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第21話 おれにだってわからねえよ!

 セシルは戦意がないらしく、剣を下ろす。


「ぼくは……目の前で奪われそうな命を守りたいだけなんだ」


 確かに、セシルが防がなければ、カナデの一撃でランドルフは致命傷を受けていただろう。


「甘いことを……セシルよ、もっと大きな視野を――」


「じーさんはもう黙ってな」


 ウォルの体当たりを側頭部に受け、ランドルフは昏倒する。


「どーするよ、勇者さん。3対1になっちまったぜ」


 セシルににじり寄るウォル。セシルは再び剣を構えざるを得ない。


「よせ、ウォル」


 おれは後ろからウォルを抱え上げた。離れた床へ放り投げる。ウォルは綺麗に着地して、不満を口にした。


「なにすんだよ、アラン」


「こいつは敵じゃない。そうだろ、セシル?」


 セシルは倒れたシンシアとランドルフを見遣り、それからおれたちのほうにも目を向ける。


 剣は握ったまま、鞘に収めない。


「わからないんだ。どっちが正しいのか。確かに、犠牲を出すのは良くないことだよ。でもそうしないと、もっと大きな被害が出るっていうなら……」


「大を生かすために小を殺すのか? それは、お前が今ランドルフを助けたみたいなこともできなくなるってことなんだぞ。いや、見捨てるだけならまだいい。自分の手で殺すことになるかもしれない」


「だけど、より多くの命を守るためなら仕方ないんじゃないか……。君だって、どんなことをしてでも守りたいものが大の側にいたなら、小を殺すんじゃないのか、アラン」


「……おれが守りたいのは大とか小とかじゃない。全部だ。そりゃ、どちらかしか選べないなら、助かる命は多いほうがいいとは思うけど、よ……」


「そうだよ。そうだよね? ぼくだってそう思ってる」


「でも誰がそれを決めていい? 最大限の努力の結果なら仕方ないかもしれない。けど、切り捨てられる小が、あらかじめ勝手に決められるなんておかしいだろう!?」


「なら、どうすればいい? どうするのが一番正しいんだ!? 君にはわかってるの!? だったら教えてよアラン!」


「おれにだってわからねえよ!」


「ぼくにだってわからない! なのに、なんでぼくたちは戦ってしまったんだ」


 おれは倒れたランドルフとシンシアに視線を落とす。


「なにが正しいかはともかく、他人を力で従わせようとするやつがいたから……だろう?」


 一方、セシルはカナデを見下ろす。


「ぼく的には、人の話をちゃんと聞いてたのかも怪しい、戦闘優先の子がいたからじゃないかって気がするけど」


 ぷっ、とつい吹き出してしまう。


「違いねえな」


 セシルも肩をすくめて苦笑した。剣を鞘に納める。


「ならこの件は保留にしよう。お互い、ちゃんと結論が出せるまで」


「いいのか? おれたちを拘束しねえと、また教会に怒られるぞ。このふたりにも」


「もう慣れたし。それに、先に倒れたふたりに文句を言われる筋合いもないし」


「そっか。で、どうするんだ? まだ『勇者』を続けるつもりか?」


「一応ね。結論が出るまでは」


「辞めたらいつでも来いよ。お前なら、いつだって歓迎だ」


「ありがとう。君たちのほうは、これからどうするの?」


「魔王を倒すさ。ラーゼアス教の思惑にも色々あるけどよ、それとは関係なく、魔王軍の被害は出てるんだ。まずは、やれることからやっていくさ」


「健闘を祈るよ」


「そっちもな。後のことは任せたぜ」


 ランドルフとシンシアを視線で示す。セシルは頷く。


 それを確認してから、おれはカナデを抱え上げた。クローディアとウォルを促して、そのまま店を出る。


「でもよウォル、魔王を倒しに行くとは言ったが、おれたちはまだ本拠地も知らないんだ。適当な魔王軍幹部を拷問しようと思うんだが、近くにいないか?」


「拷問なんて必要ねーよ。あたいが知ってるからさ。案内してやるよ」


 おれたちはウォルの案内に従って、モステルの街を出たのだった。



   ◇



 アランたちが発ってから、しばらく。


 セシルは店の別室を借りて、ランドルフとシンシアを介抱していた。


 やがて目が覚めたランドルフは、セシルの顔を見て安堵の顔を浮かべた。


「やつらと行かなかったということは、お前はこちら側を選んでくれたか」


「……まだ考え中なだけだよ」


「考えるまでもないと思うが、まあいい。迷うのは若者の特権だ。しかし……」


 少し先に目覚めていたシンシアに、ランドルフは呆れてため息をついた。


「情けないものだ。たかだか本の一冊に釣られて、してやられるなど」


「返す言葉も、ありません……」


 シンシアは顔を真っ赤にしながらぷるぷると震えていた。それでも本は大事そうに抱えて手放さない。


「こちらではよく聞こえんかったが、よほど貴重な書物らしいな。なにが書かれているのだ?」


「言えません! これは――そう、これは禁書なのです! 一部の聖職者が、検閲するときにのみ読むのが許される特殊な内容なのです。ランドルフ様と言えどお見せできません!」


 えっ、とセシルは首を傾げる。


「なんかぼくが聞いた話と違――」


「セシル様!」


 シンシアは大慌てでセシルの口を塞いだ。そして強引に引き寄せ、耳元で囁く。


「バラしたりしたら、ぶち犯しますから」


 やたらとドスの聞いた声に、セシルは背筋が凍った。


「これをバラされたら聖女としては終わりです。なにをしでかしても不思議ではありませんよ?」


 解放されて、シンシアに目の笑っていない笑顔を向けられる。


「いいですね?」


「……はい」


「それより……」


 ランドルフは肩をすくめて、話を戻す。


「みな生きていて良かった。これならまだアランたちを追えるが……やつらはどこへ向かったのだ?」


「魔王を倒しに行くって言ってたけど」


「やつら、魔王の本拠地を掴んでいたのか?」


「なんか、あのウォルってスライムが知ってたみたい」


 ランドルフは渋面を浮かべた。


「……まずいな。予定が狂う」


「予定?」


「すぐ追うぞ」


「でもぼくは場所までは聞いてなくて……」


「わしが知っている」


「なんだって? それなら、なんで今まで教えてくれなかったの?」


 ランドルフは答えない。さっさと身支度を整え、部屋を出ようとする。


 セシルたちはその背中を追うが、店員に呼び止められた。


「あのー、出発するなら食事代とお店の修理代を……」


「ああ、はい。すぐ払いま――ええぇ!?」


 渡された伝票を見て、セシルは目玉が飛び出しそうになった。


「な、なんで食事代が修理代の3倍くらいするんです!?」


「ああ、それウォルさんの分ですよー。ダメですよ、迂闊に奢るなんて言っちゃー」


 瞬間、セシルは理解した。


 アランはこうなることを予想して、今回はセシル持ちだなどと言ったのだ。


「くっそぉ! アランめ、あの卑怯者ぉおお~!」

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