者はいないか冒険者! 魔王軍がいなくなったんだ、やって欲しい仕事がたっぷりあるんだ!」


 冒険者ギルドだけでなく、あちこちの商店でも人手を求める声が上がっている。


「さあさ、魔将ウェルシャ打倒記念だ、安くするよ! 飲んでいってくれ!」


 そして酒場でも、大盤振る舞いだ。古い保存食などは特に安く、在庫処分価格で供されている。物流も正常化して、新鮮な食材が手に入る目処が立ったのだろう。


 そんな心地よく賑やかな酒場の一席で、おれとクローディアはのんびり食事をとっていた。


「いいもんだね」


「はい……」


 王国軍は戦っておらず、砦はすでに何者かの毒によって全滅させられていた、と噂にはなっている。


 だが、そんなことどうでもいいといった様子だ。誰がやったのかについても、酒の肴で話されているくらいだ。


 おれもクローディアも称賛されない。討伐賞金ももらえない。


 それで構わない。街に溢れる笑顔が、最高の報酬だ。


 ふと気づくと、クローディアはぽろりと涙をこぼしていた。


「クローディア? どうしたの?」


 あっ、と気づいて、クローディアははにかみの笑みを浮かべつつ涙を拭う。


「嬉しいのです……。自分で選んだ道とはいえ、ダナヴィル教徒は異教徒ですから。人の役に立てる機会も、あまりなくて……。ですが、今回、こんなにもたくさんの方々に喜んでいただけるお手伝いができて……感極まってしまったのです」


 クローディアはおれの手を両手で包みこんだ。


「ありがとうございます、アラン様。こんなわたくしを受け入れてくださって」


 その手のぬくもりと、向けられる綺麗なエメラルドの瞳に、思わず胸がドキドキしてくる。顔も熱い。きっと赤くなっている。


 でも照れずに、彼女の手を握り返す。


「おれも君に会えて良かった。おれひとりじゃ、きっとここまで上手く行かなかった。これからもよろしく頼むよ、クローディア」


「はい、もちろんです」


 そのまま手を触れ合わせたまま、しばし見つめ合う。


「……それと、もうわかってるとは思うけど、改めて言わせて欲しい。おれ、君のことが――」


「見つけた! アラン、ここにいたなぁ!」


 いい雰囲気をぶち壊してやってきたのは、よく見知った幼馴染だった。


 若干苛立ちつつ、顔をそちらに向けてやる。


「……どうしたセシル、そんな慌てて」


「君に言いたいことがあって来たんだよ! 君のせいでぼくは、将軍と司教にネチネチクドクド2時間も詰められたんだよ!」


「なんでおれのせいで、お前がそんな目に遭うんだ? もう無関係だろうに」


「そうだよね、理不尽だよねえ! めちゃくちゃ怖かった……」


「そうか……。まあ座れよ、話、聞いてやるから」


「うん……って、慰めて欲しいんじゃないよ! ぼくは警告しに来たんだ!」


 椅子に座りかけたセシルだが、すぐ立ち上がってテーブルをバンッと叩く。


「警告?」


「君のやり方が広まれば、ラーゼアス教への不信につながるんだ! わかっててやるなら国家反逆だよ! だからもうやめてくれ! 君を投獄すべきだなんて声も上がってるんだ!」


「人々を守るために、あらゆる手を尽くすことがそんなに悪いのか?」


「そうだよ! 君みたいなのがいると、『勇者』の役目を果たせないんだ。栄誉ある戦いで人々に正義と勇気と希望を与えるって役目がね!」


「おれが先にウェルシャを殺ったことを言ってるんなら、それはそっちが悪いぜ。お前が犠牲を無視するような戦いをしないんなら、おれだって文句は言わなかった」


「でも他に手は……」


「おれは、こっそりやろうとも言ったぜ? 知られないように」


「それは……うん。君を手元において、手綱を握っていたほうがマシだったかも。君を追放して野放しにしちゃったのは悪手だったかな……」


 はぁ、とセシルは大きくため息をつく。


「そう落ち込むなよ、セシル。ほらミルクでも飲めって」


「ありがと」


 セシルは今度こそ座り、ミルクを飲んで落ち着く。


「いや、うん。ぼくにも落ち度があったな、うん……」


「でも悪いな、セシル。今更戻ってきてくれって言われても、もう遅い。おれは、このクローディアと新しいパーティを組んでいるんだ」


「初めまして、『勇者』セシル様。クローディアと申します」


「あ、どうも。セシルです。そっかぁー……残念だなぁ」


「まあ、パーティには戻らないが、たまにこうして話は聞いてやるよ。いつでも相談に来い」


「うん、ありがとう。そうさせてもら――って、違うよ! なんか馴染んじゃってたけど、このままじゃ君を捕まえることになっちゃうから、やり方を変えてって言いに来たんだよ! 相談しに来たんじゃないの!」


「そうです、セシル様! 相手のペースに乱されすぎです!」


 新たに現れた声に、おれたち3人は一斉に振り向く。


 白い僧侶服のラーゼアス教の聖女。シンシアがそこに立っていた。


「幼馴染の情にほだされるなんて、なんと情けない!」


「う、ごめん」


 それからおれのほうをキッと睨む。


「それにアラン様も、卑劣漢に落ちぶれた上に、そのような異教の者にたぶらかされて! どうせ誘惑でもされたのでしょう! ダナヴィル教の聖女は、淫蕩だと言いますからね! どこまで堕落されれば気が済むのです!」


「おい!」


 シンシアの言葉に、おれは思わず立ち上がる。


 が、続く言葉が出てこない。たぶらかされてはいないのだが、誘惑じみたことは実際されたし、クローディアが淫蕩(ドスケベ)なのも本当だし……あれ? ただ事実を言われただけ?


「…………」


 おれは黙って座り直した。


「あ、あら? 文句はないのですか?」


「文句ならわたくしにございます!」


 代わりにクローディアが立ち上がった。


「アラン様は堕落などしておりません! そもそも、あなたのように真実を偽っている方に、他者を非難する資格などないかと思います!」


「私がなにを偽っていると言うのです!?」


「その胸です! 本物の巨乳のわたくしにはわかります、あなたの胸は不自然です。詰め物をしていらっしゃいます!」


 クローディアがシンシアの胸を指差す。おれとセシルは同時にその胸を見る。


「そーなんだ」


「騙されてたなー」


 シンシアは真っ赤になった。


「ししし失礼な! 寄せて上げているだけです! ――あっ」


 シンシアはすぐ失言に気づくが、クローディアの猛攻はまだ始まったばかりだった。

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