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第35話 性欲って言うな! せめて愛って言え!

「いけません、そんな方法!」


 おれが話した『予定(システム)』の代案に、真っ先に反対したのはクローディアだった。


「でもこれなら、人間と魔族を敵対させなくていい。もちろん同胞同士で争い合うようなことだってないはずだ。大を生かすために小を殺すような、そんな犠牲も出さなくて済むんだ」


「犠牲なら出ます!」


 クローディアは勢いよくおれの胸元にすがりついてきた。


「あなたが……アラン様が犠牲になってしまうではないですか!」


「おれのことはどうでもいいんだ」


「よくありません! 自己犠牲は美しいですが――」


「――他の手段があるときの自己犠牲はただの自殺。前もそう言って止めてくれたね、クローディア」


「……はい」


「でも他の手段は、ないんだよ」


 クローディアがおれを見上げる。エメラルドの瞳に一杯に涙が溜まっている。


「それでも……嫌です。アラン様がいなくなってしまうのは、嫌です」


 おれはクローディアを抱き寄せ、そっと髪を撫でる。


「まだそうと決まったわけじゃない。案外、おれはなんともないかもしれない」


「ですが……」


 カナデもどこか曇った視線をおれに向ける。


「クローディア殿の不安はもっともです。そもそも、考えておられることが上手くいくかまだわかりませんでしょう。失敗したら大惨事です」


「そのときは、大惨事になる前におれの首を落として欲しい。カナデ、それは君の役目だ」


「ですから――!」


 クローディアがますます声を荒げる。


「――そのような危険を冒さねばならぬようなこと自体、やめていただきたいのですっ!」


「そのリスクを冒すだけの価値があることだし、たぶん、こんなチャンスは二度とない」


「そうかもしれませんが……それでもわたくしは……」


 そこにぴょこんとウォルが、クローディアの頭の上に乗っかった。


「よせよせ。言っても意味ねーぜ、クローディア。よく見ろよ。もう覚悟決まってる目だぜ」


 クローディアが改めておれの目を覗き込んでくる。


「……はい。やると決めたときの、目をしております」


「だったらよ、あたいたちは邪魔するんじゃなくて最大限サポートして、全部が上手くいく確率を少しでも上げてやるべきじゃねーの? でないと無駄死にになるかもしんねーし」


「……そう、かもしれません……」


 クローディアは力なく離れていく。


「アラン様が、セシル様たちに話さなかったのもわかります。ランドルフ様に問われたとき、あれは言い淀んだのではなく、あえて黙っていたのですね」


「まあね」


「振り返ってみれば合点がいきます。アラン様は、昨夜の時点で思いついていたのですね。そしてきっと、不安だったのですね」


「……不安がないと言えば、嘘になるよ」


「どおりで昨夜はあんなに、疑似ショタプレイに熱が……」


「へっ」


「あんなに甘えて、それでいて、いつもより激しく……。あれは不安を紛らわせるためだったのですね」


「ちょっ、なに言ってるのっ」


「そうと知っておりましたら、わたくしももっとしっかり受け止めましたのに! 試していないプレイもまだたくさん――」


「やめて! 今そういう話しないで!」


 カナデとウォルが、ちょっと引いた位置から生ぬるい目で眺めてくる。


「さすがに時と場合は選んでいただきたいものなのですが」


「おれも言った! それ、おれがクローディアに言ったこと!」


「でもまー、それくらい性欲に執着してるほうが、全部上手くいく確率も高まるかもな。アランも無事で済むかも」


「やめろよ、性欲って言うな! せめて愛って言え! 愛のためならって言うほうがまともっぽいじゃん!」


 にこり、とクローディアが微笑む。


「では……アラン様。わたくしとの愛のために、すべて無事に終わりますよう……。わたくしもお力添えいたします」


 しっかりと見つめられて『愛』なんて言われて、顔が熱くなってしまう。


「あ、ありがとう……」


「及ばずながら、このカナデも。ランドルフ殿と決着をつけるいい好機かもしれません」


「あたいもな。モステルで平和に暮らすにも、アランには成功してもらわなきゃなんねーし」


「ふたりも、ありがとう。じゃあ行こう。まずはこの遺跡を攻略しないと始まらない」



   ◇



 遺跡内で侵入者対策の罠に苦戦していたセシルたちと合流したあとは、2パーティ共同で進行していった。


 中に生息している魔物(モンスター)や、遺跡の防衛機構との戦闘を幾度も経て、おれたちはやがて最深部に到達していた。


 広い部屋の中心に祭壇があり、そこに宝箱が安置されている。機械的な封印と、魔力的な封印が複雑に組み合わされており、触れることさえできない状態だ。


「こいつはすごいな。おれじゃ解除は無理だ。機械のほうはなんとかなっても、魔力のほうはどうにもできない」


 確認していると、隣にランドルフがやってくる。


「問題ない。お前たちがリューク王子を連れてきてくれたお陰で、ずいぶん楽に開けられる」


 ランドルフが視線で促すと、リュークは頷いて封印機構に手をかざした。


 すると魔力側の封印が解除される。


「魔王の血筋の魔力に反応して解除されるのだ」


 それからランドルフは、近くの機械を操作し始めた。どうやら機械式の封印を司るものらしい。パズルのような形状で、正しい並びにすることで封印が解除できるのだろう。


 やがて機械式の封印も解除される。


「ランドルフ、なんで解除方法を知っているんだ」


「その昔、ここに来たことがあってな」


 簡潔に答えて、ランドルフは宝箱を開ける。くすんだ銀色の杯が置かれていた。


「早くこれを安全な場所に――」


 それを手に取ろうとしたときだった。


 ひゅんっ! と空を裂く音が響いた。


 次の瞬間には、杯が宙に舞った。鞭だ。長い鞭が杯に絡んでいる。


 その先にいるのは、銀髪で赤い瞳の魔族。


 ブルースか!?


 まんまと杯が奪われるかと思われたその瞬間、閃光がほとばしった。


 鞭が切断され、杯が床に落ちて甲高い音を響かせる。


「させません」


 カナデだ。鞭の動きに気付き、それより速く切断して阻止したのだ。


 落ちた杯は、すぐセシルが回収する。そして現れた魔族を見上げる。


「会いたかったよ、ブルース。ブルースでいいんだよね?」


「なんだオマエ……」


 その返事は、男にしては高い声だった。


「なんだ。やっぱり君、女の子じゃないか。なんで男みたいな格好して、ブルースなんて男の名前を名乗ってるの?」


 ブルースの姿は線の細い美青年という印象だった。しかし確かに、セシルに言われてみると、美青年というよりは美女が男装している気もしなくもない。


「う、うるさい! んなことどうでもいいだろ!」

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