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第22話 気になっていた疑問が

 モステルの街を出発して数日。


 おれたちは人間の勢力圏を出て、魔王軍の領域に侵入していた。


 魔王軍に所属していない、野良の魔物(モンスター)は人間の勢力圏にも自然発生していたが、その出現率は魔王軍の領域のほうが遥かに高い。人間の勢力圏では冒険者や軍によって駆除されるが、こちらでは駆除がおこなわれていないのだろう。


「くっくっくっ、これです! いつ襲われるかもわからない、周囲はすべて敵だらけのこの環境! この中で生き抜いてこそ、さらなる強さが見えてくるというもの!」


 カナデは嬉々として、現れる魔物(モンスター)をスパスパ斬り捨ててくれる。


 こういうときは本当に頼りになる。


 そして、頼りになるといえばウォルもそうだった。


 圧縮した粘液を飛ばして敵の体を撃ち抜いたり、敵の鼻や口から侵入して体内から破壊したり、血なまぐさい戦いを好んでおこなっていた。


「あたいも、いっぱいぶっ殺せて調子いいぜ」


 ちょっと前までは「腹減ったなー」とか言って、食料もそうでない物も食い漁って困らせていたのだが、頻繁に魔物(モンスター)が現れてからは、そういったことは一切しなくなった。


 あるとき、おれは尋ねてみた。


「なあウォル、最近なにも食ってないが平気なのか? すぐ腹が減って、食わなきゃ死んでしまう体質じゃなかったのか?」


「あたいもよくわかってねーんだけどさー、なんかぶっ殺してると腹減らないんだよね。っていうか、なにも殺してないと腹が減ってくるっていうか……で、我慢できなくなると、死ぬんだよね。気がついたら、周りの連中が」


「食わなきゃ死ぬって、お前のことじゃなかったのか」


「そ、そ。だからかなー、モステルのみんな、あたいがなに食っても優しくしてくれるんだよね。居心地いいんだ、あの街」


「……そうか」


 おそらくだが、ウォルの食事は真の欲求の代替手段なのだろう。持ち得た知性が、魔物(モンスター)としての本能――殺害欲求を抑えるために働いた結果ではないだろうか。


 だからウォルは殺せば殺すほど満たされて空腹を感じなくなる。逆に、その欲求が満たされず、食事も充分でなくなったとき、きっとウォルは周囲を見境なく襲うようになるのだろう。


「……腹が減りそうになったらすぐ言えよ? 食料、調達してやるから」


「おーよ、さんきゅー。今しばらくは平気だけどなー」


 小さくため息をつく。


 カナデといいウォルといい、なんでこう厄介なやつばっかり仲間になるんだろう?


 クローディアもクローディアで、基本的には常識人なのに、ドスケベすぎるし。


 いや、そんなところも嫌いじゃないけどさ。最近はカナデも充実してるから、おれのほうに構ってくれてるしさ。


 でもおれのことをどう思ってるか、不安になるときもある。こんな旅の途中で思い悩むことでもないけど。


「アラン様、どうなさいました? そんなに見つめて」


「なんでもないよ、ちょっと考え事」


「まあ、こんな昼間からどんな妄想を? ぜひ夜に……いえ、よければこのあとにでもすぐお試ししましょう」


「考え事イコール妄想じゃないからね!? 真面目に今後のことを考えてたの!」


「今後の……開発ですか?」


「なんで性癖開発を真面目に考えると思うのさ!? 魔王との戦いのことだよ」


「あ、そうなのですね……」


「なんでつまんなそうな顔しちゃうの。もう、緊張感ないなぁ」


「緊張したところで、わたくしたちの力が増すわけでもありませんわ。いつも通りに実力を発揮させるためにはリラックスが必要ですもの」


「正論だけど、なんか君が言うと釈然としないんだよなー」


 苦笑しつつ、おれはウォルに目を向ける。


「ところで、魔王の住処までどれくらいかかりそうなんだ?」


「んー、ちょくちょく戦闘で足止め食らってるし、この調子ならひと月くらいかかるんじゃねーかなー」


「そうか。しかし、よく魔王の住処なんて知ってたな」


「あー、それはあたいが、元魔王軍だからだよ。たぶん」


「たぶん?」


「よく覚えてねーんだ。あたいがこうやって喋れるようになったのは、モステルの街で小さな女の子にパンを貰ってから……いや、それが一番古い記憶ってだけで、きっかけは他にあったのかもしんねーけどさ。まあとにかく、そのときモステルを襲ってたみたいだから、魔王軍の一員だったんだと思うよ」



「他は覚えてないのに、魔王の住処は覚えてたんだな」


「帰巣本能ってやつなんかなー。こっちに、帰るべき家があるって感覚があるんだよ。だから魔王軍の本拠地だろって。もしかしたら違うかもだけど、そんときはごめん」


「いいさ。違っててもなにかしらの拠点だろうし、そこを足がかりに魔王を追い詰めればいい」


「しかし――それにしても……」


 クローディアは首を傾げた。


「気になっていたのですが、なぜ魔王軍もモステルの街を襲っていたのでしょう? ラーゼアス教が襲うのはわかります。人間と魔物(モンスター)が共存していたら、魔物(モンスター)を人類共通の敵と言えなくなってしまいますから。ですが、魔王軍は? 他にも襲うべき重要拠点はあるでしょうに」


「う~ん、でも魔王軍側も人間とは相容れないって言ってるんだよね? 人間と共存してるモステルは、士気の関係で邪魔なんじゃないかな?」


「ということは、詳細は違えど、魔王軍もラーゼアス教と同じ理由でモステルを潰そうとしていることになりますが……」


 それを聞いて、思い出したようにカナデも口を開く。


「そういえば、ウォル殿も言っておりましたね。ラーゼアスの教えは、魔王軍にも都合がいいとかなんとか」


「はい。それに疑問はもうひとつ――」


 クローディアはどこか遠い目をしながら口にする。


「この戦いは、ずいぶんと長引いている気がします」


「そう? こんなもんじゃない?」


「それは、わたくしたちの生まれるずっと以前から続いておりますから、これが当たり前に感じておりますが……。ランドルフ様のお話で思い出しました。書物に記される、古代の人間同士や、人間と魔族の戦いに、こんな何百年も続いた例はありませんでした」


「ふぅん、古代はいいな。戦争を終わらせられたんだ。きっと今より平和だったんだね」


「というか戦争とは終わりのあるものだったのですね……」


 初めて聞く話に、おれもカナデも驚くだけだ。


「はい。理解しがたい感覚なのですが……ただ、過去の例と比べてみると、不自然に長いような……そんな気がするのです」


「気のせいじゃない?」


「そうなのでしょうか……」


 クローディアはいまいち納得できない様子だ。


「考えてもしょーがねーよ、聖女ちゃん。気になるなら、わかりそうなやつに聞くのが一番だろ。とりあえず魔王だ。ぶっ殺す前に聞いてみよーぜ」


 ウォルの言葉に、クローディアはゆっくりと頷いた。

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